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Light Years  作者: 塚原春海
Roses Mistral
148/187

Islet Beauty

 休み明けテストの結果が極めて優良というほどでもないが、思ったほど悪くなかったのは、ミチルにとって幸いではあった。ジュナとマーコは、とりあえず親に斜め方向から顔向けできる程度ではあったらしい。

 ひとまず年が明けて、ザ・ライトイヤーズは当面の予定らしい予定もなく、とりあえずミチルが言ったフルアルバムについて考える事になった。

「いつか話してた、コンセプト・アルバムについてはどうするの?」

 マヤは、所属レーベルにも話をしたアルバムの構想について持ち出した。オリジナル曲"Detective Witch"を核にした、スパイとか探偵みたいな世界観で統一したアルバムだ。

「うん、それももちろん考えてはいるけど、いきなりコンセプト・アルバムなんてプランを立てるのは、ちょっと難しいかなって思うんだ」

 ミチルの意見に、メンバーから異論はない。ファーストアルバムでいきなりコンセプト・アルバムというのは、ハードルが高い。

「じゃあ、ごく普通のバラエティー志向ってことか」

 ジュナは昨年末から引き続き、チューニングしたカシオEG-5を爪弾いていた。どうやら気に入ったらしい。

「バラエティーって言っちゃうと、なんだか雑多な印象だから、まあ大雑把には方向性を決めて、ってことで」

「この間の仮メロディーのあれはどうするの?」

 マヤは、ミチルが元旦に思い付いた例の民族音楽調の曲を取り上げた。メロディー自体はもう、メンバー全員が聴いている。だが、どうもあの曲は特殊すぎて、アルバムに入れるべきか否か、迷う所ではあった。ジュナが、それっぽいメロディーを鳴らして思案する。

「それこそ、コンセプトアルバム向きの曲だよな。エスニック系のインストアルバム、70年代あたりにはけっこう出してた人いるだろ」

「例えば?」

「わかりやすいのは、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニっていう、イタリアのプログレバンドを脱退したマウロ・パガーニが、1978年に出したアルバム。タイトルも本人の名前を冠してる」

 ジュナがパソコンからストリーミングサービスで"Mauro Pagani"と検索すると、涼しげな横顔のジャケットがすぐに出てきた。再生してみると、確かにプログレの香りがしつつも、だいぶ西アジアあたりのイメージが色濃いサウンドだ。ミチルが思い付いたメロディーにも、少しだけ通じるものはある。

「なるほど。悪くないね」

「けど、人は選ぶぞ。要するに系統としては、ソウヘイ先輩達のバンドの親戚だ。あっちはハードコア・プログレ・フュージョンだけど、こっちだってエスニック・プログレ。つまり、一般ウケは考えちゃいけないってことだ。70から80年代みたいな、玉石混交、何でもありの時代なら、それなりに聴いてくれる奴もいるだろうけどな」

 一般ウケ。それは音楽に限らず、おそらくあらゆる表現において、必ず直面する問題だ。好きなものを好きなように表現して人気が出るなら、それ以上はない。だが、現実にはそうそう上手くは行かない。

「小田和正が2001年に"個人主義"ってアルバムを出した。あの時小田さんは、初めて自分のやりたい音楽をやれた、と思ったらしい。あたしはあれこそ小田さんの最高傑作だと思ってるけど、世間一般じゃ小田和正といえば、だいたい決まったイメージしかないだろ。バブル期の」

 ジュナは壁に背を預けた。

「漫画家だって、大ヒット飛ばしてるのに、これは書きたかった作品じゃない、って言ってる人もいる。コナン・ドイルだって、シャーロック・ホームズみたいな詮索好きは、人間としてどうかと思う、みたいな事言ってるしな」

 またしてもメンバーは、ジュナが意外に文学方面の知識を持っているらしい事に驚いた。単純なギター少女のように思えて、実は色々読んでいるのだろうか。

「そのへん、どう折り合いをつけるかって事だよ、ミチル」

 まるでベテランのおじさんミュージシャンのような口調で、ジュナは問いかけた。それは、難しい問題のようにメンバーには思えるらしい。だが、ミチルの解答はシンプルだった。

「両方やればいいじゃない」

「なに?」

「ウケを狙うキャッチーな曲、マニアックに好き放題やる曲。アルバムならどっちもできる。あとは、聴いた人に評価は任せればいい」

「すげえ事言うな、お前は」

 呆れたようにジュナは笑った。

「なるほどな。ロックが死んだのはロックの勝手、か」

 ジュナはケラケラと笑い、ザ・ハイロウズ"スーパーソニックジェットボーイ"の詞を引き合いに出した。"そんなことはどうでもいい"のだ。ジュナはいつでも、ミチルの言葉をすぐに理解してくれる。

「わかった。そういう事なら、こっちとしても迷う事はなくなる」

「だからって、フツーの曲にマルムスティーンみたいな速弾き入れないでね」

「こういうやつ?」

 即座にジュナはEG-5折登谷カスタムで、出典は不明だがフュージョン嫌いと言われるギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンの速弾きソロを真似てみせた。すぐに真似できるのが何気に凄いのだが、メンバーは爆笑で応じた。フュージョン部のギタリストが、新年1発目に弾くのがフュージョン嫌いのマルムスティーン。まさに、何でもありのザ・ライトイヤーズである。フュージョンバンドから自身のファンだと言われたら、マルムスティーンは激昂するだろうか。


 その流れで、とりあえず新学期スタートという事で何か1曲やろう、という事になった。さすがにフュージョン部の"歌会始の儀"で、ハイロウズやマルムスティーンをやるわけにもいかず、まあ無難なフュージョンでいいだろう、ということで本田雅人"BAD MOON"をやる事になった。

 間奏でマヤがピアノサウンドを奏でているところで、突然ドアが開いて3年生がゾロゾロと入って来る。だがミチル達5人は構わずそのまま演奏を続けた。3年生5人は手を叩いて爆笑している。まあ気持ちはわからないでもない。


 演奏が終わって先輩達が涙目で拍手してくれたので、ミチルはわざとらしく頭を下げた。

「先輩方にはご機嫌麗しゅう」

「年明け早々なに弾いてんのよ!」

 ユメ先輩はまだ笑っている。

「新年1発目なんで、ちょっと音を合わせてみようって事になったんです」

「ちょっと音を合わせるのに弾く曲じゃねえだろ」

 ソウヘイ先輩のツッコミに、全員が笑う。そう、このノリが私達フュージョン部だ。変態プレイヤー本田雅人作曲、T-SQUAREの"夏の惑星'に収録された変態拍子の変態ナンバー"BAD MOON"。女子高校生が涼しい顔で弾く曲ではない。フュージョンなんかスーパーのBGMだろうと言う手合いには、だったらこれを完コピしてみろ、と言えばいい。聖書にもそう書かれている。

「あっ、忘れてた。今年もよろしくお願いいたします」

 ミチル達は、改めて頭を下げる。ユメ先輩達もそれに倣った。

「よろしくお願いいたします。いや、始業日に来られなかったからさ。改めて揃って顔見せに来たんだ。1年のみんなは?」

「向こうで、新年早々課題曲の練習してます」

「何の曲?」

「まあ、無難なところで選びました」


 第2部室、すなわち旧オーディオ同好会部室で、フュージョン部1年生の演奏チーム5人は新たに出された課題曲の練習に励んでいた。少なくとも15分くらい前までは。

「これで無難なのか」

 ベースのサトルは、マヤ先輩が用意してくれた譜面を見て唸った。曲は、T-SQUARE SUPER BAND名義の2008年のアルバム"Wonderful Days"から、1曲目の伊東たけし作曲"Islet Beauty"。ファーストフードチェーン店のコーヒーのCMで使われた曲で、ちょっとラテンっぽい明るさと、午後の気怠さを感じさせるナンバーだ。

 テンポもわりと緩めだし、それほど難しい曲には思えない。はずなのだが、実際演奏してみると、妙に他のパートと音が合わせづらい。

「リズムどうなってんだ、これ」

 サトルはオーディオ同好会謹製のスピーカーから原曲を再生しながら、メインのサックスのアンジェリーカに訊ねた。アンジェリーカは赤毛をかき上げて首をひねる。

「あたし一番わけわかんないかも」

 ドラムスのアオイも、サジを投げたように大きく伸びをした。デジタルパーカッションはどんどんオプションを追加して、構成が生のドラムとだんだん変わらなくなっている。

「ダッ、ダッ、ダッ、タタン。タタン、タタタン」

 聴きながら、ドラムパターンを必死に理解する。たぶん、そう難しい曲ではない筈なのだが。キーボードのキリカと、ギターのリアナはそんなに忙しい曲ではないので、2人はちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。

 そこへ、何やら外から足音が近付いてきて、ドアが開いたかと思うと、久々に見る面々がゾロゾロと入ってきた。

「何回来てもすげえな、ここ」

「それなのに存在を知ってる人がほとんどいなかった、ってのがね」

 ショータ先輩とカリナ先輩が、旧オーディオ同好会の"遺産"のスピーカー群を見上げる。事実上、フュージョン部によって接収されたに等しいのだが、薫いわくオーディオ同好会の先輩達は、あまりやる気がなかった人達らしい。

「スクェアの課題曲出されたんだって?」

「やってみなよ、あたし達が聴いてあげる。厄介な課題曲出してくる意地悪な先輩達に代わって」

 ジュンイチ先輩もユメ先輩も言いたい放題だが、昨年度はこんな風にこの人達から、ミチル先輩達が課題曲を出されたんだろうな。それであんな風になっちゃったんだろうな。

「やってみたんですけど、なんかリズムが合わないんですよ」

 アンジェリーカがサックスを手にしてユメ先輩に訊ねる。

「うん、とにかく合わせてごらん。そうすれば、どこで躓いてるかわかるだろうから」

 ユメ先輩がそう言うので、5人は半分仕方なく頷き合った。脇で薫がレコーディングツールを操作しつつ、若干申し訳なさそうにしている。


 イントロはアンジェリーカのサックスソロから始まる。原曲の、弾けるような吹き方がまだできないが、とりあえずそれはいい。今の問題はリズムだ。

 原曲だとバンドネオンみたいな伴奏が入るのだが、キリカがキーボードでカバーしてくれた。リアナのエレアコが軽やかに入る。アオイとサトルのリズム隊が入って、アンジェリーカはメインのサックスを吹いた。

 最初は問題ないのだ。だんだん、曲が進むにつれて、演奏が崩れてくる。すると、チェックしながらユメ先輩とソウヘイ先輩が、真面目な表情で頷き合っていた。なんだ。何かわかったのか。

 演奏をどうにか終えて、ユメ先輩が開口一番に言った。

「ドラムパターンに引っ張られてるね」

 その、たった一言で、アンジェリーカを含む全員がギクリとした。なんとなく、モヤモヤしていた感覚を、見事に言葉で表現してくれたからだ。ソウヘイ先輩も続ける。

「うん。何て言えばいいのかな。ドラムパターンっていうのは、基本のリズムっていう"土台"に載ってるものだ、って解釈すればいい」

「やってみせた方が早くないか?」

 ジュンイチ先輩の提案に、3年生が頷いた。ユメ先輩が、アンジェリーカのサックスを手に取る。

「借りていい?」

「あっ、はい」

 先輩にノーとは言えないが、吹奏楽器は貸し借りにおいて色々神経を遣う。インフルエンザが流行しているこの時期は尚更なので、ちょっと心配ではあるが。

 ともかく、3年生によるセッションを聴けるのは滅多にない。漫画の"聖闘士●矢"でいえば、最強の黄●聖闘士が登場したみたいなものだ。演奏が始まるとジュンイチ先輩は、デジタルパーカッションを全く違和感なく、いとも簡単に叩いてみせた。さすがだ。

 だが、そこで1年生全員が、あれっ?と首をかしげた。何故かというと、原曲とドラムパターンが違うのである。いや、違うというか、えらく単純だ。これ、"ただの16ビート"ではないのか?16ビートの基本パターンで、同じ曲を演奏している。

 だが、アオイはその意味がわかったようだった。何か、ハッとして手を叩いたあと、膝の上で自分もリズムを取っている。何かを理解したらしい。


 演奏が終わると、ジュンイチ先輩がアオイに「わかった?」と微笑んでみせた。アオイは、ようやくわかった、という様子で「はい!」と返す。スティックを受け取ると、もう一度デジタルパーカッションの前に座った。3年生とアオイのセッション。なかなか聴けそうにない。

 今度は、1年生全員があっと驚いた。なんとアオイは、ほとんど原曲に近いドラムスを叩いてみせたのだ。細かい所ではたぶん違っているはずだが、おそらく基本は完璧だ。セッションが終わったあと、サトルが前のめりに訊いた。

「おまっ、どうやって…何がわかった!?」

 落ち着けっての。アオイは、満足げに微笑んだ。

「うん。変則的なドラムパターンは、基礎の一定のリズムを意識しないといけないんだってこと」

「基礎のリズム?」

「簡単に言うと、バスのリズムを常に意識するってことかな。っていうか、要するに"メトロノーム"だよ。どんなにパターンが変則的でも、その土台は一定ってこと。当たり前すぎる話だけど」

 すると、ジュンイチ先輩が拍手で応えた。

「そうそう。その当たり前が重要なんだ。これは、ドラムスだけの話じゃないよ。全てのパートに言える話。一定のリズムを常に意識して、そのうえで初めて変則的なリズムを構築する。サックスの裏拍とか、頭拍を遅らせるのも同じ事」

 アンジェリーカはハッとしてユメ先輩を見た。先輩は小さく頷く。

「そう。この曲、サックスの頭を微妙に遅らせてる箇所があるでしょ。そこを遅らせないで吹くから、そのあとズレちゃうの。バスドラムに意識を置いて、基本のリズムから裏の拍を取る。わかる?」

「わかった…と思います」

「よし、あとはみんなでやってみな。私達はこれで帰るからね」

 なんだか楽しそうに、先輩達はドアに向かって歩いて行った。受験を控えているというのに、こうして1年生にまできちんと顔を出して指導までしてくれる。ここまで教えたからあとは自分達でやれ、という態度は、アンジェリーカには好ましく思えた。

「ありがとうございました!」

 1年生は、揃って頭を下げる。先輩達は飄々とした様子で「頑張ってね」などと言いながら去って行った。どうもミチル先輩達の気風は、この人達から受け継いだものに思える。

「ミチル達、ちゃんと裏拍の事とか、基礎を教えてるのかな。心配になってきた」

 ユメ先輩のぼやきが微かに聞こえたが、1年生は聞かなかった事にした。


 こうして3学期は幕を開けた。だが、それほど重大ではないものの、そこそこユニークな案件が待ち構えている事を、この時のフュージョン部、そしてザ・ライトイヤーズのメンバーは知る由もなかった。

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