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Light Years  作者: 塚原春海
伝説の夏
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哀愁交差点

 夏休み中とはいえ、フードコートの一角に高校生15人が集まっているのは、なかなか人目を引く。しかもそのうちの5人は、わりかし最近テレビで取り上げられたガールズフュージョンバンドである。チラチラと遠巻きに眺める人もいる中、フュージョン部の面々は高校生らしく、ささやかなランチタイムを楽しんでいた。

「はいっ、いま全員でランチ中でーす」

 ブレないキリカとアオイは、容赦なくカメラを回す。「行儀が悪いわよ」とクレハがたしなめるものの、カメラを向けられるとにっこり微笑んでみせた。

 ふと気付くと、ジュナの隣に見覚えのないギターくらいのサイズのソフトケースが立てかけられている。

「ジュナ、まさかって思うけどなんか買ったの?」

「ふふん。見て驚けよ」

 ジュナは、よく訊いてくれました、みたいなドヤ顔でソフトケースのジッパーを開けた。立ち上がり、「じゃーん」と高らかに中の品物を掲げてみせる。それは何というか、大昔のラジカセ感が漂う、ミチルは見たこともない奇妙なエレキギターだった。ヘッドには"CASIO"とある。

「カシオ!?あの時計屋さんギター出してたの!?」

 すると、ベース担当の磐城先輩がガタンと立ち上がる。塩ラーメンのスープが波打った。

「EG-5かよ!まじか!」

 なんだそれ。何やらリアナ、クレハも反応を見せている。弦楽器チームは知っているらしい。

「そう!2階の楽器屋のジャンクコーナーに、なんと5000円で置いてあった」

「見せろ!」

 突然フードコートが、なんでも鑑定団の査定コーナーに様変わりした。そのギターは見るからに異様で、スピーカー内蔵なのはまあ普通だが、反対側になんとカセットデッキがついている。

 なんでも、大昔にギタリストのcharが広告に出た製品で、LINE INやカセットの音をミックスして出力できるという、現代の若手ギタリストから見ても多芸な伝説のモデルだという。

「音質的にはハウりやすいとか、ボディーがエレアコなみに弱いんでボンつくとか多少引っかかるけど、面白いのは確かだ。見付けたの、ホントはソウヘイ先輩なんだけどさ」

 すると、ソウヘイ先輩は手をヒラヒラ振ってごまかした。

「俺はもっといいギター買うから、そんなオモチャいらねーよ」

「ほんと素直じゃないわよね。可愛い弟子に譲ってやったんでしょ」

 ユメ先輩が頭を小突くと、「うるせー」と言い返す。このやり取りが見られるのも、あと半年くらいか。

「ま、そんな希少品が格安で買えたってのは、ある意味吉兆だろ。いい事あるかもな」

 ソウヘイ先輩は、ときどき年寄りみたいな事を言う。何の根拠があるのかは知らないが、ジュナの表情を見ると、今まであった曇りがだいぶ晴れていた。あっちはあっちなりに、励まし方があるのだろう。

 こうしてみんなが盛り上がるのを見ていると、部活を存続できて本当に良かったな、と思う。プロになるとかどうとか、そういう事とは関係なく、大事なものがあるのだ。


 ランチを終えて、みんなでモール街のすぐ近くにある、交通公園に移動した。ここは交通公園といいながら、なぜか本格的なエンジンカートでのレースができる。3年生の男子が、迷う事なく受付に向かい、3台で合計5周のスプリントレースが行われる事となった。むろん、1年生の動画配信チームは撮影に余念がない。

「実況はわたくし鈴木アオイ、解説は獅子王サトルさんでお送りします。獅子王さん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 なんだ、その妙に本格的な実況は。

「ドライコンディション、3台ともタイヤはミディアムを選択してきましたが」

「そうですねー、タイヤマネジメントとピットインのタイミングが勝敗を分けると言えますね」

 5周で終わりだし、ピットインなんかねえよ。マシンもタイヤも全部一緒だよ。そんなことをしている間に、レースはさっさとスタートした。赤がショータ先輩、黄色がソウヘイ先輩、緑がジュンイチ先輩。ソウヘイ先輩が1コーナーを見事に制した直後に、華麗な単独スピン。ショータ先輩はソウヘイ先輩に塞がれてしまい、その隙をついてジュンイチ先輩がトップに出る。ソウヘイ先輩も慌てて追うが、すでに4秒近い差がついた。短いカートコースでは致命的だ。

 だがソウヘイ先輩はじわじわと差を詰める。どうやら、せっかちな性格を除けば運転スキルは一番高いらしい。

 ソウヘイ先輩はショータ先輩を捉えるが、なかなか抜けない。すでにレースは4周目で、トップと後続の差は5秒ある。ジュンイチ先輩の一人旅。

「さあジュンイチ・フェルスタッペン、いまだ優勝記録がない南條交通公園グランプリ、いよいよファイナルラップです。ソウヘイ・ペレスとショータ・ルクレールの2番手争いはどうなるか」

 誰だ、それは。そんなニセ実況のなか、またしてもソウヘイ・ノリスは二度目の単独スピンを喫した。これで順位は確定する。チェッカーが振られて、3台のマシンはグリッド付近に停車した。

「優勝のジュンイチ・フェルスタッペン選手、おめでとうございます。勝因は」

「あー、全体的にグリップが足りなかったんだけど、一言で言うと3位の奴がせっかちだったのと、2位のやつに運がなかったから、棚ぼたで勝てた」

 フェルスタッペンは長めの髪をかきながら遠慮なしに言ってのけた。もうちょっとオブラートに包め。3位のソウヘイ・ノリスは、ユメ先輩とジュナに頭をしばかれている。2位のショータ・ルクレールは、ヘルメットで崩れた髪を後ろになでつけるのに忙しかった。

 キリカはインタビューのあとも、サーキットの撮影に余念がない。動画編集の素材にするのだろう。


 そのあと、子供と混じってマーコとマヤ、ユメが機関車に乗っていると、一人の母娘連れに声をかけられた。

「あの、失礼ですけど。南條科技高のみなさんでしょうか」

 ボブカットの母親が、マーコとマヤの顔を交互に見る。どうやら、思っている以上に自分たちの存在は知れ渡っているらしい。

「はい、そうですが」

 マヤは少し周囲に警戒しながらも答えた。すると、4歳か5歳くらいの女の子が、キラキラした目を向けてくる。

「ごめんなさい、テレビでみなさんの映像を見て、娘がドラムの真似事を始めてしまって。ワリバシでソファーを叩いたり…」

「あたしと同じだ!」

 マーコは笑って、女の子の頭をなでた。自分も同じ事をして、呆れた母親がとうとうヘッドホンをつなげるデジタルパーカッションを買ってくれたのだ。

「みなさんの演奏、素晴らしかったです。応援してます、頑張ってください」

 その飾りのない言葉に、マーコもマヤも素直に感激した。そうだ。自分たちの演奏は、人を感動させられるのだ。世の中、おかしな人ばかりではない。ストレートに認めてくれる人だって、たくさんいるのだ。

「頑張ります。ありがとうね」

 マヤも、女の子の頭をなでる。そのあと、デジタルパーカッションというものを説明してあげると、母親は真面目な顔で聞いていた。あと十数年経ったら、この女の子は天才少女ドラマーになっているかも知れない。

 汽笛が高らかに響き渡る。それは、マーコたちの心のモヤを吹き飛ばす音色に聞こえた。


「ほら」

 ショータは、木陰でひとり座るクレハにソフトクリームを差し出した。自分は立ったまま木にもたれる。

「ありがとうございます」

 そう言って、クレハは周囲を見回したので、ショータはフォローを入れた。

「カリナの事は気にするな。というか、あいつが余計な気をきかせやがったんだ」

 ショータとカリナが交際しているのは周知の事実である。それなのに、ショータと二人きりになるのはカリナ先輩を誤解させるのでは、と思ったのだろう。だが実際は、カリナの方からベースの師匠として、悩みを聞いてやれと言われたのだ。

「みんな心配してる。お前達が、元気がないって」

「…すみません。大した事ではないんです」

「そうじゃないだろ」

 ショータは、わざと強めに言った。クレハは黙り込んでしまう。

「後輩たちが悩んでるのに、大きいも小さいもあるかよ」

「……」

「言ってみろ」

 ショータがやや強引に促すと、クレハはようやく語り出した。ここしばらく、何度かつらい目に遭った事が、気落ちしている原因だったらしい。

 クレハは芯が強く、聡明だ。そんな彼女でも、所詮はまだ16歳の少女である。そうそう物事を、自分のなかで整理できはしない。立て続けに嫌な人間に遭えば、気持ちも病むだろう。

「俺も、嫌な奴にはたくさん遭ってきたよ」

 ショータは、月並みに切り出した。

「なんでそんなふうに、無意味に突っかかってくるんだろう、っていう奴もいる。人を貶して喜ぶ奴もいる。世の中は、思ってる以上に根性がネジ曲がった奴らが、沢山いるらしい」

 クレハは、フランス人形のような唇を結んだまま、黙って聞いている。

「気に入らない時は、俺はできるだけ、きちんと怒る事にしてるんだ。後くされのないようにな。俺は、隣人を無理に愛する必要はないと思ってる人間だ」

 そこでようやく、クレハがショータを見た。クレハのような、少なくとも表面的には穏やかな少女には、難しい事かも知れない。相手の間違いを指摘するのは、クレハなら容易だろう。だが、それをストレートな怒りとして表現するのは、また違う話になる。

「まあ、そのへんはジュナあたりに任せても良さそうだけどな。あいつはそういうの、得意だろ」

 そこでショータは、自分は何を言っているのだろう、と思ってしまった。結局、クレハたちのバンドが気になるのだろうか。

 クレハたちは、ひょっとしたらメジャーデビューできるかも知れない。そしてそれは、もう遠い話ではないかも知れない。もしそうなった時、自分達はどう思うだろう。嫉妬するだろうか。心の底から、一緒に喜んでやれるだろうか。だが、今はとにかく、こいつらの力になりたい。

「まあ、なんだ。元気を出す権利は誰にでもある。いちいち気落ちさせる奴がいたら、ジャズベースでぶん殴ってやりゃいいんだ」

「捕まりますよ」

 ふいに、クレハが笑って立ち上がった。何もかも気持ちが晴れたわけではないだろうが、朝会った時よりは、ずっと柔らかい表情になっている。

「ありがとうございました。おかげで、なんとか立ち直れそうです」

「それならいいけどな」

 二人は、少し曇ってきた空の下を、みんなの所へ戻っていった。


 ミチルが1年生たちとバッテリーカーで交通ごっこをして戻ってくると、廃タイヤをベンチがわりに置いてある広場で、薫とジュナ、ソウヘイ先輩がカシオのアンプ内蔵ギター、EG-5をいじっていた。

「ふーん。内蔵エフェクターも、しょぼいけど十分実用にはなるな」

「いいな、この音。いかにもプラスチック、っていう。でもネックはメイプルか。それなりにチューニングされてるんだな」

 ソウヘイ先輩が弾きたそうな顔をしているので、ジュナが貸してやると、先輩は子供のように嬉々として弾き始めた。上手い。ジュナよりなんというか、安定感がある。絶対ミスしない信頼感と言ってもいい。

「薫、お前ならこいつのチューニングできるんじゃないのか」

 ジュナが悪戯っぽく薫に話を持ち掛けると、薫は意外に首を横に振った。

「こういうやつはそれなりの良さがあるから、これはこれでいいんじゃないの。プラスチックの音のままで」

「お前もなかなか不思議な奴だよな。音質一辺倒ってわけじゃないんだ」

「チープな音だって、音のうちだよ。今の音楽を、大昔の中古のラジカセで聴いたりすると面白いよ」

 交通公園に来てまで、楽器から離れられない君たち全員が不思議です。ミチルは、ジュナたちと大きな重機のタイヤを挟んで芝生に座り込んだ。

「ねえ、なんか一曲歌ってよ。交通公園にふさわしい曲」

「そんな曲あるか!」

「なんかあるでしょ、ほら」

 ミチルが、自動車教習所みたいなミニチュアの道路を示した。親子連れが、交差点で横断歩道を渡るシミュレーションをしている。

「あっ」

 ジュナは、ソウヘイ先輩に耳打ちした。先輩は、うんうんと頷く。すると、マヤとマーコたちが何やってんの、と集まってくる。いつの間にか、フュージョン部全員が重機のタイヤの周りに集まってきた。

「おっ、マーコ。いいところに来た」

「なんだ」

 今度はマーコに耳打ちすると、マーコはタイヤの前に膝立ちになり、両手をタイヤにあてがった。まるでコンガを叩くおじさんのようなポーズだ。まさか。

 するとソウヘイ先輩が、いつ出番があるのか不明だったアコースティックギターを取り出した。ジュナと向かい合って、コード進行を確認している。何をするんだろうと思っていると、ジュナがアコギを、ソウヘイ先輩がカシオのEG-5を下げて立ち上がる。それを見て、何だ何だと親子連れやカップルが集まってきた。

「よーし、いくぞ。ワン、ツー」

 いつの間にか取り出した、ブルースハープの音が鳴り響く。ソウヘイ先輩がEG-5をかき鳴らし、マーコはベンチ代わりのタイヤをドラムに見立ててリズムを取った。分厚い巨大なゴムタイヤは、ほとんどバスドラムのような音を響かせる。曲は―――ジャパハリネット、”哀愁交差点”。

 久々に聴くソウヘイ先輩の、マイクを通さない生のボーカルだ。少しだけ夕暮れの気配が近付いてきた公園の広場に、先輩とジュナのギター、マーコのタイヤドラムが響き渡る。そこにあるものを楽器にする。ほとんどジャグバンドだ。ある意味で音楽の原点だろう。そして驚くべき事に、けっこうちゃんとした音に聴こえるのだ。

 いつの間にか、集まった人達が一緒に手拍子をしている。曲を知っているおじさんもいるらしい。ミチルたちが生まれる前の曲だが、ロック好きの3年生のレパートリーに入っていたのを、ミチルは今思い出した。人間社会の世知辛さを歌うこの曲が、今のミチル達には染み入る。どうにかこうにか、やっていくしかない。そしていつか、ひょっとしたら、夢を叶えられるかも知れないし、そうでないかも知れない。

 ジュナのブルースハープが空高く鳴り渡り、曲が終わると一斉に拍手が送られた。もちろんその様子はキリカによって撮影されている。親子連れのお父さんが、ソウヘイ先輩に握手を求める。昔ジャパハリのライブに行ったんだ、まだデビュー前のね。ライブハウスのトイレで城戸けんじろと会話したんだよ、だと。マジか、すげえな。


 そうして、突然決まったフュージョン部全員でのお出かけは、いくつかの思い出を残して過ぎて行った。またいつか、こんな風に集まれる時が来るといいな、とみんなが思いながら。ミチルたちの沈んだ心は、帰りの電車で見た夕暮れの中に溶けて消えていった。



 その日の夕方、クレハにひとつのメールが入った。相手の名は、ヘレナ・キャシディ。シンガーソングライター、ステファニー・カールソンのマネージャーだ。

『グッドイブニング。唐突な問い合わせで恐縮です』

 着替えを終えてベッドに腰掛けたクレハは、その英語の文面を読み終えると、それまでにない緊張が背筋に走るのを感じた。

『みなさんのオリジナル音源を聴かせていただきました』

 そのあとに、当たり障りのない感想が続くのだろう、どう返信すればいいだろうか、とクレハは考えた。だが、メッセージの続きはだいぶ予想を超えたものだった。


『相談ですが、ザ・ライトイヤーズの皆さんに、オリジナル楽曲をステージで演奏していただく事は可能でしょうか』


 そのときクレハは、すでに何かが動き始めた事を悟った。

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