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Light Years  作者: 塚原春海
伝説の夏
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46/187

NAB THAT CHAP!!

 ごく普通の住宅街のコンビニに、パトカーと黒塗りスモーク窓のセダンが同時に停まって、警官2人とグラサン黒服がそれぞれ飛び出してコンビニに駆け込むのを見れば、誰だって焦るだろう。状況を一番理解しているミチル自身がそうなのだから。

「大原様、ご無事ですか」

 現在、店内で最も不審な人物の小鳥遊さんはミチルに駆け寄った。ATMを操作していたおばさんがギョッとして黒服の人物を見る。一方、警官は通報した男性店員に確認を取っていた。

「通報されたのはあなたですか」

「はい。そちらの女性の方が、どうも不審な人物に付きまとわれているようで…」

 そこまで言って、ミチルと顔見知り風の"どう見てもそのスジの人"、小鳥遊さんを怪訝そうに見やった。しかし、警官は全く予想外の反応を見せた。恐る小鳥遊さんに近寄ると、こう言ったのだ。

「あのう、ひょっとして小鳥遊さんですか」

「おや、どちらかでお会いしましたか」

「半年ほど前に、例の事件現場で…」

 すると、小鳥遊さんは思い出したように膝を軽く叩いた。

「思い出しました。その節はどうも」

「こちらこそ、お世話になりました」

 何のお世話になったのだ。警官がグラサン黒服のお世話になるとは、どういう事件だったのか。警官は、すぐに現在の事に話を戻し、ミチルに向き合った。

「すみません、お名前とご住所を教えていただけますか」

「あっ、はい。大原ミチル、といいます」

「大原…」

「未知、未だ知らないの未知に、琉球王国の琉で、ミチルです」

 小学生以来ずっと繰り返している漢字の説明を受けたあと、住所を確認した警官はさっそく状況について確認を取った。

「つい先ほど不審な人物を見かけたとの事ですが」

「はい、あの自動販売機の陰から、私をじっと見てました。それと今思い返すと、実は自宅にいた時も、居間から外の生け垣を見たら、誰かが頭を出していたような…」

「なるほど」

 警官はタブレット端末に素早く状況をメモしていく。

「背格好は」

「頭の上半分、それも帽子を被っていたらしいので、顔立ちや髪型まではわかりません。ただ、少し見えた肩や背丈から、たぶん男性かと…身長はたぶん、小鳥遊さんよりあるかな。肩幅も」

 警官は頷くと、もう一人の警官に指示を出した。もう一人は無線機を取り出し、手短に連絡を飛ばす。

「南若林町駅前周辺、付きまとい不審者。身長175から180、肩幅広めの男性。年齢、顔つき不明。被害者自宅は…」

 無線機の向こうから『了解』と声が返ってくるのが、ミチルには頼もしい。しかしこういうのも、よくある案件なんだろうなと思うと背筋が寒くなる。

「ストーカーらしいと気付いたのはいつですか」

 警官の質問に、ミチルは一瞬答えに戸惑った。すると、小鳥遊さんが助け舟を出してくれた。


 小鳥遊さんの説明で、ミチルもすぐに話の内容を理解すると同時に、正直ゾッとする事になった。端的に言うとストーカーとおぼしき人物は、ネットに投稿された音楽祭の動画から得た情報をもとに、最終的にミチルの自宅を割り出したに違いない、という。

 それに小鳥遊さんが気付けたのは、クレハに都市環境科のクラスメイトの女子から伝えられた情報だという。


『この子、駅でたまに見かけるよ』


 というコメントが、ミチルを撮影した動画に寄せられていた、というのだ。そして、それに対して『どこの駅?』と何度か繰り返し質問がなされたという。直感的に危険を覚えた彼女がクレハに伝えると、クレハはすぐに小鳥遊さんに連絡し、その後クレハと小鳥遊さんはネット上で、それとなくミチルの情報を探る者がいる事を確信した、というのだ。

 一同はコンビニの裏手に移動し、ミチルを保護するように陣取った。

「いわゆる家バレってことか」

 頼もしい大人に囲まれて少しずつ度胸も据わって来たミチルは、腕組みして頷いた。

「手法としては、モザイク・アプローチと呼ばれるものに分類されます」

 小鳥遊さんは鋭い視線を周囲にたえず向けながら説明した。それって警官の仕事ではないのか、とミチルは思ったが、警官は普通に聞いている。小鳥遊さんは警察でも有名人なのだろうか。

「要するに、断片的な情報を並べていって、共通点などを割り出して標的の居場所を突き止める手法です。ことに近年、SNSに不用意にアップロードした写真の情報と、コメントの内容などから、アイドルだとかの自宅を特定してしまう人間が少なからず事件を起こしています」

「私、そんなに情報漏らしたかな」

「大原さん、お忘れですか。ステージであなたは2度もメンバー紹介をしたんですよ」

「あっ」

 ミチルは悪寒が走ったが、声としては間の抜けた声しか出せなかった。

「それに、最初から南條科技高のフュージョン部というデータが音楽祭の公式サイトに載っています。さらに、誰かがミチルさんの利用する最寄り駅を、コメント欄で明かしてしまっています」

「えっ!?」

 ミチルは驚いて、小鳥遊さんが示したスマートフォンのスクリーンショットを見た。すでにそのコメントは通報のうえ削除されているらしいが、ミチルが電車に乗る駅の名前を、ご丁寧にコメントした者がいる。

「これで、もうかなりの情報です。駅から徒歩ないし自転車で移動できる範囲内の、大原という家をピックアップすれば、その中の一軒が大原さんの自宅ということです。あるいはもっと単純に、何らかのルートで大原さんの住所を直接確認した可能性も否定できませんが」

「ちょっと待って」

 ミチルは蒼白になって訊ねた。

「他のみんなは?そういう条件なら、クレハ達だって同じ事でしょ」

「まさにその通りです。念のため他の皆さんにも今、お嬢様が連絡を取っています。不審な人物がいれば、私の部下から連絡が入る手筈になっていますが、今の所そういった報告はありません」

「良かった…いや、私は良くないけど」

 一瞬ホッとして、すぐにミチルは緊張を取り戻した。まだ不審者は見つかっていないのだ。小鳥遊さんは警官に向き直った。

「お巡りさん、私どもで不審な人物を見かけたら連絡します。その際はよろしくお願いします」

「はい、もちろんです。ですが、危険を感じた際は決して対象には近寄らないようお願いします」

「わかっています」

 小鳥遊さんは、まるで半分刑事であるかのように警官に応対した。警官も、完全に信頼している様子がある。いよいよ、小鳥遊さんが何者なのかわからなくなってきた。警官は、改めてミチルに注意を促す。

「大原さん、あなたのご自宅を中心に当面、警官がパトロールにあたりますが、ご自身も十分にお気をつけくださいますよう。外出の際は、極力誰かに同行してもらうようにしてください。在宅時は部屋のカーテンは閉める事。それから…」

 長々と警官からの注意を聞かされて、ミチルはだんだん腹が立つのを感じ始めた。どうしてこんな面倒な事になるのだ。そこへ、小鳥遊さんは冷静に向き合った。

「それでは大原さん、ご自宅までお送りしますので後部座席にお乗りください」

 小鳥遊さんはキビキビと、しかし品格を感じさせる所作で、黒塗りの高級車の左後部ドアを開けてくれた。そのシートから漂う高級感にミチルは一瞬怯み、

「のっ、乗っていいんですか」

 と間の抜けた様子で訊ねた。小鳥遊さんがどうぞと言うので、ミチルはアイスが入った袋を下げて、その黒い艷やかなシートに腰を下ろした。なんだこの座り心地は。しっかりしているのに、とても落ち着く。

 ミチルが警官にウインドウを開けてお礼を言うと、小鳥遊さんは運転席についてハンドルを握った。エンジンがかかっているのはわかるが、不快な振動は一切ない。クレハは普段から、こういう車に乗っていたのか。


 小鳥遊さんは、ミチルの案内のとおりに自宅まで送り届けてくれた。すると、自宅のガレージの前に、木刀を構えてバイク用のヘルメットを被った、不審な少年が周囲に睨みをきかせている。

「おや」

「…バカ弟です」

 顔から火が出る思いで、ミチルはそれだけ言った。いちおう、自宅にも電話して事情は説明しておいたのだ。小鳥遊さんは無言である。黒塗りの高級車が静かに停まると、不審な少年は木刀を構えて臨戦態勢を取った。やめろ、バカ。

「ハルト!何やってんの!」

 ドアを開けるなり、ミチルはハルトのヘルメットを取った。

「ストーカーの奴をボコボコにしてやるんだよ!」

「しなくていい!恥ずかしいから家に戻ってなさい!あんたが不審者になってどうする!」

 ミチルは、近所のおばさん達がヒソヒソ話している中、ハルトを無理やり家の中に押し戻す。振り返って、小鳥遊さんに深々とお辞儀をした。

「小鳥遊さん、今回はありがとうございました」

「礼にはおよびません。私はクレハお嬢様のご指示で動いたまでのこと」

「あの、ひとつお伺いしていいですか」

 ミチルは若干緊張しつつ、どっちを訊ねるべきか迷った末、今直接気になっている事を優先した。

「小鳥遊さんって一体、何者なんですか」

 すると、その質問が可笑しかったのか、小鳥遊さんは初めて小さい笑いを見せた。

「何者、ですか。なるほど…」

「なんだか、只者ではないような雰囲気があって」

「まあ、いわゆる一般の方とは少しばかり異なるのは、認めますが」

 運転席のドアに手をかけながら、小鳥遊さんはひとつだけ答えた。

「そうですね。”探偵のようなもの”、とだけ申し上げておきましょう」

 それだけ言い残すと、礼をして小鳥遊さんは颯爽と運転席に乗り込み、静かに黒塗りの高級車はミチルの自宅前を走り去った。ミチルは若干呆然とし、近所のおばちゃん達は相変わらずヒソヒソ話をしている。遠くにはさっそく、パトロール強化中の警官の姿も見える。この状況でストーカー行為ができたら、なかなか骨のあるストーカーだろう。

「探偵のようなもの、ってどういう意味だろう…」

 じゃあ純粋な探偵ではないのか。クレハの家に仕えているのは確からしいが、それはいわゆる会社員なのか。ますますわからない。やっぱりクレハにちゃんと聞こう、と思った時、すごいタイミングで電話が鳴った。


「もしもし」

 ミチルはひとまず自宅に入ると、『クレハ』と表示された相手の電話に出た。

『ミチル?龍二さんから連絡があったわ。ひとまず、パトロールはついてくれたみたいね』

「クレハ、ありがとね。あなたのおかげで、助かったわ」

『どういたしまして。他のみんなは、とりあえず何事もなさそう。今回は、ミチルだけ変なのに標的にされちゃったみたいね』

「あはは」

『笑いごとじゃないわ』

 クレハの声は真剣だった。そういえば、クレハはいつも羽目を外さない。基本的にメンバーの中で、一番なんというか、地に足のついた人間だ。

『音楽祭のこと、もうすでにネットで話題になっているわ。私たちの想像以上に』

「…そうなの?」

 正直、ミチルにはあまり実感がなかった。普段そこまでネットの情報に興味がないので、マヤあたりと話が通じない事もままある。それに話題といっても熱しやすく冷めやすい日本人、どうせすぐに消えてなくなるだろう、とミチルは思っていた。

『そうだと思うけど、その熱してる間に何が起きるかは予測がつかないわ。特に今の世の中はね』

「…有名になるって、そういう事でもあるのか」

 ミチルは暗たんたる気持ちになった。仮に音楽で成功したとして、それはいい事ばかりでもない、ということだ。最悪、誰かに命を狙われる事も実際にある。そして、もし自分がある程度の名声を手にした時、自分もそういう事件に巻き込まれないという保証はどこにもない。

「勘弁して欲しいわね。プロデビューさえしていない、ただのアマチュアコピーバンドなのに」

『でも、ゆうべのミチルは綺麗でかっこ良かったもの。変な事を考える人が現れても、不思議はないわ』

「おっとー。なんにも出ないよ」

 照れ隠し半分に、ミチルはジョークではぐらかした。ジュナがミチルを褒めるのはからかい半分の事もあるが、冗談が通じないクレハに言われると、真剣みがあって焦る。

『ねえ、ミチル。…あなた、プロになりたいと思う?』

 唐突なクレハの問いに、ミチルは押し黙った。それは、つい最近ジュナからも問われた事だったからだ。クレハから、このタイミングでそれを問われるとは、考えてもみなかった。

「…なりたくない、って言ったらウソになるかな」

『ミチルらしい言い方ね』

 クレハは笑った。どの辺がミチルらしいのか、ミチルにはわからないが。

「…どう答えたらいいのかわからない。けど、昨日ステージで思った事を、そのまま言うね」

『ええ』

「みんなとね、ずっと一緒に、お婆ちゃんになるまで、ステージに立ってサックスを吹けたらいいな、って。そう思ってたら、涙が出て来た」

 これは自分らしいな、とミチルは思う。

「でも、そこから先がわからないんだ。私がプロになりたいとして、みんなはどうなのか、って。みんな、それぞれの事情とか、気持ちがあるわけだから」

『……』

「だいいち、なると決めてなれるものでもない。ただ」

 ミチルの言葉が途切れた。クレハも、少し間を置いて訊ねる。

『…ただ?』

「ただ、昨日のステージで、ひょっとしたら私たち、とても重要なハードルを、もう越えてしまったような気がするんだ。決定的な何かを」

 ミチルの言葉に、クレハは無言だった。それは、同じ事を考えていたからだろうか、それとも、考えてもみなかった事だからだろうか。ミチルは、クレハとこうして深く話し込むのが新鮮で、もっと話をしてみたい、と思い始めていた。すると、思考を遮るように、何やら階段をドタドタと上がって来る音がした。聞き慣れた足音だ。

「ミチル、大丈夫か!?」

 それは、40代で妙に白髪が増え始めたのを気にしている、グラフィックデザイナーの父親だった。普通に電話をしているミチルを見て、父親の大原渡42歳はほっと胸を撫で下ろした。愛用の液晶ペンタブに、なんだか知らないケーブルをぶら下げたまま抱えている。少しは落ち着け。

「ごめん、クレハ。ちょっと家の人を私の方が落ち着かせないといけないから、切るね」

『…ええ。いろいろ、気を付けてね。それと、ひとつだけ』

「え?」

『ストーカーについては、龍二さん…小鳥遊さんが動いた以上、たぶんもう捕まるのは時間の問題だから、安心していいと思うわ。それじゃ』

 それだけ言うと、クレハはさっさと通話を切ってしまった。どういう意味だろう。小鳥遊さんが動いた以上、とは。そういえばさっき、小鳥遊さんは自分の事を、探偵みたいなもの、と言っていた。

「ねえ、お父さん。日本の探偵に、捜査とか逮捕の権限はないよね」

 唐突な娘の質問に、渡は一瞬何事かと思いつつ、冷静さを取り戻して答えた。

「あ、ああ…テレビドラマみたいな事は、法律で出来ないよ。そもそも日本の探偵は海外のような、ライセンス制の探偵じゃないからね。基本的に探偵っていうのは”民間人”にすぎないんだ。金田一少年もコナン君も、現実にいたら探偵法その他で引っ掛かって逮捕されているだろうね」

 後半は言わないで欲しかったと思いつつ、やっぱりそうだよな、とミチルは頷いた。しかし、と渡は言う。

「例えば、民間人であっても相手が”現行犯”であれば、逮捕や実力行使を認められる場合がある。これは高度な法律の判断が必要だから、うかつに捕まえて逆に逮捕される事になるかも知れない。けれど刑法を含めた法律に詳しい場合は、”どこまでならやっていいか”を瞬時に判断できる人も、いるかも知れないな」

 そんな人、本当にいるのだろうか。そういえば、そのスジの人とはつまるところ、法律のプロフェッショナルだと聞いた事がある。要するに、”どこまでならやっても捕まらないか”ということだ。


 ストーカーとは違う意味で、ミチルの背筋に戦慄が走った。

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