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Light Years  作者: 塚原春海
Independent
123/187

Nouvelle Vague

 突如、焼けた斜面の上の"ステージ"に現れたザ・ライトイヤーズは、一曲目からアルフィーのコピーナンバーで度肝を抜いてきた。

 実を言うと俺は、アルフィーもきちんと聴いた事もないし、ライトイヤーズのフュージョンっていうジャンルも、"F1のテーマ曲"ぐらいのイメージしかなかった。今日来たのは、対バンにNNNKとか、肩甲骨が出るからだ。

 アルフィーの曲だっていうのも、周りの女の子達がそう言ってたからわかった。アルフィーには、あんなストーンズみたいな曲もあるんだな。

 そう思っていると、2曲目が始まった。真ん中の子が吹いてる、あのボタンがついた縦笛みたいなのは何だろう。電子楽器なのはわかる。けど、今流れてるのはバイオリンの音だ。さっきはトランペットみたいな音を出してたのに。こういう楽器もあるんだな。

 うおっ、なんだこの曲は。周りの子が"ヌーベル・バーグだ"と言っている。仰々しいベースとバイオリンのイントロが始まった。かと思ったら、ピアノとクリーントーンのエレキの静かなパートに移行する。

 そう思っていると、ドラムスとベースも入ってきた。プログレか!?アルフィーってプログレもやるのか!?そう思っていると、また音が抜けて、クリーントーンのアルペジオ。そこから、いきなりリズムが変わる。四拍子から三拍子に変わったのか?あまり理論は詳しくないからわからない。

 壮大なイントロが終わり、ギターのヘアバンドの子が、重めのリフを奏でながら、哀しげな詞を歌い始めた。自由?バスチーユ?

 戦う、愛、真実の旗。ヴェルサイユ。これは何を歌った曲なんだ?まさか、フランス革命か?ふだん、ライブハウスで聴くような曲ではほとんど耳にしないフレーズだ。

 自由のため、名誉のため。一体何なんだ。俺達は何か、革命に参加させられているのか。けれど、この歌から伝わって来るのは、戦う事の陰で流される人々の涙だ。抵抗の歌、レジスタンス!そのとき、俺はこの子達が、いきなり無料のライブを決行した理由、このコピーナンバーを選んだ理由がわかった。そして、一瞬でこの子達のファンになってしまった。


『今日は来てくれてありがとう!』

 ミチルさんが、凛とした声で叫ぶ。ライトイヤーズが唐突に野外ライブをやる、という情報がツイッターに流れたのは、今朝の事だった。なぜ、今朝まで伏せていたのか。いま、市東レイネはバンド公式チャンネルでライブ配信されている、ステージの様子を見ていた。

 オープニング2曲から飛ばしている。ところが、ミチルさんは妙な事をMCで言い放った。

『えー、ごめんなさい。ザ・ライトイヤーズは最後に出演します』

 なに?今ステージにいるのは、どう見てもライトイヤーズだろう。

『私達はよくライトイヤーズさんと間違われるんですけど、THE ALFEEのコピーバンド、"THE JALFEE"です。頭にバンドリーダーのジュナの"J"がつくから、ジャルフィー。某航空会社とは関係ないからね!』

 ザ・ジャルフィー。語呂が悪いこと甚だしい。例によってMCで笑わせに来る。あと、ジュナって言った。やっぱりライトイヤーズじゃないか!

『えー、ライトイヤーズさんから出演してくれと頼まれたのが、朝の4時半です。なんでもっと早く教えてくれないんだ、って言ったら、前々から告知してたらここの界隈の人達から締め出されてたかも知れないので、という事でした。許可取ってないんですかね。あとで問題起きても知りません。それじゃ、次は肩甲骨さん、よろしくお願いします』

 それだけ言って、あくまでライトイヤーズではないと言い張るアルフィーのコピーバンドは、黙々と機材を片付けてステージを降りた。というか、結局使わなかったアルトサックスは何のために持って来たんだ。



 高原ゴルフクラブでは、某国会議員、県会議員と、建設企業「神田川建設」の役員がゴルフを楽しんでいた。国会議員が上手いショットを放つごとに、わざとらしい拍手が起きる。神田川建設社長、神田川貴志は頭をかいて小太りの議員に近寄った。

「いやあ、失礼ながら勝つ気で参ったんですけど、やっぱり実力差は覆せませんな」

「なんの、神田川さんもまだ挽回できるでしょう」

「恥をかかない程度に頑張ります」

 神田川は、全力で打って絶妙にラインを外すという演技をしてみせた。それが演技に見えないのは、長年の接待ゴルフの経験によるものである。

「あちゃー」

 額に手を置いて、天を仰ぐ。

「例の件は順調ですか」

 国会議員がさり気なく尋ねると、神田川は笑った。

「ええ。若干の雑音が入りましたが、それも片付きました」

「それは良かった」

 国会議員、県会議員は微笑んでキャディとともに先へ進む。

 あの湖畔の土地にこだわったのは、研究施設建設のための立地がいいからに他ならない。地元の民家や商店を立ち退かせるには金が要るが、へたに手付かずの山地を開発するよりは、あの界隈を立ち退かせて背後のわずかな丘を更地にする方が安い、という試算が出たからだ。

 どのみち上手く行くはずがないエネルギー研究なのだ。そうでなくてはならない。いつか成功しますよ、と国民には説明して、ダラダラと国費を投入して、その金を企業と政治家が掠め取る。最近はネットでバカなガキどもが、何の見返りもないのに政治家の肩を持ってくれる。

 政治家が失脚すれば、我々は次の人間にすり寄るだけだ。まったくこの世は上手く出来ている。得意げにゴルフクラブを構える議員どもの背中が、哀れすぎて笑えてきた。

 そこへ、一人の若衆がスマホを手にして駆け寄ってきた。

「社長、ちょっと失礼を」

「あん?」

「これを」

 若衆が見せたのは、なんだか頭の悪そうなロックバンドが、焼けた土塁の上でギターをかき鳴らし、叫ぶライブの様子だった。

「なんだ、これは」

「あのライブハウスわきの様子です」

「…何だと」

 神田川は、ギロリと若衆を見た。若衆は、怯む様子も見せず、むしろ動画に慌てながら続けた。

「あの、焼き払った野原で、ガキどもがライブをしているんです、今」

「マサの奴らは何をしてる!」

「それが、何度連絡をしても返事がありやせん」

「能無しどもが!」

 その神田川の叫びが聞こえたのか、離れた所から国会議員が呼びかけた。

「神田川さん、どうされました」

「あっ、いえ、ちょっとね。若衆が気分が悪いから帰ると」

「ほう、そりゃお大事に」

 どうにか誤魔化して、神田川は若衆に指示を出す。

「いいか、頭数揃えてそこに行け。ただし、こうして大勢集まって、配信までされてる以上、カタギを装って行くんだ」

「行ってどうするんです」

「ふざけたライブ始めた、このガキどもを脅すんだよ!痛い目見たくなかったら、商売の世界に首突っ込むな、ってな!何なら少しばかり痛めつけてやっても構わねえ。行け!」

 

 ライブハウス"ネッシー"は現在、出演バンドの楽屋として使用されていた。実のところ、準備は昨夜の時点でほぼ完了しており、早朝に突貫工事で土塁の上に機材を据え付けたのだ。フュージョン部1年生は、ザ・ライトイヤーズからわずかだがギャラをもらって手伝った。

 ステージからハウスに、肩甲骨脱臼楽団の"缶コーヒー"という、ライトな16ビートの曲が聴こえてくる。缶コーヒーを飲みながら、早朝のバス停で佇む光景を歌った、叙情的なブルース調の名曲だ。

「やっぱ肩甲骨さんはいいな」

 ジュナの呟きは、知らない人が聞けば何の話かと思われそうだった。ライブハウスの冷蔵庫が壊れており、ぬるいままのスポーツドリンクを流し込んで、ジュナはミチルを見た。

「まさか、ここまで客が集まるとは思わなかったな」

「面子がいいもの」

 ミチルは、ライブハウスの中に集結した、近隣の錚々たるインディーミュージシャン達に顔を向けた。"DRS"の3人とサポートのドラムス。"NNNK-Energy"の4人。ベテランの"White Out"に、フュージョン部3年にしてプログレフュージョンバンド、"Electric Circuit"。

「みなさんが、私達の声掛けに応えてくださって本当に感謝しています」

 ミチルと、ライトイヤーズの面々は、先輩ミュージシャン達に深くお辞儀をした。すると、ソウヘイ先輩が手を横に振ってみせた。

「なーに、いいってことよ」

「あっ、ソウヘイ先輩だけ対象外なんで気にしないでください」

「もっと気にするわ!」

 ソウヘイ先輩のツッコミに、爆笑が起きる。いつものダンガリーを着たホワイトアウトのギタリスト小田さんが、また入手したらしいハムバッカーのテレキャスターを弄っていた。これで記念すべきコレクション40本目らしいが、そろそろ奥さんから何か言われないかと、ライトイヤーズの面々は若干不安になる。本人いわく、タバコをやらないんだからギターくらい買ってもいいはずだ、という謎の理屈である。

「いいや、君たちのおかげだよ。まさか、こんな焼け野原をそのままステージにしてしまおうなんて、俺たちおっさんには考えつかない」

「俺もおっさんに含まれるんすか!?」

 突然、NNNK-Energyのギターボーカル松川さんが不満を口にしたので、また笑いが起きる。

「女子高生から見れば、20代後半のお前らは全員おっさんだ」

「あんなこと言ってますよ、姉さん!」

 リョウヘイさんは、平均年齢25.7歳のD.R.S (ドレス)の女性陣3人組に話を振った。ベースの芹沢アイナさんは、自慢のロングヘアをかき上げて笑う。

「私たちは素敵なお姉さん。リョウヘイさん達はおっさんです」

「不公平だ!」

 バンドマンたちの漫才をよそに、ミチルはスマホで配信されている動画をチェックした。カメラ越しにも、ものすごい数の人である事がわかる。SNSどころか、ワイドショーでもすでに話題になっており、上空をヘリが飛んでいる。当然、ここがエネルギー関連施設の建設予定候補地である事は、特に県の人間は知っていた。

「みんなの声掛けのおかげで、これだけの人が集まりました」

「しかし、周到だったな。知ってる連中には裏で連絡して、当日朝にSNSでゲリラ的に告知する、ってのは」

 小田さんは、心底感心したようにミチルを見たが、ミチルは首を振って後ろのクレハを指した。

「この作戦を考えたのはクレハです。人を集めるために何日も前から告知したら、敵に察知されて何らかの先手を打たれた可能性がある。それを封じて人を集めるためには、伝言ゲーム式に拡散するのと、直前にゲリラ告知するしか方法がなかったんです」

「みなさんの知名度があってこその作戦です。私達だけでは、ここまで人が集まったかどうか、わかりません」

 謙遜するようにクレハは微笑んだ。天使のような顔でしたたかに作戦を展開する少女に、大人たちは軽い戦慄を禁じ得ないようだった。

「ところで、あのスピーカーや電源車は一体どこから調達してきたんだ」

「そうよ。ステージ周りは任せておけって言うから、半信半疑で来たけど」

 小田さんも芹沢さんも、興味津々で訊ねる。ミチルは、薫と一緒に頷いて胸を張った。

「あのスピーカーは学校にあった自作品です。そして電源車ですけど、うちの先生が南條工科大の研究室と知り合いで、試作品のグリーン電源カーを、実証実験を兼ねて貸し出してもらったんです」

「グリーン電源カー?」

 それは研究室の小鳥遊主任の説明によると、すでにある燃料電池を利用した「FC電源車」に、さらに独自の改良を施した試作機らしい。基礎理論は秘密らしいが、すでに大手メーカーが実用化しているFC電源車よりも高効率で、100時間近い稼働が可能だという。今回は実験でもあるためライブを優先したが、その気になれば近隣の建物数軒に給電する余力さえある、との事だった。

「燃料は太陽光利用で生成したグリーン水素。それも、有機ハイドライド方式でトルエンに変換した状態でタンクに収めてあるので、通常の水素に比べて容積は500分の1、常温での輸送・保管も可能です。燃料に戻す時は簡単な触媒を通すだけ」

「よくわからないけど、要するにどういうことだ」

「ミュージシャンにわかりやすく説明するなら、極めて低い環境負荷で、長時間のゲリラライブができるっていうことです。あの電源車と、ステージを積んだトラックの2台があれば、どこでもすぐにライブができます」

 ミチルの淀みない説明に、大人たちは感心しているようだった。

「なんていうか、真っ直ぐで凄いな。俺たち大人は、環境問題とかになると、どうしても胡散臭いものを感じてしまう。いるだろう、環境保護を訴えるために、恫喝まがいのスピーチをしたり、芸術作品を壊したりするような連中が」

「それは彼らのやり方が間違っているだけです。環境保護という理念そのものが間違っているわけではありません。もちろん偽善的で過激な人達もいるでしょうけど、スマートに理念を訴える事はできるんです」

 ミチルがそう言うと、小田さんが少し考え込んで、膝を叩いてミチル達に向き直った。

「わかった。悪いが、ミチルちゃん。ちょいと頼みがある」


 見渡す限り人、人、人だった。株式会社・神田川建設から派遣された、アロハシャツを着込んだ目つきの鋭い8人が、肩をいからせて爆音が鳴り響く湖畔に到着した。

「ちっ、これじゃ進めねえじゃねえか。じゃかしい」

 スキンヘッドに金のネックレスをした30代くらいの男は、恨めしそうに目の前の人波を見た。どう見ても8千人はいる。端の方はもう、ろくにステージなど見えていないのではないか。

「仕方ねえ、力ずくでどかして進むぞ!」

「へい!」

 男たちは、手近な若い男性客の方や腕を掴んで群れの外に追い出した。

「おらっ、どけ!邪魔だ!」

「いたっ!何するんですか!」

「うるせえ!」

 男たちが、強引に人波をかき分けて前進を開始した、その時だった。アロハシャツのひとりの腕を、横から出て来た腕が、ものすごい力で握って押さえつけた。

「ぐわっ!」

 何事かと男がその腕の主を見ると、それは黒いスーツにサングラスをかけた男だった。左耳には小さなヘッドセットを装着している。

「なっ、なんだ、てめえは!」

「お客様のご迷惑になる行為はお控えください」

 よく通る声で、男は言った。周囲のオーディエンス達の視線が、何事かと集中する。

「あんだとぉー?」

 突如現れた黒服に、アロハシャツは凄んでみせた。

「ちょうどいい、てめえがこの下らねえライブやってるガキの取り巻きだな。ガキどもが集まってるところに案内しな」

「失礼ですが、人違いでしたら申し訳ありません。木梨建設の大村様ではございませんか?」

「あ?」

 一瞬、きょとんとアロハシャツは仲間たちを見た。

「私ですよ。千住組の顧問の小鳥遊です、お久しぶりです」

「なに寝ぼけた事言ってやがる!」

「木梨組の皆さんではございませんでしたか?」

 すると、後ろの方にいた若いアロハが、憤って声を上げた。

「俺たちゃ神田川建設だ!千住組?知るか、ボケ!」

 そこで、黒スーツの男の唇の端がわずかに上がったのに、先頭のアロハが気付いた。

「失礼。よく聞き取れませんでした。神奈川建設さんと仰いましたか」

「耳にクソ詰まってんのか!神田川建設だよ!」

「やめろ!」

 先頭のアロハに突然制されて、若いアロハは一瞬黙ったあと、自分の失態に気付いたらしく青ざめてしまった。周囲のオーディエンスから、ざわめきが起きる。

「神田川建設?」

「あの建設大手の?」

「なんでそんな所の人達がここに来てるの」

 そう、この黒スーツの男は人違いを装って、アロハ達が苛立って正体を自ら明かすよう誘導したのだ。血の気の多い若い男は、まんまとその計略に乗せられたのだった。しかも、その様子は何人もがスマートフォンで撮影している。おそらく動画を撮られているだろう。これが拡散したら、どういう事になるか。神田川建設の若い衆が、ライブ会場の一般人とスタッフを恫喝した現場である。黒スーツの男は、やや強めの口調で言った。

「ライブのご迷惑になるお客様は、この千住組の私有地から立ち退いていただきます」

「てめえ…!」

 すると、後ろのアロハが小さく叫んだ。

「あっ、兄貴!」

「ん?」

 言われて振り向くと、アロハは驚愕した。同じように黒いスーツにサングラスの男が、ざっと見て十数人、アロハを取り囲んでいるのだ。そのうちの1人が、ヘッドセットに指を当てて言った。

「こちら東ブロック、コンサートを妨害する集団がいます。退去させます」

 その連絡とともに、黒スーツはアロハ達に迫った。

「お客様のご迷惑になります。申し訳ございませんが、退去をお願いいたします」

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