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Light Years  作者: 塚原春海
Autumn Festival
104/187

Welcome to the St. James' Club

「おいーす」

「おはー」

 ミチルが1人駅前で立っていると、まるで緊張感のない調子で、フュージョン部きってのマイペースコンビ、折登谷ジュナと工藤マーコが現れた。ジュナは金色のトラが刺しゅうされたジャンパーと、ダボダボのパンツを履いている。マーコはブラウンの薄手のハーフコートにカーゴパンツという、よくわからないがマーコらしい装いだ。

「元気そうだね」

「当たり前だろ。これから移動だけで2時間なんだからな。まあ、ゲロ袋も酔い止めもあるから心配すんな」

 言い方は何とかならんのか、ゲロ袋。ジュナは、ミチルが着ている薄手のノースリーブロングコートを引っ張った。

「お前スタイルいいからこういうシュッとしたの似合うよな」

「龍だのトラだのが似合うのも、全校であんた1人だけどね」

 ミチルがジュナのジャンパーの背中のトラを示すと、マーコが吹き出した。

「その中はどうせメタリカのシャツだろ」

「毎回似たようなの着てると思ってんだろ!今日はスレイヤーだよ!」

「どっちにしても同じ系統じゃん!」

 ヘヴィメタルのビッグ4。逆にジュナがふつうのケイパとかを着てたら、何かあったんだろうかと思われそうだ。


 ザ・ライトイヤーズのメンバーのうち3人が駅前に揃っていれば、アイドルグループほどではないだろうが、気付く人は気付く。まして、ただ私服で立っているだけならいいが、明らかに楽器のケースを背負っていれば、「ライトイヤーズがここにおります」と宣伝しているようなものだった。

「あのっ、ライトイヤーズのみなさんですよね」

 土曜日だというのに出勤している風のスーツのお姉さんが、恐る恐る近付いてきて、ミチルの顔を確認した。いまだに声をかけられる事に完全には慣れていないので、焦って背筋が伸びる。

「はっ、はい」

「やっぱり!TVで見た子達と似てるなと思って…」

「あっ、ありがとうございます」

 ビクビクするミチルを、両サイドからマーコとジュナが小突く。リーダーならしっかりしろ、と。

「チャリティーコンサートの演奏聴きました。実はわたし科技高のOGで、あの体育館懐かしいなって」

「せっ、先輩だったんですか」

 ミチル達は、学校の大先輩に演奏を聴いてもらえていた事を知って、気恥ずかしいような、誇らしいような気分を同時に味わった。

「もう何年も前です。でも、母校からこんな凄い子達が出てくるなんて、驚きました」

 見たところ、20代半ばだろうか。髪をきっちり撫で付けて後ろで結い、鮮やかなグリーンのモバイルバッグを小脇に抱えている。耳には小さなワイヤレスヘッドセットをはめ、首には精密機器系のメーカーの社員証を下げていた。

「今日ってひょっとしたら、あのジャズフェスティバルですか!?」

「あっ、はい。これから現場に」

「わあ、頑張ってくださいね!あの、ご迷惑でなければ…」

 女性がスマホを手にしたので、ミチル達3人は察して頷いた。

「いいですよ」

「ありがとうございます!」

 スーツの女性を真ん中に、左にマーコ、右にジュナ、上にミチルという構図で、女性はスマホに記念写真を収めると、ニコニコしながら凛とした様子で歩き去った。

 この町には科学技術系の企業のラボ、試験施設などがある。科技高出身ということは、技術か情報系の現場で働いている人かも知れない。そういう人に聴いてもらえている、というのは嬉しい事だった。


 その後ほどなくして、やや大きめのダークシルバーのバンがやって来た。

「あっ、来たよ!」

 マーコが指差すと、バンは静かに3人の前に停車した。助手席にはクレハ、運転手はもちろん、ミチル達にとっておなじみの小鳥遊龍二さんだ。今回は、いつものように黒いスーツに黒いサングラスの"エージェント仕様"である。クレハの後ろにはマヤが座って、こちらに手を振っていた。赤いインナーにデニムジャケットと、極めてシンプルである。窓を開け、小鳥遊さんが「おはようございます。お久しぶりです」と爽やかにお辞儀をした。

「おはよう!さあ、機材を積み込んで」

 ダークグレーの渋いジャケットにジャンパースカートを着こなし、いつになく元気なクレハが、後部ハッチを開けて機材の積み込みを手伝ってくれた。ふだん気付かないが、クレハはメンバー中で腕力はトップクラスで、腕相撲ではジュナと互角である。何かトレーニングをしてるのかと訊ねた時は、天使の微笑みで誤魔化された。


 爽やかな秋晴れの下、小鳥遊さんの運転で軽快に山中の道路を走り、5人はまるで遠足気分だった。この形式の移動はステファニーのライブ以来である。ダークシルバーのバンは以前の黒塗りのバンより大きく、メンバー全員を乗せたうえで機材を積み込んで、なお余裕があった。

「そういえばさ、弟の中学の文化祭で、タロット占いやってもらったんだ、今日のジャズフェスが上手く行くかって」

 すると、クレハと小鳥遊さんの肩がピクリと動いた。

「なんかね、ジャズフェスのステージは大成功で何の心配もないらしいんだけど、道中で渋滞とかに巻き込まれる可能性はある、って」

「まあ、土曜日だしね。道路は混雑してても不思議はないわ」

 マヤはしごく一般的な意見を述べたが、クレハが振り返って最後列のミチルを見た。

「ちなみに、そのときの展開法とカードは覚えてる?」

「え?クレハ、タロットわかるの?」

「小鳥遊さんに教わって覚えたの」

 すると、小鳥遊さんがひとつ咳払いをした。「それ以上言うな」みたいなタイミングである。何か突っ込まれたくないという雰囲気だ。

「えっとね、聖なんとか法っていう…」

「聖三角法」

「そう、それ。1枚目が"戦車"の正位置で、2枚目が"運命の車輪"の逆位置。最後が"審判"の正位置だったかな」

 ミチルが記憶を辿ると、クレハは顎に手を当ててしばし考えた。わりと大人っぽい現実的なタイプかと思っていたが、占いとか、少女らしい所もあるようだ。だがそうなると、小鳥遊さんも案外少女趣味なのか。

「…まあ、小鳥遊さんは安全運転第一だし、慎重に行けば問題ないとは思うけど」

「クレハは心配症なんだよ。そういや、あたしの手相占いなんかミチルと近い将来一緒に暮らすって出たんだぜ!」

 ジュナはゲラゲラと笑ったが、マヤは真顔でミチルとジュナを見た。

「…なんかそれ、ありそう」

「は?」

 ミチルとジュナは怪訝そうにマヤを見る。

「例えばよ。東京あたりで活動する事になって、ジュナがちゃんとした食生活を送れるか、不安になった両親の希望もあってルームシェア。とりあえずミチルがいれば心配ない」

「ちゃんとした食生活とはなんだ!」

「惣菜パンとカップ麺の頻度を減らしてから言え」

「ぬぐぐ」

 ジュナは不服そうにマヤの後頭部のお団子を睨む。だが、クレハはまだ不安そうだった。小鳥遊さんは、気分転換にとテレビをつける。旅番組で、太った芸人が美味しそうに地元のトンカツを堪能していた。それを見てマーコが訊ねる。

「ねえ、今から行くとこのご当地メニューってなんかある?」

「ひたちなか市か。あたし行った事ないからな」

 マヤがスマホで検索を始めると、Googleより早く小鳥遊さんが反応した。

「B級グルメだと、那珂湊焼きそばというのがあります。蒸した麺を使って、独特の食感です。変わったところでは、鯉とかナマズも有名ですね」

「ナマズってどんな味すんの!?」

「くせがなくて美味しいですよ。かば焼きもいいですけど、私のお薦めは行方市の道の駅で売られている、ナマズ肉のバーガーですね。時間に余裕がありそうなら、寄ってみますか」

「行きたい!」

 何やらマーコの好奇心に火がついてしまったらしく、他のメンバーは危惧を覚えた。すかさずマヤがスマホ情報を持ち出す。

「茨城って実はウナギが名物なんだって!ウナギ!」

「そんなの食べたら、軍資金吹っ飛ぶんじゃない?」

 マーコは、サブスクのささやかな収益からのなけなしの拠出と、各家庭からの支援金を鑑みた。マヤが調べた店のうな重は、最低ラインが2800円である。話題のガールズフュージョンバンドといえど、メンバーでうな重を堪能するような収益はない。ジュナがなんとかナマズを回避しようと援護射撃を試みる。

「焼きそばでいいだろ!女子高校生のお財布にも優しいと思うし!」

「道の駅なら焼きそばもあるでしょ」

 すると、クレハが笑いながら結論を出した。

「何事も挑戦よ。みんなでなまずバーガー、いただいてみましょうよ」

 クレハの天使の笑顔が、今はルシファーの笑みに見える。退路を断たれたメンバーは、ナマズの姿を想像しながら車窓を流れる風景を眺めていた。


 高速道路に入って1時間ばかり走ったところで、矢田部東サービスエリアに到着した。すでに茨城県内である。久々に長時間車に揺られ、ミチルたちは快晴のなか気持ちをリフレッシュする。土曜日ということもあり、小鳥遊さんは駐車スペースを見付けるのに苦労したようだった。クレハは体調が悪いメンバーがいないか確認する。

 せっかくなので、5人で記念写真を撮る事にした。気のいいカップルが撮影を申し出てくれたので、お言葉に甘える。すると、カップルのミディアムヘアの女性が「あれ!?」と声を上げた。

「ね、あなた達ってひょっとして」

 そこで5人はギクリとした。ふだん忘れがちになるが、彼女たちは有名人の世界に、くるぶし位までは足を踏み入れているのだ。慌てて女性に近付くと、周囲を見回しつつ「しーっ」と静かにしてもらう。

「…あの、ジャズバンドの子たちよね」

「フュージョンバンドです」

「もうちょっと、バレない格好した方がいいんじゃないの!?」

 まだ若いカップルは笑った。つられてミチルたちも笑う。

「ひょっとしてライブの遠征かしら」

「はい!ひたちなか市のジャズフェスに出るんです」

「ふうん、凄いじゃない。何時ごろ出演なの?」

「ええと、4時半くらいでしょうか」

 すると、茶髪の男の人とスマホをのぞき込んで、何やら頷き合ったのち、女性は微笑んだ。

「用事が済んだ帰りに時間があれば、聴きに行けるかも知れないわ。そのときは、素敵な演奏を期待してるわね」

「はっ、はい!ありがとうございます!」

「ええ。じゃあ頑張ってね」

 それだけ言って、お姉さん達は立ち去った。素敵なカップルだ。清々しいな、とミチルは思った。

 そのあとトイレを済ませ、飲み物を買い込んでバンに戻る。小鳥遊さんは大切な機材に何かあってはいけないとの事で、車を動かなかった。何かとこの人はプロに徹する。

「はい、小鳥遊さん」

 ミチルは小鳥遊さんに、冷えたコーラを差し出した。小鳥遊さんは気持ちよく受け取ってくれる。

「ありがとうございます」

 ここで、結構ですとか言わないのが逆に大人だ。いくら駆け出しのガールズバンドとはいえ、ドリンク1本くらいは何でもない。少しの休憩をはさんで、再びバンは高速道路を走り出した。


「予定よりだいぶ早く来られました。道路の混雑状況を見るに、土浦で一般道に出ても、時間的にだいぶ余裕はあります」

 小鳥遊さんは時計を見た。現在、9時43分。早い。

「そこからどういうルートになるの?」

 ミチルは訊ねる。小鳥遊さんは頭に地図が入っているようだった。

「土浦から、霞ケ浦を抜けて、橋を渡って道の駅で休憩します。11時くらいになると思いますが、そこで早めのランチにしてはいかがでしょうか」

「ちょっと待って。その道の駅って」

「はい。”道の駅たまつくり”。さきほどお話した…」

「なまずバーガーを売っている道の駅か」

 小鳥遊さんは無言で頷いた。どうやら、ナマズを回避する術はないらしい。

「みなさん、ひたちなか市に入る前に、そこで15分だけでも仮眠を取られた方が良いかと思います。そのあとなら、昼食にも丁度いい時間になるのではないでしょうか」

「なるほど」

「探偵の仕事がメインだった時は、監視の途中で交代して仮眠を取っていました。15分の仮眠というのは、医学的にも最も効率のいい時間だという研究結果が出ています」

 突然始まった謎の雑学コーナーに、5人の女子高校生は呆気に取られていた。やっぱり探偵やってたのか。どうも、解説好きな性格は1年生の誰だかを思い出す。ほどなくしてバンは、土浦北インターチェンジで土浦市内に降りた。

 カーオーディオからザ・リッピントンズの1990年のアルバム”Welcome To The St.James'Club”の軽快なサウンドが流れる中、霞ケ浦市を抜け、霞ケ浦大橋に差し掛かる。マーコが窓の外に広がる湖を見て声を上げた。

「うおー、すげー!」

「すげー!」

 マーコとジュナは揃って叫んだ。日本で二番目に大きな湖である。秋空が水面に映え、キラキラと光っていた。

「こっち来て良かった!」

「このあとナマズ食べるんだよ」

 ミチルのツッコミにも、ジュナのボルテージは下がらなかった。

「ナマズでも何でも食ってやるよ!」


 道の駅は湖の大きさから想像していたよりは、こぢんまりとしていた。高速のサービスエリアよりは車も止めやすい。小鳥遊さんに勧められたとおり、5人はいったん仮眠を取る事にした。

「私は先に、早めの食事をとってきます。20分ほどで戻りますので、そのあとみなさん自由に外出なさってください」

「いちおう、予定としては12時前にはここを出発するわ。ジャズフェス会場には2時ごろ入る事になってるけど、早めに入って他のバンドを見学してはどうかしら」

 クレハの提案に、メンバーは異存はなかった。小鳥遊さんが車を出たあと、鍵をかけてカーテンを引く。それまで車に揺られてきた疲れもあって、5人は浅い眠りに入った。


 仮眠のあと、5人は件のなまずバーガーを食べるため、マーコとジュナは勇んで、クレハは面白そうに、そしてマヤとミチルは怪訝そうに、道の駅へと入った。ところが、券売機を見るとナマズの他に鯉、鴨のバーガーがある。

「あたし鴨にする!」

「あたしも!」

 マヤとミチルがボタンを押そうとしたその手を、クレハが止めた。

「せっかくここまで来たのだし。鴨なんてどこでも食べられるでしょう?」

 その時、マヤとミチルは悟った。クレハの天使のような微笑みは、悪魔が人間を騙していたに過ぎないのだと。


 しかし、なまずバーガーを食べたマヤとミチルは、ものの10秒で考えを改めた。

「うっ…」

「美味いじゃん!」

 なまずパティの淡白な味にチリソースが合う。タルタルソースの野菜も新鮮だ。2人が美味しそうに食べる様子を、注文のタイミングで一足先に食べ終えたマーコがスマホで録画していた。

「キリカとアオイに、映像素材を売り付けよう」

「いいなそれ。ほら、ミチル!食レポだよ食レポ!」

 突然のムチャブリに、ミチルは必死で脳内のボキャブラリーをひっくり返した。

「このね、なまず肉の何ていいますか、そう、淡白な味わいに、なんかこのサルサソースっぽいのがマッチして…」

 ザ・ライトイヤーズは自前の食レポ動画を撮影しつつ、霞ケ浦の広大な眺めをバックに写真を撮るなど、写真素材の収集に余念がない。ここでも、同年代の女の子に5人揃ったところを撮影してもらった。のちにこれは、とあるアルバムのジャケットに使われる事になるのだが、それは少し先の話である。


 早めの昼食を終えたメンバーは再びバンに乗り込み、いよいよ目的地、ひたち海浜公園へと向かう。ルートとしては大洗を抜け、那珂湊を通って到着する予定だった。全てが楽しく、順風満帆だった。そしてこの時、出発直後に車中で話していた、タロット占いの事はメンバー全員すっかり忘れ去っていたのだった。

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