第3話 ~ 領域 ~
春を告げる花が咲く。4つの白い花弁を広げて力強く根を張る。久遠の彼方まで届きしその輝きが大いなる闇を打ち晴らすと信じて。花弁が1つ、赤く染まる。
次元の裂け目に飛び込んだ2人は不思議な感覚を得ながら進んだ。前へ進んでいるのか後ろへ進んでいるのか、はたまた上に進んでいるのか。目眩く変わる景色に困惑しながらも歩みは不思議と真っ直ぐだった。
しばらく虹の中を歩むと段々近づく光があることに気づいた。手を伸ばすと眩しい光に包まれた。
「…………ん。あれ……ここは……。」
目が覚めると白い円状の部屋の中に横たわっていた。立ち上がり振り返ると来たときに見たのと同じ次元の裂け目があった。
「あたし……ちゃんとこれたんだよね……?」
ゆっくり息を吸い周りを見渡すテレ。するとナーハの姿がないことに気づいた。
「あれ!?あいつは?まさか来る途中に何かあったんじゃ……!」
焦ったテレは次元の裂け目の前で腕を振るう。
「あわわわわ、どうしよどうしよ!」
その瞬間だったテレが次元の裂け目を見るとナーハが飛び出してきた。
「えっ。」
「えっ。」
ガッ……。
勢い良くお互いの額が衝突する。勢いのままに倒れこみナーハがテレに覆い被さる形で2人は床に倒れた。
「うっ、いっててて……。」
「うぅ……。あっ、大丈夫ですか!?すみません!」
すぐさま立ち上がるナーハ。ぶつかった衝撃で軽い目眩を起こしたテレがゆっくり起き上がる。
「うん、まぁ大丈夫。そっちこそ、無事にこれてよかったよ。」
額を押さえながら話すテレ。少し赤みがかっていた。
「ほんとうに大丈夫ですか?包帯とか三角巾とかありますよ!」
「いいっていいって、これくらいへっちゃらだよ。ほっときゃ治る。あんたこそ元気そうだな……。」
ナーハの方は額に傷はなかった。
「ここは……僕たち領域にこれたんでしょうか?」
「多分な。あんな変な空間を通ったんだ、多分きてるだろ。」
「変な空間?」
「おう、なんか虹色で自分がどっちに向かってるのかいまいちわかんなくて、遠ざかってるのかちかづいてるのかのよくわからん。そんな気味の悪い空間だったろ?」
「え、僕はなんかひたすら白い空間を歩いてました。」
「白……?まぁもしかしたら人によって違うのかもな。」
「そうかもしれませんね。(そういえばここに来る途中、誰かに会ったような……。)」
「ナーハ?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしてました。」
「そうか。まぁ、とりあえずここを出てみようぜ。あそこに扉がある、そっから出れんだろ。」
次元の裂け目の正面には重厚な金属の扉があった。表面には様々な文字が掘ってあった。
「なんだこりゃ。おまえ読めるか?」
「これは……古代文字ですね。いつも扱ってる文献に書かれてるのとはちょっと違いますけどなんとなく読めます。」
「おまえすげぇな!なんて書かれてんだ?」
「……『太陽の騎士、希望の旅人、狂乱の罪人、殲滅の守護者。全ての魂揃いしとき救世の英雄現れん。』」
「太陽の……なんて?つまり、どういうことだ?」
「さぁ……過去の偉人とかのことでしょうか?人類が領域開拓をし始めたのはおよそ1000年前ですからその時活躍した人のこととかだと思います。」
「ふーんそうなんか。あたしはサッパリだ。」
腕をまわし後頭部で手を組むテレ。重々しい扉をただ見つめる。
「とりあえず出てみましょうか。」
「そうだな。」
2人は共に扉を押す。見た目どおり重いその扉は2人の体重をかけ全力で押してみるがビクともしない。
「おっっっっっっっも!!!」
「ぜ、全然動きませんね……。」
全身の体重をかけて押してみるが全く動かない。今度は引いてみるも同じく動かない。
「どうなってんだよ……。」
「鍵とかが必要なんですかね?」
「ていうかあっちの世界の扉はこんなんじゃなかっただろ?もっとこう、薄くてガラスみたいな。」
「あっちの扉は見たこともないような術式が施されてました。百式千景でも古代魔法でもない奇妙な術がいくつも施されてました。幸い、聞いてた通り外側から入る分にはなんの問題もありませんでしたけど。」
「じゃあこれはどうなんだ?魔法かかってるか?」
「……かすかに魔力は感じますがこれは魔法というよりもっと別の何かのように感じます。」
「別って?」
「……おそらく権能によるものかと。」
「権能?」
「はい。封印系の権能だと思われます。」
「ってことは昔の開拓隊の人がやったってことか。」
「……(権能の強さはその魂によって様々だけどこのレベルの封印ができるのは概念に干渉するくらいじゃないと……。つまり……。)」
しばらく扉の前で立ち往生していると扉がひとりでに開いた。というより向こう側から誰かに開けられた。
「っ!!!」
身構える2人。テレは剣を、ナーハは魔法の用意をしていた。
「お、いたいた。そろそろ来る頃だと思っていたぜ。」
開いた扉からはプレートアーマー姿の中年の男が出てきた。
「おいおい、そう身構えないでくれ。俺は別にお前らを襲いに来たわけじゃねぇんだ。むしろ案内するために来たんだぜ?」
「だ、誰ですか……?」
男は一瞬驚いたような顔をし、そして自信に満ちた表情で言う。
「俺はガース•ターディス、開拓隊の副総隊長だ。」
「おまえがナーハ、おまえがテレ。2人で仲良く大犯罪を起こしてきたってわけか!」
「は、犯罪って。いやまぁそうだけどよぅ……。」
「改めて考えると巻き込んじゃってごめんなさい……。」
「うえっ!?……別にいいんだよ。これはあたしが選んだことだから。」
「それで、ガースさんはこれから僕たちをどうするんですか?」
「とりあえず疲れただろ?お前らのために部屋を用意してあるから今日はそこで休め。詳しくは明日話そう。」
「部屋って……僕たちが来ること分かってたんですか?」
「おう。少し前にセレスから連絡があってな。『今からそっちに愚か者を2人送る。道半ばでくたばらないよう死ぬ気で鍛えろ。』ってね。」
2人は目を丸くする。
「ってことは総隊長は最初からあたしらを見逃すつもりだったのか!?」
「見逃すっつーか、セレスなりの試練だったんだろ。お前ら、あいつと戦ったんだろ?ここに来れたってことはあいつに認められたってことだ。すごいな!」
「総隊長……。」
「とりあえず部屋に行こう。ついてこい。」
扉の先には長い廊下が続いていた。しばらく歩き部屋へ向かう一行。歩きながらナーハはここまでの経緯をガースに話した。
「なるほどね~。行方不明になった家族を探しに来た少年とその少年に惚れた少女か。」
「ばっ!あたしは別に惚れてなんかないぞ!!」
「そうか~?自分に似てたから助けたくなった、ってだけじゃぁ普通ここまでしないと思うけどな~。」
顔を赤らめガースを睨み付けるテレ。ふと見てみるとナーハは考え事をしていた。
「(人間界の扉に施されていたのは明らかに魔法によるものだった。つまり人工物ってことだ。でも、こっちの世界の扉から感じられたのは……。)」
「おい、きいてんのか?」
「あ、は、はい!なんでしょう?」
「おまえ、その魔法はどこで会得したんだ?魔法なんて訓練してる開拓隊員でも5、6個使えるってレベルなのに。」
「もともと本を読むのが好きで。家にあった魔導書とか読んでたらいつの間にか習得してました。」
「いつの間にかって、普通そう簡単にはいかないんだけどなぁ……。魔法はどんくらい使えんだ?」
「百式千景なら全部、古代魔法なら4つほどですかね……。」
「全部!?おま、ありえないだろ!!ていうか古代魔法ってそもそも使うことができる人間が数えるほどしかいないって言われてるんだぞ!?」
「おまえ、そんなすごかったのか……。」
「テレさんもオリジナルの魔法を使ってたじゃないですか?」
「あれは既存の術式を改造しただけだからな……。おまえほどすごくはないぞ。」
「もともと家にいるときは古文書の解読をずっとしてたので。」
「古文書って……あぁもういいや。おまえは魔法の天才、テレは剣術の天才。天才コンビが世界を救いに来ましたよ~。」
ガースは呆れた顔をして道を進む。しばらく進み用意された部屋にたどり着いた。
「ほれ、ここがお前ら部屋だ。どっちでも好きな方を使え。2人で同じ部屋を使ってもいいんだぞ?」
「ばっ!副隊長殿!!!」
「ケケッ、冗談だ。トイレはあっちだ。明日の朝9時にまた来る。それまでゆっくり休んどけ。他のところには行くなよ?ほんじゃまた明日。」
そう言い残してガースは去っていった。残された2人はお辞儀をしてガースを見送る。
「……えっと、どっち使います?」
「どっちでもいいけど。」
「じゃあ僕左使いますね。……ありがとうございます。」
「なんだよいきなり。」
下の方を向き少し照れた様子で話すナーハ。
「僕のためにここまで来てもらって。いろいろ手伝ってもらいましたし。」
「いいってことよ。何度もいうけど、あんたについて行くことを決めたのは他でもないあたしなんだから。あのまま孤独で窮屈な人生をすごすくらいならあんたについてって刺激的な生活をおくった方がよっぽどマシさ!」
太陽のような笑顔を見せるテレ。それを見てナーハもにこやかに微笑む。
「ふふっ、変な人ですね。」
「な、ばかにしてんのか!?」
「感謝してるんですよ。」
2人は互いの顔を少し見つめる。
「それじゃあおやすみなさい。」
「おう、寝坊すんじゃねぇぞ。」
「テレさんこそ。」
「あたしは大丈夫だよ!開拓隊の訓練で鍛えられてるからな!」
また笑い、そして2人は部屋へ入っていった。扉を閉める音が廊下に響き渡る。
「失礼します。」
「リーロンか。入れ。」
豪華な扉が開かれる。茶色い本棚や物入れが壁際に並ぶ。赤い絨毯、紅色のカーテンなどで装飾されていた。中央には大きな机と椅子が一つ。椅子には笑顔の仮面をつけた紅い軍服のようなドレスを纏った銀髪の少女が座っていた。
「ご報告致します。本日の防衛戦線では下級召使12名と中級召使5人の軽傷、下級召使3名の重傷の計20名が負傷しました。現在は治療棟にて療養中です。」
扉の前で跪く少女がひとり。メイド服を来た少女は同じく笑顔の仮面をつけていた。
「殲滅軍ともあろうものが人間相手に負傷するなど情けない。その者らは療養から復帰し次第処罰を与える。処罰内容は特級召使隊に任せる。」
「かしこまりました。」
「……何か言いたげだな。」
「いえ、滅相もありません。」
「よい、話せ。」
「では……僭越ながら申し上げます。戦線に投入する戦闘員に上級召使も何名か投入した方が良いかと。」
「それはもう400年ほど前から聞き飽きている。そもそももとは下級一名だけで済んでいたのだ。」
「しかし近頃の人間はあまりにも強くなりすぎています。実際、神魂クラスの人間も何人か確認しています……。」
「……神殺しの罪人か。」
「陛下、もう素直になられてはいかがでしょう。」
「…………。」
「もうすぐ10000年、来る時が来たのです。」
「分かっている……!」
リーロンの言葉を遮るように言い放つ。
「はぁ……しかし、人間どもも日を経るごとに強くなっている。ここはひとつ天罰を与えねばならぬかもな。」
「陛下、それは……!」
「リーロン、お主に命じる。人間の拠点基地を"壊滅"させよ。」
「はい!女王陛下の仰せのままに!」
立ち上がり、一礼して部屋をでるリーロン。振り向き様に、長く伸びた黒い髪が宙を舞う。
扉を閉める音が響く。
「…………ようやくか……。」