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十一話:彼女の身に起こっていたことと余計なお世話④

「お前はなんということをしてくれたのだ!!」


 悲愴過ぎるほどの叫び声が二つの男爵邸で響き渡った。

 声の主は両方とも現当主。

 それほどまでに叱られると思っていなかったらしいそれぞれの息子達は不満そうにしていたが、次いだ父と母の台詞で二人ともが真っ青になる。


「カルモンド公爵家のみならず、お前は…お前はアルチオーニ伯爵家までも敵に回したというのか…! 終わった…。もう、貴族として生きてなどいけぬ…」

「カルモンド公爵家は国防の要。…そして、アルチオーニ伯爵家は流通の要。…特にアルチオーニ伯爵家を敵に回せば……これまで贔屓価格で購入出来ていたものが全て無くなる…! 普通の価格に戻るならまだしも、出入り禁止になりかねませんわ…!」


 え、と間抜けな声に父から投げ付けられたのはお茶の入ったティーカップ。


「あつっ!!!」

「この、能無しが!!」


 真っ赤な顔をして、紅茶を慌てて拭う息子の髪を掴み、思いきり横に引いて床に転げさせた。

 熱いし痛い、どうしてくれると反論しようとした彼に対して、父は問答無用で何発も踏み、蹴り、言葉でも詰った。


「頼まれたのか!? 王太子妃様に! カルモンド公爵令嬢を罰しろと! だとしても、お前にそんな権利などない! お前が、したのは、余計な、お世話、だ!」


 言葉を区切りながら何度も何度も蹴り、踏みつけられる。

 顔を踏まれ、当たりどころが悪ければ失明してしまうかもしれないと頭を必死に守るが、父の足は体も足も、どこもかしこもを無作為に踏みつけ、蹴り上げていく。


「や、やめ、やめてください! 母上、助けて!」


 助けを求めた先の母は、汚物を見るかのような眼差しを息子へと向けていた。


「お前に母などと呼ばれたくないわ。我が家を滅ぼす悪魔め!」


 そして紡がれる言葉。

 良かれと思って、自分の信じる正義の元に行っただけの、()()()()()()()()のつもりだった。

 これが学院時代であれば、まだどうにか収められたことなのかもしれないが、既に彼らは卒業している。

 あるべき姿へと戻った以上、それ相応の行動を取る必要があり、自分の身勝手な思いだけで行動することはあまりにも愚かなのである。

 そして、彼等の愚かさについて被害を受けたのは彼等の『家』。

 男爵家宛にカルモンド公爵家とアルチオーニ伯爵家から、とんでもない早さで抗議文が届けられた。先触れも出さずに訪問し、さして関わりもなかった公爵令嬢に対しての無礼な振る舞い。公爵家にかけた迷惑の数々。

 これだけでもどれだけ賠償金を支払えば良いのか分からなかった男爵達だが、それに加えてアルチオーニ伯爵家から届いた簡潔な抗議文。『一切の交流を絶たせていただきます』というもの。

 血の気が引くとはまさにこの事だろう。アルチオーニ伯爵家が手がけている事業の幅広さと人脈の大きさ。

 由緒正しき公爵家を敵に回したという事実と、とてつもない人脈を誇る伯爵家から見捨てられたという事実が、重くのしかかる。


「……っ、…お前を殺して首を晒し、それで許されるのであればとっくにそうしているが、…()()()そんなことで解決する問題でもない…」


 ぜぇはぁと息を荒らげる父が絞り出すように告げた内容と、襲い来る痛みが、ようやく男爵子息を我に返らせた。というよりはようやく思い知った。

 自分が信じた正義は、独り善がりなものでしかなかった、ということが。

 そして、息子の首程度でどうにかなるものではないという言葉に震え上がる。


「あ、あやまって、きま」

「謝ってどうにかなるなら、伯爵家からこのような絶縁状が届くわけあるか!!」

「で、では公爵令嬢に!」

「何をどうするというの」

「そ、の」


 謝ろうと思います、という言葉は霧散した。

 冷ややかな、両親の目。

 一体何をどうしていればこのようなバカげた思考回路が出来上がるというのか。


「…王太子様の側近になった時は褒めたが…このような醜態をさらしてくれるとはな」


 はああ、と大きすぎるほどの溜息を吐いて、男爵はどかりとソファに座った。


「我が家はもう終わりだ。終わり。お前らのせいで、な!!」


 未だ床にへたり込んだままの息子に、男爵は残っていたソーサーを投げつける。


「い、っ!」


 男爵は涙声になりながら、改めて痛がる息子に現実を突きつけた。


「…お前らがしたのは、ただ公爵家に殴り込みに行って、ご迷惑をかけただけでは飽き足らず令嬢をも罵り、公爵家を敵に回して、アルチオーニ伯爵家にも縁を切られた、ということなんだよ!!」

「あ…」

「王太子妃様が喜ぶと思ってやったんだろうが、…ただの『余計なお世話』だったなぁ!」


 あっはははは!とまるで正気を失ったように笑う父と、泣き崩れている母。


 なお、これはほぼ同じ光景がもう一つの男爵家でも繰り広げられていた。

 ガリバルディ男爵家ではこの程度で終了したが、ジナスモ男爵家では、起こっていた内容こそ同じであるが、迫力は段違いだったという。

 何せジナスモ男爵家は一人息子ではなく、彼の姉と二人の妹がアルチオーニ伯爵家から届いた絶縁状に絶叫し、男爵子息を罵るどころか三人がかりで容赦なくぼこぼこにしたらしい。

 この話は王宮まで届けられるわけもなかったのだが、男爵子息たちの知り合いを通じてリアムとファルティに話が伝わった。


「どうして…そんなひどいこと」


 絶望したようにつぶやくファルティと、納得したようなリアムの反応が似て非なるものだったことは、きっと、誰も知らない。

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