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Light Years  作者: 塚原春海
【終章】-ザ・ライトイヤーズ-
186/187

THE AUTUMN OF '75

 オーディオマニアは音を聴いているだけで音楽を聴いていない、とネットに書いてあった。それを薫の祖父に話すと、そんなのは何十年も前から言われてきた話だ、と言われた。

 祖父の回答は単純明快だった。それは車が好きな人に、あなたは機械が好きなだけで、景色や旅を楽しんでいない、と言うのと同じだ、と。だが、車が好きな人はたいがい、ドライブ自体が好きな人だ。それと同じで、オーディオマニアはそもそも音楽が好きな人がほとんどだ。それどころかヒットチャートを確かめるだけの普通の人より、何倍も音楽が好きな人達なのだ、と。

 

 自分が好きだと思ったなら、それが真実なのだと祖父は言った。犯罪、あるいは他人に大きな危害を与えない限り、人は自由なのだと。


 自由。


 いまステージに立っている先輩達は、1年にも満たない間に、自由に飛び回る翼を手にしたように見える。

 もちろん現実には、それを阻むものも多い。インディーのフュージョンバンドのブレイクと、メジャーのロックバンドのブレイクとでは、同じブレイクでもケタが違う。先輩達自身の、表現力の限界もある。それでも、先輩達は自由な音楽をやっている。


 それじゃ、自分の自由とは何だろう、と薫はステージのミチル先輩を見て思った。自分は何がしたいのだろう。先輩は、音響の道に進むべきだと言う。確かに、音響には関心がある。今こうして聴いているライブハウスの音響にも、大いに不満がある。中高音に癖があるし、低音もこもっている。それがライブハウスらしさだという気もするが。

 

 音響にももちろん興味はあるが、いま関心があるのは音楽だ。もし10年、20年経っても、先輩達と一緒に音楽に携わる事ができたら、楽しいだろうなと思う。

 それは、夢想だろうか。だが、先輩達は9か月前には想像もしていなかったステージに、いま立っている。人生は大人達が言うように、思い通りには行かないのかも知れないが、思わぬ形で何かが叶う事もあるような気がする。

 今はまだ、明確な夢はわからない。けれど、想像するだけなら自由だ。先輩達と、あるいはリアナやサトル達とも、ずっと一緒に何かを創造して行ければ、それ以上の自由はない、と薫は思う。


  -#-


 張り替えたばかりの弦に、照明が反射する。モニターから返ってくる音は心地よい。

 折登谷ジュナは中学まで、基本的にロック少女だった。ギターを奏でるのも、歌うのも楽しかった。ただ、中学での最初のバンドは流行りのナンバーのコピーばかりで、正直言うと刺激がなかった。そのバンドが自然消滅した後、兄貴の知り合いで少し年上の人達のバンドに参加させてもらい、ミッシェル・ガン・エレファントだとかのコピーで何度かライブをやった。ライブハウスの仕組みだとかは、この時に覚えた。

 

 そのバンドからもいつしか自然に抜けてしまい、高校に上がると、軽音部がない事に気付く。まあそれならそれでいい、誰かバンドがやれる奴を探そう、と思っていた。

 だが、そんな簡単には見つからない。参ったな、と諦め始めたころ、クラスの工藤マーコが、実は趣味で電子ドラムを叩いているんだ、と打ち明けてきた。バンド経験はあると言えばあるが、真似ごと程度で面白いものでもなかった、という。

 それでも、気は合いそうだし、こいつをひとまずキープしてバンドを考えよう、そう思っていた矢先だった。うちの学校にはフュージョン部がある、という事をジュナは知った。フュージョン。ロックでもジャズでも、吹奏楽でもない。

 逆にそれが、面白そうだと思った。流行ってない音楽というのは、ある意味で精神的にロックだ。とにかく、体験入部は受け付けているそうなので、マーコを連れて顔を出して見た。


 てっきり物置だと思っていたボロい小屋が、そのフュージョン部の部室だった。中は意外に広い。訪れてみると、先輩5人に、入部したばかりの長髪の子と、お団子の子がいた。長髪の子は美人だなと思った。

 ギターやってました、と言うと、髪を立てたいかにもロック好きそうな男子の先輩が、ちょっと弾いてみろとハムバッキングのストラトを持ち出してきた。とりあえず、ヴァン・ヘイレンの"Eruption"の真似事をやってみせると、爆笑して拍手してくれた。適当なコードを押さえてリフをやるだけだと思っていたらしい。上手い、上手いと言いながら、今度はその人も同じ曲をやって見せた。

 上手い!なんだこの人!ジュナは、一見チャラいだけの(実際チャラかったが)この先輩が、恐ろしい腕前だと知った。地に足のついた演奏。これに比べると、ジュナの演奏はまだまだ浮ついている。そのあと、高中正義とか、ラリー・カールトン、ウェス・モンゴメリーといったフュージョン、ジャズの演奏も聴かせてくれた。ジュナは知らないサウンドだ。それが新鮮で、そこからギター談義に移った。やっぱりハムバッキングがいい、しかしシングルの音も捨てがたい、などなど。

 マーコはマーコで、試しに叩いたドラムが、背の高い先輩の耳に留まったらしい。その場でさっそく、ハイハットの高速での叩き方を教わっていた。結局、その日のうちに入部届にサインすると、翌日からジュナは自分のギターを持って登校し始めた。

 

 その後ほどなくして、ゆるふわロングヘアのお嬢様っぽい子が入部してベース担当になると、バンドメンバーが固まる事になる。

 だが、パートが揃っても、1学年の夏までは、息が合っていたとはお世辞にも言い難かった。まず、ジュナはお団子ヘアの奴とウマが合わなかった。何なんだこいつ、理屈っぽい。一方、長髪美人の大原ミチルとは単純に気が合った。一本気で、真剣だ。それに、フュージョンやジャズをビックリするくらいよく知っている。すぐに意気投合して、ジュナはフュージョンという音楽の良さを、ミチルを通じて改めて知る事になった。

 

 夏休みが過ぎる頃には、ようやくバンドもまとまってきた。あの理屈屋お団子のマヤとも、奇跡的に打ち解けた。理由は色々あるが、そのひとつは、あいつなりに音楽に対して真剣なんだと知った事だ。それに、譜面の読み書きを独学で覚えた、と知った時は、正直言って敬服した。凄い奴だ。ジュナは基本的に、そういう芯と気概がある奴が好きだった。

 クレハはクレハでおとなしそうに見えて、妙に気丈で頑固な所が面白い。仲良くなったきっかけは、歩きスマホに本気で注意してきた事だ。そんな奴、今まで親以外にいなかった。なんか、いい奴だなあ、と思った。


 ジュナは、このバンドの出会いは奇跡だと思う。今こうしてステージに立っている事に、大きな喜びを感じる。いま奏でているのは、自分達の代表作"Dream Code"。ミチルが、夢の中で思い付いた曲だ。

 ミチルと、肩を寄せ合って長い長いソロを弾く。髪が触れ合い、絡み、互いの汗が混じり合う。サックス、ギターがライトに煌めく。フロアから、女の子達の歓声がかすかに聴こえた。この高揚は、他の何ものにも代えがたい。ステージで音楽を奏でる、ただそれだけの事が、それこそが自分自身なのだと心から信じられる。

 どこまで行けるのかは、わからない。けれど、自分はミチルと一緒に行くと決めた。その事に迷いはない。世界に向かって誓える、自分たちは最高の相棒だと。


 さあ、次で最後だ。きっちり決めようぜ、相棒。


  -#-


『一年前の今ごろ、自分の夢を、はっきりと認識してはいませんでした』

 ミチルは、サックスを吹き続けて疲れた喉から、マイクロフォンにすがるように語った。

『正直言うと、いまも明確にはわかりません。ただ、この4人と出会って、色んな人達と関わって、少しずつ見えて来た気がします』

 フロアから、ミチルさーん、と黄色い声が飛んでくる。

『まだ、スタートラインにつけたのか、それもわかりません。ただ、以前は誰も見ていないトラックを走ってばかりいたのが、今はこうして、観て、聴いてもらう事ができます。それは、本当にありがたい事で、こうしてチケットを買って来てくださる皆さんには、本当に感謝しています。ありがとうございます』

 ミチルは深く頭を下げる。他のメンバーも一緒に。フロアからは、温かい拍手が送られた。

『ライトイヤーズは、これからも活動を続けて行きます。ただ時期をみて、メンバー全員で改めて、音楽の基礎を学ぼうと決めているので、その時は活動を縮小するかも知れません。いつか、一回り大きくなった私達の音を、聴いてもらえるように頑張ります。今日ここにいらっしゃった皆さんも、来られないけれど励ましのメッセージをくださった皆さんも、私達について来てくださると、とても心強いです』

 今まで、ステージでは必ず涙が出た。けれど、今日は胸が熱くなるような充実感があるのに、涙は出てこない。かわりに汗が吹き出す。精神的に成長したのかどうかはわからない。涙を音に変えて、ステージを締め括ろう。

『最後の曲です。”Blazing Horizon”』


 力強い、大地を走るようなベースとバスドラムが響く。ジュナのギターは、サバンナに吠えるライオンのように轟き、マヤのシンセサイザーは吹き抜ける風だった。

 何億年もの太古から、幾度となく大地を赤く染めてきた夕陽のように、ミチルのサックスは深々と響いた。一日の終わり。全てが平等に、燃える地平線に飲み込まれてゆく。雄大な空と大地の間には、人の営みの勝ち負けなど、何の価値もない。世界の美しさを、人が超える事はできない。


『ベース、千住クレハ』

 ゆるやかな髪をたたえた少女は、ジャズベースのネックを握ったまま一礼する。

『ドラムス、工藤マーコ』

 数秒間のアドリブのあと、ミディアムヘアの少女は小さくお辞儀をした。

『ギター、折登谷ジュナ』

 エディ・ヴァン・ヘイレンのようなギターソロを鳴らし、ヘアバンドの少女は勢いよく腰を曲げ、セミロングヘアから汗の雫がステージに落ちた。

『キーボード、金木犀マヤ』

 少し大人びたお団子ヘアの少女は、凛とした姿勢で会釈した。

『サックス、大原ミチルでした。今日は本当に、どうもありがとう!』

 再び、全員で深く頭を下げる。マヤがあらかじめ作曲、レコーディングしてあったライブ終了、退出用のBGMが流れ、フロアからは怒涛のような拍手、歓声が湧き起こった。何度経験しても、この感動に勝るものはない。

 いつ終わるのかわからない波濤のなか、ミチルたちは名残惜しくもそのステージを立ち去った。それでも歓声と拍手は鳴り止まない。


  -#-


 いったい、いつこの歓声は終わるのだろうかと、ヘッドセットを装着してフロアの片隅に立っていた小鳥遊龍二は思った。ザ・ライトイヤーズのライブを聴くのは当然、初めてではない。

「桐島、花園。何もないとは思うが、ステージ左右の目立たない場所で、念のためスタンバイしていろ」

『了解』『了解』

 名目上は”小鳥遊探偵社”のスタッフである二人に、龍二は指示した。万が一、密閉された空間でオーディエンスが何らかの暴挙に出た時のため、3人は会場に散らばっていたのだ。


 はじめは、クレハお嬢様がバンド活動をされるというので、千住組の会長からそれとなくサポートするように言われていただけだった。それでも、小学校の頃から見守ってきた立場としては、やや内にこもりがちなお嬢様が、ご学友とともに活動されるのは喜ばしい事だった。

 だが、昨年夏からは様相が変わった。それまで”お嬢様とご学友の方々”にすぎなかったバンドは、ある日突然、”ザ・ライトイヤーズ”というはっきりした名前のバンドとして生まれ変わったのだ。まさに青天の霹靂。彼女たちはステファニー・カールソンのオープニングアクトを務めたことを皮切りに、数々の小さな伝説を打ち立ててゆく。

 龍二はいつしか、ザ・ライトイヤーズのいちばん身近なファンになっていた。部下の桐島も、花園もだ。現場まで送迎する事、機材を運ぶ事、それだけで楽しかった。それまでになかった、喜びを感じた。晴天の霞ケ浦をバンで通り抜けた時の事は、昨日のように思い出せる。

 このバンドと関われる事が、いまの龍二達にとって小さな誇りだった。いつまで、自分たちはライトイヤーズの側にいられるだろう。いつか、自分たちを必要としなくなるほど成長する、その時まででもいい。今の距離で、あの5人を見守りたい。


 アンコールが聴こえてきた。さあ、クレハお嬢様。まだ、お客様はライトイヤーズの演奏をお望みです。私はステージのアドバイスはできません。ご自身でお決めにならなくてはなりませんよ。


  -#-


「参ったな」

 ボトルのスポーツドリンクを4分の3ほど一瞬で流し込んだジュナが、袖から響いて来るアンコールに頭をかいた。

「何曲か残して、いったん切り上げるべきだったか」

「いまさら言っても仕方ないでしょ」

 突然、ドアを開けていつもの誰かさんがクールに言い放った。薫だ。

「もう、コピーでしのぐしかないよね」

「同じ曲を二度もやるわけにはいかない」

 ミチルとマヤは、うーんと唸った。すると薫は。さも当然のように言った。

「そういう時の、フュージョン部の心得があるでしょ」

 フュージョン部。厳密には、まだ自分たちはその部員である。そして、フュージョン部には伝統的に、切羽詰まった時の心得があった。ミチルはマヤと、互いを指差して言った。

「誰でも知っていて」

「すぐやれる曲!」

 思わず、互いに苦笑する。けっきょく自分達は変わっていない。薫はミチルに、こういう時のためにスマホに準備している、T-SQUAREのプレイリストを表示してみせた。

「アンコールは2回目も起きる可能性がある。それを考えてね」

「どうすりゃいいのよ」

「とりあえず、いま出て行ったら3曲やる。そのあともアンコールがあったら、もう1曲だけやって、あとはもう終わる。それでいいんじゃないの」

 仕切る仕切る。だが、この図々しさが今は頼もしかった。

「もう、決めちゃっていい?」

「いい!任せる」

「じゃあ、1曲目は…」


  -#-


 ひょっとしてもう終わりなのか、と佐々木ユメが思ったその時、5人は駆け足でステージに戻って来た。なんとなくドリフのコントを思い出す。これが、さっき感動の渦を巻き起こしたバンドである。

『あー』

 ミチルがコンコン、とマイクを叩く。さっき話してたばかりだろう。

『昨年の市民音楽祭でもアンコールがあって、その時を思い出しました。が、ここでみなさんに報告しなくてはならない事があります』

 何だ何だ。とフロアはザワつくが、ユメも、隣の風呂井リンも、市橋菜緒もだいたい、次にミチルが何を言うか予想がついた。

『オリジナルの持ち曲がもうないので、ここからはJASRACに著作権料を払って演奏する事になります』

 身も蓋もない。フロアは一瞬の沈黙のあと、大爆笑に包まれた。さっきの感動を返せ。メンバーは何食わぬ顔で、チューニングを直したりしている。ソウヘイ達も、もう笑う以外にない。1年生達は呆れて脱力していた。


 一瞬で「フュージョン部」に戻ってしまった5人だった。ミチルはアルトからEWIに持ち替えている。ドラムのカウントもそこそこに、アンコールの1曲目が始まった。T-SQUARE"明日への扉"。基本的には8ビートの、それほど難しい曲ではない。さっきまで全力で演奏したあとの場つなぎとしては、ちょうどいい選曲だ。イントロはなく全員一斉にAメロから入る、珍しいナンバーである。

 ライトイヤーズのファンの中には、彼女たちによるフュージョンの名曲のカバーを生で聴きたい、という声も多いので、むしろこれはお客さんとしてはけっこう得をしたのかも知れない。

 この曲は全体的にはミドルテンポの穏やかな構成だが、間奏のギターソロだけは、どうかしたのか、というくらいの超絶プレイが求められる。さて、おととし全然弾けなくて悔しそうだったジュナはどうだろうか、と思っていたが、安藤まさひろの生霊にでも憑かれたのか、というほどの完璧な演奏だった。師匠のソウヘイが爆笑してひっくり返っている。もう、笑うしかないのだろう。それはそうだ、大人のギタリストでもおいそれとコピーできないソロを、17歳の少女が平然と弾いてのけるのだから。


 続くナンバーは、おなじみのバスドラム。

『今日は本当に、どうもありがとう!それじゃみんな、いくぞ――——!』

 永遠の定番曲、TRUTH。ついこの間、卒業式のあとやったばかりだ。あの時はミチルのEWIにサックスが5人いたが、今日は原曲どおりEWI1本。

 だが、ここでミチルは小技を効かせてくれた。EWIに、たっぷりとリバーブをかけている。ちなみに、ミチルのすぐ近くにはEWI用のノートPCが稼働しているのだが、フロアからは見えないようにうまく隠してあった。このロフト席からは見え見えである。

 ライブではリバーブを省略される事が多いこのナンバーだが、初代の原曲のイメージに近付けるため、あえてエフェクターを使用したのだろう。

 ここでもジュナのギターソロが光る。もう、どうにでもなれという無茶苦茶なソロに、ミチルも負けまいと応えた。キーボードのマヤがバックを弾きながら苦笑している。お前ら頭は大丈夫か、と。ラストのEWIも好き放題であり、2分半くらい吹きっぱなしだった。録音していたら、音源をあとで貰おう。

 誰でも知っている名曲であり、フロアが最高潮に達したところで、ようやく演奏が終わる。凄まじい歓声。ユメたちも拍手を送った。


 ふいに静かになったところで、マヤのピアノが流れる。ミチルはいつの間にか、アルトサックスに持ち替えていた。もう、遠慮なしの名曲の畳みかけだ。”Twilight In Upper West”。

 この曲は、ベースと他のパートの絡み合いが重要になる。ベースがこれほど重要な曲もない。クレハは愛用の5弦ベースで、情感たっぷりに見事なベースを弾いてみせた。マヤのピアノはどこまでも叙情的で、ミチルのサックスは情熱的だ。ギターはさり気なくバックに回り、演奏に華を添える。引っ越し作業をほったらかして、来た甲斐があった。これを聴かないで引っ越したら、絶対後悔していただろう。

 演奏が終わると、もうこれで終わりです、とばかりに全員が頭を下げた。もう、著作権料を払うのは勘弁してくれ、という事か。


 だが、5人が引っ込んでも、再び容赦なくアンコールが湧き起こった。面白いのは、アンコールが始まってすぐに5人が引き返してきた事だ。やっぱりそうなるか、みたいなノリである。

『1曲だけだよ!これ聴いたら車に気をつけて帰ってねー!』

 オーディエンスに向かって何て言い草だ。大急ぎでメンバーが再びポジションにつくと、始まったのはスクェアファンにはおなじみの、ギターのカッティングとバスドラムのイントロだった。”It’s Magic”。ミチルの出だしが遅れたのはご愛敬。疲れているのだろう、多めに見てやる。

 みんな、汗だくだが楽しそうだ。あのステージに自分も、アルトを提げて乱入したい。となりの菜緒も、そんな表情をしている。

 マヤもいよいよ破れかぶれになってきたのか、ソロで滅茶苦茶なキーボードを聴かせてくれた。だが、いつものような崩れは見せない。いよいよ演奏レベルが本物に近付いてきたようだ。

 ラストは圧巻だった。ミチルのソロが延々と3分以上続く。ユメから、即興の何たるかを叩き込まれたミチルだからこそできる事だ。ついに短調なバッキングに飽きたのか、ジュナも勝手にギターソロで参戦する。いつものように、ミチルとジュナは肩を寄せ合って、そこからさらに3分一緒に弾き続けた。


 結局、原曲では5分ちょっとの曲を11分かけて演奏し、大喝采の中ザ・ライトイヤーズの初のワンマンライブは幕を閉じる――—かと思いきや、メンバーも盛り上がってしまったのか、最後にもう1曲だけ演奏した。ミチルはEWIに持ち替え、もう疲れ切った様子でセンターに立つ。

 静かなピアノとベース、クリーントーンのギターの穏やかなイントロ。T-SQUAREの1995年のアルバム”Welcome To The Rose Garden”収録、”THE AUTUMN OF ‘75”。


 圧巻のライブは、切なく温かいバラードと、盛大な拍手の中、今度こそ本当に幕を閉じた。

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