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Light Years  作者: 塚原春海
Independent
120/187

The End.

 ザ・ライトイヤーズ初の自主企画は、県内のインディーバンド5組との、立ち退きの危機にある湖畔のライブハウスで行われる事になった。このニュースは瞬く間に拡散し、その頃にはもうチケットは完売している有様だった。

「なんでそんなキャパが狭い所を選んだんだ、っていう声は多いな」

 部室でタブ譜をチェックしながら、ジュナは傍らのスマホのツイッターを見た。自分たちを過小評価しすぎだとか、変なロックバンドと対バンなんかするな、などという声もある。

「なにが変なロックバンドだ。肩甲骨さんの"夜行バス"って曲を聴いてみろ。ライブで聴いた時、あたし泣いたぞ」

 肩甲骨、とは対バンの地元で8年以上活動しているパンクバンド、"肩甲骨脱臼楽団"の愛称である。まあ変なロックバンドなのは間違いない。ただミチル達はロックもフュージョンも関係ない音楽仲間だと思っているので、不愉快という意味で"変なバンド"と言われるのは、それこそ不愉快だった。


 そもそもこの企画は、ライブハウスを守るために立てたものだ。告知でも多少遠回しではあるが、エネルギー研究施設開発のために立ち退きの危機にある事をほのめかしている。そのため、地元のバンド仲間を中心に、ライトイヤーズに続いて立て続けにライブ企画を組むバンドが現れた。

 ライブハウスを守る事は、そのままその界隈を守る事になる。街とライブハウスは一体のものだ。ザ・ライトイヤーズが先頭に立ってそれを発信した事が、多くのバンドを焚き付ける結果になったのだった。

「お前の姉ちゃん達、やべえな」

 ミチルの弟ハルトに、バンド仲間たちが口々に言った。ハルトも姉のバンドをやばいというか、凄いと思う。何しろミチル達はフュージョンバンドである。やっている事は、いつの時代のロックだよ、という内容だ。

 姉から聞いたところによれば、所属するニューヨークのレーベルに、こういう社会的なメッセージ発信のためにライブを行っていいかと確認を取ったところ、その程度の事が出来ずして何が音楽だね、という代表からの返答があったという。ジャズ系レーベルと聞いているが、パンクレーベルの間違いじゃないのか。


 当然これは、ミチルが通う学校でも職員会議の議題になったらしい。やめさせるべきだという意見もあったが、生徒の自主性は尊重すべきだし、科学技術の開発のために環境を蔑ろにするというのは極めて前時代的だ、という清水美弥子先生の説得も手伝って、半ば黙認という形だが了承を取り付けた。

「顧問の俺が、何も言うヒマがなかった」

 久々に部室を訪れた鈴木雅之と具志堅用高のハイブリッド、竹内顧問が自嘲ぎみに笑った。

「もう、お前たちに対してあれこれ言うつもりはないよ。法律を犯さない限りは、思った通りやるといい」

「ご心配かけて、申し訳ありません」

 ミチルは、顧問に頭を下げた。思えば何かと、バンドのために気をもんで来ただろう。だが、顧問は笑ってみせた。

「気にするな。むしろ楽しいよ、教員人生でお前たちみたいな連中は初めてだ。今の3つの学年、全員がそうだな。フュージョン部史上、もっとも特異な連中として記憶されるだろう」

 それは何となくわかる。今年の春に卒業した先輩たちは、演奏は上手かったが、取り立ててインパクトもなかった。ハッキリ言って、ユメ先輩達の方がバンドとしては凄い。1年生、アンジェリーカ達はまだ未知数だが、上級生にはない何かを持っている。ミチル達自身は、自分で言ってしまうが、このとおりである。

「まっ、何か手伝える事があれば言ってくれ。俺のバンも車検を受けて、エンジン周りの部品は一新したからな。この間みたいな事にはならん」

 それを聞いて、部室にいた全員が懐かしそうに笑った。音楽祭当日、勇んでキーを回したらエンジンの点火系が死んでいて、機材を積んだ顧問のハイエースは出番がなかったのだ。直ったというなら、何かあれば頼むとしよう。

「そうだ、清水美弥子先生から伝言を預かってる。お前たちの活動は、エネルギー研究施設の建設反対運動の、大きな後押しになるそうだ。感謝している、と伝えてくれとさ」

 その報せに、ミチル達は少しだけ胸が熱くなった。清水先生は何しろあの初夏、フュージョン部の野外ライブ活動に反対していたのだ。それが今こうして手を取り合えるのは、嬉しい事だった。


 ミチル達の活動を通してSNSなどネット上でも、立ち退きを阻止するための活動が知られる事になる。すると、清水先生が以前ミチルに言っていたとおり、ライトイヤーズの広報アカウントにも、反対運動を批判する声が目立ち始めた。


『ミュージシャンが社会的な問題についてあまり関わらない方がいいですよ』

『フュージョンもロックも電気がなけりゃ出来ねーじゃん、エネルギーがいらないならアンプラグドでやれよ』

『反体制を気取っていられるのは子供のうちだけです。大人になればわかりますよ』

『環境保護活動なんてそもそも偽善者の自己満足に過ぎません』


 などなど、内容は様々だが、要するにそういったコメントを総合すると"世の中には楯突かない方がお利口ですよ"という、"オトナ"の思考に行き着くのが見て取れる。現実なんてそんなもの、黙って従っておくのが正解、というわけだ。

 だが、とミチルは思う。ついこの間、メジャーレーベルから華々しくデビューした挙げ句、プロデューサーからセクハラを受けてサックスが脱退した、件のガールズフュージョンバンドは、まさにその"力"の被害を受けたのではないか。自分が全てお膳立てしてあげたから、君達はデビューできたんだよ。その"謝礼"くらい受け入れたらどうかね、と。権力の横暴を認めるというのは、それを許すという事だ。

「人間っていうのは、無意識に強い者の味方をしてしまう本能があるのかもね」

 ミチルの呟きに、ライブ当日のセトリを確認していたメンバーが振り向いた。

「歴史を見れば、ほぼほぼ裏切られるってわかりそうなもんだけど」

「そうね。巨大な権力を握った人間っていうのは、他人を裏切って、踏み付けにしてきた人間なのだから、そんな相手を信じたところで結果はわかってるのに」

 クレハも、きれいな顔で言うことは容赦がない。ミチルは、少しだけ諦観したように苦笑した。

「ま、私達に出来る事なんて、たかが知れてはいるけどね」

 ミチルは、ついさっき手入れをして磨いた金色のサックスを見る。ミチルにできる事は結局、音楽を奏でる事だけだ。いつかジュナが言ったように、ミュージシャンにできる事はそれだけである。


 多少の雑音はあるものの、ライブの準備そのものは着々と進んでいた。そして、県内外のバンドマンや音楽好きが、ひとつのライブハウスと、その街を守るために有志連合のように結束し始める。それに触発された街の人々もまた立ち上がり、ついにはニュースで取り上げられるまでになっていた。

『すごいね、あなた達が声をあげただけで、みんなが動いちゃってる』

 ミチルにそうメッセージを送ってくれたのは、当日対バン予定の先輩ガールズバンド、"D.R.S (ドレス)"の"S"にあたる、芹澤アイナさん25歳である。ベースを弾かせたら右に出る者は10万人くらいしかいない、と豪語する御仁だ。

『あそこはわりとマイナーっていうか、知る人ぞ知る系のライブハウスだから、特にフュージョンバンドのあなた達が知らなかったのはまあわかる。先頭切ってくれて嬉しいよ』

『先輩達を差し置いて出過ぎた真似をしてないか、心配なんですけど』

 ミチルは正直なところを述べた。まだバンドとしては新参者、しかもフュージョンというマイナージャンルの自分達が、行った事もないライブハウスにお節介を焼くのは正しいのか。だが、アイナさんは「それは違う」と言ってくれた。

『音楽仲間に上も下も、ジャンルも何もないよ。まあ、勝手に勝ち負けとか持ち出す人もいるけどね。そんなこと気にしたら、いい演奏はできない。私達は、ステージに全力を傾ければそれでいいの。久々に会えるのを楽しみにしてるね』

 ああ、大人だ。一周り下の少女達を先頭に立たせる事にも、つまらないプライドは示さない。こういうのが本当の大人だとミチルは思う。そして、こういう人達の顔こそ立ててやらなくては、と思うのだ。当日のライブが楽しみだ。心からそう思う。


 同じ頃、ライブハウス"ネッシー"を含めた商店街は活気づいていた。

「ちょっと、丸岡さん」

 ネッシーのマスター、鷹山雄二54歳は、仕入れでやって来た"丸岡酒店"の伝票を握って、配達に来た若者に駆け寄った。

「数が合わないよ。コーラとカフェオレとウーロン茶と…5箱ばかり余計に来てる」

「ああ、おやっさんがサービスだって」

「そりゃ悪いよ!」

「いいんです。街を守るために先頭立ってくれてるでしょ。こんなの、サービスのうちにも入りません。それじゃ」

 若者は爽やかな笑顔で、1トントラックに乗り込み颯爽と去って行った。鷹山は、目尻の涙を拭って積まれたドリンクケースが載った台車を押した。

 店の外を見ると、肉屋のトラック、電気工事のバンが走り回っている。見慣れない黒いセダン、おなじみの赤い配送トラック、ハイエース、なんだか賑やかだ。

 ライブハウスは、ザ・ライトイヤーズの企画立ち上げを切っ掛けにして、何組ものバンドが企画を持ち込んでくれた。チケットの売れ行きは上々で、すでにノルマを達成している企画もある。音楽で人が集まれば、周りの商店にも人は行く。鷹山はシャッターの陰から、冬の気配が近付いた空を見上げた。

「あの子達は女神様なのかも知れないなあ」

 

 ミチルたちザ・ライトイヤーズも、ライブのための準備というものにだんだん慣れてきた。移動手段の手配、機材の積み込み、ルート、集合手順、などなど。

 今回も小鳥遊さんが、いつものシルバーグレーのバンを出してくれる事になった。さらに、いつぞやの小鳥遊さんの助手?みたいな2人の黒服お兄さんも、予備の機材を積んだライトバンで同行してくれるらしい。途中で山賊に出くわしても何の心配もなさそうな布陣である。

「衣装はみんなオッケーだね」

 部室でミチルが確認すると、他のメンバーは頷いた。1年生によるコーデの準備は万端らしい。今回に関しては、他のバンドが濃いのでジュナにも面白Tシャツを許可した。フュージョンバンドは、ジャズバンドにもロックバンドにもなれるのだ。

「セトリも問題ないね。…もしアンコールがあったら、やれるオリジナルは1曲しかないけど、どうする?」

 オリジナル曲をまだ7曲しか持っていないバンドのリーダーのミチルは、トリを務める以上アンコールが起きる可能性を指摘してマヤに訊ねた。1曲ならいいが、2曲以上やるなら著作権料を払ってコピーナンバーをやる以外ない。だが、マヤの解答はだいたい予想通りだった。

「我らフュージョン部、アンコール鉄の掟は”みんな知ってて、いつでも弾けるナンバー”だ」

「あれでいいのね」

「あれでいい」

 マヤが頷いたので、ミチルも納得してそれ以上訊かなかった。あれと言ったらあれである。いざとなれば、その場で3曲や4曲は追加できる。土壇場に強いザ・ライトイヤーズであった。


 第二部室で練習していた1年生たちが戻って来たタイミングで、そろそろお開きという事になった。ライブは3日後に迫っている。なんとなく、今までとは違う種類の緊張がメンバーにはあった。

「俺たち行けないっすけど、頑張ってくださいね」

 サトルが、ベースの師匠のクレハを向いて言った。ふだん飄々としているが、根はきっちりしている。クレハは微笑んで、1年生全員を見渡した。

「ええ。初の自主企画で、ちょっと緊張してるけど。1年生のみんなが応援してくれてるなら、大丈夫」

 1年生のみんなは、クレハの言葉に微笑んだ。なんだか、みんな少しずつまとまって来たな、とクレハは思う。まだ演奏は突き抜け切れないところがあるが、安定度は増している。入部が2学期からだったので、教える時間がなかったのは残念だが、それをカバーして余りあるものを、この子たちは持っている。それが形になる日が楽しみだった。


 その日の夜、ミチルはEWIでライブ当日のセトリに向けた練習を行っていた。ちょっと気張ってライブの準備がだいぶ早く終わってしまい、あとは練習ぐらいしかやる事がないのである。

 もう、今年も40日くらいしか残っていない。初夏からこっち、まるで光の速さで駆け抜けたような日々だったなとミチルは思った。本当にいろんな事があった。1年くらい経ったような気がするのに、実際は半年も経っていないのだ。この先、ザ・ライトイヤーズが仮にいくらかの成功を収めたとしても、この半年足らずの日々ほど濃密な時は訪れるだろうか、とさえ思う。

 おそらく時期的に、この自主企画が年内は最後の大きなイベントになるだろう。小さなライブはあるかも知れない。ただ、このバンドはいつ、何が起きるかわからない。また誰かのピンチヒッターで呼ばれる事がないとは言えない。それもまあ悪くはないか、とミチルは小さく笑った。


 

 そして、それが起こったのは翌朝だった。


 ミチルはいつものようにスマホにセットしたアラームで目覚め、アラームを止めるとそのまま通知画面からLINEを開いた。そこで、クレハからの一件の通知に、またもベッドから転げ落ちそうになる。

「なんですって!?」

 ミチルは慌てて、ついクレハに電話をかけてしまった。早起きなクレハは、すぐに電話に出てくれた。

「クレハ、どういうこと」

 ミチルは驚きのああまり、挨拶も抜きにいきなり問い詰めた。クレハからの返答も早い。

「LINEで送ったとおりよ」

「…信じられない」

「本当よ。TVをつけてごらんなさい、どこかのチャンネルでもうニュースになってるはずよ。SNSでも」

 クレハは努めて冷静に振舞おうとしているが、動揺を隠せないようだった。強張った声で、クレハは続けた。

「明け方、原因不明の山火事が発生して、裏手が山地のライブハウス”ネッシー”が半焼してしまったの」

 ザ・ライトイヤーズの周りでは何かが起こる。そのジンクスは、いまだ健在のようだった。

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