第6話 ~ 戦律 ~
「何年ぶりだ~?もう200年は地上に出てないからなぁ。あんたと最後にやりあったのが確か……あー、思い出せねぇや。まぁいいや。あたしゃあんたにまた会えて嬉しいよ、ケケケッ。」
女はフラフラとふざけたような態度で話す。しかし、鋭い眼差しはしっかりリーロンを捉えていた。
「キリス……貴様生きていたのか。」
「死んだらあんたと戦えねぇだろうが。」
リーロンは抱えていたナーハをそばにいるガースのもとへと投げつける。
「うわぁあ!ぐえっ。」
床に叩きつけられ転がるナーハ。
「そこで待ってろ。余計なことはするなよ。」
リーロンは槍を両手でしっかりと持ち構える。
「お?サシでの勝負か?ケケケ、いいねぇ。あたしを満足させてくれよ!!!」
「抜かせ!!!」
両者互いに走り出し向かって行く。
キリスの眼光とリーロンの炎を纏った槍が一閃の光跡として残る。
中央でガキンッ!と大きな金属音が鳴る。リーロンの振り下ろした槍をキリスが手につけた枷で受け止めた音だった。その衝撃波が辺りに広がる。
「どうした~?こんなもんかよ。」
ギリギリと金属の擦れる音がする。
「今度こそ殺す。」
「ハッ!何回目だよそれ!」
キリスは槍を弾き上げバランスを崩したリーロンの懐にすかさず足を振り枷に繋がれた鎖で攻撃する。リーロンは後ろに飛び下がり攻撃を避ける。
「いいねぇ!すぐにノックアウトしたら面白くねぇからなぁ!!」
キリスも飛び出しリーロンに近づく。鎖による殴打を槍でいなすリーロン。キリスは笑いながら一方的に攻撃を繰り返す。
「どうしたどうした!!!こんなもんじゃねぇだろうよ!!!」
カキンガキン!と鎖と槍がぶつかる音が繰り返し鳴り響く。
キリスの長い黒髪がまるで子供が無邪気に遊ぶようになびく。
「なんてすさまじいんだ……!あの仮面のメイドを圧倒してる!」
地面に伏したナーハは二人の戦いから目を離せなかった。
「な、ナーハ……。」
「ガースさん!!」
ナーハは縛られた手足を動かして地面を這ってガースに近づく。
「ガースさん、大丈夫ですか!?」
「あぁ、とりあえずはな……。おまえ、来るなっつっただろ。なんで来やがった。」
「ごめんなさい……。でも、声が聞こえて……。」
「声?」
「助けを求める声が聞こえたんです。」
「そうか……。とりあえずじっとしてろ、その縄をほどいてやる。」
ガースはまるで水中で動くかのように鈍くも体を起こす。手先が震えながらもナーハの手足を縛っている縄をほどく。
遠くではキリスとリーロンが戦う姿が見える。
「ありがとうございます。ちょっと待ってください、今治療しますので。」
「いや、いい。俺は大丈夫だ。」
「でも!震えているじゃないですか!こんなに血まみれで怪我がいっぱい。」
「今は俺なんかよりおまえの相棒を気にしたほうがいいと思うぞ。」
「そうだ!!テレさん!!!」
ナーハはテレが吹き飛ばされた方を見る。壁元でうずくまっているテレの姿が見えた。
「テレさん!!!」
すぐさまナーハは駆け出した。心臓が縄に縛られ引っ張られるように目に見えぬ力がナーハを突き動かした。
喉を震わせ、息を切らしながら必死に走りテレのもとへ駆け寄るナーハ。
「テレさん!!」
ナーハがうつぶせになっているテレの体を抱え起こす。テレは虚ろな目をしていた。
「っ!!」
ナーハはテレの首に手を当てる。
「(脈はある……息は細いけどまだかすかにある。)」
ナーハはテレの体を触り触診を試みる。
「(なんてことだ……。肋骨が4本も折れてる。腰元の背骨も……。幸い、首は大丈夫みたいだけど……。)」
ふと目をやるとテレの口に血が付着しているのが見えた。
「(これは……!口の怪我による出血じゃない、胃がつぶれてるんだ!内蔵もやられているのか……!)」
ナーハは重篤な状態のテレを前に後悔の念に苛まれていた。
「ごめんなさい……僕が、僕が勝手に行動しなければ……!」
ナーハはうつむき大粒の涙を流す。ジニアの花弁を伝う雨水のようにそれはナーハの頬を流れ、テレの土埃をまとったオレンジ色の髪に零れ落ちる。
「(泣いている場合じゃない、どうにか治療する方法を考えないと!!74式、いや94式でも治るかわからない……!!)」
ナーハは手に伝わるほのかな熱に急かされるように思案する。遠くにキリスとリーロンが戦う音が聞こえる。
「(いったい……どうすれば……!!)」
一方。
「ふんっ!!」
リーロンがキリスに向かって槍を振り下ろす。
「当たらんなぁ!!」
軽く後ろにのけ反り避けるキリス。
「ふっ!」
リーロンは地面に刺さった槍を軸に体を回転させキリス向かって蹴りを繰り出す。
「うおっ!!」
手首についた枷で防いだキリスは直撃こそ免れたものの衝撃を受け流すことはできずリーロンの蹴りの勢いのままに吹き飛ばされる。
受け身の姿勢をとりズザーっと滑り止まる。
「へへっ、いいねぇ……。久しぶりのこの感じ、楽しいなぁ……!」
キリスはニヤリと笑いながら鎖をメリケンサックのように指に巻く。
「もっとあたしを楽しませてくれよ!!」
キリスは地面を蹴り、飛び出してリーロンの元へと詰め寄る。
キリスがリーロンに向かって拳を振り下ろす。リーロンが後ろに飛び下がり避けと拳は地面に直撃し大きなへこみができる。
「あまり調子に乗るな。」
飛び下がったリーロンは着地後、槍を前へ突きだし刃先から炎を吹かす。
竜巻のような爆炎が巻き起こりキリスを襲う。
全てを灼き尽くさんとばかりに地面をえぐりながら向かってくる爆炎を前にキリスは避けもせず、ただ笑いながら正面から炎をその身に受ける。
「…………。」
鉄すらをも溶かす業火を放ったリーロンは、正面からその炎を受けたキリスが死んだことを確信していた。わけでもなく、むしろこれは自分に対する挑発だと感じていた。
「あぁ……いってぇなぁ……。」
燃え盛る炎の中から影が見える。
「いてぇ、いてぇ。痛すぎて痛すぎて、どうにかなっちまいそうだなぁ!!!!!!」
キリスが叫ぶと取り囲んでいた炎が蒸発するように消えていく。
キリスの顔は真っ赤に焼けていて、ただれた皮膚からはシュゥーっという音とともに煙が出ていた。そして、みるみるうちに皮膚が再生していく。ほどなくして傷は完治した。
キリスがニヤリと笑う。
「今度はこっちの番だ!!!」
勢い良く飛び出すキリス。もといた場所の地面が削れるほど力強くとぶ。
まっすぐリーロンのもとへ向かい殴りかかる。
「小癪な……!」
キリスの攻撃を槍で受け止めるリーロン。すかさずキリスによる連撃が加わる。
「オラオラオラオラァ!!どうしたどうした!!もっと"本気"を見せてみろよ!!」
ガキンカキンと鎖と槍がぶつかり合う音が響く。
何度もリーロンに殴りかかるキリス。その攻撃を全て槍でリーロンは対処していた。右に左に、体を軸に華麗に槍をふるい飛んでくる暴力を弾いていた。
しかし。
「どりゃあっ!!」
「!!!!」
キリスから突然蹴りによる攻撃が仕掛けられる。普段ならどうということのない攻撃。しかし、少し油断すれば致命傷になる打撃の連撃を防ぐのに必死だったリーロンはこれにより体勢を崩し隙ができてしまう。
「へっ……オラァッ!!!!」
キリスはすかさずその隙を突く。両手を組み、腕をハンマーのようにして上から振り下ろす。
「ぐっ!!」
すんでのところでリーロンは踏ん張り両手で槍を掴み柄の部分で振り下ろされる拳を受け止める。
次の瞬間。
バギッ!!
「!!」
「へっ……!」
何かが折れる音がする。
「オラァアッ!!!」
キリスは力をこめそのまま腕を下ろしきる。リーロンの槍を粉砕しながら。
「なん……だと……!」
リーロンはたまらず一度飛び下がりキリスと距離を取る。
リーロンは受け入れがたい現実を手にゆっくり両手を見る。
手には真っ二つに折れた槍が握られていた。
「やぁっと邪魔なそれが壊れたか。さァ、どうするんだい?ケケッ……。」
不気味な笑みを浮かべるリーロン。対して笑顔の仮面をつけているリーロンは表情こそわからないものの、どこかその瞳部分はいつもより黒く見えた。
「よもやこれほどまでとは……。」
リーロンは落胆した様子で槍を見つめる。すると槍が端からゆっくり燃えていく。
「あん?」
キリスは目を細め警戒の姿勢をとる。
リーロンのまわりが熱を帯びる。長いツインテールがゆらゆらと揺れ、髪先がいっそう紅みを増す。
「400年前、貴様を殺せなかったことを強く後悔する……。」
手に握られた折れた槍が燃え尽き、炎がそのまま拳に宿る。
「てめぇが弱かっただけだろ。」
瞬間、辺り一面に火柱が立つ。
火柱を背景にキリスとリーロンの陰が映し出される。
「なんだぁこりゃ?」
良く見ると火柱は最初にリーロンが屠った開拓隊員の死体から発生していた。
火柱は空高くまでのぼりリーロンのもとへと還る。
「あぁ、そうだ。」
何か思い出したかのようなリーロン。右腕をミル本館向かって右側の棟へ突き出す。次の瞬間、火柱が棟を覆い尽くし燃え上がる。
「てめぇ……。」
「貴様と遊んでいたせいで当初の目的を忘れるところだった。これにて壊滅完了、心置きなく貴様を殺せる。」
そう告げると辺りを覆っていた炎がリーロンのもとへ渦となって集まる。業火がリーロンを包み込みあたり一面、紅く輝く。
「さっきから火の中にこもってばっかでなんてことはねぇなぁ!臆病者はこれだから弱いんだよなぁ!」
キリスの発言を皮切りに爆発したように炎が弾け、中からリーロンが現れる。全身に炎を纏った、灼熱のメイド。笑顔の仮面がキリスを見つめる。
「その減らず口、二度と開かなくしてやる。」
仮面の前で手袋をはめ直すリーロン。左手の甲を前面に、少し握った状態で右手でしっかり手首まで布地をひっぱる。
「やってみろよオラ。」
構えをなくし挑発するキリス。ニヤリと笑っていた。
遠くで建物がごうごうと燃え上がる音がする。
一触即発、最初に動いたのはキリスだった。
「こねぇならこっちから行くぜ!ハッ!!」
ご馳走にありつく子供のように走り出すキリス。まっすぐリーロンのもとへ向かい、右手で殴りかかる。
すんでのところで攻撃をかわしキリスの懐へ入るリーロン。炎を纏ったこぶしを握り同じくキリスへ殴りかかる。
左頬へ向かってくるリーロンの拳を左手で受け止めるキリス。激熱の状態であるリーロンの手を受け止めるとキリスの左手がジュウッと音を立てる。
「効かねぇなァ!」
キリスはつかんでいたリーロンの手を思い切り持ち上げ投げ飛ばそうとする。
しかし、リーロンはその勢いを逆に利用する。体をねじらせそのまま強く回し蹴りをキリスの顔面におみまいする。
「ぶっ!!」
キリスの頬から首にかけて激烈な衝撃が走る。
リーロンの攻撃が初めてキリスに直撃した。
今度はキリスが体勢を崩す。
掴まれた拳が離されリーロンが再度身の自由を手にする。ここぞとばかりにリーロンはキリスに怒涛の連撃をかます。
右から左から、熱のこもったパンチが火の粉を散らしながらキリスの顔に何度も直撃する。
「どうした?先ほどまでの威勢の良さはどこへいった!」
強烈なパンチがキリスの顔面に繰り出される。キリスは殴られた勢いでそのまま吹っ飛ぶ。
地面を2回跳ねて地面を擦りながら着地する。
「ケケケッ……いいじゃねぇか、おまえはそうじゃねぇとなぁ!」
頭から血を流し顔面が真っ赤に染まるキリス。
今までで一番の笑みを浮かべ再度リーロンのもとへ立ち向かう。掌と顔面は重度のやけどを負っていたが痛みなどものともせず立ち向かっていく。
「返り討ちにしてくれる!!」
リーロンの纏う炎が激しさを増す。
互いの拳がぶつかり合う。
殴り、蹴り、時には頭突き。両者ともに大立ち回りを繰り広げる。
キリスの手に巻いている鎖がボロボロになった頃だった。終わりの時は唐突に訪れる。
「いいぜ、もっと楽しもうぜぇ!!!」
キリスがリーロンに殴りかかったところだった。
リーロンが構えるとリーロンの周囲に青い方形の結界が展開される。
キリスの拳は結界に当たり、殴ったところから薄く波紋が広がる。
「あ??ンだよこれ、どうなってやがる!」
ガンガンっと何度も殴り付けるキリス。
「時間か……。」
リーロンの纏っている炎が徐々に減っていく。
「おい!!!!何こんな卑怯なマネしてんだよ!!出てこいオラ!!!」
「私は殲滅領域を守護する存在、本来ならばこんな長時間離れるわけにはいかないのだ。此度は陛下の命より来た。が、少々時間をかけすぎたようだ。陛下から帰還せよとこと。」
「は?ふざけんじゃねぇよ!!おい!!まだ決着はついてねぇだろ!!!」
「そう死に急ぐな。貴様のことはいつか必ず殺す。」
そう言い残すとリーロンはゆっくり上空へ移動する。
「あ、おい!!逃げるのか!?降りてこい卑怯者!!」
「つくづく鼻につくやつだ……次は貴様を殺しにここへきてやる。」
上空へ飛んだリーロンは自身が壊滅させたミルを見下ろす。
「それと……ノアの子の件についてもな……。」
リーロンは颯爽と去っていく。紅い軌跡が北に伸びていた。
ミルには炎と灰のみが残されていった。
「クソッ!!!!!あいつ……!!!ああムカつく!!!」
キリスは遠くに行く紅い光を睨み付け表情を歪ませる。
キリスの長い髪が黒いオーラを纒いゆらゆらとうごめく。
「こうなったら無理やり乗り込んで城ごとぶっ壊してやる!!!!権能解ほ!!!」
キリスがそう叫んでいたところだった。
ヒュンッ。
「ッ!!」
キリスはどこからともなく飛んできた3つの光る輪に拘束された。拘束されたキリスはその場に倒れこむ。
「なんッだよこれ!!!!誰だよこんなことしたやつ!!!」
「そこまでだ。」
少し離れたところにいたのは息を切らしながら銃のような道具を構えたガースだった。
「てめぇ!!離せよ!!」
ザッザッとキリスのもとへ歩み寄るガース。キリスは黒いオーラを出しながらもがくも何かに拒絶されるように無力化されていた。
「今おまえに権能を解放されたら手に負えなくなる。悪いがここで捕えさせてもらうぞ。」
「ハッ、あたしがいなかったら……あんた死んでたよ?」
「助けてもらったことは感謝するがお前は囚人だ。脱走した罪は拭えない。」
「ミルをこんなんにしといてどの口がいいやがる!!ここがこんなんになったのはてめぇらが平和ボケしてたせいだろ!?敵をやっつけたヒーローたるこのあたしに、こんな仕打ちはねぇんじゃねぇか!?」
「……なんとでも言え。」
静かに拳を握るガース。キリスから目をそらす。
「ケッ……んだよつまんねぇ。あーあ、もうなんかやる気なくなっちゃった。」
口を一文字にしてふてくされるキリス。ぐったり地面に横たわる。
「立て、おまえを牢屋にもどす。処遇はあとで決める。」
「へいへい。」
ゆっくり立ち上がりガースに牽引されるキリス。拘束されている輪から紐のようなものが延びていた。
「そういやよ、あのガキはなんだ?随分変な魂してたけど。あんなやついたか?」
「……おまえは知らなくていい。」
「へぇ……。」
キリスはニッと笑う。
「面白そうだな……ケケケッ……。」
ミルに向かってキリスを引き連れるガース。ミルでは消火活動が行われていた。
ガースはキリスの手綱を握りながらミルを見つめる。立ち上る煙を目で追い、空を見上げる。空には三日月が浮かんでいた。
「失礼します。」
舞踏会の会場のような広い部屋へ入るメイドがひとり。笑顔の仮面をつけた黒いツインテールのメイド。
「リーロンか。」
部屋には大きな窓があり、ほのかに青い月明かりが部屋にさす。窓際にはグランドピアノが置いてあった。ピアノのそばにヴァイオリンを弾く軍服のようなドレスを着た少女とその側近と思われるメイドがいた。メイドは同じく笑顔の仮面をつけていた。
「陛下、ご報告いたします。」
リーロンは自身のミルでの行動と起こった事柄、そしてそれらの結果について報告する。
「そうか。良くやった。」
ヴァイオリンの美しい旋律が響き渡る。
「それともうひとつご報告が。」
「なんだ。」
「ノアの子を見つけました。」
ヴァイオリンの演奏が止む。
「……そうか。」
「いかがなさいますか。」
「なに、特別行うことなどないさ。」
少女は持っていたヴァイオリンを側近のメイドに渡し、預けていた帽子をかえしてもらう。
「存在が確認できたのなら問題ない。余がすることはただひとつ、ここで邂逅の時を待つだけだ。」
「……もしかして、分かっておられたのですか?」
「ふ……偶然さ。」
帽子をかぶり位置を整える少女。
「余は逃げも隠れもしない。さぁ、来るがいいノアの子よ。この殲滅女王メイのもとまでな……!」
少女の白いツインテールが月明かりに照らされ青く染まる。体の輪郭が影となって長く床に伸びていた。