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Light Years  作者: 塚原春海
Roses Mistral
150/187

Black or White

 折登谷ジュナは独り、自宅でギターを抱えて唸っていた。頭にはヘッドホン。だが、手は動いていなかった。

「作曲か」

 夕方、マヤからお前も作曲に参加しろ、とのLINEが入った。いちおうクレハとマーコにも声だけはかけるが、あまり期待はできないという。

 だが、期待されると困るのは、ここまで作曲というのを経験していないジュナも同じだ。ミチルやマヤが作ったデモに、こういうギターを入れればいいんじゃないか、という意見はできる。だが、土台となる曲そのものはどうやって作ればいいのか。ミチルに訊いても、

「テキトーにやってればできるよ」

 という、まさにテキトーの見本みたいなアドバイスしか返ってこない。わかってる人間が言う「テキトー」と、わかってない人間の「テキトー」の間には、1万kmくらいの距離があるのだ。

「ぬー」

 いきおい、変な声が出る。そういえば、ソウヘイ先輩も作曲には携わっていたな、とジュナは思い出した。というより3年生の5人はそもそも基礎的な能力が圧倒的に高く、全員がギターないしキーボードをマスターしているので、作曲も全員でできるのだ。

 スマホから、そのソウヘイ先輩作曲のプログレ・ポップナンバー、"Step On Sand Castle"を再生してみる。ハードロック、メタルが主食の先輩からは想像もつかない、ややスローテンポの弾むようなピアノ主体のナンバー。なのだが、バックに5拍子のギターがポリリズムで重ねられた箇所があり、ただのフュージョンなんか聴かせてやらん、という歪んだ気概が感じられる。

 これは面白い曲ではあるが、参考にはならない。何しろ今求められているのは、まさにデパート、スーパーで流すためのBGMなのだ。「フュージョンなんてただのスーパーのBGM」と揶揄される事はあるが、まさにその曲を作らなくてはならない。しかも最初に作るのは、バレンタインデーの催事用BGMだと。

 どうせ作るなら、ありきたりのBGMでは面白くない。とりあえずジュナはアルペジオで、それこそ適当にメロディーを奏でてみた。

「これは違うな」

 ジュナは首を傾げた。スーパーに来るおばちゃん達は、ニール・ヤングのソロを聴きたいわけではないだろうし、バレンタインデーにニール・ヤングが相応しいかどうかもわからない。


 だが、ギターでメインのメロディーを作曲するというのは、そもそも難しいのではないか。ギターはリフ、カッティング、ソロ、あるいはせいぜいイントロのメロディーか部分的なアルペジオ、という感覚から抜け切れない。結局その夜はいいものが思い浮かばず、延々とキース・リチャーズだの、クラプトンだののモノマネをして終わった。



 翌朝部室に顔を出すと、さっそくミチルとマヤが2年生のみんなに、作ってきたメロディーを聴かせてくれた。もう、メロディーを作るという行為に慣れている、とジュナは感心した。

 だが、ワンフレーズも作って来なかった人間が言えた事でもないが、正直に言うとどっちも無難すぎて面白みに欠ける。たかがBGMと言われればそれまでだが。

「どう?みんな」

 まずミチルが感想を訊くと、クレハもマーコも揃って微妙に渋い表情を見せる。どうやら、ジュナと同じ感想らしい。軽快で、いかにも楽しげな曲調ではあるのだが、ごく普通のフュージョンだ。

 マヤが作ってきたメロディーも同様で、クレハ達は感想を言うのに言葉を選んでいた。

「ダメか」

「まあ、最初はこんなものだよ。これを叩き台にして、別なのを考えよう」

 ミチルとマヤはいかにも不満げだが、ジュナもまた、自分の不甲斐なさで何も言う事ができなかった。改めて、ミチルもマヤも凄いと思う。作曲できる能力も、作り直す精神力も。



 昼休み、マヤとミチルが部室にお弁当を持って移動していると、ふいにミチルがぽつりと言った。

「ねえ、今日のジュナ、なんか変じゃなかった?」

「いつもの変、とは違う意味で?」

「そう」

 だいぶ失礼な言われようではあるが、マヤも確かにそれは感じていた。

「うん、言われてみるとそうだね。落ち込んでる、っていうのとは少し違う」

「そう。基本的にはいつも通りなんだけど、ちょっとアクセル緩め気味っていうかさ」

「ひょっとして、昨日出したリクエストに関係あるかな」

 マヤは、LINEで「ジュナも作曲に参加してくれ」と送ったあと、返信までわりとタイムラグがあった事を思い出した。ギターソロを頼む、と言えば、任せておけ、と即座に返ってくるのに、今回は「やってみる」と控え目に返してきただけである。

「やっぱり、ムチャブリだったかな」

 マヤは、悪い事したかな、と思ってしまった。初の作曲がフリーではなく、企業からの依頼に関するとなると、緊張してしまうのも無理はない。だが、ミチルの反応は違った。

「たぶん今回、あいつがいいの作ってくると思う」

「相棒のカン?」

「うーん。あいつ、ギターソロはけっこういいフレーズ作ってくるじゃない。こっちが考えもしないような」

 そう言われて、マヤは今までの楽曲を思い出す。確かに、間奏のギターソロを頼む、と言うと、曲のイメージを壊さずに、かつ絶妙にファンキーなソロを入れてくる。ハードロックやメタルの感覚が、フュージョンの中でアクセントになっているのがジュナのギターだ。

「なるほど」

「とりあえず、お前の曲はどうした、とか言わないでおこう。できなきゃ、私達で作ればいいんだし。あいつは自由にやらせた方が、好結果を生む」

「なんか、ジュナの飼い慣らし方を覚えてきてるわね」


 部室のドアを開ける。ジュナは来ているだろうか、と思ったら、なんだか深刻な顔で、クレハ、ジュナ、マーコの3人が輪を作ってお弁当を食べていた。

「うおっ」

 正直、マヤもミチルもドン引きして入り口から引き返しかけた。真ん中にこっくりさんの盤があっても不思議はない。

「…どうしたの」

 お昼を食べないわけにもいかないので、3人の輪から若干距離を取って、マヤとミチルは座った。すると、マーコがあっけらかんと言った。

「自分達の才能のなさに絶望してるとこ」

「そんだけハッキリ言われると絶望してるように聞こえん」

 マヤは聞きながら、さっさとお弁当を広げてカニクリームコロッケを口に運んだ。ミチルは唐揚げと卵焼き、どっちから攻めるか悩んでいる。

「何に絶望したって?マーコ」

「あたしら、作曲できないじゃん」

「ふむ」

「いつも、2人に任せっきりだからさ。何とかしなきゃな、って」

「なるほど」

 話を聞きながらも、マヤとミチルはお弁当を食べるのに忙しい。友の悩みも昼食も、どっちも女子高校生には大事である。いったん保温ボトルのお茶で喉を潤したあと、マヤとミチルは3人を向いた。

「そうだね。3人がそれを悩んでるというなら、私は形だけの慰めは言わない」

 それは、突き放した言葉だっただろうか。だが、クレハもジュナもマーコも、ごく真剣に頷いた。

「私は期待している事をそのまま言うね。今は難しいとしても、私はあなた達の音楽的センスを信じてる。だから、それぞれが習得できる方法で、作曲方法を勉強して欲しい。クレハは、キーボードの基礎はわかるでしょ」

 マヤが訊ねると、クレハは頷いた。

「鍵盤の、本当に基礎の基礎だけど」

「それで十分。キーボードなら私がレッスンをつけてあげられる。マーコ、あなたはどう?キーボードを覚える気があるなら、教えるよ」

 マーコは、どうすればいいのか迷っているように見えた。それまで楽器といえばドラムスだけだったのだ。いきなりキーボードと言われても、尻込みする気持ちはわかる。だが、マヤはひとつの事実を指摘した。

「あのね、マーコ。あなた、自分はドラムス以外できないって思ってるかも知れないけど、それを言ったら私だって、鍵盤以外の楽器はなんにも出来ないんだよ」

 その一言に、マーコはハッとさせられたようだった。そう、マヤこそひとつの楽器しかできないのだ。楽譜の読み書きができるので、何となく何でもできるようなイメージを持たれがちだが、実技面では大した幅はないのだ。

「どう?キーボードの基礎でも覚えれば、私に向かって、マルチプレイヤーだぞって威張れるんだよ。作曲だって、できるようになるかも知れない。やる気があるなら、ひとまずこの仕事を片付けてからでも、付き合うよ」

 言いながらも、手はお弁当の残りを口に運んでゆく。ミチルはしゃべるヒマがないので、パクパクとお弁当を片付けて、優雅に缶コーヒーを傾けている。マヤは、黙っていたジュナにも声をかけた。

「ジュナが相談したんでしょ、ふたりに。作曲ができなくて悩んでる、って」

 図星だったらしく、ジュナはハッとした表情を見せた。

「なんでそんな事わかるんだよ」

「わかるわよ。何年友達やってると思ってるの」

 その返しに、ジュナは少し面食らって黙り込んだ。友達。少なくとも今、マヤは迷う事なくジュナに向かってそう言える。出会った頃は、ちょっと尖ったタイプのジュナとは反りが合わなかった。ミチルがジュナと意気投合しているのも、正直に言ってしまえば不愉快だった。今にして思うと、どうしてそんな風に感じたのかがわからない。

「あなた、責任感強いものね。自分が作曲に携わってないのが、許せないんでしょ」

「べっ…別に、そこまで深刻には考えてねえよ」

「そう」

 マヤはミチルを見た。あんたの相棒でしょ、何とかしなさい、と。ミチルは少しだけ微笑んで、ジュナを向いた。

「ジュナ、今度改めてギターを教えて。私、頑張るから」

「なに?」

「うん。だから、私と一緒に作曲の仕方、勉強しよう。あんたにはギターがあるでしょ」

 ジュナはキョトンとしていた。

「マジでギター練習、再開する気か」

「もちろん。あなたにだけ勉強しろっていうのも、不公平だから」

「…お前らしいよ」

 ジュナは、食べ終えたパンの袋をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げた。袋はきれいな放物線を描いて、ど真ん中にシュートする。

「ギターで作曲してみようと頑張ってみたんだ。けど、なんだか知ってるようなフレーズしか思い浮かばなくてさ。あたし、才能ないのかなって思ったんだ」

「たった一度のことで、才能ないとか思ったわけ?」

「いいメロディーが思い付かないんだ。思って当然だろ」

「1万歩譲って仮にあなたに才能がないとしても、だったら何なの、って私は思うけどね。才能がない人間が、名曲を生み出しちゃいけないっていう法律でもあった?」

 その切り返しに、ジュナは少し狼狽えたようだった。ジュナは、才能のある無しという考え方に、意外に縛られていたのかも知れない。実力を持った人間に、ジュナは敬意を払う。そしてそれは、自分自身にさえ向けられていたのだ。自分に才覚がないかも知れない事で、ジュナは自分を断罪していたのだろうか。

「才能がなきゃ作れない、なんて私は思わないわ。ないなら、それを補う努力をすればいい。もっとも、ジュナはまず、自分に才能がないなんて思ってる時点で、思い違いも甚だしいけどね」

「ちょっと、ミチル」

 マヤは、突然ジュナに強く出たミチルをしずめるようにフォローを入れた。だが、ジュナはミチルに真剣に向き合って聞いている。

「あなたの考えたギターソロが、どれだけ私達の楽曲に華を添えているか、わからない?フレーズを考える能力があなたにはある。だったら、それを”作曲”に拡大すればいい話じゃない」

「そんな簡単にいくわけが―――」

「簡単にいくなんて、私言ってないよ。だから、私と一緒に勉強しようって言ってるの、一緒に悩んであげる」

 ミチルは、ジュナの手を取る。ジュナはそこで、一気に肩の力が抜けたようだった。

「かなわねーな、お前には」

「ふふ」

「わかったよ。そのかわり、あたしらの作る、ろくでもないメロディーに付き合ってもらうからな」

「望むところよ」

 ミチルとジュナが、拳をガツンとぶつけ合う。どうやら、ジュナはひとつ心のハードルを越えられたらしい。ミチルとそんなふうに心を通わせられる事に、マヤは少しだけ嫉妬を覚えた。

「けど、現実としていいメロディーは思い付かない。言っちゃ悪いけど、ミチルとマヤが作って来たメロディーだってそうだろ。納得いってない、ってふたりの顔に書いてある」

 平常運転に戻ったと思ったとたん、ジュナは図星をついてきた。そう、手始めに作った仮メロディーは、マヤもミチルも不満だらけなのだ。無難、普通、凡庸。ただの”スーパーで流れてる”フュージョン。今回の依頼で求められているのは、そういうレベルではない。ひとつの楽曲としての鑑賞に堪える曲だ。

「うん。今回、ジュナに期待したのはそこもあるんだ。あなたはギタリストだから、私達と違う感覚で作曲ができるかも知れない」

 ミチルが言った事は、マヤが考えた事でもある。ギタリストならではのサウンドがあるのではないか。

「ギタリストの感覚、って言われてもな。あたしはロック畑出身だし」

「逆に、思い切りロックに振ってもいいんじゃないの?バレンタインデーのラブソングなんて、正直あたしもう食傷気味なんだけど」

「こんなんでもいいのか」

 気を取り直したジュナが、さっそくガンズ・アンド・ローゼスばりのリフ、フレーズを奏でてみせた。流石にこのメタルサウンドを、そのままデパートやスーパーの催事場で流すのはどうかとはマヤも思う。だが、これくらいの発想の転換が、いま求められているのは確かだ。

「まあ、スーパーでスラッシュのギターは行き過ぎだろうけど、振れ幅としては、それぐらいの思い切りでいいと思う」

「ロックっていっても、明るい曲はあるからな。っていうかもともとロックなんて、出発点は無邪気な明るいサウンドだったんだ。まあ、ルーツを辿るとロックンロール、リズム・アンド・ブルース、さらには黒人音楽にまで行き着く…」

 そこまで語ったところで、カシオEG-5を奏でるジュナの手がピタリと止まった。

「…そうか、そういう考え方もあるか」

「え?」

 一人で納得するジュナに、マヤ達は怪訝そうな目を向けた。何か思いついたのか。すると突然、ジュナは聴いた事があるリフを奏で始めた。パワーコードのごくシンプルで軽快なリフだ。

「マイケル?」

 ミチルが、一緒にリズムを取りながら訊ねる。ジュナは頷くと、弾きながら歌い始めた。それは、マイケル・ジャクソンの1991年のシングル”Black or White”だった。フュージョン部になぜか存在する、ロックの定番ナンバーのひとつだ。ジュナは、いつものジュナの自信に満ちた表情に戻り、ニヤリと笑った。

「ブラック・オア・ホワイト。バレンタインのテーマはこれでいこう」

 それは、まさにロックミュージシャンの折登谷ジュナならではの発想だった。

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