第5話 ~ 殲槍 ~
「邪悪なゴミ虫どもが。掃除の時間だ。」
炎を纏った槍を携えてそのメイドは現れる。
「何者だ貴様!!」
迎撃する隊員の一人が叫ぶ。
次の瞬間、その隊員の首がはね飛ぶ。
「う、わあっ!!!」
その様子を見ていたほかの隊員が叫ぶ。
「殲滅の使者たる私に向かって貴様などとほざくからには相当強いものだと思ったのだが。口には気をつけろゴミ虫ども。」
「せ、殲滅軍だと!?なんで殲滅軍のやつがここに来るんだ!!」
「おや、最初の名乗りでわからなかったのか。警戒すべき者の名を知らぬとは、開拓隊の教育は一体どうなっているのだ。」
「い、今すぐ武装を解除しおとなしくしろ!!」
そう告げる隊員。剣を構える手が震えていた。
隊員が瞬きをするといつ近づいたのか真隣にリーロンが立っていた。
「手が震えているぞ。その様子では赤子すらも殺せまい。」
「うわああ!!!」
とっさに隊員がリーロンに剣を振りかざすと一瞬でリーロンに胴を真っ二つにされた後に隊員の体が燃え上がり灰となった。
「敵に情けをかけるとは。私にとっては侮辱だ。」
燃え上がる槍を振り、あたりに炎を撒く。
騒ぎを聞きつけミル本館から次々と開拓隊員が駆け付けリーロンを取り囲んでいく。
「はぁ……。面倒だ、最初で大半始末したつもりだったのだがな。建物ごと吹き飛ばしたほうがよかったか。」
炎がより激しさを増す。
「死にたい者からかかってこい。」
リーロンが動き出す。
動いた跡に紅く光る髪の先の残像が照らされまさしく迅雷の様だった。
紅き閃光が縦横無尽に走る。リーロンは次々と開拓隊員を灼き尽くしていく。中には逃げ出す者もいた。だが、炎を壁を築かれ開拓隊員の逃げ道は完全に塞がれていた。
5分ほどして、あたり一面が焼け焦げる頃。そこにはリーロンのみが立っていた。
「……1000人ほどやったか。」
赤黒く塗りつぶされた地面が炎に照らされていた。
「あと4000人ほどか……。」
本館入口の方へ目をやる。
「応援は来ないか。ならば私から向かうとしよう。」
リーロンが本館へ向かって歩き出した時だった。
ガキンッ!
剣が地面を突き、土埃が舞う。
「大量の部下が殺されてからの登場とは、随分と悠長だな。」
「こっちも色々あんだよ……!」
本館へ向かうリーロンを阻むように上空から現れたのはガースだった。
「随分と派手にやってくれたな。」
「貴様がもっと早く来れば少しは犠牲が少なく済んだかもな。」
「ほざけ。」
ガースの口ひげが風に揺らされる。
ガースが地面に刺さった剣に手をかける。
「これ以上の犠牲を出す前にお前をぶっ倒す。」
そう告げるとリーロンに撒かれた炎がガースを中心に薄く煙となって消えていく。リーロンの仮面の目が黒さを増す。
「権能解放!!!!」
時は少し遡り敵襲警報発令直後のこと
ナーハとテレは白いバッジを着けた開拓隊員に連れられ地下の避難場所に向かっていた。
「こちらです。」
開拓隊員はとある部屋の扉の前で立ち止まる。
「ここですか……?」
避難場所と言われたナーハは堅牢な扉で守られた部屋を想像していた。だが、案内された部屋の扉は奇妙な模様が描かれているだけで見た目はほとんど普通の扉だった。
「ここは昔、ある科学者の実験室として使われていました。今は破神戦線叡知にいるので彼はいませんが。とにかくもともと実験室と言うこともあり耐久性はもちろんですが何より魂波を遮断することができます。」
「それはすごいっすね!」
「お二人はまだ魂波を抑えることができないのでここで待機してください。ことが終わったら迎えにきます。」
そう言うと開拓隊員は来た道を戻ろうとする。
「あ、あの!あなたはこれから……?」
「……私も表へ出て戦います。少しでもお役に立たなければなりませんので。」
神妙な表情で虚空を見つめる。
「……分かりました。ご武運を。」
「えぇ。きっと迎えにきます。」
にこやかに笑った隊員は廊下を戻り先の階段を上っていった。足音が響き渡る。
「……中に入りましょう。」
「そうだな……。」
ナーハが扉を開く。中に入るとかつて科学者が使っていたと思われる実験器具や本棚、デスクなどがあった。
「これは……。」
実験器具の中には何かを拘束するための器具、薬品などをすりつぶすための器具、上からの照明と作業用の台座のようなものなどがあった。そして、その全てが茶色がかっていた。
「あんま触らないほうがいいんじゃないかな?」
「そうですね。」
扉を閉めると円形の模様が浮かび扉が施錠された。
「封印系魔法……。最初の次元の裂け目とは違ってこれは正真正銘魔法によるものだ。」
「その科学者もなかなかの使い手だったんだな。」
「結構複雑に編まれてますね……。」
一通り部屋を見物したあと、二人は部屋にあったソファーに腰かける。
しばらくの沈黙が続く。
「そういえば魂波って結局なんなんですか?」
「お前、最初にガースさんから説明されてただろ?」
「それがいまいち分からなくて……。」
「ったくしゃーねーな。魂波ってのはそいつの魂から発せられるものだ。オーラ、気、あるいは存在感と言ってもいいかもしれない。これは魂があるかぎり必ず発せられる。これは近くにいればいるほどより強く感じれるし魂によって伝わる感じが違う。」
「えっと……それはガースさんのときも聞いてて。」
「ん~。よし、じゃぁこれならどうだ?ろうそくを思い浮かべてくれ。ろうそくの炎から熱が伝わるように魂からも魂波というものが伝わるんだ。ろうそくに近ければ近いほどより熱く、ろうそくの材質が違ければ光り方や匂いも違うだろ?」
「あぁ、なるほど!そういうことなんですね!」
「わかってもらえて何よりだ。」
「だから敵に感じ取られないように魂波を遮断する部屋にいるんですね!」
「そういうことだな。」
ひとしきり話したあと、また静まり返る。ふとナーハがデスクに目をやるとなにやら気になるものを見つけた。
「あ、おい。あんま他人の机を漁るもんじゃないぞ。」
「でも今はいないんですよね?少しくらいいいじゃないですか。」
そう言うとナーハはデスクの引き出しを引いて中を漁る。
「ん~、なんか面白いものでもありませんかね~。」
「あとで怒られてもしらねぇぞ~。」
テレは後頭部に腕をまわしソファーにふんぞりかえる。
「(ん?これは……。)」
するとナーハがある本を見つけた。表紙には"実験記録7"と書いてあった
「なんだそれは?」
「実験記録と書かれています。科学者の書いたものでしょう。」
ナーハは表紙をめくり中を見る。
「っ!!これは……!!」
「ど、どうした!?」
ナーハが中を見ると驚くべきものが書かれていた。
「……読めません。」
「……は?」
「いや、書かれている文字が見たことがない文字です。これは古代文字でもありません。」
「領域特有の文字……か?」
「どの文献でも見たことがない文字……。おそらくはその科学者の造語だとおもわれます。」
「誰にも分からないように自分で文字を作ったのか。賢いな。」
「さすがは科学者ですね。」
ナーハはそっと本を閉じて引き出しに戻す。
「やっぱり他人のものを漁るものではありませんね。」
ナーハがソファーに座る。
二人がソファーに座り、しばらく沈黙が続く。
しばらくしたあと、ナーハはある声が聞こえることに気づいた。
「誰……?」
「どうした?」
怪訝な顔をしてテレはナーハに問いかける。
「今、誰かの声がしませんでしたか?」
「いや、聞こえなかったぞ。」
「(ぁー。)」
「(だぁー。)」
ナーハには遠くから霞むような声が聞こえていた。
「やっぱり、聞こえますよ!」
「なんも聞こえないって!」
「(テレさんには聞こえていない……?)」
ナーハは再度耳をすます。
「(ぃやだーー。)」
「(くれー。)」
「(けてくれーー!)」
「助けてくれーーー!!!」
「!!!」
ナーハは聞き取った。今度ははっきりと。
「誰かが助けを求めています!」
ナーハがソファーから飛び上がる。
「おまえ大丈夫か……?」
「いえ、これは確かです。上の方から聞こえます!」
ナーハが扉に向かう。
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「助けに行きます。」
「ここから出るなって言われてるだろ!」
「でも、助けを求める人を無視することはできません!」
「おい、落ち着けって!何かの聞き間違いだろ?あたしはなんも聞こえてないぞ。」
「だったらなおさらです!きっと僕に助けを求めているんです!」
ナーハが部屋の扉に近づく。
「(百式千景のどれにも該当しない……。やっぱり独自の魔法か。)」
ナーハは扉に浮かぶ円形の模様を見つめる。
「あ、おい!」
テレがナーハの元に駆け寄る。
「(おおもとの術式は……これか。補強魔法が4種類……。順番は多分こう。時空範囲を検索……扉とこの部屋全体か。よし。)」
「ナーハ?」
「術式反転!!」
ナーハが扉に手をかざし、そう言うと扉に浮かんでいた円形の模様が消えていった。
「お、おい!なにしたんだよ!」
「掛けられてた魔法を解除しました。」
「え、えぇ……。」
「構造を理解すれば逆から順番に解除していくだけなので簡単ですよ。」
「そうじゃねぇ!……おまえ、本当に行くつもりか……?」
「行きます。たとえそれで死んだとしても、助けを求める人を見殺しにするよりかはマシです。」
「ここでおとなしくしとけ!死んだらどうすんだよ!」
「それでも!!……助けれる人を無視した僕を、未来の僕はきっと許さない。」
「……。」
「僕は一人でも行きます。危ないと思うなら結構です、テレさんはここで待っててください。」
「あ、おい!」
ナーハは扉を開け、廊下を走っていった。
「あたしは……。」
ナーハは来た道を戻る。廊下を走り、階段を駆け上がって行く。
「(確かここは地下5階。ちょっと大変だけど声を頼りに向かおう。)」
階段駆け上がるナーハ。聞こえる声はだんだんと近づいていた。
「ひいいい!!!」
「熱い!!!熱い!!!!!」
「嫌だああ!!!必ず戻るんだああ!!!!」
人の悲鳴がナーハの脳に鳴り響く。
「(上からする……。多分地上……。戦うことができなくても負傷した人を治療するくらいならできるかな……。)」
地下2階まで上ったところで急に声がしなくなった。
「(あ、あれ?どうしたんだろ。)」
そう思ったときだった。
ドゴォーン……。
轟音と共に建物が揺れる。階段を上っていたナーハはバランスを崩し転がり落ちそうになるが手すりにしがみつくことでなんとか踏ん張る。
「な、なに!?今のは。……早く向かわなきゃ……!!」
ナーハは階段を上るスピードを早める。
焦燥感に駆られ時の流れを忘れるほどに必死だった。ナーハはいつのまにか地上に出ておりミル本館1階の正面大扉までたどり着いた。大扉は開かれており正面広場に飛び出すナーハ。
「こ、これは……!」
眼前に広がったのは焼け焦げた開拓隊員だったもので埋め尽くされた広場だった。人の体がまるで壊れた人形のように散乱していた。辺りは焦げた血と死体で赤黒く染まっていた。
「ひ、ひどい……。うっ……!」
吐き気をもよおしたナーハは口を手で覆い狼狽える。
ふと目をやると広場の中央に人影が見えた。
「っ!あれは……!!」
すぐさま近くに向かって走り出す。
「ガースさん!!!!」
「む、なんだこの妙な魂波は……。っ!!!!」
ナーハはリーロンがガースの首を掴み持ち上げるところを目撃する。鎧がボロボロになり頭から血を流すガースの姿が見られた。
「な、ナーハ……なんで来やがった……。」
「ガースさん!おまえ!!!!ガースさんを離せ!!!!」
ナーハがリーロンに向かって魔法を放とうと両手をつきだし構える。次の瞬間、リーロンはナーハの前に立っていた。
「あ……。」
「見つけたぞ……ノアの子……!!」
リーロンはナーハを見るやいなやナーハの腹を殴る。
「ヴッ……!」
かなり深く入ったリーロンの拳はナーハの内臓に大きなダメージを与えた。
あまりの痛さにその場に伏し悶えるナーハ。リーロンは懐から縄を取り出しナーハの腕と脚を縛る。
「な、何をする……!」
「黙れ。貴様を殲滅領域に連れ帰る。これ以上苦しみたくないなら大人しくしろ。」
「せ、殲滅領域……!おまえ、ガハッ!!」
リーロンがナーハの頭を踏みつける。
「口のきき方には気を付けろ。今貴様の生殺与奪の権は私の手中にあることを忘れるな。」
ジリジリと踏みつけた足をナーハの頭に擦り付けるリーロン。
「(い、痛い!!)」
「さて、あの男に止めを刺して帰るか。」
リーロンがナーハを持ち上げ、脇に抱える。
「な、何を……。」
「なに、すぐ済む。やつはもう死にかけだ。」
ナーハを抱えたリーロンは呼吸をするのもやっとな状態で地面に転がっているガースに近づく。
すると遠くから誰かが叫びながら近づいてくるのが分かった。
「ぅぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!」
騎士のような格好をしたその者は高く飛び上がりリーロンに剣を振りかざす。
「ナーハを、離せぇぇええええ!!!!!」
その者はテレだった。
瞳が赤く光り、全身にオーラを纏っていた。
背を向けたリーロンにテレの渾身の一撃が襲いかかる。
剣の鋒がリーロンの頭部を打ち砕かんとばかりにせまる。
だが、勇敢な行動虚しくテレの斬撃はリーロンによって弾かれる。リーロンは振り向き様に槍で剣を薙ぎ払い、そのまま力強い回し蹴りをテレにかます。リーロンの蹴りはテレの下腹部に直撃しそのまま勢いよくテレがミル本館の壁に打ち付けられる。
テレが壁に打ち付けられると壁が放射状にへこみ、ズルッとテレの体がずり落ちる。
「こひゅっ……。」
腹部への打撃と背部からの衝撃で呼吸がままならなかった。
テレは口から泡を吹いてビクビクと痙攣していた。
「テレさん!!!!」
ナーハが叫ぶとリーロンがナーハの髪を掴む。
「騒ぐな。神経がイラだつ。」
「ヒッ……。」
ナーハの首がリーロンに引っ張られ笑顔の仮面が眼前に迫る。
「ど、どうしてこんなひどいことするんですか……!」
「ひどい?」
リーロンはナーハを見つめながら掴んでいた髪を離す。
「非道くなどないさ。むしろ私としては貴様ら人間の方が非道いと思うがな。」
「どういう……。」
「貴様ら人間は我々からしてみれば領域を侵す侵略者だ。他者の領域にズケズケと踏み込み暴虐の限りを尽くす。これが非道でなければなんだと云うのだ。」
「暴虐の限りを尽くすって、それはあなたたちでしょう!?こんないたずらに人を大量に殺しといて何を言うんですか!」
「はぁ……愚かだな。貴様は何も分かっていない。人間は開拓などと称し自分勝手に我々の地を荒らす害虫だ。貴様は害虫を駆除するのにかわいそうなどと思うのか?自分の家に湧くハエやゴキブリなどを殺すのにためらうのか?」
「それは……。だとしても、もっと穏便に済ますことはできないんですか!?殺すことだけか解決策なんですか!?僕たちはお互いに意志疎通が図れる生命じゃないですか!!」
「そんなことなどとうの昔にできないと結論付いている。話し合いでは解決できない事柄など少なくないだろう。」
「っ……。」
炎がパチパチと燃える。
「無駄話はここまでだ。あの男に止めを刺して貴様を殲滅領域へ連れ帰る。」
リーロンは再度ガースに近づく。
「や、やめろ……やめてください!!!」
目が半開きのガースの前で立ち止まり槍を振りかざすリーロン。刃に炎が集まり熱を帯びる。
「さらばだ、開拓隊副隊長。」
リーロンが槍を振り下ろそうとする。
その次の瞬間のことだった。
ガチャン!!!!!!
何者かから襲撃を受けその場から離れるリーロン。もと居た場所には鎖の跡があった。
「へぇ~今の避けれるんだ~。すごいねぇ。」
「貴様は……!」
「クククッ、久しぶりじゃあん。隊長さんよぉ。」
「罪人……!!!」
両手首と両足首に鎖に繋がれた枷をつけた全身が灰色の布で覆われた囚人のような女がそこにはいた。
ジャララ、と鎖を引きずりリーロンを見つめる女。リーロンと女が相対する。お互い、一触即発状態だった。
「全く……愚かだな……。」