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Light Years  作者: 塚原春海
Roses Mistral
143/187

Hail Holy Queen

「凄いライブだった」

 コンビニの表で、ホットコーヒー片手にジュナが呟いた。

「まあ内容が濃すぎたのは確かだ」

 ミチルが返すと、他のメンバーも黙って頷く。今までライブそのものを邪魔された事はあったが、ライブの途中でボイコットされるのは初めてである。

「あの連中、犯罪じゃないけど極めて悪質な迷惑行為はたらいたって事で、ここら一帯のハコはひょっとしたら、全部出禁になるかもな」

「そんな事できるの?」

 ミチルは思った。確かに迷惑行為には違いないのだが、よそのライブハウスにまで出禁にさせる事などできるのか。

「まあ、それはそのハコのマスター次第だろ。けど、一斉にボイコットなんて事が繰り返されたりしたら、ライブハウスの名前にも傷がつきかねない。こういう奴らが現れた、って注意喚起は必要だろうな」

 ジュナは重い表情でため息をついた。全く、改めて考えるとひどい連中だと思う。色んな目に遭って度胸と耐性がついてしまったミチル達だが、そんなバンドの方が珍しいだろう。普通の同世代の子達がこんな目に遭ったらどうなるか。そして、それをこそ彼らは期待していた筈だ。

 ミチルとジュナが深刻な顔をしていると、クレハとマーコが進み出た。

「どのみち、私たちが何もしなくても向こうからボロを出す筈よ。もう、あんな人達の事は忘れましょう。せっかくのクリスマス」

「そうだよ。このまま、街に繰り出そう」

「機材背負ったまま?」

 マヤは背中の、ライフルでも入ってるのかというキーボードケースをわざとらしく示した。重さはギターやベースほどではないが、地味にかさばるのだ。

「兄貴にデート中断して迎えに来させるか」

「それで破局したらあんたのせいだよ」

 ミチルのツッコミで全員が笑う。そこからはもう、機材がかさばるのもどうでも良くなって、駅に向かって意気揚々と歩いた。公園を通り抜けながら、"Joy To The World"を全員で歌っていると、通り掛かった人達がザ・ライトイヤーズだと気付いたらしく、ゾロゾロと集まってきてしまう。ミチルはその場の勢いでヴァイオリンを取り出し、土塁の上で伴奏して、クリスマスソングをみんなで歌った。わからない歌詞はその場でスマホで調べた。

 親子連れが何組かいたので、"サンタが街にやってくる"、"We Wish You A Merry Christmas"だとかを歌ってあげると、ものすごく喜んでもらえた。最後は"天使にラブソングを"から、"Hail Holy Queen"で締め括る。もうその頃になるとだいぶオーディエンスも集まってきて、みんなで映画のダンスシーンさながらに盛り上がった。

 ぜんぜん知らない人達と一緒になって楽しめる、音楽って素晴らしいなとミチル達は思った。不要不急どころではない。音楽こそ世界に必要なのだ。大歓声のなか、サインや握手や撮影に応えつつ、メンバーは駅で解散したのだった。


 いつもの事だが、ザ・ライトイヤーズというバンドは演奏している最中、誰かがネットに動画をアップしてしまう可能性を忘れがちである。それから1時間も経たないうちに、インスタはじめ各種SNSに「ライトイヤーズ公園で歌ってた!」「子供群がって幼稚園の先生になってて草」「何でも歌えるなこの人達」などなど、妙な方向で話題になっていたのだった。

『動画見たよ!ていうかあんた、いつの間にあんだけ弾けるようになった!?』

 ミチルが自宅でクリスマスケーキを食べ、コーヒーで寛いでいた所へ、ユメ先輩からメッセージが入った。タップするのが面倒なので、そのまま通話に切り替える。

「うん、なんか弾けるようになってた」

『なんかってなんだよ!』

 ユメ先輩はゲラゲラ笑っている。クリスマスも関係なく勉強してて、若干壊れてるんじゃないかと気の毒に思えてきた。他の先輩達は無事だろうか。

『ライブの件、リンから連絡きたよ。あんた達もまあなんだ、ライブやるたびに伝説を作るよね』

「ろくでもない伝説ですけどね」

 ミチルは自嘲ぎみに笑った。先輩はボイコットに遭った件も知っているらしい。と思っていたら、それどころではない事を教えてくれた。

『その様子じゃ、例によってネットはチェックしてないみたいね』

「え?」

『あんた達、たまにエゴサーチくらいしてみたら?ボイコットがあった事、とっくにツイッターでバズってるんだよ』

「ええー!?」

 ミチルは、慌ててパソコンの作曲ソフトのウインドウをどかし、スマホを耳にあてたままツイッターを開いた。すると、通知がドカンと届いている。ライブ告知記事の返信欄に、ボイコットに遭った件に関してファンからのメッセージが届いていたのだ。


『こんなひどい目に遭っても演奏し切ったなんて、姐さん達さすがっス!惚れ直しました!』

『普通なら今頃、ツイッターで愚痴ってるところなのに…帰り道で子供にクリスマスソング歌ってあげたとか、素敵すぎます!』

『ボイコットした連中地獄に落ちるよう祈ってます』

 

 好意的なもの、物騒なもの様々だが、大方はミチル達の行動に理解を示してくれるものだった。ボイコットの件に関しては、ツイッターで見苦しく被害を訴える事はしない、とみんなで決めていたのだが、どこからか情報は洩れたらしい。先輩がそれも教えてくれた。

『ボイコットした連中の中に調子に乗って、ツイッターでバラしちゃった奴がいたのよ。フォロワーが6人しかいないアカウントだから、どうせ誰も読まないとたかをくくって書いちゃったのね』

「ファンの子がスクショで教えてくれてますね。該当ツイートは削除済みみたいですけど」

 そのツイートは、ライトイヤーズの出演を全員でボイコットした事について得意げに語ったものだったが、あっという間に炎上して、さらには同じライブのチケットを取ったと公言しているアカウントにも飛び火していた。

『炎上ツイートが、自分以外は女の子2人と20歳くらいの女性しかフロアに残ってなかった、って詳しく伝えちゃってるからね。それ以外の人はみんなボイコットに参加してます、って自白しちゃったのと同じよ』

「アホすぎて言葉にできない」

 ミチルの返しに先輩はまたゲラゲラ笑った。

『それで、これどうするつもり?公式に何も言わないってわけにもいかないでしょ、バンドとして』

「うーん…」

 ミチルは正直困ってしまった。ネガティブな話をことさら話題にしたくはない。だが、ユメ先輩は大事なアドバイスをしてくれた。

『あのね、これ、あんた達だけの問題じゃないんだよ。もし模倣する奴らが出てきたらどうする?』

「うっ」

『そう。バンドとライブ、ライブハウス全体に関わってくる問題。あんた達に言うまでもないけど、人間ってのはバカな生き物だから、そんな事する奴いるはずない、って事を本当にやる奴が出てくる。きちっと意見するのは、まず当事者が最初にやらなきゃいけない事だよ』

 先輩の言う通りかも知れない、とミチルは思った。


 結局その日のうちにミチルはローゼス・ミストラルの風呂井リンさんに了解を得たうえで、SNSを主に管理しているクレハ、マヤに連絡し、ザ・ライトイヤーズとして、今回のボイコット騒動の顛末と意見を掲載する事にした。



『ローゼス・ミストラル様とのライブは非常に充実した内容で、両バンド間の交流ができた事も大変うれしく思います。改めて、お招きいただいた事に感謝を申し上げます。ただ、残念な報告を追記しなくてはなりません。すでにWEB上で話題になっている事ですが

 (中略)

ボイコットが起きた事は事実であり、電子チケットの管理データですでに氏名も確認済みです。もちろんライブ中の退出はお客様の自由であり、法に触れるものではありません。これは100パーセント、倫理的な問題です。つまり、法的に問題がないとしても、アーティストを意図的に不快にさせる行為を黙認できるのか、という事です。

 ライブハウス側は、今回のボイコットに関わった方全てを、出入り禁止に

 (中略)

 私達ライトイヤーズは不幸にしてか幸いにしてか、こうした嫌がらせの類について耐性がついてしまっているのですが、耐性がある方がおかしいのです。これが結成間もない同世代のバンドなら、大変なショックを受ける事でしょう。私達だってショックを受けていないわけではないのです。ボイコットのみならず、こうした威圧行為はライブハウスさんへの信頼問題につながり、営業妨害で訴えられる可能性もあるでしょう。音楽を愛する気持ちが少しでもあるなら、このような行為は絶対にやめてください。 ザ・ライトイヤーズ一同』



 当然ながらこの声明は、瞬く間に拡散される事になる。なぜかライブにも音楽にも関心がなさそうな人達までもが、そうだそうだと参戦してきたのが相変わらずのネット空間ではあったが、とにかく言うべき事は言った。もうあとは正月までダラダラ過ごすし、年が明けたら新学期までダラダラ過ごすぞ、とミチルは決意した。その夜は後輩達とLINEで取り留めのない話に花を咲かせ、クリスマスは過ぎて行った。


 ところで、その後輩の1人でミチルのアルトサックスの弟子である、ロシア系ハーフの赤毛の美少女・千々石アンジェリーカから、ひとつだけ気になる情報が入っていた。

『同一人物か確証は持てないんですけど』

 そう断ったうえで、アンジェリーカはクリスマスにあった目撃情報を提供してくれた。


 アンジェリーカと、同じフュージョン部の1年の戸田リアナは、クリスマスに仲良く外出した。最近、アニメオタクの先輩である千住クレハの影響で、ふたりは若干マニアックなアニメに興味を持つようになり、クリスマスはアニメグッズ専門店デビューするぞ、という事になった。

 ランチのあと、ふたりはアーケード街にある青い看板のアニメグッズ専門店に近付いた。すると、2階にあるその店の階段から、ひとりの背の高い男性客が降りてきた。ジーンズにダンガリーのシャツに眼鏡、肩にはバッグとポスターケースを背負った、よく見かけるようなアニメファンの服装だ。だが、体型は俳優かモデルかというようなスラリと均整のとれたもので、かつ明らかにイケメンと言っていいルックスのため、地味な服装が逆に目立っていたという。

『なんだかあの人、どこかで見覚えがあるような気がするんですけど、思い出せないんですよね』

 アンジェリーカはそう語った。年齢は、と訊ねたところ、

『20代で通ると思うんですけど、なんとなく30代、下手をすると40代っぽい落ち着きがあったような…』

 そこでミチルは、なぜその情報を私に伝えるのか、と訊ねた。

『あれ?そういえば、何ででしょうね。いえ、あの人を見てなぜか、ミチル先輩を連想してしまったというか。ひょっとして、ミチル先輩たちと何か関りがある人なんでしょうか?私達1年生は直接関わった事がない』

 そこまで話を確認して、ミチルは触れてはいけない扉の取っ手に、触れかけているような感覚を覚えた。これ以上は、知ってはいけない情報のような気がする。ミチルはアンジェリーカに伝えた。

『アンジェ、その男性に関する記憶は忘れなさい』

『えっ、どうしてですか』

『私にそんな人物の心当たりはない。メリークリスマス。よいお年を』

 やや強引に話を打ち切り、ミチルはスリープ状態のスマホに映る自分の目を見ながら、そのアニメグッズ専門店から出て来た男性について考えた。が、別にいまどきイケメンのアニメオタクなんて珍しくもない。外見はアイドル並みで、中身はそこらのオタクがドン引きするようなガチのオタクという人物だっているだろう。

 

 千住クレハは入浴を済ませ、ネットで入手した”鎧伝サムライトルーパー”の1989年当時のムックを開いていた。母親が子供の頃の作品である。さすがにこれだけ昔の作品だと、絵には古さを感じるが、一方で今のアニメの絵にはない独特の厚みがある。70年代以前になるとさすがに古すぎると感じるが、80年代のアニメは時に、現代の少女から見ても驚くほど流麗でリアルな作画で、ドキッとする事がある。これが90年代になると、途端に薄味な絵が増える、というのがクレハの感想だった。

 ふいにスマホから、LINE通知の音がした。確認するとミチルからだ。何だろうと思っていると、ミチルから伝えられたのは、アンジェリーカとリアナが目撃したという、”見覚えがあるような気がする男性”に関しての情報だった。

『クレハがアニメファンになったのって、何歳くらいの話?』

 ミチルにしては珍しく、何やら探偵じみた訊き方だ。

『…10歳くらいかしら』

『どういうアニメからその道に入ったの?』

 その道、とは凄い表現だ。だが、問われた以上答えないわけにもいかない。

『…”アイアンリーガー”っていう、ロボットが出てくるスポーツバトル作品』

『それっていつ頃のアニメ?』

『1993年4月6日から正々堂々と放送開始』

 ミチルの追及は、もう完全に刑事か探偵のそれだ。ミチルは核心に迫ろうとしている。

『つまり、私達よりずっと上の世代が子供の頃に観てた作品よね。そういう作品を、当時のあなたが自発的に観る可能性は低いと思うの。つまり、誰かが観させてくれた、と考える方が自然。そうなると、それは誰なのか、という疑問に行き着くわ。そしてクレハ、あなたは確か9歳位のころ、ある人物と出会っているはずよね』

『あなたのようなカンのいい部長は嫌いよ』


 嫌い。そう言ってクレハは話を打ち切った。何か漫画でそういうセリフがあった気がするが、まあそれはいい。とにかくミチルは、触れてはいけない秘密に近づいてしまったようだ。話を打ち切ってくれて良かったのかも知れない。それに、推測が真実だと確定したわけでもない。まだデータは推測の範囲を出ないのだ。

 が、次に”その人物”と対面した時に、その事を訊ねてしまわないか、自分を抑える自信がないミチルだった。

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