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Light Years  作者: 塚原春海
Autumn Festival
117/187

Night Flight

 1年生がオリジナル曲を披露してみせた事で、2年生は自分たちそっちのけで、1年生のプロデュースに熱中し始めた。まずミチルが、1年生の演奏チーム5人のバンド名を決めようと言いだす。

「なんかいい案ない?」

「言い出しっぺが率先して考えろよ」

 ジュナのツッコミもそのとおりである。だが、曲のタイトルを考えるのは得意でも、バンド名となるとまた違う。そこで意外に乗り気なのがクレハだった。

「そもそも、どういうスタイルのバンドで行きたいの?今やったような、明るめのブラスロックみたいなのがメインなのかしら」

「うーん」

 サトルは腕組みして唸った。バンドのコンセプトと言われても、そうそうすぐには出て来ないらしい。そこで、マヤが手を挙げた。

「さっき、動画のオープニングで使うとか言ってたよね。つまり、番組とかチャンネルっていうのを意識したバンド名はどう」

 なるほど、と1年生が頷いた。だが、ジュナは異論を挟む。

「そんなバンド名、いくらでもある気もするな」

「そんなこと言ったら、"Light Years"だってもういくつもあるわよ。よほど個性的なネーミングならともかく、辞書に載ってるような常用の単語を選ぶなら、そこは受け入れないと」

「なら、1年生は個性的な名前にすればいいんじゃないか。多少長ったらしくても」

 長ったらしい名前。どんなのだろうとミチル達が考えている所へ、ジュナがサンプルを提示した。

「メキシコのゴアグラインド系のバンドで、PARACOCCIDIOIDOMICOSISPROCTITISSARCOMUCOSISってのがいるけどな」

「…なんて?」

「PARACOCCIDIOIDOMICOSISPROCTITISSARCOMUCOSIS」

 頭の"パラコッチ"しか聞き取れない。

「ちなみに、一般向けとは言い難いグロめの世界観だから、耐性がない人には薦めない。ゴアグラってジャンルは、人を選びに選ぶからな」

 やっぱりジュナの、ロック方面の知識量は変態的だ。なんでそんなバンドを知ってるのか。

「まあそれは極端な例として、名前のインパクトでアピールするのも、アリだとは思う。それに、気に食わなけりゃ変えればいいんだしな。BUCK-TICKの最初のバンド名、知ってるか。"非難Go-Go"だぞ!」

 そりゃ変えるよな、と一人で納得するジュナだが、そんな情報誰も知らないので、そうですか、と納得する以外にない。そういえば、お母さんは昔BUCK-TICKの追っかけやってた疑惑があるので訊いてみよう。

「ま、何も今決める必要もないけどね。いいのが思い付いたら、とりあえずそれを名乗っておけばいいんだし」

「そうね。急いで変な名前つける事もないわ」

 ミチルとマヤは何となく、話をまとめるポジションになる事が多い。アンジェリーカが突然、ぼそりと言った。

「マヤ先輩って何て言うか、”影の部長”みたいですよね」

「は!?」

 いきなり後輩にそんな事を言われて、マヤは狼狽えた。だが、当の部長のミチルが「なるほど」という顔で頷く。

「わかる。なんかこう、実務的に仕切っちゃうところがある」

「部長のお前が言うなよ。あとそういうの、”副部長”って言うんじゃねーのか、本来は」

 ジュナのツッコミに全員が笑う。だが、フュージョン部はなぜか伝統的に、副部長というポジションが存在しない。

「どうする、マヤ。フュージョン部史上初の副部長、やってみる?」

「ダサいな。そんなんだったら”影の部長”でいい」

「じゃ、あたしが不在で学校側となんかやり取りする時、そう名乗るの?影の部長です、って」

 ミチルのツッコミで”箸が転がっても面白い”世代の11人は、それまで何を議論していたのか忘れるくらい爆笑した。こういう時、なんとなく高校生っていいな、と思うミチルである。そしてこの時名実ともに、マヤの”影の部長”なる非公式のポジションが決まったのだった。

 もう今週ぶん笑い尽くしたのではないか、と思うほど笑ったあと、涙目でミチルはメンバーに言った。

「ひっひっひ…も、もう暗いからみんな、そろそろお開きにしようか。影の部長さん、号令かけてよ。最初の仕事」

「それ影の部長の仕事なの?」

「さん、はい」

 幼稚園か、とぼやきながらマヤはひとつ咳払いして言った。

「それじゃ、もう暗いからこれで今日の活動はおしまい。事故など起こさないよう気を付けて帰りましょう」

「上級生は下級生の手を引いてあげなくていいんですかー」

 マーコがボケると、また笑いが起きる。これ以上腹筋に負担かけさせるな、とジュナが頭をはたいた。他の部活がどうなのか知らないが、フュージョン部に入って良かったな、とこういう時思うミチルだった。


 暗い中、街明かりを頼りに大勢で帰りながら、そういえば去年もこんな感じだったかな、とミチルは1年前を懐かしんだ。ようやく、いまの2年生の演奏スタイルが確立され始めた頃だ。1年後、まだ見ぬ新入部員たちとともに、アンジェリーカ達も同じ夜道を歩いているだろうか。そしてその時、自分達は何を見据えているだろう。

 そのとき、ミチルは見上げた空に、飛行機のランプが赤く点滅しているのを見付けた。

「…ナイト・フライト」

 ミチルの無意識の呟きに、隣にいたアンジェリーカが「え?」と訊ねた。

「なんですか」

「ううん、別に何の意味もないけど。ジョー・サンプルの1997年のアルバムの曲を思い出したの。"Night Flight"っていう」

 ジョー・サンプル。元クルセイダーズのピアニストで、2014年に死去している。フェンダーのエレクトリック・ピアノを愛用し、本当の意味で現代につながる”フュージョン”サウンドの基盤を形作った、といえるグループの、柱を支えた人物である。ミチルは、サブスクで検索して今言った曲を再生してみせた。ジョー・サンプル独特のピアノサウンドが、適度に緊張感のあるドラムスとベースをバックに、アダルトなコンテンポラリー・サウンドを奏でる。

「ジャズとも言えるし、フュージョンとも言えるサウンドですね」

「そうだね。ジャズというほどジャズではない。けど、フュージョンというほどフュージョンでもない。」

 そこでミチルに、単純な閃きが舞い降りた。

「これにしようか、あなた達のバンド名」

「え?」

「"Night Flight"」

「ええっ!?」

 アンジェリーカは思わず、後ろにいたリアナを振り向いた。

「"Night Flight"だって」

「なにが?」

「バンド名」

「誰の?」

「私たちの!」

 一寸考えて、リアナはお約束の甲高い声を上げた。

「ええーっ!?」

 その声に、何だ何だ、と他のメンバーが振り向く。ミチルは、いま思い付いたバンド名を1年生全員に提案した。

「ちょっとお洒落すぎるんじゃないっすか」

 サトルは、はにかみながら言った。だが、隣のキリカは「悪くないと思うよ」と好意的だ。そこへ、クレハが決定的なひと押しをした。

「いいんじゃないかしら。なんていうか、さっき演奏してもらった曲って、深夜ラジオのBGMみたいな雰囲気だったし。あなた達のサウンドは、深夜ラジオ的なイメージがあるのかも知れないわね」

「なるほどね、深夜ラジオか」

 すると、アオイが何やら反応を見せた。

「いいと思います!」

「あんた深夜ラジオ好きだもんね」

 キリカがしみじみと補足した。アオイは、深夜ラジオ”今夜も楽しモーション”のヘビーリスナーであるらしい。すると、クレハがひとつ質問した。

「まさかって思うけど、ひょっとして”天体双眼鏡”さんじゃないわよね」

 そのよくわからない問いかけに、アオイは背中に電流が走ったかのようにギクリとした。図星か。そして、クレハも深夜ラジオ愛好家であるらしいことが今判明した。

「なっ、なぜそう思うんです!」

 お前はコナン君に追い詰められた犯人か。クレハが指摘したのは、話の流れからして番組にメッセージを送っている常連のラジオネームらしい。天体双眼鏡。どういうセンスだ。

「ただ何となく。ドラムスやってるとか、動画作ってるとか、毎週のように送られてるメッセージの断片的な情報と、あなたが”楽しモ”リスナーである事実を総合すると、おのずと導かれる結論よ」

「参りました」

 アオイはあっさり白状した。っていうか、今後メッセージ送りにくくなるんじゃないのかな。知ってる人がリスナーだと思うと。

「けど、そのバンド名は素敵だと思います。私は採用してもいいと思うけど、みんなはどう?」

 アオイは、それまであまり話していない薫にも振ってみた。薫は音響スタッフなので、バンドのレギュラーメンバーには加わらないだろう。だが、客観視できる人間の意見は重要だった。

「いいと思うよ。シンプルで覚えやすいし、そこまで気取ってないけどお洒落だし」

 なんとも薫らしい感想だ。大人っぽいというか、評論家っぽいというか。そういえばオーディオ評論家もやってみたい、とか言ってたな。薫の意見で、演奏チーム5人は何やら真面目に相談を始めた。観察しているとわかるが、薫の意見は思っているよりも影響力があるらしい。

「わかりました。とりあえず、それで行きます」

 バンドリーダーのアンジェリーカが宣言すると、2年生からどよめきが起きた。

「いいの?みんな、それで」

 マヤが訊ねると、キリカは頷いた。

「いい名前だと思います。それに”深夜”っていうキーワードも、バンドのコンセプトとして面白いかも知れません。なんていうか、こう…夜中にスマホで面白い動画とか探してるような」

「わかる」

「なるほど」

 キリカに、アンジェリーカもリアナも同調した。どうやら、バンドの音楽の方向性も見えて来たらしい。

「ミチル先輩、名前、お借りしますね」

「それならジョー・サンプルに言ってよ。故人だけど」

 フュージョン部の面々は、かすかに冬の気配さえ感じられ始めた11月の夜空の下を、笑い合いながら帰路についた。ザ・ライトイヤーズの名が決まった、およそ3カ月後の事だった。


 その週、ミチルたちは忙しかった。学業の事ではない。ジャズフェスの影響で、テレビ局や新聞社、ラジオ等の取材が数件入っていたためだ。ここが東京から微妙に遠い地方都市である事を、ミチル達は幸運だと思った。もしこれが千葉とか埼玉とか横浜あたり、あるいは東京都内だったら、出歩くたびに人が集まってきそうだ。

 そんななか、紅葉を見に行こうと言い出したのは誰だっただろうか。ミチルたち2年生の間で、週末天気が良さそうだし、市街地から外れれば落ち着いて外出できるのではないか、という目論見もあった。

 ところが、1年生も誘ってみたものの、家の用事で出かけられないメンバーが多く、中途半端なので2年生だけで出かける事になった。キリカとアオイからは、動画の素材を録って来い、と頼まれた。ジャズフェス当日の、霞ケ浦で録った動画が好評だったらしい。


「おー、きれいだー」

 ミチル達は、訪れた総合レジャー施設「レイクサイド・プレジャーパーク」の高台から見える、山並みの紅葉に息を飲んだ。澄み渡る空の下に広がる、燃えるような山並み。もう、これだけで来て良かったと思えるほどだ。

 プレジャーパークは自然の中に調和が取れる形で造られた広大なレジャー施設で、一見すると森林公園に見えるが、数々のアスレチックやアトラクションが楽しめる。名前のとおり下に降りると湖があり、それこそ子供から老人まで楽しめる、都心などでは実現できない、あまり有名ではないが実は最高に遊べるスポットである。

「クレハ、そこ立って!」

 ミチルは、紅葉が一望できる絶好のポイントにクレハを立たせた。クリーム、ブラウン系の暖色で統一感を出したパンツスタイルのファッション。紅葉をバックに美少女が映える。クレハは最初困ったような顔をしながら、それとなくポーズを取ってみせる。美少女の自覚はあるらしい。ミチルはスマホと、キリカから預かってきたデジカメの両方でクレハを撮影した。やはり絵になる。

「アスレチック行って来る!」

「うえーい!」

 フュージョン部きっての野生児コンビ、マーコとジュナが家族連れでごった返すアスレチックに向かって駆け出した。とてもジャズフェスで24万人(公式発表)を沸かせたバンドのメンバーとは思えない。

 ここ数日テレビカメラやマイクを相手にしなくてはならなかったので、広大な自然に触れられるのは、心身ともにリフレッシュする気分ではあった。ミチル、マヤ、クレハの3人は、山の空気を吸い込みながら眼下に広がる湖を眺めた。

「いつも機材に囲まれてるから、こういう自然に触れるのもいいね」

「あなたのポケットには、モバイルバッテリーが何個も入ってるんでしょう?」

「私たちはもう電気がなければ生きられない、退化した種族だもの」

 マヤの表現もだいぶ退廃的ではあるな、とミチルは苦笑した。電気がなければ。フュージョンもそうだ。電子楽器は電気がなければ音にならない。

「こういう場面で曲を考えようとしちゃうの、ひょっとして職業病かな」

 ミチルは、医師の診断を仰ぐようにマヤに訊ねた。マヤは笑う。

「"職業病"って、ワーカホリック的な意味で使われがちだけど、れっきとした病気の総称だからね。業務に起因する疾病の。私達でいえば楽器の弾きすぎで指がおかしくなったとか、そういうやつ」

「マヤの2段キーボード演奏見てると、よく指と脳みそおかしくならないな、って思うけどね。ツインキーボードなんて、よくやるよ」

「けっこうミスも多いんだけどね」

 マヤは困ったように笑う。だが、マヤの演奏ミスは以前に比べると格段に少なくなったし、ミスがあってもほとんどのオーディエンスは気付いていない。ふつうにシングルキーボードで弾いていれば良さそうなものだが、音の幅を広げるためにはツインでなくてはならない、とマヤは言う。何だかんだでけっこう意地を張る少女である。結局、どこに行っても音楽の話になってしまう。だが、それも悪くはないな、とミチルは思う。

「ミチル。あのへんが、この間のおばさん達が配っていたビラに関する地域よ」

 クレハが突然、湖の反対側を指した。奥側の平地に続く、少し低い山並みが続く一帯だ。

「あの一帯を開発して、エネルギー関連の研究施設とPRセンターを作ろうという計画らしいわ」

「この景色を壊すっていうの?」

 ミチルは唖然とした。今まさに観ている景色の一部が、よくわからない研究施設のために切り取られるというのか。それが完成したら、ここから見える景色の中に突然、無機質で巨大なコンクリートとアスファルトの空間が出現する事になる。ミチルは、複雑な思いで陽光きらめく湖と森を眺めた。

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