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Light Years  作者: 塚原春海
Independent
129/187

Soul River 2010

 物事にはリズムがある。


 音楽の「拍」はドラムパターンに関係なく一定で連続しているが、拍は「小節」で区切られ、その中でアクセントをどこに置くかで、曲ごとのリズムが決まる。


 全てのリズムを刻み終えたとき、その楽章は終わりを迎える。それは、音楽に限った事ではない。




 12月初旬。フュージョン部2年生、ザ・ライトイヤーズが平穏を取り戻すまでは、何日かの時間を必要とした。


 まず結果から言うと、龍膳湖のエネルギー研究施設の建設は、確定してはいないものの、おそらく見送られるという公算が高くなった。

 ミチル達がゲリラライブを行った様子はネットで拡散し、そのことについて賛否の議論が起こる。だが、ミチル達に意外な業界からの賛意と感謝があった。観光業界だ。

 龍膳湖周辺の山地を削り取る事には、毎年秋に紅葉観光ツアーを組む観光業者からの反発が最も大きかった。日本の美しい山並みを壊し、また研究施設からの排熱で湖の生態系が崩れると特産品にも影響が出るため、観光業にはダメージが大きいからだ。さらには、地形が変わる事で土砂災害の増加が懸念されるという、地質学者の指摘もあった。


 そのこと自体は良かったのだが、思わぬ方向からの影響もあった。ミチル達を、政治運動に利用しようという団体がいくつか現れたのだ。それも、保守派と改革派、双方の政治団体からである。


「バッカバカしい。どうせ物を知らない女子高校生だから、客寄せパンダに利用できるとでも思ってんだろ」

 夏に買ったアンプ内蔵ギター、カシオEG-5を分解して弄りながらジュナは吐き捨てた。買ったときは気づかなかったが、わずかに内蔵アンプが不調だったらしい。今は放課後、1年生はいつものように第二部室で練習である。最近はだいたいこのパターンだった。

「この間は、単にあの景色を守ろうって事でやったんだ。右だろうと左だろうと、政治家のためにギター弾いてやるつもりはねえよ」

「けど、そういう誘いは音楽活動をすれば必ずついて回るよ。きっちり断っていかないと」

 マヤは、いつになく真剣な顔だった。

「政治思想、それに宗教。どっちも音楽と親和性がある。メンバーが宗教にはまっちゃって、瓦解したバンドもあるでしょ」

「最悪のパターンだな」

「そのへん、リーダーとしてはどう考えてる?」

 マヤは、新規に導入したレコーディングソフトの操作を必死に勉強中のミチルに訊ねた。オーディオインターフェイスとの接続が上手く行かないらしい。サジを投げたのか、ディスプレイから離れてボトルコーヒーをあおる。

「野球と政治と宗教の話はタブー、って言うし。とりあえず、全部シャットアウトでいいんじゃないの」

「野球は関係ないだろ」

「とんでもない。もし私達が阪神の応援歌、"六甲おろし"のバック演奏に参加したら、他球団のサポーターから道頓堀に5人まとめて放り投げられるよ」

「お前は野球ファンを何だと思ってるんだ」

 呆れながらマヤは、手元の譜面を睨んだ。以前、薫が提案したというテーマをもとにミチルが新たに作った仮メロに、とりあえず大雑把なアレンジを加えたものだ。仮タイトルは"Future Wind"となっている。

「こんな感じの進行でどうかな」

 キーボード内蔵のゆるめの8ビートパターンに併せて、マヤは軽やかなピアノを奏でた。ちょっとスムースジャズっぽく。

「レトロな感じでいくの?未来がテーマだけど」

 ミチルは、EWIを手にして訊ねる。未来というテーマだけに、デジタルっぽくアレンジするのかと思っていたらしい。

「うん、イメージとしては"ファイナルファンタジー8"みたいな」

「どういうこと?」

「あの作品、未来っぽいけど古臭いデザインの車とか出てくるでしょ。つまり、未来感の中にレトロ感をアクセントとして加えたい。いわゆる、”レトロフューチャー”とは違うよ」

 レトロフューチャー。昭和ど真ん中あたりに描かれていたような”未来”の世界だ。マヤ達にとっては生まれた時にはもう、そんなイメージは古いどころか、見た事さえない。図書館の昭和コーナーで見た昔の子供向け絵本では、よくわからない透明なパイプが張り巡らされ、中を乗り物が移動していた。マヤはそれを見た瞬間、対向車?が来たらどうするのだろう、直接空を飛んだ方がいいのでは、と考えた。6歳くらいの頃だ。

「難しいな。ちなみにリズムは8ビートでいくの?」

「そう思ったんだけどね。こっちも聴いてみて」

 マヤは高速16ビートのドラムパターンを流して、ミチルが考えたメロディーを、アクセントのタイミングを変えて演奏してみた。

「なるほど」

 作曲したミチルが、悪くないなという顔で頷く。8ビートは足で速く走っているような感じだが、高速16ビートになると、乗り物に乗って高速移動しているような印象に変わる。マヤは訊ねてみた。

「どっちがいい?作曲者としては」

「うん。高速16ビートの方がいい」

「わかった。それでアレンジを考えてみよう」

 マヤはアレンジを考える際、たいがい自宅で行う。もともとオタク気質のためか、一人のほうが落ち着いてできるのだ。

「これはコンセプト・アルバムに入れるの?」

 マヤが訊ねたのは、いつか所属レーベルのワンダリングレコード側に伝えた、”探偵”をテーマにしたコンセプト・アルバム制作のことだ。だが、この曲はそのテーマとは少し違うようにマヤは思った。

「うん、そうだね。確かにちょっと、アルバムのコンセプトとは違う気がする」

「単発でいくの?」

「そこなんだけどさ。ちょっとみんな、聞いてくれる」


 ミチルの呼びかけで、ミーティングが始まった。ジュナもバラバラにしたEG-5を放置している。

「今までの楽曲を、録り直して改めてアルバムにしたいんだけど、どうかな」

「録り直す?」

 全員が、ミチルの唐突な提案に軽く驚いていた。マーコは露骨に面倒そうな顔である。

「ライブやってて、音源よりこっちの方がいいかな、って思う個所がいっぱいあるんだ。例えば”Shiny Cloud”のイントロは、音源だとわりかし単調なベースから入るけど、ライブだとクレハのアクセントが聴いてカッコいいじゃない」

 ミチルの指摘に、クレハはなるほどとうなずいた。

「音源のレコーディングは、間違いがないようにと譜面どおりの演奏を心がけたけど。そうね、確かにライブで音が変わってきているとは思う」

「でしょ。いまアップしている音源でいいのかな、って思うんだ」

 そこで、納得しつつも異を唱えたのがジュナだった。

「言いたい事はわかる。けど、それを言い出したらキリがない事にならないか。今の音源だけじゃない。これから出す音源だって、ライブでやれば音は変わって行くだろ」

「…なるほど、そうかもね」

「だから、やるとしたらせいぜい1曲か2曲を選んで、ってとこだな。いま挙げた”Shiny Cloud”のベース。あとまあ、あたしも正直言うと、ギターのディストーションを弱めたい。今やるのはそれくらいだ。もっと時間が経って、どうしても変えたいって思った時に、いっせいにリアレンジすればいいんじゃないか」

 ジュナはこういう時、あんがい的確に意見を言う。ミチルもジュナの言う事にはわりと素直だ。

「うん、わかった。ひとまずこの件は保留。やるとしたら、ジュナが今言ったような進め方でいこう。夏からここまで大変だったから、年末くらいゆっくりするか」

「なにオッサンみたいな事言ってんだよ!」

 ジュナのツッコミで笑いが起きる。ようやく、元の”フュージョン部”に戻ったようだ。このまま冬休みまで何事もなく、みんなで楽しく年を越したいなとミチルは思った。そこで、マヤがひとつの提案をする。

「ねえ、活動がひと段落したこのタイミングで、演奏以外のところをもうちょっと見直したいんだけど、どうかな」

「演奏以外って、たとえば?」

「SNSとか」

 なるほど。それは全員が思った。現在ザ・ライトイヤーズは、WEB上でのアピールがあまり洗練されているとは言えない。「とりあえず動画チャンネルもツイッター告知アカウントもあります」という程度である。

「インストバンドである以上、言葉のコミュニケーションをどこかで補う必要がある。もっとも、ストイックにパフォーマンスだけで勝負するっていうやり方もあるだろうけど」

「あんまりガチガチにこだわるのもね。1年生みたいに、TikTokとかも活用してみる?」

「そこのさじ加減が難しいんだ。あまり軽薄になりすぎる。そういう意味では、MCで笑いを取るスタイルも、ちょっと考えた方がいいかも知れない」

「うっ」

 ミチルはギクリとした。MCで笑いを取るのは得意なのだが、フュージョンバンドが笑いを取りに行っても仕方がない。一歩間違うと、コミックフュージョンバンドになってしまう。さすがマヤは総合的によく見ている。バンドの在り方を見直す、というのも必要かも知れなかった。

 とはいっても、それら全ての問題にミーティング1回で解答を出せるはずもない。ひとまず今日はこの辺かな、という雰囲気になってきた。

「とりあえず、今できる事をゆっくりやろう。私は新曲のデモ音源を打ち込みで作ってみる」

「頼みます」

「ヴァイオリン教室はお休みなの?」

 マヤの質問にミチルはギクリとした。年末ということで、先生達は忙しい。そのおかげというか何と言うか、清水美弥子先生によるミチルのヴァイオリン講習は年明けまでお休み、という事になったのだ。

「良かったじゃない。でも練習してないと、すぐにまたカンが鈍ってなんか言われるよ」

「それはそうなんだけど」

「いっそ、ヴァイオリンで新曲作るぐらいの事考えなさいよ」

「無理でしょ!」

 ネガティブすぎる林修先生みたいな返しになってしまった。ヴァイオリンの新曲。

「もうずっと前に解散してるけど、”ソノダバンド”みたいなサウンドもあるよね」

 ソノダバンド。ヴァイオリンやチェロなどの音を、フュージョンに昇華したグループだ。ミチルは脇にどかしていたヴァイオリンをしぶしぶ取り出し、チューニングを合わせる。

「おっ、いよいよチューナーなしで合わせられるようになったか」

「清水先生怖いもん!必死で覚えたよ!」

 ミチルがジュナのツッコミに半泣きで答える様がおかしくて、他の4人は笑った。君たち笑ってるけど、清水先生にマンツーマンで指導されてみろ。笑えなくなるから。

「ソノダバンドのファーストアルバムの1曲目、伴奏できる?みんな」

 全員が渋い顔をする。しばらくやってないので、さすがにわからない。

「仕方ない」

 ミチルはヴァイオリンを肩にかけると、ソノダバンドのメジャー1stアルバム”ルネッサンス”の1曲目、”Soul River 2010”のメインのメロディーを弾き始めた。この曲はチェロとヴァイオリンのハーモニーが重要なのだが、ないものは仕方ない。チェロのパートもなんとかキーを調整して弾いてみる。

 ミチルはなんとなく、この曲の柔らかでかつリズミカルなメロディーに、朝のイメージを持っていた。ミニマルと言っていいのか、何種類かのリフで構成されている楽曲が多いバンドである。

 ヴァイオリンの演奏で曲の内容を思い出したのか、マーコがドラムを合わせ始めた。そこに、クレハもベースで参加する。ジュナも慌ててレスポールを引っ張り出した。マヤも、チェロのパートをキーボードでカバーしてくれる。

 以前はEWIでごまかしていたヴァイオリンの音も、きちんとヴァイオリンで弾くとやはり違う。そして、ミチルは自分が予想以上にヴァイオリンを弾けるようになっていた事に、驚いていたのだった。


 演奏を終えた時、メンバーからミチルに拍手が贈られた。ストレートな拍手。

「よく覚えた。偉い」

 マヤはミチルに色々ツッコミを入れる役どころが多いが、讃辞を送るときは一切言葉を飾らない。ツッコミも称賛も、常にストレートである。

「ミチル、真面目に聞いてよ。あなた、もうヴァイオリンは実戦でいけるレベルの手前まで来てる。もちろん、清水先生のレベルにはほど遠いけどね」

「だめじゃん!」

「駄目でけっこう。清水先生はプロのヴァイオリニスト級で、どうして音楽家やってないのか首を傾げるくらい。それと較べたら落ちるのは当然でしょ」

 だいぶ容赦がない。だが、マヤはさらに続けた。

「それでも、いま聴いた限りでは、そこまで高度なメロディーやアレンジでない限り十分音になる。T-SQUAREでいえば、”OMENS OF LOVE”あたりを考えてごらんなさい。演奏者に対する要求はそれほどでもないけれど、名曲でしょ」

 なるほど。当たり前だが、必ずしも名曲の全てが、難しい曲というわけでもない。それは確かにそうだ。以前リアナがギターで弾いた、ゴンチチの”放課後の音楽室”なんかもそうだ。演奏はそれほど難しくない。それでも紛れもない名曲だ。

「いま弾けるレベルの、聴いてて心地よい曲を考えてみなさいよ。うちのバンドは、ゆるめの曲が少ないでしょ」

「たとえば?」

「そうね。葉加瀬太郎の”アナザー・スカイ”みたいなの、1曲あってもいいんじゃないの」

「どうしてマヤって、いつも的確な曲をすぐ引き合いに出せるの?」

 ミチルは、前々から思っていた事をこのさい訊いてみた。いつも、頭がストリーミングサービスと直結してるのかと思うくらい、ポンポンとタイトルが出てくる。

「なんでだろうね。頭がWi-Fiに繋がってるのかも」

 デジタルジャンキーのマヤが言うと、まるっきりの冗談に聞こえないのが怖い。


 暗くなってきたところで、練習を終えた1年生たちが戻ってきた。最近なんだか、みんなの表情が良くなってきている、とミチルは思った。なんというか、真剣さが増して来た。

「今は何を練習してるんだっけ」

「秘密っす」

 ベースの獅子王サトルは真顔で答えた。またしても、覚えてからお披露目のパターンか。

「ん?リアナとアンジェリーカがいないけど」

「一足先に帰りました。なんか一緒に寄って行くとこがあるって」

 アオイが答える。最近なんだか仲が良すぎではないだろうか。まあ険悪なよりはいいか。出会った頃のマヤとジュナみたいな。

「なんか雪降るみたいっすよ。早く帰りましょう」

 サトルが、スマホの速報をチェックしつつ空を見上げる。まだ降ってはいないが、この冷え方だといつ降っても不思議はない。ジュナが、バラバラにしたEG-5の部品をボックスに厳重に仕舞って立ち上がった。

「薫、こいつ直すの明日手伝ってくれ。アンプに妙なノイズが入る」

「もう寿命なんじゃないの?」

「そこを直すんだよ!お前電子科だろ!」

 薫は、はいはいと頷く。なんだかんだで、ジュナと薫もそれなりにウマは合うようだ。

「いつか、1年生と2年生でステージやりたいね」

 何気なくミチルが言うと、みんなの反応は好意的だった。だが、キリカとアオイは注文をつけてきた。

「そうですね、あまり難しくない曲でお願いします」

「本田雅人は無しで」

 それは残念だ。”BAD MOON”とか、”SPLASH!”とか、”SCANDAL BOY”とか、指と頭の運動にいい本田ナンバーがたくさんあるというのに。

「いっそ、本田雅人の楽曲限定のライブやろうか」

 その提案には、全員から一斉に猛反発が起こった。

「死ぬ気か!」

「殺す気か!」

「一人でやれ!」

「ライブがそのまま葬式になりそう」

 寒空に怒号を響かせて、フュージョン部は部室をあとにした。こんな、何気ない日も思い出になるのだろう。いつまでも続く筈はないが、長く続いて欲しい、そう願うミチルだった。

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