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Light Years  作者: 塚原春海
Roses Mistral
145/187

Take Five

 大原ミチルは、大晦日の夜は家族と過ごしたあと、お笑い特番を見ながら迎えを待っていた。"ひたすらポジティブな安原"という太った芸人のネタで笑っていると、スマホに着信があった。

「おっ、来たか」

 時刻は22時半、大原家の前に夜の闇の中、謎のエアロパーツが装着されたメタリックパープルの改造ミニバンが静かに到着した。運転席にはライトブラウンの髪を立てた龍の刺しゅうの紫のコートを着た青年、助手席にはレッドブラウンにロングヘアを染めたスカジャンの若い女性。そしてサイドドアが開くと、黒のレザージャケットにレザーパンツに黒のブーツ、ジミ・ヘンドリックスの顔のアップがプリントされたインナーを着込んだヘアバンドの不審な女が飛び出してきた。

「ようミチル!行くぞ!」

「あんた、年に1度くらいフツーの格好してみたら?」

そういうミチルは動きやすいスリムなブラウンのハーフコートに、下はごく普通のデニムとブラウンのハーフブーツである。

「普通っていうのは人それぞれなんだよ!」

 それらしい事を言いながら、折登谷ジュナはミチルを改造ミニバンに引きずり込んだ。傍からは誘拐事件の現場に見えなくもない。ハイブリッドで環境に配慮した改造ミニバン"流星号"は、車両接近通報装置のサウンドを静かに奏でながら、神社目指して発進した。


「お久しぶりです」

 ミチルは、助手席に座るロングヘアの女性に挨拶した。運転手であるジュナの兄貴、折登谷流星が付き合っている、里原麻里乃さん20歳。ミチル達の高校のOGである。流星兄貴とは仕事の関係で知り合ったらしい。

 その時ミチルを振り向いた麻里乃さんが、何やらミチルの左肩あたりを一瞬見て、少し驚いたような顔を見せた。ほんの一瞬の事だったので、ミチルはたまたまそんな表情に見えただけだろう、と思う事にした。

「久しぶり。ミオから聞いたよ、ライブ大変だったんでしょ」

「ミオさん?えっ、ミストラルの?」

 ミチルは驚いたが、そういえば対バンしたバンドのベースのミオさんと近い年齢だ。

「お知り合いなんですか?」

「何言ってるの、私達あなたと同じ科技高のOGだもの。私は高卒で就職しちゃったけどね」

「あっ、そうか」

 すっかり忘れていた。ミオさんはミチル達と同じ高校を出ているのだ。クリスマスライブの騒動は、直接ミオさんから聞いているらしい。

「まあ、神社で厄落とししなよ。流星と一緒に」

「え?」

 何の事だろう、とミチルはハンドルを握る流星兄貴を見た。そういえば流星さんはいつもの威勢がどこへやら、なんだかおとなしい。

「買い替えたばっかりのスマホ、割っちゃったんだって。足場に落として」

「うわあ…」

 たとえバンド活動でささやかな収入が入るようになったとはいえ、懐に限界がある女子高校生にはキツイ話だ。いや、社会人だって同じかも知れないが。

「まあ、物って本人に災厄が降りかかる身代わりになるって言うし、ポジティブに考えればいいじゃん」

 麻里乃さんも妹のジュナも他人事のように笑うが、流星さんの落ち込ようからして、けっこう値の張るモデルだったんじゃないだろうか。車のシフトレバーも特注品っぽいし、物には色々お金をかけていそうな人なので不安である。


 高台にあるそこそこ大きな神社に来ると、新年まで1時間を切って人混みが凄かった。とりあえず流星さんはジュナの義姉候補かも知れない麻里乃さんに任せておいて、女子高校生コンビは屋台を見て回る事にした。だが2人が場を離れようとしたその時、麻里乃さんはミチルを向いて言った。

「行くなとは言わないけど、北側にある小さなお社には近付かない方がいいわ。風邪を引きたくないならね」

「はい?」

 ミチルはキョトンとして、流星さんと連れ立って歩いて行く麻里乃さんの背中を見送った。

「どういう意味だろ」

「ミチル、お前知らなかったか?あの人、"視える"人らしいぞ。なんかあるんじゃないのか、あの人にしかわからない何かが」

「視えるって、なにが?」

 訊ね返すミチルに、ジュナは呆れて返した。

「お前な、視えるっつったらアレだろ」

「えっ」

 まさか、とミチルは顔を引きつらせた。

「心霊関係の話?」

「平たく言うとな」

「そういえばさっき、麻里乃さんが私の左肩のあたりを見てたような…」

 ミチルは、左肩に手を触れてみた。別に何ともないが、何となく薄気味悪い。ジュナがケラケラ笑った。

「お前も地味にオカルトじみた奴だからな。難聴が治った時のアレとか」

「そうそう、あれ何だったんだろうね」

 石畳を歩きながら、ふたりは夏にミチルが突発性難聴を患った時の事を思い出した。あの時ミチルは、神社の脇にある御神木に、シャム猫を捕まえようとして頭を打ち、その瞬間に難聴が完治したのだ。

「あまり信心深い方でもないんだけどな」

 そんなことを言いながら、とりあえず社殿に向かう。みんな、今年一年の感謝を神様に伝えているのか、あるいはフライングで来年のお願いをしているのだろうか。ミチルとジュナは並んでお賽銭を入れ、適当にパン、パンと拍手をしてお辞儀をした。ジュナは何を祈っているのだろう。ミチルは、今年一年飛躍できた事、それ以上にみんなでいられた事、仲間が増えた事に深く感謝した。後がつかえないよう、手短に参拝を終わらせて降りる。

 

 ジュナが、参道わきにある樹齢何百年だかの御神木を見上げてスマホのシャッターを切った。

「この御神木でレスポール作ったらいい音しそうだなあ」

「罰が当たるのと、トレードオフになりそう」

 御神木レスポール。売れるのは売れるだろうが、許可した神主に伐採した業者、およびギター職人と買ったギタリスト、全員祟られそうである。

「あと25分で新年だぞ、兄貴たちと合流するか」

 ジュナがスマホの時計を見た、その時だった。下の方から、明らかに酔っ払っている男性の集団が、他の客を押しのけて登ってきた。ミチル達は関わりたくないので、北側に避ける。

「おめっとーございあーす!」

「今年もありあとございあしたー!」

 もう完全に出来上がっている。迷惑この上ない。もうこうなると、酒も麻薬の一種なのではないか。そう思っていると、酔っ払い達はミチル達がいる方にまで群がってきた。いったい何人いるんだ。

「おねーさん達おきれいっすねー!」

「どうっすか俺たちと一杯飲みませんかー!」

 最悪だ。せっかくの年越しがぶち壊しである。未成年者に酒を勧めるんじゃない。ミチルとジュナはウンザリして、奥の小さな社がある方に逃げ込んだ。ひっそりと夜の闇に溶け込んでおり、ふたり以外に誰もいない。

「あーもう、どうしてあんな人達がいるんだろ」

「ほっとけ。どこ行ったって酔っ払いはいるもんだ」

「神様が追い払ってくれないかな」

 溜息をついて、ふと脇の小さな社を見る。地元の人達がお供えしたワンカップだとかが並んだ後ろに、社の扉が開いていた。暗くて中は見えない。そのとき、社の両脇にみすぼらしい灯篭が一応立っていることに気付く。脚の部分には、何かが巻き付いているように見えた。

「なんだこれ。妙なデザインの灯篭だな」

 ジュナがスマホのLEDライトをつけると、その巻き付いているようにデザインされているのは、蛇の彫刻だった。左の灯篭は下向き、右の灯篭は上向きになっている。そして、社の中に鎮座している小さな木彫りの神様は、琵琶のような楽器を手にしていた。

「弁天様だ」

「あー、だから蛇なんだな」

 弁天様、弁財天。蛇は弁天様の使いだとか、弁天様が化けた姿だとか言われている。そして技芸の神様でもある。ミチル達にとっては縁起のいい神様といえるが、どうもこのうすら寂しい古くて小さな社は、あまり縁起が良さそうに思えなかった。 

 だが、せっかくなのでミチルは賽銭箱に硬貨を入れて、手を二回叩いてそのままお祈りをした。ジュナもそれに倣う。ジュナは冷たい風にさらされた小さな社を見た。

「そういえば、なんだか拍手とお辞儀が長い人いたな」

「最近多いよね。二礼二拍手一礼、だっけ」

「あれが正式なやり方なんだっけか」

 二回お辞儀をして、二回拍手して、もう一度お辞儀。ミチル達はただパンパンと拍手して、そのまま仏壇に手を合わせるように頭を下げる。ミチルはふと気になって訊ねた。

「その作法って誰が決めたの?」

「さあ。詳しくないからわからん」

「神様っていうのは、そういう物理的な作法を逐一チェックしてるもんなのかな」

「あんがい、俺はそんなの決めた事ないぞ、って思ってるかも知れない」

「じゃあ、5拍子で叩いてみよう。ジョー・モレロの”テイク・ファイブ”のリズム。5拍めにアクセントつけて、さん、はい」

 ジョー・モレロ。伝説的カルテット”デイブ・ブルーベック・カルテット"のドラマーであり、変拍子ジャズの開祖みたいに言われるミュージシャンだ。ジュナが弱めの拍手でハイハットのリズム、ミチルは強めにスネアのアクセントを叩き、弁天様の前で変拍子の拍手を叩くという、わけのわからない即興ライブが始まった。そしてミチルはその時、そういえば麻里乃さんが、北側の社には行くなって言ってたな、と思い出して背中に戦慄が走った。北側の社ってここじゃん!

 そう思った瞬間、信じられない事が起きる。それまで星が見えていたはずの空から、いきなり雨が降ってきたのだ!

「うわあ!」

「なんだよこれ!」

 突然の自然のドラムロールに、2人は慌てて小さな社の頼りない軒下に飛び込んだ。年越しの夜に雨なんて、聴いた事もない。そう思っていると、なんだか知らないが、さっきの酔っ払い達が一斉に、悲鳴を上げて参道を駆け下りて行くのが見えた。

「なんだ、ありゃあ」

「さあ…はくしゅん!」

 ミチルは、雨が首筋に入って瞬間的に身体が冷え、おもわず身震いした。いつしか雨は止んだかと思うと、今度は雪が舞い始める。雨よりはマシだが、寒いのに変わりはない。変拍子を叩いた参拝客に、弁天様が怒ったのかも知れないとミチルたちは何となく思って、酔っ払いがいなくなった参道に戻ったのだった。


「あーあー。だから言ったじゃん」

 冷えた2人にホットコーヒーを買ってくれた麻里乃さんは、悪戯っぽく笑って言った。隣の流星さんは、あいかわらず口数が少なくなっているものの、さっきよりは少し気持ちが晴れたような表情だ。

「どういう事ですか」

 ミチルが訊ねると、少しだけ真面目な顔で麻里乃さんは語り始めた。

「あのね、ミチルの肩には蛇っぽいのがなんか視える」

「蛇っ!?」

「”ぽい”だからね。あたしそんなハッキリ視えるわけでもないから。視えたものが何なのか、っていう知識もそんなにない」

 自分から視えるって白状しちゃったよ、この人。そして、蛇っぽいって何なんだ。

「うん。ここの北側のお社、弁天様でしょ。ひょっとしたらだけど、この神社って本来は、あんた達が見た小さな社が、本来の正式な社かも知れない。なんとなく、そんな感じがする」

 なんとなく、とか、ぽい、とか言われてもミチル達にはわからない。いきなり雨が降ったのは何なんだ、と2人が訊ねると、麻里乃さんは笑って言った。

「神様が喜んで雨を降らせたんじゃないかな。ミチルが来た事に対して」

「なんで私が来ると喜ぶんですか」

「さあ。ただ、神様によっては、雨が歓迎のサインって事もあるらしいよ。弁天様は水とか雨の神様でもあるでしょ」

 わけのわからない説明に、ミチルもジュナも背筋が寒くなった。いったい麻里乃さんって何者なんだ。知識がないって言ってたわりには、色々知っていそうな気がする。だが、麻里乃さんは明るい笑顔を見せて言った。

「ほら、年が明けるよ、あと3分!」

 もう神社に集まった人達が、カウントダウン・モードに入っている。いよいよ1年が終わり、新しい1年が始まろうとする、その瞬間を待つ。名前も知らない人達が、一体になってしまう不思議な瞬間だ。みんな息をひそめ、スマホや腕時計をじっと見ていた。ミチルもジュナと身を寄せ合って、その瞬間を動画で録画する。


 5、4、3、2、1、ゼロ。


「あけましておめでと――――う!」

 怒涛のような歓声が、境内、参道を揺るがす。ミチルとジュナはスマホに向かって頬を寄せ合った。

「いえーい!」

「おめでとー!」

 そのまま、隣の麻里乃さんと流星さんにもカメラを向ける。落ち込んでいた流星さんも吹っ切れたのか、通常営業に戻っていた。

「いえー!」

「おめでとー!」

 もう、買ったばかりのスマホが割れた事は、去年に置いてきたようだ。やっぱり流星さんは、いつものノリが楽しい。こういうお兄さんがいるジュナが羨ましい、とミチルは思った。紫の改造ミニバンは別として。

 人々の熱気に気圧されたのか、舞っていた雪はいつしか消え、空はまた晴れ渡っていた。と同時に、スマホにはあちこちからLINEが届く。みんな起きてるらしい。ちらりと、クレハの名前も見えた。早寝早起きがモットーの彼女も、たぶん仲良しのマヤと初詣に出かけているのだろう。いい傾向だ。


 本当に色々あった1年が過ぎ去り、新たな時が訪れる。ミチルは、そしてザ・ライトイヤーズは、どこに向かうのだろうか。今はただ、親友とこの時を楽しみたかった。テイク・ファイブ、ちょっと休もう。

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