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文書26 異能の使い道

二人が睨み合ってからどれほど時が過ぎたのだろうか。


おけさ笠の怪人を睨みつけたまま、楓はジワジワと刀の落ちている場所までにじり寄っていった。

踵に刀の柄が触れる感覚がする。

はたして、刀を拾っている暇はあるだろうか。


おけさ笠の怪人は黙りこんだまま、楓の動きを傍観していた。

それもまた時間を稼げるので楓にとっては好都合であることは変わりがない。

が、いったいこの目の前の怪人は何を考えているのか全く読み取れないことが妙に不気味であった。


二人がただ向かい合って警戒しあう間も、森の中を風に舞いあげられた落ち葉がふわりと乱舞している。

そうして、しばらくの間、空白の時間が過ぎる。


《鉛直上向き》(この場の重力)《鉛直下向き》


先に動いたのはおけさ笠の怪人のほうだった。

楓程度ではどうもできないほどの強力な思念が込められた異能が一瞬で書き込まれ、発動する。

その内容を見て取った楓は思わず顔を青ざめさせた。


次の瞬間、全てが深い青空に落下していった。

落ち葉と腐葉土が一緒になって大空へと墜ちていく。


それは、楓やおけさ笠の怪人も例外ではない。

二人は頭から蒼穹の空へと吸い込まれるように上昇していく。

上空へと飛ばされていくさなか、目の前に飛んできた刀をつかみとり、楓はなんとか木の枝に着地することができた。

楓の頭上には表層を覆う腐葉土や落ち葉がすっかり落下しきって赤茶けた色を晒す大地が広がっている。

そこから下に伸びてきた木々ののばす枝の上に楓は立っていた。


おけさ笠の怪人はいったいどうなったのか。

なんとか成層圏への自由落下を免れて安心した楓は、今一番の脅威を探して目をあちこちにやる。

刀はすでに抜かれて正眼に構えられていた。


しかし、おけさ笠の怪人の姿は見当たらない。

まさか自分の発動した異能で大空を彷徨っているなんてそんな愚かではないだろうし………。


まったく敵の姿が見えないことに一瞬楓が気を抜いてしまう。

それが命取りだった。


《楓》(位置)《おけさ笠の怪人》


全くの不意打ちの異能。


「なっ!」


楓は空中に放り出された。

周囲には腐葉土や落ち葉が一緒に落下している。

次の瞬間、悟った。

愚かだったのは自分のほうだ。

あの怪人は自分が敢えて落下し、こちらと入れ替わる瞬間を見計らっていたのだ!

もし失敗すれば自身が宇宙の塵と化すのになんということか!?

楓は底なしの天空に墜落しながらおけさ笠の怪人の大胆さに心胆寒からしめた。


《鉛直上向き》(この場の重力)《鉛直下向き》


自分はこのまま宇宙空間まで放出されるのだろうか、そう絶望していたところに、おけさ笠の怪人が再び異能を発動させる。

一瞬喜びかけて、ハッと気づく。

自分は今、地上から遥か離れた空中にいる。

ここから万有引力の法則に従って落下すれば、地面にたどり着いた時自分がどうなるかは火を見るよりも明らかだった。

どうやらかの怪人は窒息死よりも転落死をご所望らしい。

再び絶望に襲われる脳がわずかな生存の芽を探し当てる。


もう、こうなったら落下した瞬間にその事実を否定するしかない。

楓は覚悟を決めた。

胸いっぱいに深呼吸をして集中力を高める。

自分が地面と接触するその一瞬を狙わなければいけない。


重力に従って自由落下運動をしながら、地上を伺い見る。

ゴマ粒のように小さくなったおけさ笠がぐんぐんと近づいてきた。

もう地上まで100mもない。


その時。

楓はなぜかおけさ笠の怪人が笑みを浮かべているような気がした。


《おけさ笠の怪人》(位置)《楓》


「っ!?」


地面が、目前にあった。

地表の遥か上空からの落下速度は維持されたまま、楓が固い赤土に接近する。

マズイ、タイミングがっ!

想定外の事態に楓は動揺した。

その刹那、楓は異能を使おうとして。

■■■■■■(地面に激突し)■■■■■■■■■■(、赤い染みとなった。)


ぐしゃり。

冷たい土の感触が頬に伝わる。

何とか大地に赤い花を咲かせるという最悪の事態は免れた。

先程の出来事を思い出し、楓はゾッとする。

あと少しでも異能の発動が遅れていたら本当に死んでしまっていた。


そうして起き上がろうとしたとき、背中に衝撃が伝わる。

何か重量物が自分の上に落下した感覚。

なによりもそれはほのかに人肌のぬくもりが伝わってきて。


「っぐ!」


次の瞬間、頭を足で踏まれる。

下駄の歯が後頭部にぐりぐりと押し付けられる。

どうやら、楓はおけさ笠の怪人に上に乗られているようだった。


《自身》(装備)《四番人形》


手足に手錠が掛けられる。

体は縄でぐるぐる巻きにされた。

刀は取り上げられて遠くへ放り出された。

異能を使う素振りを見せる度、おけさ笠の怪人は匕首をちらつかせる。

故に抵抗も出来ず、楓は拘束されるしかなかった。


凄まじく厳重に拘束される。

指一つ動かすことも出来ない。

文字通り芋虫状態にされた楓は仰向けで落ち葉の上に転がされた。


おけさ笠の怪人は自分をまたいで立っていて、こちらを見下ろしていた。

楓は顔を覗き見ようとするが、気づかれて笠をより深くかぶられる。

楓は戦々恐々としながらおけさ笠の怪人の行動を眺めた。

いったい自分に何をするつもりなのか。


おけさ笠の怪人に伸し掛かられる。

懐から取り出されたのは………。


ペンチだった。


そのペンチでいったい何をしようというのか。

楓はふと、昔見たマフィアの抗争を描いた映画を思い出した。

確か、爪を剝がすのにペンチを使っていたっけ。

他人事のようにひとしきり思考を巡らせて、楓は恐怖した。

まさか、自分は今から拷問でもされるのだろうか………!?


「ん~! んっん~ん~~!」


楓が必死に身をよじって抵抗する。

その努力も虚しく、楓はあっという間におけさ笠の怪人に体重をかけられ身動きが取れなくなってしまった。

ペンチが手のほうへ近づいていく。


「ん~~~!」


楓は思わず目をぎゅっとつぶってしまった。


あれ?

暫くして楓は恐る恐る瞼を持ち上げた。

楽しみにしていたわけではないが、痛みが全く来ないのだ。


目を開けるのとちょうど同時に、おけさ笠の怪人は楓に伸し掛かるのをやめて立ち上がった。

怪人がそのままある一つの方向を睨みつけている。


やがて寝っ転がった楓の頭上から落ち葉を踏みつける足音がした。


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