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Light Years  作者: 塚原春海
Independent
124/187

Heroes

 ロックバンド”肩甲骨脱臼楽団”は、素っ頓狂な名前に反して、哀愁漂うロックナンバーを聴かせる事で知られていた。もちろん名前の通りのイメージの楽曲もだいぶあるのだが。

「今日は、女子高生に命令されてステージに立ったので、気持ち良かったです。また命令して欲しいし、なんならローファーで踏んで欲しいです。それじゃ、次はDRSさんにバトンタッチしますんで、俺らはここで退散します」

 やや変態じみたMCを最後に、肩甲骨脱臼楽団の面々はステージを降りて行った。ポロシャツにスラックス、スキンヘッドのギターボーカルのインパクトが強すぎて、初見の人は他のメンバーがほとんど記憶に残らない事でも有名である。

「おつかれー」

「良かったよ!今度はあたしらも呼んでよ!」

「変態トークなんとかしろ」

 ミチル、ジュナ、マヤの三人が各人各様に、楽屋がわりのライブハウスに戻って来た肩甲骨脱臼楽団を出迎える。スタンバイしていたDRSの3人とサポートのドラムスの女の子が「お疲れでしたー」と、ギターやベースを手にして入れ替わりにステージに向かう。スキンヘッドの強烈ボーカルのあとに華やかなガールズバンドが登場すると、オーディエンスは一気に湧き立った。

『寒いな!いま薄着で後悔してる!』

 ギターボーカルの芹沢アイナが、秋空の下で真っ黒なスレイヤーのTシャツにデニムショートという格好でマイクに叫んだ。これはお約束のパフォーマンスであり、ファンの間では実は異様なまでに寒さに強い事で知られている。中でも、とあるライブハウスで真冬で暖房が壊れた時に、平然と最後まで歌い切ったライブがちょっとした伝説になっていた。

『今日はライトイヤーズっていう、同世代の子たちに呼ばれて来ましたー!』

 すると、オーディエンスから「嘘つけ!」というツッコミが入る。

『いま嘘つけって言った奴、明日の朝そこの湖面に浮かんでるからね!それじゃいくよー!』

 ダンダンダダダン、と8ビートのドラムスが刻まれる。アイナが昔飼っていた犬、"ボーイ"の視点から自身の青春を歌った代表曲”ボーイの見た空”だ。音はわかりやすいハードロックなので、初見でもすんなり入れる。ほとんどが8ビート、たまに16ビートの曲もある程度で、わかりやすくてお洒落で、たまに洒落にならないくらい歌詞が重くなる、それがロックバンド”D.R.S=ドレス”だった。


「やっぱDRSさんはストレートでいいなあ」

 マーコが羨ましそうに耳を傾けた。

「うちは、作曲2人がドSでむちゃくちゃリズムが難しい。3/4拍子と4/4拍子のチェンジなんてもう当たり前」

「先輩達がいるところで愚痴をぶつけるな。そんなの言ったら本田雅人の曲なんてできないでしょ」

 マヤのツッコミが入るも、3年生を除く他の先輩バンドたちは感心したように何やら頷いていた。

「いや、お前たち本当にすごいと思うぞ。俺がお前たちくらいの頃なんて、オープニングでお前たちがコピーしたような曲、絶対できない」

「今できるの?」

 ホワイトアウトのボーカルがツッコミを入れると、小田さんは「今でも無理」と白状して笑いを誘った。だが、改めてそう言われて、ライトイヤーズの面々は自分達の音楽スキルについて考えてしまう。

 1年半以上、ミチルたちはジャズ、フュージョンのコピーをひたすら練習してきた。理論はまだ完璧にわからないが、体感的には変拍子だとか転拍子、転調についても理解してきた。言葉で説明はできないが、T-SQUAREの1996年のアルバム"B.C.A.D"の難曲"Ciao!"(マニアックで申し訳ない)だとかも「ここはこういうリズム」と、手と感覚で理解している。マヤやクレハはある程度理論を説明できるが、ミチル達もおそらく、理解できてはいるのだろう。それを言葉にする術を知らないのだ。

「演奏レベルはともかく、ちょっと最近気になるんですけど」

「何が?」

 小田さんは興味深そうに訊ねた。外から、DRSの軽快なサウンドが聴こえてくる。

「私たちの音楽って、やっぱ浮いてるのかな、って今さら考えるんです。ジャズの方が、まだ収まりがいいっていうか。フュージョンって」

「そんなこと言ったら、こいつらなんてどうする。どこ行っても浮きまくってるぞ。浮くのが仕事だ」

 小田さんは、ギターの手入れをする肩甲骨脱臼楽団のギターボーカル、佐久間さんを思い切り指差して言った。

「仕事ってなんすか!」

「仕事でないなら、何だよ」

「人生です」

 その返しに、ライブハウスの中にいた面々は腹がはち切れるかというほど笑った。浮くのがライフワーク。どんなんやねん。

「あはははは!」

「何だよそれ!」

 ミチルもジュナも、トリの演奏に支障が出るのではないか、というほど腹が痛かった。クレハまでもが、滅多に拝めない爆笑フェイスを披露している。DRSのみんなが戻ってきたらさっそく教えてあげよう。

「あー、おかしい…なんか、悩んでるのがまるでバカみたい」

「好きな事やってる奴ってのは、大なり小なり肩身が狭いのを味わってるもんだ。やりたい事やってりゃ、それでいいんだよ」

 すると、それまで黙っていたユメ先輩が口を開いた。

「あんた達は正統派のフュージョンだからまだいいけど、あたしらなんてプログレ・フュージョンだよ。どうすりゃいいのさ」

「そういえば、そもそもどこから先輩達って、プログレフュージョンに行き着いたんですか」

 いまさらの質問を、ミチルは投げかけた。ショータ、カリナ、ジュンイチ先輩達は、少し難しい顔をしている。

「そう深い話でもないんだけどね。要するにあたし達、ロック全般好きでしょ。パンクからハードコア、プログレとか関係なしに」

 それはそうだと思う。キーボードのカリナ先輩だけは、もともとJ-POP中心だったらしいが、じょじょに他のメンバーに感化されて洋楽ロックの沼にはまったらしい。

「それでこう、なんていうか…インストっていうのも、ストイックでいいなって思ったのね。言葉なしに、音だけで感情を表現する。ある意味、最高にロックというか」

「ストイックを突き詰めた結論が、プログレ・フュージョンって事ですか」

「ものすごく雑にまとめると、そういうこと」

 それも凄い話だ。プログレフュージョンというと、日本ではほとんど聞かない。いるのかも知れないが。アメリカあたりだと、"Shwizz"といったプログレバンドがインストアルバムを発表している。

「だからまあ、何ていうか…浮いてるとか、そういうのを気にしすぎない方がいいと思う。"みんなで同じ事やって表面的には仲良くしよう"みたいな空気、あんた達は嫌いでしょ?」

 さすがだ。ユメ先輩は、だてにミチル達の先輩をやっていない。全くそのとおりである。

「だいたい、今日ここに来た6バンドがもう、全員違うじゃない。メタル、メロコアにハードコア、パンクにブルース、ストレートなハードロック、プログレフュージョン、そしてあなた達の王道フュージョン。もうこの時点で、全員どっか浮いてんのよ。浮くのなんか怖がってちゃ、音楽なんてやれないよ」

「いい事言った!」

 NNNKの松川さんが、パチパチと調子よく拍手するが、みんなは少し真面目な顔だった。後ろにいるフュージョン部の1年生達が、なんとなく輪に入れずにいるのを見て、ミチルは立ち上がる。

「この子達ももう立派なバンドだよ。そのうちライブハウスに顔出すかも知れないから、そのときはみんな、よろしくね」

 肩を叩かれて、アンジェリーカが焦る。すると、バンドのみんながどれくらいの実力なのか興味を示した。

「サックスもいるの?」

 ホワイトアウトのボーカルが訊ねると、ミチルはアンジェリーカに自分のサックスを貸した。

「ほら、先輩たちに聴かせてやりな。何でもいいよ」

「でっ、でもこれ先輩の…」

「いいよ。ほら」

 マッピ、マウスピースを新調したばかりのサックスを貸し出され、アンジェリーカは恐る恐る立ち上がる。何を吹けばいいか思案しているようだったが、やがて意外なアドリブを吹いてみせた。

「おっ」

 その場の全員が、赤毛の少女のサックスに耳を傾けた。それは、ステージから聴こえてくるD.R.Sの間奏、ギターソロに合わせたアドリブという、ジャズ、フュージョンの真骨頂というべき演奏だった。

 ミチルやユメの出す音に比べると、まだ思い切りや伸びは足りない。だが、聴こえてくるコード進行を即座に把握して、それにジャズの理論で音を即興で合わせるというのは、ひとつの離れ業だった。ミチルは、この千々石アンジェリーカというロシア系ハーフの少女の実力が、ようやくわかった気がした。

「…どうでしょう」

 即興のサックスを吹き終えたアンジェリーカは、恐る恐る暗いライブハウスの中に集まった面々の表情を見た。やがて、パチパチと大人たちから拍手が贈られた。

「やべえなあ、俺ら15か6のあたりなんて、遊んでただけっすよ。ギターなんてカッコだけで」

 松川さんが、参った、という表情で小田さんを向いた。小田さんも感心したように頷いている。

「いつか、なんて言わずに、近いうちにライブハウスデビューしたらどうだ。他のメンバーもそれなりの腕はあるんだろ?わかる。そういう顔してるもの」

 どういう根拠なのかは知らないが、20年以上バンドをやってきた、小田さんなりの感覚なのだろう。後ろのサトル達は困ったように顔を見合わせた。

「先輩たちライブハウスデビューしたの、いつなんすか」

 サトルがベースの師匠クレハに訊ねると、クレハは少し考えて答えた。

「去年の夏休み明け?文化祭の前よね」

「ああ。ソウヘイ先輩の紹介で小田さんに目つけられて、企画に参加しないかって言われてな。そん時も、ほぼ今日の面子だったよね」

 ジュナは、1年以上前の事を懐かしそうに思い起こして小田さんを見た。小田さんも微笑む。

「忘れねえよ。フュージョンバンドだってのに、ギターがキング・クリムゾンのジャケット画のTシャツ着てるんだから」

「なんであたしだけピンポイントでネタにされるんだよ!」

 突然過去のステージ衣装をバラされたジュナが憤慨し、笑いが起きたところでD.R.Sの演奏が終わったらしく、MCが聴こえてきた。

『ありがとー!それじゃ後は、ホワイトアウトがいなかったら今日間違いなく最年長バンドの、NNNK-Energyさんにお願いします!』

 余計なひとことを付け足され、松川さん以下4名は憤慨しつつ立ち上がる。こういうやり取りも、地元のバンド・コミュニティらしくていいな、とミチルは思った。以前のジャズフェスなどでは味わえない温かさだ。街、という単位でのバンドの交流には、他に代えられない何かがある。表舞台だけが音楽シーンではない。


 NNNK-Energyはギターボーカル松川リョウヘイによる、暑苦しいMCが名物である。ご多分に漏れず今回も、鍋焼きうどんを押し付けてくるような熱の入ったトークから始まった。

『今日、俺らがここに来たのは!もうハッキリ言います、この湖畔の、ガキの頃から知ってる景色を壊されたくなかったからです!』

 その切り出しに、舌打ちする人物がいた。ホワイトアウトの小田さんである。

「あの野郎、俺が言おうとしてた事を言いやがった」

 かっこつけやがって、ヒーロー気取りが、と小田さんは笑う。

『俺、"綺麗事"っていうの、バカにできないって思うんすよ!世の中から綺麗事を一切取り払ったら、どうなりますか!』

 毎回毎回、この人は何を言い出すのだろう。以前は、納豆の食べ方についてライブ前に長々と話していた。熱いというよりは、暑苦しい。わかりやすく言うと、"詩人の松岡修造"である。

『難しい事言う気はないっす!ただ、この景色の中でずっと音楽やってきて、それが壊されるってのは、納得できないじゃないっすか!』

 暑い。熱い、ではない。この湖畔だけ湿度が上がりそうだ。ふと気付いたが、近くの建物の屋上にはTVカメラがいる。これひょっとしてTVで流れるのか。

『じゃあ聴いてください。"Artificial Sweetener"』



 知らぬ間に/気付かぬ間に

 お前は奴らと同じ顔になってた

 いつの間に/お前がなぜ

 あの日のお前は今どこにいる


 Artificial Sweetener

 作り物の心

 Artificial Sweetener

 誇りの紛い物

 Artificial Sweetener

 誰かが創り上げた

 Artificial Sweetener

 お前の紛い物



 松川さんの、しわがれたような独特のボーカルが、乾いた空に響き渡る。サウンド的にはいわゆるメロコア系のバンドだが、根底では先に出たパンクバンド、肩甲骨脱臼楽団さんと通じるものもある。ただ、肩甲骨さんの歌が独白に近いのに対して、こちらは聴き手に訴えるような激情が特徴だった。

 ミチル達はインストバンドであり、こんなふうに歌詞で表現することができない。だったらボーカル作品を作ればいい話だが、ユメ先輩が言ったように、ミチル達もまた、インストにこだわるストイックさを追求してみたい、と今では思うようになった。元々ロックから入ったジュナでさえ、いつかミチルに語ったように、中途半端にボーカルを入れるべきではない、とまで主張している。だから、オープニングのコピー演奏でわざわざ、「同じメンバーの別なロックバンド」だとうそぶいたのだ。ミチルは何の気なしに提案してみた。

「さっきの”別バンド”で、ジュナも一度作ってみたら?ボーカルの曲。あんたがバンドリーダーで」

「なんかリバーシブルなバンドだなあ」

「いいんじゃない?何ならあんたがセンターでもいいわよ」

「あたしはあの位置が落ち着くんだ」

 ジュナは、どうもステージ右手の位置が好きらしかった。


 NNNK-Energyさんの演奏は、最後まで徹底して暑苦しかった(褒めてる)。どうせ歌で主張するなら、ここまでやるべきだ、という手本みたいな演奏だ。

『ありがとうございました。次は本日間違いなく最年長バンド、ホワイトアウトの先輩達にお願いしたいと思います!』

 最後に見苦しい余計な一言をマイクに向かって言い放つと、4人は演奏でぐったりした様子で戻ってきた。最初に会った時は、なんでこんなに疲れてるんだろう、などと不思議に思ったものである。


『ご覧になれますでしょうか!現在、龍膳湖の湖畔にある小さな商店街の、先日山火事が発生した焼け野原において、あのガールズフュージョンバンド”ザ・ライトイヤーズ”と、交流のある地元のバンドの計6組による、野外ゲリラライブが行われております!』

 近隣の建物の屋上を借りて、女性レポーターが声を張り上げた。

『バンドの公式動画チャンネルにおいても、これは完全無料で配信されているようです!地元のロックファンの方にうかがいましたところ、この6バンドの演奏が無料で聴けるのはほとんど慈善事業に等しい、ということでした!』

「ふざけんな!」

 神田川建設の社長、神田川貴志は、ゴルフクラブの休憩エリアにあるテレビに向かって叫んだ。

「どうして、マサどもから連絡が来ねえんだ!ああ!?」

 キャップを床に叩きつけ、神田川はさらに叫ぶ。若衆は竦み上がってしまったが、怒鳴られるのに慣れっこの兄貴分が、スマホを手にして近寄った。

「社長、トシからです」

「貸せ!」

 むんずとスマホを掴み取ると、スマホのマイクが壊れるのではないかというほどの声で神田川は怒鳴った。

「この能無しが!なんでまだライブが続いてる!?」

『へっ、へえ、それが…』

「なんだ!」

『同業の連中から邪魔が入りやして』

「同業だとぉ~?」

 神田川は、こめかみをピクピクさせながら、精一杯冷静に訊ねる。

「どこのもんだ!」

『そっ、それが、千住組とかいう聞いた事もねえ奴らで…』

 その名を聞いた瞬間、神田川の表情から一瞬で血の気が失せたため、周囲の人間は何事かと思うと同時に、少しだけほっとした。

「…千住組。確かに、そう言ったんだな」

『へっ、へえ。千住組の、顧問の小鳥遊とかいう…』

 神田川は、しばし無言で考え込んでいた。あまりに無言が長く、電話の向こうのトシは、通話が切れたのかと不安になったようだった。

『…もしもし、社長?聞こえてますか』

「引き揚げろ」

『はい?』

「もういい。引き揚げろ。相手が悪い」

 その決定に、兄貴分を除く全ての部下が驚いて黙り込んだ。神田川は、小学3年生を諭すように言った。

「どこを敵に回しても、千住組だけは絶対に敵に回すな」

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