第2話 ~ 次元の裂け目 ~
「明日は待ちに待った開拓祭かぁ、楽しみだなぁ。」
頭ほどの大きさの鞄に物を詰め込むナーハ。
「今日は明日に備えて早く寝よっと。」
ベッドに入り明かりを消す。
「成功するといいなぁ……。」
「おはようございます!」
「おう、ナーハ!よく来たな!」
「カイノスペシャルください!」
「あいよ!」
午前10時。街の中央大広場にてさまざまな露店が構える。食べ物や飲み物はもちろん織物や装飾品、骨董品など普段は見ないような店もあった。まさしくお祭りだった。
「はい、カイノスペシャル。こぼさないように食えよ!」
「はい!」
頭ほどの大きさをしたそれは大きな生地に肉と野菜をたっぷり詰め込んだ半球状の食べ物だった。
「おいしい~!」
カイノスペシャルを食べながら広場を歩き回るナーハ。
「……やっぱり多いね。開拓隊員。」
あたりを見渡すと開拓隊員がちらほらと見かけることができた。
「開拓祭は街全体でやるお祭りだからね。街の治安維持のためにも開拓隊が出る必要があるよね。」
独り言を呟きながらカイノスペシャルを食べるナーハ。
「あ!このジュースください!」
「あいよ。300レイね。」
果物屋が開いている露店で売っているジュースを購入するナーハ。夕焼けのような色をしたジュースが400mlほど入っている紙容器を受け取りまた広場を歩きだす。道を歩いているととある男が話しかけてきた。
「おう、ナーハじゃねぇか!開拓祭、楽しんでるか?」
「ホウジさん!来ていたんですね!」
背が高く30代半ばの髭を蓄えたその男はナーハが子供の頃から世話になっている開拓隊員だった。
「おうとも。開拓祭に開拓隊員が参加しなくてどうするよ。」
「それもそうですね。でも隊舎の警備とかはいいんですか?」
「いいんだよ。そういうのは俺みたいなやつがすることじゃねぇ。」
よく見るとホウジの胸元には紫色のバッジがついていた。
「あれ!ホウジさん特級に昇進したんですか!?」
「へへ、気づいたか?これで俺も領域調査に行けるぜ。」
「すごいすごい!もういったんですか!?どこいったんですか!常に暴風が吹いてる雪山があるって本当ですか!?」
「あ、いや、そのぅ。……実はまだ行ったことないんだ。」
「なーんだ。つまんないの。」
「すまねぇな。……開拓隊に入れないお前のためにもいっぱい冒険して土産を持ってきてやるからな。」
「領域調査に行くときってどうやっていくんですか?」
「そりゃぁおまえ、そんなん話すことできるわけねぇだろ。……でもまぁおまえだったら言ってやってもいいかもな。」
「ほんとですか!?」
「いいか?絶対誰にも言うんじゃねぇぞ。」
「はい!」
ナーハの耳元に顔を近づけ小声で話すホウジ。
「隊舎の本館の地下2階の一番奥に"次元の裂け目"っつうもんがあるらしい。それに飛び込めば向こうに行けるんだとよ。俺もまだ見たことないからどんなナリしてるか知らねぇけど先輩から聞いた話だとコーヒーを机にこぼしたときみてぇな見た目してんだってよ。」
「コーヒーを……?一体どういう……。」
「さぁな。俺もそのうち行くだろうから、機会があったらそんとき話してやるよ。」
「……ふふ、ありがとうございます。」
静かに、ナーハは笑みを浮かべる。その表情は欲しいものが手に入ったという喜びより待ち伏せして獲物がとれたときの喜びに近かった。
「ほんじゃ俺はもう行くぜ。」
「あ、ホウジさん。ホウジさんは今夜のパレードにでますか?」
「おう、出るぜ。すみっこだけどちゃんといるから絶対見てくれよな!」
「はい、もちろん!」
「じゃあな。」
ポケットに手を入れ去っていくホウジ。見送っていると少し先の露店で食べ物を買っていた。
「……ごめんなさいホウジさん。パレードを見ることはできません。」
一通り見回った後、ナーハは自宅へ向かった。後ろ姿からは等身大の影が伸びていた。
~その日の夜~
「皆様!開拓祭は楽しんでいらっしゃいますでしょうか?伝統あるこのお祭りも今年で990周年を迎えます!かつて未知の領域に勇敢にも挑んだ先人たちを称え、今宵も盛大に祝いましょう!それではお待たせしました、開拓隊の皆様による特別パレードです!」
星の海に華やかに打ち上げられる大花火。その轟音と共に管楽器や打楽器などの音が鳴り響く。街中から歓声が湧き様々な音が重なり祭りの歌を奏でる。
「今年も綺麗だなぁ。」
空高くに打ち上げられた花火を見上げ、閑静な路地裏を歩く少年。
「開拓隊の人たちもちゃんとパレードに出てるみたいだし、今しかないね。」
フードをかぶりリュックを背負った少年が静かに歩く。
「確かここに……あった。」
少年は王宮のように大きな建物の裏で止まる。
「待っててねみんな、今探しに行くよ。」
4mほどもある壁を少年はフックを上部の柵に引っかけよじ登る。
「地図によればあの入り口から入ってこの階段と……ここを通れば……。」
青がかった視界には開拓隊の隊舎が映る。
「やっぱり正面入口以外のところには人がいないね。開拓祭で警備が手薄になっているとはいえ慎重に行かなきゃ。」
少年は裏口と思われる小さな扉に向かう。
「鍵……想定内だけどやっぱり面倒だなぁ。」
リュックをおろし中から細い金属の棒をいくつか取り出す。
「…………………………………………………………よし。」
わずか2分ほどで解錠に成功する。音を立てないように慎重に扉を開け再度鍵をかける。
「うわぁ、ここが隊舎のなかかぁ。昔一回来たことあるけど全然覚えてないや。それに、こんなところも来てないしね。」
おぼろげに浮かぶ過去の記憶に懐かしさを感じあたりを見回す。
「いけない、早くいかなくちゃ。」
少年は音を立てない程度に小走りで進む。
「(道筋は事前に立ててある。人がいたときのことも考えて複数のルートを確保しているからきっと大丈夫。)」
少年はまずは地下に向かうための階段を探す。
「(1階はほとんど人がいないはず。でも油断はしないように。階段は……あれか!)」
廊下の奥に階段を見つけた少年。嬉々として向かう。
「(ここを下れば地下1階に行ける!)」
「あ~~面倒だなぁ。」
「(!!!)」
「あ?なんか音しなかったか?だれかいんのか?一緒に行こうぜ~~~、って。誰もいねぇじゃねぇか。気のせいか?疲れてんのかなぁ。幻聴が聞こえるつったら休ましてもらえねぇかなぁ。なんつってな。」
中背の男が階段から登り1階の廊下に出る。そのまま正面入口の方へ向かい歩きだす。
「(…………危なかった。)」
少年は天井に張り付いていた。男から見えないように階段を上がってすぐ左側の天井で待っていた。
「(天井が高いから助かった。)」
少年は伸縮性のある紐の先に吸盤がついた道具を持ってきていた。本来はトイレ詰まりに使うものを改造して用意していたのだ。
「(1階はどうしても階段を通らなきゃいけないからね……。)」
少年は階段を静かに下る。
「(地下2階は特秘区画、まずふつうには入れない。特級以上の隊員じゃないと入れないし特級だとしても許可が降りないと入れない。)」
少年が階段を下りきると角から顔を出す。誰もいないことを確認してゆっくりと歩きだす。
「(この先を曲がると……やっぱり。あそこで2人の特級隊員が警備してるあの扉の先が地下2階への入口。あそこからは入れない。だから僕が入るためには……。)」
少年は来た道を少し戻りある部屋の前に止まった。
「(ここで合ってるはず。鍵は……かかってるよね。時間がない、すぐ開けよう。)」
廊下の明かりの炎がゆらゆらと揺れていた。
最初に建物に侵入したときと同じく細い金属の棒を取り出そうとする少年。
カラン……。
雫を水に落としたようにその音は響き渡る。
「(やばい!!!落としちゃった!!!)」
焦りからか信じられないミスをする少年。
「ん?誰かいるのか?おーい。」
「この時間はパレードの途中だろ?地下区画は領域用の区画だから開拓祭の連中は用はないはずだが……。」
「妙だな。ちょっと見てくる。おーい、誰かいるのか?返事をしてくれー!」
鼓動がする。息がつまるほど肺を心臓が圧迫する。肋骨が動くのが分かるほどに。
「(やばいやばいどうしよどうしよ!!!は、早く開けなきゃ!!!)」
「返事がない……おい!誰だ!そこを動くな!」
廊下の先から人が走ってくる音がする。音が大きくなるたびに胸は大きく動いた。
「(今からでも引き返すか?いや間に合わない!!このままじゃ計画が台無しになる!!)」
息がつまる。喉に熱い鉄棒が入っているような感覚だった。
「大人しくしろ!」
落下するような恐怖がすぐそこまで迫っていた。もう終わりだと悟った。次の瞬間、少年の腕が掴まれる。
「こっち!はやく来て!」
「あなたは……!」
少年は騎士のような格好をした何者かに腕を引っ張られ廊下を走る。
「待て!!何者だお前ら!!!!止まれ!!」
走る。走る。廊下の突き当たりを左に曲がり警備の者の視界から一瞬はずれる。
「そっちに出口はないぜ!大人しく捕まりな!」
警備の者が角を曲がるとそこには誰もいなかった。
「あ……?どうなってんだ?どの部屋に入った!ここか!それともここか!……ダメだ、鍵がかかってる。侵入者発見!!!ただちに見つけ出し拘束せよ!!!」
男は小さな金属の塊を口元にあて高らかに声をあげる。鍵を取りに行ったのかそのまま階段を上がり去っていった。
一方少年らは。
「…………いったかな?鍵持ってなくて良かったぁ。」
「あ、あの……!あなたは!」
「しぃっ!静かに!まだどの部屋にいるかはバレてないから。」
「あ、すみません。……えっと、テレさん……ですよね?どうしてここにいるんですか!」
「それはあたしのセリフだよ!ナーハ、お前は開拓隊員じゃないだろ!?」
「それは……。」
ある部屋に入りなんとか難を逃れた2人。入った部屋には本棚があったり床に本が積み上がっていたりしている書斎のような部屋だった。
「なんでここにきたの?」
「……領域に行くためです。」
「領域!?何いってんの!領域に行くためには地下2階の特秘区画に行かなきゃならないし行けたとしても平和な生活が待ってるとは限らないんだよ!?」
「それでも!……行かなきゃ行けないんです。」
「……悪いことは言わない、今すぐ帰りな。」
「この状況でどうやって帰るっていうんですか?」
「それは……あたしがどうにか……?」
「さっきの人に見られてるからテレさんも無事じゃすまないと思うんですけど。」
「う……誰のせいだと思ってんのさ!」
「そ、それは……その……ごめんなさい。助けてくれてありがとうございます。」
「はぁ、まったく。あんた一体どうやって行くつもりだったの?」
「部屋にある換気扇ダクトから地下2階に行って次元の裂け目がある部屋に行くつもりでした。」
「警備の人がいると思うけどどうするの?」
「催眠ガス弾と弱毒ガス弾を持ってきたのでこれで気絶させます。」
「ガスって、あんた見た目の割にとんでもないことするな。」
「それくらいしないと行けませんよ。」
「はぁ……で?換気扇ダクトはどうやって開けるの?」
「この伸びる吸盤と強力ペンチでこじ開けます。」
「はぁ。便利そうなもんもってんねぇ。じゃ人が来る前に早くやっちゃいな、あたし見てるから。」
「ありがとうございます!」
ナーハは天井にあるダクトに向かって吸盤を投げつける。ゆっくり紐を縮めて天井に張り付くナーハ。ダクトの蓋が縞状になっていることを確認してペンチでダクトの蓋をはさんで切断しようと試みる。
「(器用だなぁこいつ。)」
扉の前に座り込みその様子を薬指にできたささくれをいじりながら眺めるテレ。しかし、10分ほど経とうとも切断できなかったナーハを見て困惑する。
「全然切れない……。」
「……あたしがやってやろうか?」
「え?……じゃあお願いします。」
吸盤を掴みゆっくり降りるナーハ。
「これを手と足につけてください。このボタンを押したら伸びます。こっちは縮みます。」
「不思議な道具だな……。」
「手作りです。」
テレはやや不安定ながらも吸盤を使い、天井に張り付いた。ペンチでダクトの蓋をはさみ力を込める。
「すぅ……ふんっ!」
バチン!と潰れるような音がした。
「す、すごい!」
「一応開拓隊員だからね。鍛えてんだよ。」
誇らしげな顔をしてナーハの方を見るテレ。そのまま切断していき蓋に穴を空ける。
「よっと。ふぅ、ずっと逆さまだとさすがにキツイな。」
「ありがとうございます!」
「ほら、これ返すよ。」
使った道具をナーハに返す。
「にしても大きな換気扇ダクトだな。ほんとに通り道として使うためにあんじゃねぇの?」
「地下だから空気をたくさん換気できるよう大きくしたとかですかね?」
「そうか?そうかぁ。」
吸盤を使いダクトへ入るナーハ。
「うわ、埃が……。テレさん、どうぞ!」
使った吸盤を外し床に落とす。
「え?あたしも行くの?」
「下にいって出る時も蓋を壊す必要があります!テレさんの協力が必要です!」
「え~でもなぁ。……あたし一応開拓隊員だよ?」
「でも助けてくれたじゃないですか。あなたが必要なんです、テレさんじゃなきゃダメなんです!!」
「ちょっ!」
突拍子もない発言に驚き取り乱すテレ。誤って床に積み上げられた本を蹴ってしまい本の山が崩れる。
「うぅ……蓋を壊すまでだからな……?」
「ありがとうございます!」
パァっと顔を明るくさせ満面の笑みで見下ろすナーハ。道具を受け取りダクトへ入ったテレは眉間にシワを寄せ泥道を見たような表情でダクトを進む。
「こっちです。僕についてきてください。あとこれを。」
大きめの布を渡すナーハ。
「これを口のまわりに巻いてください。埃がすごいんで。」
「お、おう。ありがとう。」
渡された布を巻きナーハを見る。相変わらず神妙な顔をしているテレとは反対にニッコリと純朴な笑顔を見せるナーハ。
「(あたし開拓隊員なのに何してんだろ……そりゃこいつには飯もご馳走になったし世話になったけどよ……。つい反射的に助けちまったけど……。あたしこれからどうしよう……。)」
テレが悩んでいる間もナーハはダクトの中を進む。その迷いなき姿にテレは半ば諦めの気持ちになっていた。
カン、カン。
ダクトに金属音が鳴り響く。テレの装備の音だ。最初は気にならなかったがこの音が原因でバレてしまうのではないかと心配になってくるナーハ。迷わず進んでいたナーハが動きを止めテレに語りかける。
「……その音どうにかなりませんか?」
「しょ、しょうがないだろ!これが隊服なんだから!……それともここで脱げってのか?」
「い、いや!別にそういうわけでは……。」
しばらく沈黙が続く。
「……これ、膝とかに巻いてください。」
ナーハが鞄から布を取り出しナイフで切り取ってテレに渡す。
「ありがと。よっと、ダクトが広くて助かったぜ。」
ダクトに接する部分に布をあてがい再度ダクトの中を進む2人。しばらくしてからテレが疑問に思っていたことを話す。
「そーいやおまえ、自信ありげに進んでるけど道わかってんのか?」
「はい、地図があるので部屋の配置から考えて進んでます。」
「地図って……そんなもん一体どこで手に入れたんだよ?」
「言ったじゃないですか。僕は元総隊長の息子ですよ?」
「ふーん。(そういう機密情報ってたとえ家族でもなかなか手に入らないんじゃないか?よくわかんねぇなぁ。)」
2人はまた静かに進み始めた。下斜めになっているダクトを下りさらにしばらく進んでナーハが動きを止める。
「ここです。」
「一応聞くけどなんの部屋か分かってんのか?」
「倉庫のはずです。まぁ昔の地図なんでもしかしたら変わってるかもしれませんけど。」
「直接目的の部屋には行かないのか?」
「それがなぜかその部屋にはダクトが通じていないんです。」
「ふーん。」
誰もいないことを確認し、道具をテレに渡しダクトの蓋を破壊する。吸盤を天井に張り付け、音がでないようゆっくり降りる。
「この地図に書いてあるルートをたどれば大きな扉につきます。その部屋に次元の裂け目があるはずです。」
「へぇ、そうなのか。ここに来るのはあたしも初めてだからよ。」
「あれ?まだついてくるんですか?」
「えっ?」
「ダクトの蓋を壊すまでって言ってたじゃないですか。」
「そ、そりゃおまえ!……今更戻ったって簡単に見つかって処罰を受けるのが関の山だ。だったら普通はこれない特秘区画を観光してから捕まってやるよ。」
「ふふ、来てくれるんですね。嬉しいです。」
「ば、バカ野郎!勘違いすんじゃねぇぞ、別におまえが心配ってわけじゃないからな!」
ささくれをいじるテレ。
「はいはい。」
「くっ、おまえ……。」
鞄を背負い荷物の整理をするナーハ。扉に耳をあて外に人がいないかを確認する。
「……たぶん大丈夫です。」
「多分って、おまえ……。」
ゆっくり扉を開け周囲を確認する。人のいないことを確認して音を殺して行動する。
「誰も……いないですね。」
「妙だな……。特秘区画なんて言うもんだからてっきり警備の人がたくさんいるもんだと思ってたんだが……。」
「なんにせよチャンスです今のうちに行っちゃいましょう。」
なるべく速く移動しながらも音は立てないように動く2人。道中は誰にも出くわすこともなく目的の部屋付近までたどり着いた。
「ここの角を曲がった先に大きな扉があります。その部屋に行けばミッションコンプリートです。」
「鍵がかかってるはずだけどどうするつもりだ?しかもそんな大事な部屋の鍵だから多分そう簡単には開かないぜ?」
「大丈夫です。昔父から聞いたのですか次元の裂け目の部屋の鍵は外側からではなく内側から鍵をかける構造になってるらしいです。だから僕たちが開けるのは簡単なはずです。」
「内側から?変な鍵だな。」
「一緒にいた母から理由を聞いたはずなんですけど……昔のことだからあんまり覚えてなくて。」
そう話しているうちに2人は曲がり角まで来た。
「……誰もいない。」
大きな廊下は奥まで見えていたが誰一人としていなかった。
「こんなに静かだと気味悪ぃな。特秘区画ってこんなんだったんかよ。」
「罠かもしれません……が、行くしかありません。」
2人は恐る恐る前へ進む。静かに前進しついに大扉の前まで来た。
「おいおい、どうなってんだよ。鍵は内側からかけんだろ?」
「は、はい。そのはずなんですけど……。」
両開きになっている大扉の中央には大きな錠がかけてあった。
「おまえ、これ開けられんのか?」
「やってみないと分かりません……けど、この大きさの錠を開けるのはやったことがありません。もしできたとしてもかなり時間がかかります。」
「ちょ、じゃあどうすんだよ!」
ナーハが大扉の前で悩んでいると突然部屋の中から女の声が聞こえてきた。
「鍵は開いている。入れ。」
「!!!!」
「!!!!」
脊髄を掴まれたように衝撃が走る。鼓動の音が鳩尾から沸き上がってくるように聞こえてくる。
「やっぱり罠だったんだよ!今からでも間に合う、引き返そう!」
「いや、もう間に合いません。わざわざ待っていたってことはきっとダクトのこともバレてます。今更戻ることはできないし仮に脱出できたとしてもこれからずっと逃亡生活を送ることになります。……。」
「じゃあどうするんだよ!」
「……行きましょう。それしかありません。」
「……。」
ナーハが錠に振れるとするりと解錠される。
全身の体重をかけ重厚な大扉を開ける。中に入るとしばらく廊下が続き奥には透明なガラスの壁があった。ガラスに触れると氷が溶けるように壁は消えていった。中に入ると大きな空間が広がっていた。3階分ほどの高さと馬車が縦横に10両ほど入る大きさの空間が広がっていた。
「でかすぎんだろ……。」
「やけにダクトを下る時間が長いと思ったらこういうことだったんですね。」
その大きさに圧倒されしばらく呆然としていたら中央の人影に気づいた。
「よく来たな侵入者ども。いや、裏切り者も一緒か。」
「あなたは……!」
「セレス総隊長……!」
金色の長髪に銀色の鎧。胸元には模様入りの黒いバッジがついていた。頭の左側に羽の形をしたブローチをつけたその女の凛々しい佇まいから発せられる気迫はまさに強者の風格だった。
「そのブローチは……!」
「見覚えがあるか?ナーハよ。」
「だって、それは……お母さんの……!」
「よく知っているじゃないか。当時のお前は幼かったゆえに覚えていないものかと思ったが。」
「なんでそれをセレスさんが持ってるんですか!」
「ちょ、ちょいちょい。えなに、君たち知り合いだったの!?」
「……母が行方不明になる直前、最後に別れたのがセレスさんです。」
「いかにも。私は10年前の大遠征にて当時の総隊長、レイヤ隊長が率いる調査部隊の1員だった。当時の調査地域で遭った想定外の事態に部隊は散々になり多くの犠牲が出た。レイヤ隊長はその身を投げ打ってまで私を助けてくれた。それ以降見ていない。」
「なんだよそれ……想定外の事態って……?」
「……神の襲撃だ。」
「!!!!」
「総隊長は強ければなれるものではない。戦闘能力はもちろん多くの人間をまとめあげる統率能力、そして何が起こるかわからない領域における対応力が求められる。レイヤ隊長は戦闘に秀でていた。あの場で最も戦闘力が高かったのはレイヤ隊長だった。」
「そしてお母さんはセレスさんを助けて神と戦い、戦闘の最中に地形が崩れて行方不明になった。そうですよね?」
「……よく覚えているな。」
「忘れるはずがありません。」
「私が憎いか?」
「……別に。お母さんならきっと助けたはずですし。でも、そのブローチをなんでセレスさんが持っているかが疑問です。」
「……地形が崩れ地面に大穴が開いた。レイヤ隊長も神もその穴に落ちていった。その最中にレイヤ隊長からこのブローチが投げられたのだ。」
「…………。」
「私はこれを次期総隊長の証として受け止め、継承し必ずや総隊長になることを誓った。」
「総隊長に就任するときは先代総隊長からその実力を認められた証として先代が大切にしていたものが贈られる……。開拓隊規律に書いてあったなそういえば……。」
「さて、おしゃべりはここまでだ。侵入者と裏切り者を罰しなければな。」
「……そこをどいていただけませんか?」
「断る。」
「どうしても領域に行きたいんです!!」
「行きたければ行けばよい。好きにしろ。」
「えっ。」
「領域が如何に危険な場所とも知らず己の我儘で行こうとする愚か者が、その身を無駄にしようとも私はどうだっていい。だが私はおまえがこの先へ行くことを全力で阻止する。許可なく隊舎に入り込んだ侵入者とその侵入者に協力する裏切り者を罰することが私がここにいる理由だ。行きたければ私を越えて行け。」
「……っ!」
「総隊長、少しよろしいでしょうか。」
「なんだ。おまえは……確かテレ•ミークレスだったか。」
「覚えて頂き光栄です。」
「あぁ、知っているとも。齢15にして開拓隊に入隊し姉に続き研鑽を積む若き天才。そのような逸材をこうして罪人として裁かなければならないということが非常に残念だ。」
テレは表情を曇らせる。
「……申し訳ございません。一つ質問に答えて頂きたいです。」
「なんだ。」
「先代総隊長は本当に行方不明なのでしょうか?」
「……なぜそう思う?」
「先ほど総隊長は神の襲撃を想定外の事態と仰っていました。しかし、神の勢力からの襲撃は度々起こりさほど珍しいことでもありません。それを予想外でもなく想定外と仰っていたのはおかしいと思いませんか?」
「……おまえが何を意図してその質問をしたのかは図りかねるが、答えとしては行方不明だ。こればかりは私もわからぬ。」
「……分かりました。」
「では私からも一つ提案をしよう。」
「な、なんでしょうか……?」
「ナーハを捕らえて引き渡せ。そうすればおまえの処罰は軽いもので済ませてやろう。他の隊員にも説明してやる。」
「!!!」
突如としてセレスから提示された驚愕の提案。ナーハは目を見開き横目にテレの顔を見る。その顔は渋茶を飲んだような表情だった。
「……断ります。」
「なぜだ。その少年がおまえにとってそんなに大事か。今後のおまえの生活の全てを賭してまで助けたい存在か。知り合って間もないただの少年が。」
「……。」
テレは首を動かしナーハの方を見る。お互いに目が合い言葉なき意志疎通を図る。
服の擦れる音がする。
「……こいつには飯を食わしてもらった。」
「ほう?それだけか?」
「総隊長はわからないかもしれません。見ず知らずの怪しい人に飯を振る舞い世話をしてくれることのありがたさを、家族のいない少年がこんなにも優しくて強い心を持っているこの少年のすごさを……!」
「傲慢だ。それは優しさではなく単純に愚かなだけだ。」
「フフッ、そうかもしれませんね……。でも、家族のいない辛さはあたしにも少し分かりますよ。」
「テレさん……?」
「ナーハ、おまえは領域に行って家族に会いたいんだろ?いいじゃねぇか、会いたい家族がいるってどれだけ幸せなことか。」
腰に携えていた剣を抜きセレスに向かって構えるテレ。
「……愚かだな。」
「行け!ナーハ!!総隊長の相手はあたしがする!」
「おまえが?笑わせる、やめておけ。確かにおまえは類い希なる才を持っているが私には遠く及ばぬ。」
「それでも、こいつが領域に行くくらいの時間稼ぎはやってみせるさ。」
「私がそれを許すとでも?」
カキンッ!
まばたきをし目を開けるといつの間にかセレスに一太刀をいれるテレ。
「(迅い……!ここからセレスさんのとこまでは20mはあるはず!)」
「ほう……さすがは若き天才。不意打ちとは卑怯だな。」
「なんとでも言ってください……!」
セレスもテレの攻撃をいつの間にか出した片手剣で受け止める。ギリギリと金属が擦れる音がなり響く。
「テレさん!」
「はやく行け!」
「っ……!」
ナーハは対峙している2人の横を通りすぎ奥にある白い扉に向かう。
「行かせるか……!」
セレスがテレの剣を弾きナーハの行く手を阻もうと動く。しかしあるところを境にセレスは進むことができなかった。
「これは……結界だと……?」
「行かせませんよ、総隊長……!」
コンコン、と見えない壁を叩き振り返るセレス。
「見事だな23式……いや、37式か?」
「ハァッ、ハァ……。オリジナルです……!」
先ほどまではなんともなかったテレから白いオーラが出る。その様子は見るからに疲弊していた。
「23式をベースにしたオリジナル魔法か。魔素構成を改造し強度の向上がされている。だが、消費魔素量が多くなっているためそう長くは持たないだろう。おまえの様子をみたところ、もって3分と言ったところか。」
「それだけ稼げれば充分ですよ……!」
体を揺らし息を切らしているテレにセレスの刃が容赦なく襲いかかる。
「60秒でおまえを倒す。」
「臨むところです!」
魔法の展開に体力を割きながらもセレスの猛攻を受け流すテレ。鎧のおかげで傷こそ少ないものの衝撃による負傷が体に響く。
「この剣捌き、実に素晴らしい!今からでも許そう!今すぐ私の言うことを聞け!」
「断ります!」
セレスの大振りな攻撃を跳ね返し距離を取るテレ。
「なぜそうもあの少年に固執する!たかが食事を1回を与えられただけでなぜそこまで自分を犠牲にできる!!」
「それは……それは、あいつはあたしの希望だから!!」
「!!」
セレスの猛攻を受け流し剣を弾くテレ。
お互い距離を取り、セレスの動きが一瞬止まる。疲労に肩を揺らしながら少しずつ息を整えるテレ。
「っ、はぁ……。あたしは貴族の生まれだ。子供のときは親もあたしによくしてくれた。でも、貴族の生活はあたしには合わなかった。それでも厳格な躾にあたしは頑張って応えてきた。でも、親が見るのはいっつもあたしの姉さんばっかり。姉さんはあたしよりずっと強くて才能もあって美人だしかっこいいし頭もいい。親はそんな姉さんばっかり見てあたしのことは気にもかけてくれない。だからあたしは頑張った、頑張って開拓隊に入隊したんだ親に認めてほしくて!!!」
空気が震える。
「……でも親はそんなあたしを見て言ったんだ。『だからなんだ。それぐらいできて当然だ。』って。わかるか?あたし頑張ったんだぜ?それなのに親は……!」
いつの間に構えていた剣を握る手の力が抜けていた。
「でもよ、あいつを見ちまったんだ。あいつの覚悟。あたしとは違ってたいして強くもねぇくせに家族のために危険を省みない、そんなあいつの強さにあたしは期待してんだよ。あたしと同じで家族がいないような状況なのにあいつはあたしと違って家族に愛がある!!だからあたしは助ける、あいつにあたしの希望を託して!!」
「60秒だ。」
再度剣を構えうつむいていた顔をあげるテレ。眼前には絶望を構えたセレスが立っていた。
テレに向かって鋭い裁きが与えられる。
空間ごと断ち切るような剣撃によって空気が波打つ。
「……来ると思っていたぞ。」
しかしセレスの手にはなんの感触も伝わらなかった。それもそのはず、なぜなら戻ってきたナーハによってテレはセレスから引き離され剣の間合いから抜けていたためである。
「大丈夫ですか?これ、飲んでください。」
「ん……。」
ナーハに肩を担がれ、渡された小瓶に入っている紫色の液体を飲むテレ。
「魔力回復のポーションです。速効性があるよう調合しています。」
「っはぁっ!……サンキュー。」
「ありがとうございます、僕のために。」
「……なんで戻ってきた?あたしのことは気にすんなっつったろ。」
「僕は……助けてくれた人を放ってはおけません。」
「……バカ野郎。」
「なにより、僕にはあなたが必要なんです!」
「!!!!」
突然の言葉に驚くテレ。
「ちょ、おま、いきなりなんてこというんだよ!」
「僕にはあなたのような強い人が必要なんです!知識があって戦闘能力もあるあなたが!今後の領域での生活においてもあなたの存在は必要不可欠なんです!」
「っ……!!」
疲れからか、顔が赤く染まっていくテレ。
「あなたのような協力者がいればきっと、いやいなければ僕は生き抜くことができません!」
「わぁったわぁった!!もう黙っててくれ!!」
追加でポーションを飲むテレ。しばらく沈黙し息を整える。
「……わかったよ。あたしもついてく、こうなったらとことん最後まで付き合ってやるからな!」
「ありがとうございます!」
体力もすっかり回復し自信たっぷりの笑顔でナーハの方を向くテレ。戦闘の影響か、いつのまにか指のささくれはなくなっていた。
「話は済んだか。」
「わざわざ待っていただきどうも。でも、こっから本気で行きますよ……!」
「それはまるでさっきまでが本気ではなかったような口ぶりだな。」
「テレさん!僕も戦います!」
「おまえは危険だから下がってろ!」
「いえ、大丈夫です!僕には道具と魔法があります。」
「おまえ魔法使えんのか!?さすがは元総隊長の息子だな。」
剣を斜めに構えるセレス。それに対峙するのは真っ直ぐ、両手でしっかり剣を握るテレとナーハ。全員が一触即発状態だった。
「行くぞ……!」
最初に動いたのはセレスだった。驚くべきスピードでナーハに突撃し、その衝撃でナーハが吹き飛ばされる。
「ナーハ!!!」
「よそ見をしている暇はないぞ。」
すかさずテレの脇腹を狙ってセレスからに攻撃が加えられる。すんでのところで剣により防ぎ攻撃をはじく。テレも負けじとカウンターをしかける。
「はぁっ!!!」
「甘いッ!!!!!」
テレの上からの斬撃を軽くはねのけるセレス。がら空きとなった胴体に蹴りをいれる。
「ごひゅっ……!」
一瞬息ができずそのまま壁際まで吹き飛ばされたテレ。腹部と背部からの衝撃により呼吸がうまくいかない。
「がはぁっ!!」
しかし無情にも距離を詰め追い討ちをかけようとするセレス。片手剣の鋒がテレの左目を刺す直前だった。まるで大きな鉄球に打たれたかのようにセレスの体が横に吹き飛ぶ。
「……なんだ今のは。」
吹き飛ばされたセレスは受け身をとり衝撃が加えられた方向を見る。そこには両手から白いオーラを発したナーハの姿があった。
「油断しましたね……!」
「初式が四景か……。これほどの威力とは。最初の一撃で仕留めたつもりだったのだがな。」
体勢を整え再び剣を構えるセレス。しかし剣を構えた途端後ろから斬撃が加えられる。
ガキン!!
大きな金属音が鳴り響く。
「気配がだた漏れだ。もっと魂波を抑える訓練をしろ。」
「(なんだと!?完全に後ろをとっていたはず……!)」
攻撃際に振り返りテレの剣を受け止めるセレス。ギリギリと金属が擦れる音がなる。
「さすがは総隊長……お見事です……!」
「誉めたところで何も出ないぞ。」
相変わらず無表情なセレス。
「でも……これならどうです!」
突如後ろから炎が襲いかかる。テレは炎が来る瞬間にその場を離れナーハのもとへ走り寄る。
「ほんとに魔法が使えんだな。」
「領域に行くためにたくさん勉強したんですよ。」
業炎の渦がしばらくセレスを取り巻く。その熱波が伝わる。
「お、おい。ちょっとやりすぎなんじゃねぇか?」
「……いいえ、まだです。」
次の瞬間、まるで斬ったように剣を一振。風圧で炎を消し飛ばし灼熱の最中からセレスは出てきた。
「見事な魔法だ。さしずめ72式といったところだろう。かなり上位、しかも威力も充分だ。」
相変わらず無表情なセレス。
「だが、私には無意味だ。」
ゆっくりと歩きナーハたちのほうへ向かうセレス。
「やっば……。そんな感じはしてたけどあの状況で無傷って。」
「テレさん、作戦があります。」
「んお?」
セレスがゆっくり距離を詰めてくる間、2人は小声で話をする。
「……わかった、任せろ。」
「無理はしないでくださいね。」
話が終わると向かってくる試練を見る2人。
「なんだ、別れの言葉か?いつ諦めても良いんだぞ。」
互いに絶妙な間合いになる。また、一触即発の状況だ。
「……いきます、テレさん!!!!」
「おうよ!!!」
「86式が七景、51式が二景、96式が一景、六景、十景!!!!」
ナーハの詠唱とともにテレに白いオーラが纏われていく。
「おおおおおおおお!!!漲ってきたあああ!!!」
ナーハが使用した魔法は強化付与の魔法でテレの身体能力は大幅に向上していた。先ほどまでとは違い目にも止まらぬ迅さでセレスを攻める。
「ふん!!!!」
一瞬で間合いを詰めたテレは剣を思いっきり振り下ろす。
「ぐっ……!」
セレスは当然その一撃を受け止める。が、その迅さゆえ対応が遅れたこと、そしてなにより振り下ろされた剣の威力が先ほどまでとはまるで違うということがセレスの意表をついてくる。
「どうしましたか!まだまだこれからですよ!!!」
「図に乗るなッ……!」
ギリギリと剣が交わり、振り下ろされたテレの剣による衝撃に続き力を加えるテレ。するとなんと受け止めていたセレスの体が押し込まれ、膝が曲がっていくのである。
「テレ……さん……!」
「おう!!」
剣を振り上げ今度は蹴りをいれるテレ。先刻の戦いとは真逆で今度はセレスの体が吹き飛ばされる。
「ぐっ!!」
しかしセレスも負けじと地面に受け身をとり体勢を立て直す。面をあげると間近に迫るテレ。より強く、より迅くなったテレによる猛攻が加えられる。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
一転攻勢、先ほどまで攻め手であったセレスが今度はテレによる攻撃を捌くことに必死であった。
「(いける……!これなら……!)」
「あまり……調子に乗るな!!!!!」
次の瞬間、セレスの渾身の一撃によりテレの持っていた剣がはね飛ばされる。武器を失ったテレは無防備な状態でセレスの前に立つことになる。
「ぬん!!!!」
セレスの剣が真っ直ぐテレの体に向かってくる。防御の手段もなければ反撃の手段もない。もはやこれまでか。そう思われた瞬間のことだった。
「ナーハ、今だ!!!」
「『エルトヴィライム:Ⅳ』!!!!!!!!」
ヴーン……!
突然、セレスが地に伏した。いや押さえつけられた、と表現した方が正しいかもしれない。
「ぐっ……!な、なんだ……これは……!」
全く身動きのとれない状況に戸惑いつつも冷静に判断するセレス。
「これはまさか……古代魔法……!?重力を操る魔法などたかが人間のおまえが扱えるはずがない……!一体なぜ!」
「さぁ、なんででしょうね。」
全身から白いオーラを発しセレスに向かって両手を向けるナーハ。
「ぐぅっ、この程度の足止めでッ……!」
「総隊長、失礼しますよ。」
テレがそう言うと幾何学的な模様をした透明な薄い膜のようなものがセレスに被せられる。
「な、なんだこれは!」
「あたしのオリジナル魔法っす。これも23式をベースにした魔法ですよ。」
「このようなもので私を止められるとでも……?」
そうは言うが実際は指一本動かすのが難しいのが現実であった。
「……屈辱的だな。」
「あたしらの勝ちっすね。」
「まだ私は生きているぞ。勝敗はついていない。」
「そ、そんな。殺すなんてことはできませんよ!」
「なぜだ?私はおまえらを本気で殺そうとしたのだぞ?」
「嘘ですね。本当にセレスさんが僕たちを殺そうとしたのならば権能を解放するはずです。でもしなかったってことはこれは僕たちに対する試練だったんですよね?」
「…………まったく、愚かだな。」
無表情な顔からため息が吐かれる。
「降参だ。この魔法を解除してくれ。案ずるな、もうおまえらを襲いはせん。」
「……どうする?」
「解除しましょう。僕もそろそろキツイです。」
白いオーラが消えセレスを押さえつけられていた力が消える。同時にテレの結界魔法も解除される。
「敵の言葉をやすやすと信じるとは。その行為、領域では命取りだぞ。」
2人がとっさに構える。
「よせ、もう抵抗はせん。おまえらの戦いぶり、実に見事であった。テレの戦闘能力とナーハの補助能力。互いに協力しあうことによって私のような難敵も無力化することに成功した。
「またまた、総隊長も本気じゃなかったんでしょう?」
「……?確かに私は権能解放もしていないし武器もただの片手剣だ。だが、少なくとも手を抜いた覚えはないぞ?」
「えっ。」
鎧が軋む。
「つまりはそれほどまでにテレの剣の才は本物と言うことだ。」
「え、そうなの?やったー!」
「すごいじゃないですか!」
先ほどまで剣を交えていたとは思えないような雰囲気が広がる。
「だがナーハ、おまえのその魔法能力は完全に予想外であった。一体どこで習得したのだ?」
「魔法くらい練習すればだれでもできるじゃないですか。」
「私が言っているのは古代魔法のほうだ。古代魔法はその術式や構造が良くわかっておらずまともに使用することができる人間はごくわずかだ。さらには古代魔法を使用するためにはすくなくとも魂質階級が神魂以上であることが条件であったはず。だが、おまえの魂質階級はどこからどうみても凡魂だ。」
「えっと……コンシツ……?」
「なんだ、そんなこと知らなかったのか?全く、愚かだな……。」
「むぅ、なんかムカつきます。」
「あっはっは。まぁまぁ、そこらへんは向こうに行ってからあたしが色々教えてあげるよ。」
「ありがとうございます!やっぱりテレさんがいて正解でしたね!」
「お、おう。そうだな……。……これからも色々頼ってくれていいんだぜ……?」
「もちろんです!」
仲良く会話する2人を無表情で見るセレス。
「……そろそろ行ったらどうだ?」
「あ、それもそうですね……。」
「総隊長。」
「む、なんだ。」
「度重なる無礼、本ッ当に申し訳ございませんでしたあッ!!!!」
改まって深々と腰を曲げるテレ。
「……今更なにを言う。」
「いえ、最低限の礼節は守るべきだと思いまして……。」
「……ふん、愚か者がなにをしようとどうだって良い。それより今はこれからをともにする大切な存在のほうを気にかけろ。」
「ふぇっ!?あ、は、はい!」
「そろそろ行きましょう、テレさん!」
目を輝かせテレを見るナーハ。
「……おう!領域に向けて出発進行だ!」
ニカッと笑い自信たっぷりの笑顔を返すテレ。
そうして一行は奥の扉を通り次元の裂け目と呼ばれるものの前まできた。
「これが……次元の裂け目……!」
「初めて見るか?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
それは、虹色に輝く水面のような見た目だった。割れた鏡のような枠の内側に常に色が変わり水面に雫をおとしたようにうごめいていた。
「この次元の裂け目を通って領域へ行くのは簡単だ。だが、どういうわけか領域からこちらの世界に戻ってくるときは魂に大きな負荷がかかり魂質階級が共振魂以上の者でなければ無事には帰ってこれない。もし帰ってきたければ修行して共振魂以上になってから戻ってくることだな。」
「ありがとうございます。魂質階級がなんなのかは分かりませんが頑張ります!」
「……ひとつだけ伝えておこう。雪山を目指せ。そこが最後におまえの母を確認した場所だ。」
「雪山って……あの常に暴風が吹いているっていう雪山ですか!?」
「そうだ。」
「本当にあったんだ!」
「だが心せよ。雪山は非常に危険な場所だ。歴代最強と謳われたあのレイヤ隊長さえ無事には帰ってこれていない。もし行くときは十全な準備をしてからいけ。」
「お心遣いありがとうございます。それではいってきます!」
裂け目にむかい先にテレが飛び込む。表面が波打ちテレの姿はもう見えなかった。
「セレスさん、ありがとうございました。」
「うむ。……元気でな。」
「はい!」
ナーハが次元の裂け目の前に立つ。不思議と不安はなかった。
「ナーハよ!」
「は、はい!」
「……困ったときは仲間を信じろ。真に信頼できる仲間こそおまえを良き未来へと導く。」
「……?わ、わかりました。」
「よい。では行け。」
「はい……いってきます!!!」
そう言ってナーハは次元の裂け目に飛び込んだ。
静寂。空気の流れが聞こえてきそうなほどあたりは静かだった。
「……お待たせしました陛下。ついに、見つけましたよ。」
口角を上げ振り返るセレス。激闘を繰り広げた部屋を見渡しゆっくり歩みだす。ゆっくり、ゆっくり。途中、戦闘で傷ついた床をみつけその場にしゃがみこむ。さっと傷を撫で拳を握りしめるセレス。再び立ち上がり歩みだす。ブローチがひときわ輝いていた。