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Light Years  作者: 塚原春海
【終章】-ザ・ライトイヤーズ-
174/187

Stimulator

 その翌朝、マヤはついにゾンビゲームのやりすぎで自身もゾンビ化し始めたか、というような様相で部室に現れた。深夜何時までアレンジ作業をしていたのだろう、表情は虚ろで、目の下にはクマができている。隣でクレハが倒れないよう支えつつ、登校してくる始末だった。

 マーコがエクソシストを呼ぶべきだと主張し、ジュナがマイケルのスリラーのモノマネをやらせよう、と言い出したタイミングで、マヤはUSBメモリを昔の某仮面ライダーの変身ポーズのように、ミチルの目の前に示した。

「アレンジをまとめてきた」


 マヤがミチルのデモ音源をもとに、徹夜でまとめてきたアレンジは、およそひと晩で仕上げたとは思えないようなレベルのものだった。モニタースピーカーから流れる再生音を、バンドメンバー全員が真剣な表情で聴き込んでいた。

 全体としてはハイスピードな8ビートの基本的なリズムだが、イントロは16ビートで、冒頭のあたかもファンファーレのような高らかなサックスのあと、鋭くかつ重量感のあるベース、シンセが入る。大昔のプログレ一歩手前といった印象のイントロのあと、空を裂くようにAメロへ導入するギターが入り、そこからミチルのメロディーへと受け渡される。

 ミチルのメロディーはマヤのアレンジを得て、いよいよ完成に近付いた。Bメロではメインがギターに引き渡され、サビでサックスが爆発する。だが、間奏のメロディーは入っていなかった。ジュナが首を傾げると、マヤは無言でジュナを指さした。つまり、間奏はジュナのギターに任せる、ということだ。例によって、間奏明けでちょっとした転拍子が仕掛けられてはいるが、ほんのアクセント程度だ。

「うん、いいね。マヤ、お疲れ様。ありがとう。ジュナもね」

 ミチルは、ふたりに向かって両手を合わせた。ジュナのアドバイス、マヤのアレンジがなければ、この曲は完成しなかったのだ。だがマヤは、重要な事を言った。

「ごめん、みんな。さすがに譜面まで起こす気力はなかった。つまり…」

「耳コピで仕上げないといけないって事でしょ」

 クレハが、言いづらそうなマヤに代わって言った。マヤは眠い目をしたまま、申し訳なさそうに頷く。

「関係ないよ。どうせあたし、もともと耳コピドラマーだから」

 こういう時、マーコは本当に頼もしい。譜面はまだ苦手だが、譜面なしで曲全体を把握してしまう能力は、実はバンドで随一である。ミチルは、楽曲を完成させるプランを即座に練った。

「まず、全員でマヤが作ってくれたデモを頭に入れよう。ストリートライブの時の要領だよ。構成はそんな面倒じゃないよね、マヤ」

「うん。間奏明けで4分の3拍子のあとブレイクが入るくらい。全体は8ビートで、構成は古典的なJ-POPとほとんど変わらないから、覚えるのはそんなに苦労はないはず」

「よし、私達はこの1曲に集中しよう。薫の作業はどうなってるかな」

 ミチルは、今朝まだ会っていない1年の村治薫の進捗が気になった。ミキシングとマスタリングを任せているが、どこまで進んだだろうか。ジュナが「そういえば」と、斜め上を見ながら薫との会話を思い出していた。

「もう、あらかた作業は終わってるって言ってたけどな。例の手焼きCD-Rはどうすればいいんだ、って言ってたが」

「お煎餅じゃないのよ」

 手焼きCD。ストリーミングの時代にあって、もうCD-Rでの音源販売というのは過去のものになりつつある。だが、ライブハウスで出会う30代、40代の大先輩バンドの人達は、CD-R全盛の時代を体験している。その話を聞いて、ミチルは自分でもCD-Rでの音源販売というものをやってみたくなった。

「大変だぞ。仮に予定期日までアルバムができたとして、ライブまでは1週間もない。その間に、CD-Rにアルバムを焼いて、レーベル印刷して、ジャケットも…」

 ジュナがそこまで言って、全員が蒼白になった。ミチルが叫ぶ。

「ジャケット写真!」

「そうだよ!すっかり忘れてた!」

 ミチルとジュナは、がく然として互いを見る。レコーディングの事で頭がいっぱいで、ジャケット写真の事をまったく考えていなかった。ミュージシャンはビジュアル素材も準備しなくてはならないのだ。それどころか、ビジュアルにはミュージシャンの個性が出る。ジャケット写真とは言うが、サブスクでもアルバムの画像は必要だ。

「なんかなかった!?」

 慌てるミチルに、クレハは冷静に答えた。

「素材になりそうなものなら、あの子に訊けばいいんじゃないかしら」


 長嶺キリカは、ミチルの唐突なリクエストに「待ってました」とばかりに胸を張った。

「そんなの、早く言ってくれれば良かったんですよ。昼休みまで待っててください。今まで撮り溜めてきた先輩たちのアーティスト写真、使えそうな構図のやつを見つくろっておきます」

 ショートカットの1年生が、これほど頼もしく見えた事はない。そして、キリカは自らも提案してきた。

「アルバムを出すからには、PVも必要ですよね。私達に任せてもらえますか」

「おおー」

 そういえばキリカとアオイ、サトルの3人は動画配信者だった。今までもミチル達の映像を音楽つきでアップして、好評を博している。もう時間がないので、何でもお任せします、という気になっていた。


 ミチルは授業の合間に、改めてライブまでの予定を順序立ててまとめた。


 ・アルバム完成

 ・配信用音源データ、およびジャケット画像の準備

 ・レーベルに音源を手渡す

  進捗はインスタグラム、ツイッター等で逐次伝える

 ・ライブ物販用のアルバムCD-Rの準備

  記録用ディスクメディアの選定、書き込み、ジャケット印刷

 ・ライブ演奏の準備

  アルバム収録曲の練習、既存の楽曲の復習

 ★アルバムリリース

  サブスクリプション各サービスで一斉配信

 ★レコ発ライブ

  南條市内ライブハウス”マグショット”にて


 ざっとこんな所である。もちろん、このとおり進んでくれる保証はない。イレギュラーな要素が入り込んでくるのは、ザ・ライトイヤーズのお約束である。何もありませんように、とミチル以下全員が思った。

 


 昼休み、ミチル達はダッシュで部室に集合する。すると、キリカを先頭に1年生が待ち構えていた。パソコンに、今まで撮り溜めてきたミチルたちの写真データを揃えておいてくれたのだ。キリカ以外の薫たちは単なる野次馬である。

「わー、懐かしい」

 ひとつのフォルダにあったそれは、主に夏に撮影された写真群だった。市民音楽祭。雑誌の取材。そして。

「わあ!」

 ミチルとジュナが揃って驚がくした。それは、喫茶店でバイトしているミチル達のメイド服姿である。

「あっ、やべ」

 口ではそう言いながら全く悪びれる様子がないキリカが、あっけらかんと説明した。

「リアナに頼まれて盗撮したんです。ミチル先輩の叔父さんのお店に、3回行きました」

 盗撮を自分からバラす犯人もそうそういない気もするが、いつの間に店にやって来たのだろう。ガラス越しに撮っているようだが、偏光フィルターを使っているのか、映り込みがない。もう盗撮のプロである。おまわりさんこいつです。

「ジュナ。罰として、リアナにめちゃくちゃハイレベルな課題出しておいて」

「任せとけ。アルバム収録終わったら楽しみにしとけよ、リアナ」

 盗撮の首謀者であるリアナは、若干顔を引きつらせながら小さく「はい」とだけ答えた。

 写真は他にも山ほどある。厳密にはキリカ達が撮ったものだけではない。ミチルたち自身が撮影したものも、一緒にまとめられていた。その中から一枚の写真を、キリカが推薦した。

「私は、このあたりがシンプルでいいんじゃないかと思うんです」

 そう言って示した写真のフォルダには、なにやら水辺をバックに5人が並んだ写真が何枚もあった。服装を見るに、夏ではない。

「あっ、ジャズフェスの日だ!」

 ミチルは懐かしそうに手を叩いた。そう、昨年11月、ひたちなか市の海浜公園で行われたジャズフェスに向かった際、道中スマホで撮った写真だ。マーコも懐かしそうにファイルを開く。ハンバーガーらしき包みを手にした、クレハとジュナが並んで立っていた。

「あー、なまずバーガー!どこだっけ、あの湖!」

「霞ヶ浦でしょ。大橋を渡ったところにあった道の駅」

 マヤも、思い出しながら目を細めていた。マーコは次々に写真を再生する。

「わー、また行きたいな」

 時間にすればせいぜい4カ月かそこらの話なのだが、だいぶ前の事に思える。霞ケ浦大橋を渡った時、小鳥遊さんが運転するバンの中では、ザ・リッピントンズのアルバムが流れていた。バンド活動はライブだけではない。移動中目にしたもの、触れた空気、全てがバンドとしての体験である。

「あの時倒れてた子、元気かな」

「元気だよ。最近バンド始めたって言ってた」

「あそっか、ミチルはLINE交換したんだ」

 もう、当初の目的を忘れかけていたマーコとミチルに、ジュナが「おい」と言った。

「4カ月前を懐かしむのは、あらかた片付いてからにしてくれ。それで、どれにするんだよ」

 そうだった。今はジャケット写真を決めるのだ。すると、キリカがひとつの写真を指した。

「これ、私すごくいい写真だと思うんです」

 それは、霞ケ浦の水面をバックに、5人がジャンプしている瞬間の写真だった。マーコがポンと手を叩く。

「あー、他の観光客に撮ってもらった写真か」

「うん、悪くないね。湖と、青空がバックっていうのも爽やかでいい」

 頷くマヤに、キリカが付け加えた。

「先輩たちって妙なオーラがありますけど、この写真は逆にオーラ弱めの、ごく普通の女の子、っていう感じがして好きなんです。どうですか」

 キリカが、5人の反応を見る。ミチルは頷いたあとで、キリカと1年生全員に言った。

「うん。私達もこれでいいと思う。クレハ、レーベルに送っておいてくれる?」

「わかった」

 すると、マーコが提案した。

「ついでに、CD-Rのジャケットにも使えばいいじゃん。これにタイトル入れてさ」

「あ、そうだね。そっちはマーコに頼んでいいかな。そういうの得意でしょ」

「いいよ」

 なんだか、あっさり片付いてしまった。ビジュアル素材は用意できた。ミチルは改めて、薫に訊ねた。

「薫、何度も確認するけど、音源はもう大丈夫なのね」

「問題ない。あとは、最後の1曲を準備してくれればすぐに終わる」

 薫も薫で頼もしい。オーディオ部の廃部という出来事はあったが、その結果、音響の知識を持った薫がフュージョン部に来てくれた。ここまでの活動で、薫に助けられた部分は本当に多い。

「1年生のみんな、ほんとにありがとね。みんなの協力のおかげで、驚くほど短期間に、アルバムの完成が見えてきた。本当に助かった」

 ミチルの謝辞に、サトルは手をヒラヒラさせて言った。

「どうって事ないっすよ。っていうか、去年からやってる事の延長です」

「それはそうだ」

 サトルとアンジェリーカのツッコミに、全員が爆笑した。そう、要するに去年の夏から、やっている事は基本的に変わっていないのである。それが今回はたまたまアルバム制作だった、という事だ。

「ようし、最後の曲、きっちり作るよ!」

 ミチルの掛け声に、全員が力強く応えた。


 そこからのレコーディング作業は、それなりには困難を伴ったものの、着々と進んで行った。まず、マヤの指示でドラム、ベースのリズム隊が、全体の構成を掴むことが優先された。その傍ら、ミチル、マヤ、ジュナのメロディーライン組が、それぞれのパートを覚える。ミチルは自身が作曲した事もあり、覚えるのにそれほど支障はなかったが、問題はジュナだった。

「間奏どんな感じで行けばいいんだ」

 ジュナが、困ったという顔でレスポールを提げたまま、ミチルとマヤに訊ねた。

「こんな感じ?」

 その場で、適当なフレーズを弾いてみせる。いつもの、ジュナのテクニカルで鋭いソロだ。これでいい、という気もするが、ミチルもマヤも首を傾げた。

「うーん」

「悪くはない…っていうか」

「十分いいんだよなあ」

 それが逆に悩みどころだった。ミチルが聴くぶんには、十分いい。曲全体を引き締め、盛り上げるという、ソロの役割は十分果たせるだろう。だが、ここまで多くの曲のほとんどを事実上まとめてきた、ミチルとマヤには欲が出てくる。

「暫定、これでいいという事にするけど」

「うん。ジュナ、あなたならもうワンランク上を目指せる」

 マヤは、ジュナの目を見据えて言った。ジュナは一瞬不満そうな表情を見せたものの、ミチル達がジュナを信頼している事を理解したのか、口を結んで頷くと、ヘッドホンをして一人作業に戻った。

「さあ、人に注文つけてばっかりもいられない。マヤ、そっちはどう」

「私はそんなに目立った仕事はないんだけど、イントロがね」

 マヤは、自らデモ音源でまとめたイントロのキーボードを弾いてみせた。ジャーン、と冒頭で一気に掴むための展開だが、どうもうまく決まらないらしい。そこでミチルは提案した。

「とりあえず、適当なところで合わせてみようよ。でなきゃ始まらない」


 新曲の初セッションというのは、なんとも言えない空気だ。何しろ最初なので、きっちり合わせる方が無理である。予想通り、最初はミスの連続だった。やっているうちに、いちおう曲全体の構成は見えて来る。だが、「とりあえず自分のパートの音を置いておきます」という印象になってしまい、とても音楽と呼べるようなものではない。

「ま、最初だしこんなもんでしょ」

 何度か演奏を終えた状況で、ミチルはアルトサックスを置いてドリンクで喉を潤した。他のメンバーを見ると、クレハとマーコは特に問題なさそうだ。リズム隊が安定しているのはとりあえず安心材料ではある。

「私のサックス、なにか問題ある?」

「特にない。強いて言うなら、もっと感情を強めに表現してもいいかな」

 マヤの感想からすると、自分の演奏はまあ大丈夫だろう、と思えてくる。とりあえず、曲全体として形にはなった。あとは、楽曲としてブラッシュアップするだけだ。ミチルは、自信なさげにネックを握るジュナを見つめていた。

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