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Light Years  作者: 塚原春海
Roses Mistral
156/187

手製のカホン

 色々あったものの、ひとまず無事にザ・ライトイヤーズが納品した、タカソーデパートおよび系列スーパーでの、バレンタインデー催事用BGMは、1月末のある日から店頭に流れる事になった。

 当然の事ながら、バンドメンバーは自分達が作った楽曲が流れているのを、コソコソと最寄りのスーパーやデパートに確認しに行った。傍目には、単にバレンタインデーの贈り物を物色しにきた女子高校生である。


「おおー」

「流れてるー」

 マーコとミチルは、チョコレート色のUSBメモリが挿されたCDラジオから、つい先日自分たちがレコーディングした曲"Wind from Ghana"が流れている事に、素直に感動した。ここは市内の、タカソー系列のスーパーである。チョコレートをはじめ、クッキーやマカロン等が色とりどりに並んでいる。

「うんうん」

 チョコレートを見るでもなく、腕組みしてBGMに聴き入っている不審な少女2名。部室の消耗品等を買い出しに来たついでにチェックしてみたが、ひとまず無事に使用されている事で安心した。

「確かに雰囲気は違うね」

「うん」

 マーコもミチルも、そのサウンドが作る雰囲気が、作った立場からしても独特だと感じた。西アフリカ由来のビートに乗るピアノ。ちょっとジャズっぽい感じが、一般的なバレンタインBGMとはひと味違う。お客さんの反応も良いようで、カートを押して通りかかったお母さんが、ふと耳を傾けてコーナーに立ち寄ってくれている。

 ついでなので、前倒しでみんなにチョコレートを買って行こうかという話になり、コーナーの一角に陳列された商品群の前で二人は立ち止まった。青空の下でカカオが入ったカゴを笑顔で抱える、民俗衣装をまとった人々の写真。ポスターの隅にはさり気なく"フェアトレードチョコレート"とある。

「この間、クレハとマヤが言ってたやつだ」

 マーコが、ザラザラした紙パッケージのチョコレートをひとつ手に取った。ひと箱800円。

「たかっ!」

「なんか地味に高級感あるもんね。それでも、池袋だとかのお店にあるやつよりは安いよ」

 ミチルは、個包装されたアソートの袋を見る。こちらは1300円。そこまで高いわけでもない。

「お仕事がひと段落したご褒美だ。みんなで食べよう」


 買ってきたチョコレートを、だいぶ前倒しで部室の真ん中に広げて、フュージョン部の面々はティータイムと洒落込んでいた。

「ちょっと食感が違うね」

「香りがあって美味しいわ」

 マヤとクレハは、チョコレートひとつ口にする様子もなんとなく絵になる。ジュナとマーコは胡座をかいており、なんだか男子小学生の感があるな、とミチルは思った。マヤが2個目のチョコに指を伸ばしつつ訊ねる。

「BGM、流れてたの?」

「うん。なかなか雰囲気あったよ、自画自賛だけど」

「ひとまずはOKだね」

 ようやく、ひとつ肩の荷が下りた。ただの缶コーヒーも香り高く思える。

「タカソーさんに確認済みだけど、楽曲は公開していいそうよ。ついでって言うのもなんだけど、未発表の音源も、そろそろアップしてもいいんじゃない?ミストラルとの対バンでやったナンバーと、それから」

 マヤは、パソコンのひとつの音源を再生した。なんだか聴き覚えのあるヴァイオリンだ。

「ん?」

 ミチルは、記憶の糸をたぐり寄せてようやく思い出した。いつぞや自分で作った仮メロディーだ。マヤに預けていたのだが、アレンジが思い浮かばないというので放置されていたのだった。

「そういえば、こんなの弾いたね。作っておいて、忘れてた」

 ミチルは、マヤ以外のメンバーの反応を見た。クレハは少し考え込んでいる。マーコとジュナは一緒にリズムを取っていた。

「ちょっとプログレ・ポップみたいな感じか」

 ジュナの感想に、クレハも頷く。

「アレンジは難しそうね。うっかりすると80年代前半くらいの、ちょっと古いプログレみたくなっちゃうかも」

「けど、メロディーはいいぞ。少しミステリアスな、今までと違う音になる。マヤ、どうなんだ」

 結局最後に、アレンジはマヤに委ねられてしまう。だが、マヤはかぶりを振った。

「この曲ばっかりは、どうしても思い付かなかった」

「さしものマヤさんもお手上げか」

「でも、今なら何とかできそうな気もする。これも含めて、アルバムを作れないかな」

 マヤの一言に、全員がハッとした。アルバム。今まで、単発的に楽曲を発表しては来たが、まだアルバムは作っていないのだ。

「この間のライブでやった4曲と、今できたバレンタインの曲に、春まで作る予定の店舗BGM、そしてこの未完成の仮メロディー。これで7曲。それに、ジャズフェスでやった未発表曲もある。あと2曲もあれば、アルバムができるわ」

「確かに、海外のファンの掲示板を見ると、ファーストアルバムはいつなんだ、っていう声が目立つわね」

 クレハによると、北米とヨーロッパのジャズ界隈では、明らかにリリースが遅い事を不満に思うファンが増えているという。

「春までに、リリースできないかな」

「ちょっと急じゃない?制作依頼の曲も、まだ1曲あるんだよ」

 ミチルは頭の中でペースを計算した。学年末考査の期間を、勉強を含めて10日から2週間と見ると、3月いっぱい制作に充てるとして、1ヶ月半。ライブでやった曲はまだ正式にレコーディングしてはいないので、レコーディングそのものは全曲新たに録る事になるのだ。

 だがそこで、ジュナが提案した。

「ミチル、いつかお前、既存の曲を録り直したいって言ってただろ」

「え?うん、言ったかも」

「あの時あたし、キリがないって反対したけど。この間のライブのあと、アップロードしてある音源を聴いたんだ。そしたら、ちょっと原曲はテンポが速すぎるような気がしてさ。っていうか、初期の音源は全体的にテンポが速い」

 ジュナが挙げたのはミチル達の演奏する事が多いナンバー、"Shiny Cloud"、"Dream Code"、"Detective Witch"の3曲だった。

「速すぎるとスピード感があるっていうより、急いでるように聴こえるんだ。いま、ライブでやってるテンポがベストだと思う。いっそ、この機会に録り直せないかな」

「…なるほど」

 だが、ジュナが挙げた曲を入れると、曲数は13曲にもなる。さすがにちょっと多い。そこでミチルが、方向性をある程度まとめる提案をした。

「なら、今回デパートから受けた曲はシングル扱いにしたらどうかな。やっぱり、他の曲とはカラーが違うし」

「なるほど。じゃあ、これから作る店舗BGMと、今回のバレンタインBGMをシングルとしてアップロードして…」

「それを除いた11曲をアルバムとして出す。これでどう、みんな」

 ミチルとマヤの立てたプランに、クレハは少し首を傾げた。

「春というのは、ちょっと時間がなさすぎる気もするわね。無理にこだわらなくてもいいんじゃないかしら。そのかわり時間稼ぎと言っては何だけど、ひとまずデパートのBGMを早めに仕上げて、リリースしておくのはどう?」

「賛成。ついでにその時、アルバム出しますって宣伝すればいいじゃん」

 クレハとマーコの言う事も、その通りだとミチルは思った。マヤも、仕方ないといった顔をした。

「リリースが最近ないから、ちょっと気持ちが急いでたかも知れないわね。わかった、クレハの立てたプランでいこう」

 その日はそれ以上話す事もなく、久々に1年生のもとを訪れて、マスターしたというスクェアの曲を審査したあと解散になった。

 そろそろ学年末考査であり、まずはそっちに集中する。そのあとデパートから依頼された仕事を片付け、アルバムはその後じっくり作る、という段取りが見えてきた。曲じたいはほとんど出来ているし、何事もなければ、順当に進められるだろう。


 だが、たとえ年が明け、学期が改まろうとも、ジンクスというものはそうそう簡単に改まってはくれない。"ザ・ライトイヤーズには何かが起こる"というジンクスを、例によってメンバーはすっかり忘れていた。

 そして、今度こそ本当にミチル達は、2学年在籍期間中の、最後にして最大の試練に立ち向かう事になるのだった。



 

 2月中旬。ミチル達が住む地域は雪こそ降らないものの、3月終わりまでは寒さが続くため、まだまだ冬は終わらない。

「受験、頑張ってくださいね」

 ある昼休み、階段下のスペースでミチルは、落ち着いたブラウンの包装紙にくるまれた、細長い箱を佐々木ユメに手渡した。

「前倒しですみません。受験で忙しいだろうから」

「なんなら、受験会場まで同行してくれてもいいのよ」

「授業参観みたくなっちゃいますけど、それでいいなら」

 くだらない会話で、ふたりは笑う。こんなやり取りを校舎でできるのも、あと少し。その寂しさを振り払うように、ユメ先輩も提げたバッグから、銀のリボンで結ばれた黒いエナメル調の袋を取り出す。

「前倒しだけど」

「ありがとうございます」

 受け取った瞬間、入部して以来の全ての出来事が、ミチルの胸に去来した。奏法を叩き込まれたこと。課題曲をいくつも出されたこと。初めてライブハウスで一緒に出たこと。思い出が多過ぎて、感情のメーターが振り切れそうだ。こみ上げそうな涙を、ミチルは必死に抑え込んだ。

「あなた達も、もう忙しくなるんでしょ。学年末考査も終わったし」

「はい。例の、デパートのBGMを仕上げないといけません」

「最初聞いた時は、悪いけどあんまり面白くて笑っちゃったわ」

 それはそうだろう。デパート、スーパー、ホームセンターの店内BGMというのは、音楽の世界ではどちらかと言うと、揶揄の意味で使われる。特にフュージョンを、そう言って馬鹿にする人間は多い。だからこそ、そのデパートのBGMの仕事を引き受けた、という事実そのものが面白いのだ。ユメ先輩は、興味津々で訊ねた。

「どういう曲調でまとめてるの」

「聴かせるわけにはいかないんですけど、コンセプトとしては、転拍子で行こうかなって」

「マジで言ってんの?」

「色々考えた末の結論です」

 ミチルは、今現在マヤ達と協議している、タカソーデパート店舗BGMについてざっくり説明した。安っぽくならないように。全体的なテンポはゆっくりと。そして基本編成はピアノ、ヴァイオリン、ベース、クラシックギター。

「マーコは何するの」

「そこで悩んでるんです。8ビートでドラムが入ると、それこそ単なる”スーパーのBGM”と変わらない。エレキギターなんか入ったら、もうホムセンです」

「けど、ドラムスがないと眠い音にならない?」

 ユメ先輩の指摘はその通りだ。適度なリズム感は必要だろう。

「まだ、構想段階なので何とも言えないです。けど、もう2月も半ば。できればあと1か月以内には、納品したいと思っています」

「できそうなの?」

「やるしかありません」

 そのミチルの返答に、ユメ先輩は吹き出した。

「あんた達見てると、申し訳ないけど面白いわ。なんでか知らないけど、いつも時間に追われてる」

「いやもう、いい加減このパターンやめたいんですけどね」

 だいたい毎回そうだ。時間に追われていない方が珍しい。やっぱり、学校に通っているというのがそもそも影響が大きい。学業をおろそかにするわけにも行かないので、テストはきちんと受ける。そうなると、どうしても時間は削られる。結局、なんとか時間を見付けて練習、レコーディングという事になる。

「いいんじゃないの。いつか、プロとして活躍し始めた時に、今の経験は武器になると思うわ」

 ユメ先輩は真顔だった。

「ミチル。私は入試を頑張る。あなた達も、いまやらないといけない仕事を、きちっとやりなさい」

「はい」

「合格したら、一緒にライブやろう。菜緒と、あなたの弟子…アンジェリーカも入れて」

「はい!」

 ユメ先輩のひとことで、胸が躍る思いがした。みんなで一緒にライブ。きっと、素晴らしい思い出になるだろう。だから、先輩達には第1志望校をストレートに合格して欲しい。先輩達なら、そんな心配いらない事はわかってるけれど。

「あっそうだ、先輩。使い走りみたいでたいへん申し訳ないんですけど、お願いできますか」

 ミチルは、先ほど手渡したものより明らかにグレードが落ちる、雑な紙袋を取り出してユメ先輩に渡した。

「掴み取りのアソート入ってるんで、男子の先輩達で適当に奪い合ってもらってください」



 放課後、ザ・ライトイヤーズの面々は再び、デパートのBGM制作のため部室に集まっていた。薫ももちろんレコーディング要員である。考査の前にいくつか仮メロディーはタカソーデパートの白鳥さんに送ってあり、5曲のうち2曲をもう少し練り直してみて欲しい、という返答を受け取っていたので、今日からはその作業になる。

「とりあえず、ゴーサインらしきものが出た2曲をA、Bとする」

 マヤは、いつもの参謀長スタイルで場を仕切った。今回はジュナが作曲に参加しておらず、いつものマヤ・ミチル体制である。ちなみにAはクラシックギター主体の少しだけリズミカルな曲、そしてBは、BGMとしては掟破りの組曲である。ヴァイオリン、ピアノ、クラシックギターのパートに分かれ、リズムもそれぞれ違っているが、コード進行はほぼ共通しており、単に違う曲を3つ繋げただけではない。作曲はAがミチル、Bがマヤだった。

「白鳥さんはどっちがいいって?」

 ジュナはリアナから借りて来たクラシックギターを抱えていた。あまり見ない絵面である。

「白鳥さん的にはBを推したいけど、さすがに今回はAの方を社員が選ぶんじゃないか、って」

 マヤは、白鳥さんの感想をそのまま伝えた。ミチルも目は通したが、やはり白鳥さんは革新的な音を好むようだ。さすが、外部から引き抜かれて再建を請け負う事業部長は違う。ミチル達の気持ちも、どちらかと言うとBに偏っている。だが、マヤは言った。

「前にも言ったけど、曲はいくつあったって困る事はないから、AもBもデモまでは仕上げておくよ。どっちが採用されても、残った方は私達の自由になる」

 もうみんな、わかりきった様子で頷いた。もうこの頃になると、ザ・ライトイヤーズはほとんど阿吽の呼吸でやり取りができるようになっていた。そこへ、ドアが開いて久々の人物が顔を見せる。

「先輩、できましたよー」

 間の抜けた声で、何か箱状の物体を抱えて入って来たのは、1年生の獅子王サトルである。箱は高さ40センチくらい、幅と奥行きが30センチくらいの木箱だった。

「おー、できたか」

「マジでこんなもん使う気ですか」

 怪訝そうにサトルは、その穴の開いた巣箱然とした木箱を、作るよう依頼してきたマヤに手渡す。

「ありがとう。作業工賃はそのうち支払うから」

「ありがとうございます」

 サトルに向けて、マヤは箱の側面を手のひらで叩いた。ポン、という乾いた音が穴から飛び出す。そう、これは打楽器のカホンである。オーディオ同好会が作りかけで放置していたスピーカーのキャビネット内部に、使い古しのギター弦を張ってある。

「うん、いい音だ」

「ほとんどジャグバンドだね」

 ミチルも笑うが、サトルはまだ訝し気だ。マヤは、マーコに手製のカホンを手渡した。

「マーコ、あんたは数日間のうちに、このカホンの叩き方を覚えること」

「マジで言ってんの」

「私達はいつもマジでしょ」

 誰がかっこいい事を言えと言った。マーコは、首を傾げながら合板で組まれたカホンを受け取ると、適当にポンポンとリズムを取る。独特の打音が部室に響いた。

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