十一話:彼女の身に起こっていたことと余計なお世話①
悪いことというものは、意識せずとも続いてしまうもの。本人の意識外でも続いてしまうことがあるので、とてもたちが悪い。
王太子リアムと王太子妃ファルティが願ってもいないのに、動き出してしまった者が数名。
二人の『運命の恋物語』に心惹かれ、輝かしい未来を掴み取ったファルティを崇拝せんばかりに尊敬している男子生徒達。彼らは、決して悪気がある訳では無かった。だが、喧嘩を売りに行った相手がすこぶる悪かった。
「…へぇ」
ひんやりとした空気を纏うルピアは、さらにもう一通届いた手紙を見て、ぐしゃりと握りつぶした。
「騎士様気取り、というわけかしら」
王太子夫妻の相手をどうしようか、と頭を悩ませていた三人の元に続いた二通目の手紙。
内容は要約すると『王太子夫妻を傷付けるとは何たることか』と書かれた、とんでもなく飛躍した中身。傷付けるもなにも、彼らの中の大前提が間違えていることに卒業からこちら、全く気付いていない。
むしろ、悪化しているのでは…?とルピアは頭を抱えたくなるが、ルパートとヴェルネラに会いに来た理由を思い出して踏みとどまった。
「ねぇ、わたくし二人に話すことがあってここに来たの」
「何? 姉さん」
「その…すごく抽象的な話になってしまうんだけれど」
「……?」
ヴェルネラとルパート、二人揃ってぽかんとした顔になっている。
歯切れの悪いルピアを見るのがほぼ初めて、ということがあるかもしれないが、ルピア自身もどうやって切り出したものかと悩んではいるのだ。
悩んでいたところに王太子夫妻のお見舞いに来たいとかいうよく分からない要請。ふざけるな、と叫びたかったが、今はどうでも良くなっていた。目の前の二人に話して、少しでも解決の糸口を探したかった。
「わたくしの様子がおかしかった、というのはルパートは聞いているわね?」
「あぁ…うん」
『システム』に洗脳とも言うべき、よく分からない精神状態にさせられていたルピア。
帰宅したルパートはそれを聞いて心神喪失状態にあったのではないか、という予測を立てていた。
「それなんだけど…」
「お義姉様、何があるんですか?」
「…操られていた、とでもいうべき…かしら」
「………は?」
「………なんですって?」
ルパートとヴェルネラ、二人の殺意がぶわりと膨れ上がる。
彼らは間違いなく王太子妃であるファルティが操った、と思っている。だが、ルピアが即否定をした。
「二人が思っているようなものではないから、殺気をしまいなさい」
「いや、普通はそう思うよ」
「そうですわよお義姉様! あの王太子妃が何かしたというわけではないんですの?!」
「違うの。別にいるのよ」
別に、という単語で二人は顔を改めて見合わせている。
「あの二人の式の日…わたくしが倒れた日のことね。頭の中に奇妙な声が流れてきたの」
思い出そうとすると吐き気がまた襲ってくるが、大きく深呼吸をしてから言葉を続けた。
「『システム』そう言っていたわ」
「…システム?」
「そして、こう続けた。『システムからの解放完了』と。そこからね、わたくしがこうしてきちんと動けるようになったのは」
「ま、待って姉さん!」
「…とてつもない荒唐無稽な話だとは理解しているの。けれど、本当なのよ!」
話を聞きながら、うーん、と唸っているヴェルネラ。
そしてルピアの言った内容に混乱しているルパート。
言った張本人であるルピアも、これがどれだけバカげた話なのかは理解している。だが、自身に起こった、まぎれもない事実。
「……ええと、つまり」
混乱しているルパートを横目に、ヴェルネラが口を開いた。
「そのシステム、とやらがお義姉様を操って…というか、思い通りに動かしていた、と」
「え、えぇ」
「それって、いつからですの?」
「確か、三年生に上がった頃かしら。ある日いきなり頭の中にモヤがかかったようになって…それからよ。わたくしがファルティを『友』だなんて思うようになっていたのは」
「思う、っていうかそれは…」
「『思わされていた』ではないのでしょうか…」
ルパートとヴェルネラ、二人の顔色が悪くなる。
それもそうだろう。
自分の意思で友達だと思えず、『思わされる』という状態で一年間接しなければいけない。しかも、その一年間でルピアのものであったはずの王太子妃の座は奪われた。
本人やカルモンド公爵家、ならびにカルモンド家分家達、全てからすれば王太子妃の座はどうでもいい。自分たちが望んだわけではなく、王家から乞うてきた婚約だったのだから。
むしろルピアが次期公爵になれるのであれば、好都合。王家から打診してきた婚約を、王家都合で無しにする。しかも堂々と。
これ幸いと、現在進行形でアリステリオスは嬉々として婚約解消の手続きを取ってしまった。
「…つまりは、その『システム』曰く、姉さんはもう解放されたから…」
「思い通りにさせる必要がなくなった…」
だから、とヴェルネラは続ける。
「何時も通りのお義姉様に戻った…と?」
「そういうことらしいわ」
「何て迷惑なこと…!」
んもう!と叫んでからヴェルネラは触り心地のいいクッションを思いきり殴るが、心配そうな眼差しをルピアへと向けた。
「お義姉様が体調を崩した、というのは…その、システムから解放されたことによる反動?のようなものなのでしょうか…」
「それと、記憶消去の魔術の副作用も、ね」
「実際、記憶って消えてるの? 姉さん、すごく普通なんだけど」
「ええ、消えているわ」
「どうやって証明する?」
ルパートの問いかけに、ルピアはにこりと微笑んだ。
「まず、わたくしの記憶を消したあの方。今はもう引退こそされているけれど、教会に所属していらっしゃった神官様なのよ」
「は?」
アリステリオスが探してきた神官。
彼の存在はあまり大きくは知られていないが、治癒術などサポートに関する術を使わせればこの国において右に出るものはいないとすら言われた、密やかな有名人。
神官は不正がないようにと、登録時に顔と名前、魔力反応、更には身長体重、利き手など、ありとあらゆる情報をみっちりと掲載した上で教会に所属し続けることとなる。
無論、神官試験はかなりの難易度であり、受かる人数は少ない。
ルピアの記憶消去を行うためにその元神官がやってきてくれた理由は、アリステリオスと顔馴染みだったからだ。
何せアリステリオスは職業柄、とてもよく怪我をする。それの治癒によく当たっていたのが、その神官。名前をゼフィランといった。
「お父様ったら、何がなんでもゼフィランにさせる!って思っていたらしくて」
うふふ、とルピアは笑う。
記憶消去の魔術を施してくれた後、部屋で休んでいたルピアに会いに来てくれたゼフィランは、疲労困憊であったものの色々なことを話し聞かせてくれた、という。
「ゼフィラン様への要請の記録や馬車の利用記録、我が家の訪問記録。第三者にもきちんと分かるように目に見える証拠をお父様もお母様も残していらっしゃる上に、ゼフィラン様がどれだけそういった術に詳しく、長けているのかも知られている。証人を出せ、と言われたら間違いなく彼にお願いするでしょうね」
「…文句の付けようのない記録、ってことか」
「そういうこと。それでも疑われるなら、王太子妃教育で学んだ知識の披露、なんてものを用意してもらってもいいわ」
微笑みから一転。
ルピアの笑みがどす黒いオーラを纏ったものへと変わった。
「わたくしを知っている人達は、わたくしが『出来ない演技』なんていう無様な真似をすると思うかしら?」
思わないな、とルパートとヴェルネラの思考回路は一致した。
当たり前だがプライドの高さは国境にある高い山脈にも劣らないほどのルピアだ。
『記憶消されています』というフリなんか、本人のプライドにかけて出来るわけが無いし、やるはずもないのだから。