第1話 ~ シチュー ~
「おっ、ナーハじゃねぇか。」
「こんにちは!」
「おう。今日は何が欲しいんだ?」
「牛肉と牛乳をください!」
「あいよ。900レイね。お昼ごはんか?」
「いえ、夕飯の材料です。」
「ほう、まだ昼なのにもう夕飯のこと考えてんのか。偉いな。」
「えへへ。そういえばカイノさんは来週の開拓祭には参加するんですか?」
「もちろんだとも!開拓祭は人類が初めて異世界を発見した重要な日だ。偉大なる先人たちへの尊敬の意も込めて盛大に祝わなきゃな。」
「やったー!じゃあ今年もカイノスペシャルが食べれるんですね!」
「おう、今年はまた改良を加えてもっとおいしくなったのを出すぜ。ほれ。」
「ありがとうございます!」
「900ちょうどね。気をつけて行けよ!」
「はーい!」
買ったものが入った袋を提げて街を歩く。レンガ造りの建物が並ぶ活気溢れた街。この日の天気は曇りだがそれでも街からは人々の元気な声が聞こえてくる。
「帰ったら古書の続きを解読しないと。」
自宅に向かうナーハ。軽やかな足取りで歩く。
「それにしても開拓祭楽しみだなぁ。今年もちゃんと開拓隊の人たちがやってくれるよね?」
歩いて数分、小さな階段を上がり木製の扉を開ける。
「ただいまー!まぁ誰もいないんだけどね。」
買ってきたものを台所へもちこみ夕飯の仕込みをする。
「今日はシチューでいいかな?」
手を洗い調理に取りかかろうとするナーハ。齢15にして一人で生活していることには理由があった。
「お父さんお母さんは今頃どうしてるのかな?神の世界ってどんなとこなんだろ。」
着々と調理するナーハ。
「開拓隊員として領域調査に行けるのは羨ましいけど……。やっぱりちょっと寂しいね。」
空っぽの鍋に水を注ぐ。
「まぁ、今更か。今度叔父さんのところに挨拶にでも行こうかな。3年前まで僕のこと育ててくれたんだから。シチューができたらちょっと分けて持っていってあげよう。」
温かなシチューの下ごしらえが完了する。
「よし!あとは煮込むだけだ。その間に解読を進めよう。」
鍋を火にかけ自室へ向かうナーハ。
「古本屋でいらないからってタダでもらったこの本、もったいないなぁ。昔のことが書いてあるかもしれないのに。」
街の外れにある古本屋。ナーハは時々そこに行っては古い文献を譲り受けている。大抵のものは古代文字で書かれており解読困難な上、内容を読み解いたとしても特に意味のあるようなことがあまり書かれていないこともある。また、古文書を真似た偽物が混じっている場合もあるため売り物としての価値は低い。
「今日はこれを解読してみようかな?どれどれ……。」
時は遡り5年前。
「ねぇおじさんみて!僕この文読めるよ!」
「ほう、すごいじゃないか。俺が言ったこともう分かったのか?」
「うん!えっとね、ここにはね、『赤い空に浮かぶ三日月。さよなら、さよなら。彼岸花はもう咲かない。』って書いてあるよ!……おじさん、これってどういうこと?」
「……さぁな。昔の人が書いたことなんだ、分かりっこねぇよ。」
「もう!こういうよく分かんない文にこそ大切な意味が込められてるっていつも言ってるのはおじさんの方じゃん!」
「ははっ。そうだったか?まぁでもその紙はあそこのガラクタ売りから譲ってもらったよく分からんものだ。あんまり信用すんなよ。それだって赤い空とか言ってっけどただの夕暮れのことだと思うぞ。」
「えーそんな!ふん、もっといっぱい解読してせーきの大発見をするんだから!だからもっと教えてよね!」
「はいはい、お前もよく飽きないな。」
そして現在。
「……ん、あれ。寝ちゃってたみたい……。今何時だろう?えっ、5時!?大変、シチューが!」
弾かれたように机から飛び上がり台所へ向かうナーハ。台所に行くと知らない人間がシチューを食べていた。
「えっ……と。」
「…………。んっ、あっ、えーっと、これはだな、その。」
モグモグとシチューを食べているその少女は甲冑を来た騎士のような姿をしていた。
「だ、誰ですか!?」
「ご、ごめんなさい!勝手に家に上がっちゃって!」
「いやそれもそうだけど!?」
焦ったナーハは近くにあった箒を手に取る。
「で、出ていってください!じゃないとあなたをこの箒で!」
もはやナーハは錯乱状態にあった。
「ちょちょ、待ってくれ!話を聞いてくれ!あたしは泥棒でもなんでもない!見りゃわかるだろ?あたしは開拓隊の人間だ!」
「なんで開拓隊の人が僕の家で作ってあったシチュー食べてるんですか???」
「いや、それはだな……。その、そとを歩いていたらあまりにもいい匂いがしたもんで伺ってみたら返事がなくてよ。鍵が開いてたから入ってみたら鍋が火にかかったままだったから慌てて火を消したんだよ!な?あたしがいなかったら大火事だったぜ?」
口元にシチューをつけて必死に話す少女。
「む……確かに火をかけっぱなしだった。それを消してくれたのは感謝します。けどなんで食べてるんですか!?」
「わわ、ごめんって!お腹空いてたんだよ!昨日からなんも食ってなくて。」
「昨日から?」
「そうだよ!聞いてくれよ相棒。」
「誰が相棒ですか。」
「あたしは昨日、一日中隊舎で仕事をしてたんだ。ずっとじめっとした倉庫にぶちこまれて埃を被ったよくわからんものを運んでたんだよ。そしたら途中で何か変なものを触っちまったんか知らないけどいきなり瓶が光ったかと思えば知らない場所に飛ばされてたんだ。辺りを見渡したら一面のクソ緑、何時間歩いたかわかりゃしない!やっとの思いでこの街にたどり着いたんだよ!そしたら街につくやいなや美味しそうな香りがするじゃないか!少しでもいいから分けて欲しかったんだ。悪気はない、信じてくれ……。」
必死に話をする少女に警戒心が薄れ箒を降ろすナーハ。
「まぁ、分かりました……。とりあえず座ってください。ちょっと待ってください。」
少女は表情を明るくし安堵したように椅子に座る。
ナーハが棚から食器をだしシチューをよそう。よそったシチューには追加で調味料や香辛料を加え改めて少女にシチューを振る舞う。
「どうぞ。」
「い、いいのか!?」
「勝手に食べておいて何を今更ですか。どうせ食べるならおいしく食べてください。どちらにせよ余る予定だったんで。」
「うわぁいやった!!おまえ優しいな!」
一気にシチューを食べる少女。
「別に誰も取りませんからゆっくり食べてください、喉につまらせても知りませんよ。」
自分の分のシチューを取りながらナーハが話す。
「大丈夫!それにしてもうまいな!これおまえが作ったのか?」
「ナーハです。ごはんは全部僕の手作りですよ。」
「そうか!ナーハっていうのか!あたしはテレ、テレ•ミークレスだ!」
満面の笑みで名前を言うテレ。ショートでオレンジ色の髪がその明るさを際立たせる。
呆れた表情でテレを見つめ椅子に座るナーハ。そんなナーハを気にも止めずにシチューにありつくテレであった。
2人はしばらく静かにシチューを食べていた
「おかわり!」
「まだ食べるの!?」
作ったシチューの半分ほどを食べるテレ。それでも足りないようでおかわりを要求する。
「(これじゃあ叔父さんの分が残らないな……。)」
ふとテレを見るナーハ。
「(まぁでもこんなに美味しそうに食べてもらっちゃぁ出さないのも申し訳なくなってくるからね……。)」
事実、テレはしきりに味を褒めては非常に美味しそうにシチューを食べていた。
「はい、どうぞ。」
「おお、ありがとう!」
「どんだけお腹空いてたんですか、これでもう5杯目ですよ。」
「悪いな、もとからいっぱい食べるんだ、あたしは。」
まだまだ余裕だ、と言わんばかりに食べるテレにナーハはもう何も感じなかった。ふと思いつき再度テレの体を見つめる。
「ん?なんだ?まさかおまえ、シチューのお礼に変なこと要求しようとしてるんじゃないだろうな!」
シチューが入った器を大事そうに抱えるテレ。
「な、何を言ってるんですか!あなたみたいな子供、どうだっていいですよ!」
「な、あたしは子供じゃねぇ!おまえこそいくつだよ!」
「僕は15です。」
「へへん、あたしは16。あたしのほうがお姉さんだな。これからはお姉さんって呼んでもいいんだぞ。」
「誰が!」
「けっ、可愛げのないやつだな。」
「そんなに若いのに開拓隊なのが不思議だったんですよ。……本当に開拓隊員なんですか?」
「まだ疑うってのか!いいだろう、ならば見せてやろうじゃないか。」
ごそごそとポケットからなにかを取り出すテレ。
「ほら!これはあたしの隊員バッチだ!」
手には小さなバッチがあった。
「橙色……下級隊員じゃないですか。」
「なっ!おまえ、知ってるのか!?」
「一応話くらいは聞いたことありますよ。」
「くそぅ、一般人ならこのバッチを見るだけで崇めたてるのに……!」
「でも、本当に開拓隊員みたいですね。」
「当たり前だ!あたしは嘘はつかないよ。」
「じゃあ……いろいろ訊いてもいいですか!?」
哀れみの目で見ていた先程までとは打って変わって目を輝かせながらテレに詰め寄るナーハ。
「お、おう?いいぞ!お姉さんがなんでも答えるぞ!(?)」
「じゃあ神の領域にかつて高度な文明を持った存在がいたと思われる古代都市があるって本当ですか!?あと常に暴風が吹いてる雪山があるってのも本当ですか!?それと炎が沸き上がる大地があるって。」
「わわ、ちょ、ちょっと待ってくれ!あたしは領域には行ったこともないし隊施講義もあんまり受けてないからあっちのことはあんまりわからないぞ!?」
「え?なーんだ、つまんないの。」
「ぐっ、すまんな役立たずで……。」
元気にシチューを食べていた手が止まりうつむくテレ。
「あっ、いえ、大丈夫ですよ。」
「おまえはなんでそんなに領域に興味あるんだ?別にそんないいところじゃないと思うぞ?」
「……家族が開拓隊員だったんです。」
「えっ、そうなのか?」
「はい。母と父と、それと兄が……。」
「みんな開拓隊なのか!だからバッジの色のことも知ってたのか。すごいな!」
「でも両親は10年前に、兄は7年前に領域調査に行ったっきりでもう。」
「あ……。ご、ごめんな、なんか。」
「いえ、大丈夫です。」
「名前を訊いてもいいか?」
「母がレイヤ、父はタイアス、兄がキークです。」
「レイヤ……タイアス……聞いたことあるぞ!確か……。」
「はい、母は当時23代目開拓隊総隊長を努めてました。」
「そうだよな!確か大規模な領域調査にでて多くの発見をしたけど調査の途中で行方不明になった総隊長がいるって聞いたことがあるぞ。旦那は副隊長で一緒に行ったって聞いてるぞ。」
「はい、その通りです。当時行方不明になった母たちを追う形で兄も領域調査に行きました。」
「てことは兄ちゃんは特級隊員以上だったのか?」
「いえ、兄は……兄は中級隊員でした。」
「えっ、中級!?領域調査は特級以上しか許可されていないはずだろ?」
「はい。しかし兄は7年前に領域調査のための編隊に紛れ込んで無理やり領域に行ってしまったのです。」
「特級以上じゃないと帰ってくるときの世界間の移動の負荷に耐えられなくて無事には帰ってこれないってのに親を探すために行くなんて相当な覚悟をしたんだろうな……。」
「まぁきっと向こうでこっぴどく叱られてますよ。」
「ハハッ、それもそうだな!じゃあお前も開拓隊に入るのか?」
「いえ、僕は……開拓隊には入れないんです。」
「なんで!?」
「母たちのことを開拓隊の人から聞いたとき、言われたんです。おまえは開拓隊に入ることはできないって。」
「なんで!?」
「……それが母から聞いた最後の言葉らしいです。」
「あ……。」
時計の針が7時をさす。
「……おっと、もうこんな時間か!あたしはそろそろ帰るぜ。早く戻んねぇとあたしが叱られちまうからな!世話になったな。おまえのシチュー、マジでうまかったぞ!また食わせてくれよな!」
「もう勝手に家に入らないでくださいね。」
「わあってるよ!じゃあな!」
太陽のように明るい笑顔を見せながらテレは去っていった。不思議とナーハも笑っていた。
「他人と一緒にごはん食べるなんて一体いつぶりだろう。相手は勝手に人の家に上がってごはん食べてくとんでもないやつだったけどね。」
食器をかたすナーハ。
「……また来てくれるかな。」
台所の流しは食器でいっぱいだった。