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文書25 接触

カンカンカンカン………。

遠方で踏切の遮断器が下りていく音がする。

紅葉の季節になって山の木々はにわかに色づいていた。

イチョウの黄色が眩しく輝き、ツツジは燃えるような赤に包まれ、モミジの葉の紅は同じ紅葉の中でもひときわ異彩を放つ。

アスファルトの黒の上には夜空の星々のように無数の鮮やかな落ち葉が散っていた。

秋の盛りを感じさせる、見事な絶景だった。


が、もう楓は見飽きていた。

そっと森の藪に隠れて例のクチナシの祠を遠目で見張るようになってからもうすでに何週間もたっていた。

その間一切成果はなし。

グレイスは標的はこれまでと同様人目を避けるために夜間に活動するだろうと見込んでいたが、それは外れたのかもしれない。

そうこうしているうちに季節は完全に秋になり、10月も半ばになってきた。

夜遅くまで起きているせいで、ヒルトルートにも心配されるし、授業中もウトウトとしてしまうし、踏んだり蹴ったりだった。


グレイスに方針の変更を申し出たほうがいいのかもしれない。

魔法瓶に詰めてきた温かいお茶をゆっくりと喉に流し込みながらぼんやりと考える。

もう少し続ければ気を抜いた標的がのこのこと現れるかもしれない、なんてグレイスは言っていたが今のところその気配は全くなかった。


肌寒くなってきた楓は脇のセーターをひっかぶった。

うつ伏せでじっとしていると地面から冷気が伝わってきて冷えるのだった。

そのままじっと祠のほうを眺める。

今日も今日とて気味の悪い繰り返しは続いているものの、それ以外の変化という変化は見当たらなかった。


見事に紅に染まる山々の森の中はいつも通りであった。

つい先ほどまでは。


《祠の横の小石》(位置)《おけさ笠の怪人》


「っ!」


驚きのあまり声を上げてしまいそうになる。


祠の横に忽然とおけさ笠の怪人が姿を現したのだ。

いつもの通り、純白の狩衣を身に纏い、その素顔をおけさ笠で隠している。

その白いうなじが紅に染まった山の木々に不気味に映えた。


怪人が姿を現した場所は楓が見張っている場所と目と鼻の先だ。

さくり、さくりとその下駄が落ち葉を踏みつける音が微かに楓には聞こえる。

じっと息を殺しながら身じろぎ一つしないよう心血を注ぐ。

相手に楓の存在がバレてしまっては、グレイスの到着まで足止めしきる自信がなかった。


おけさ笠の怪人はしばらくの間周囲を警戒するように見渡した後、そっとクチナシの草原へと足を踏み入れて、楓の潜む位置から離れていった。

今しかない。

グレイスに連絡を飛ばす絶好の好機が訪れたのだ。


酷く動揺した心とは裏腹に、体はあらかじめ定めていた動作を正確になぞっていた。

ポケットからゆっくりと、なるべく音をたてないように携帯電話を取り出す。

メールでVの字だけを入力して送信した。

あらかじめ決めておいた符号だ。

今頃グレイスは学校を飛び出てこちらへと向かっているはず。


送信し終えたらうつ伏せのままじっとおけさ笠の怪人の行動を監視する。

狩衣装束の人影はクチナシの群生地のあちらこちらで何かを確認しているようだった。

やはり、繰り返しの異能がきちんと機能しているか調べているのだろうか。


ふわりと、狩衣が揺れる。


《クチナシの群生地》(自身の位置)《楓の潜む藪》


一面の草原の中で優雅に振る舞うその和装束姿は危うくも幻想的な雰囲気を醸し出しており、楓が思わず見惚れた瞬間、背後に温かな気配がした。

ほんのりと甘い、優しい匂いがする。


「ガッ!!」


次の瞬間、藪の外に飛び出してしまうほど強く蹴り飛ばされる。

ジンジンと痛むわき腹を手で押さえながら立ち上がろうとした所で、頭を■■■■■■■(踏みつけられる)


なんとか異能が間に合った!

起き上がりながら一瞬ためらい、その後に肩身離さず握っていた刀を振りぬく。


《自身》(装備)《三番人形》


次の瞬間、先ほどまで持っていなかったはずの鎖鎌の分銅が勢いよく飛んでくる。

異能による早着替え。

あらかじめどこかにそれ用のマネキンでも用意していたのだろう。

半ば本能で顔をそらしてかわした分銅は、背後の木の幹に当たってベゴッと陥没を形成した。


背筋がゾッと凍る。

前回の家庭科室の時とは違って自分を本気で殺しにかかっている、そう理解した後は躊躇している暇など無かった。

鎖を繰り出した後、無防備な姿勢を晒すおけさ笠の怪人に向けて真剣を最上段に構えつつ突貫する。


《前》(楓の進行方向)《後ろ》


いつの間にか自分がおけさ笠の怪人に背を向けて走っていることに気がつく。

やはり、異能者としての経験は格が違う。

おけさ笠の怪人は自身の異能の扱いが芸術的なまでに巧かった。

半ば滑り込むようにして体の重心を下げ、方向を転換したとき。

目の前が真っ白な閃光に包まれた。


っ!

目が完全にくらんでしまい、何も見えない。

閃光弾か何かでも投げつけられたのだろうか。


《楓の持つ刀》(位置)《クチナシの茎》


手に握る柄のしっかりとした感触が消え、冷たくて柄とは比べ物にならないほど細い何かを握っている気がする。

そうかと思えば、足を払われて一瞬で地面に転がされた。

視界が回復する時間を稼ごうと地面の上を滅茶苦茶に這いずりまわる。

そんな抵抗も虚しく、おけさ笠の怪人が逆手に握った短槍を勢いよく■■■■(楓の背に)■■■■■■(振り下ろす。)


楓は体勢を崩しながらも起きあがり、おけさ笠の怪人と距離をとった。

視界もゆっくりとではあるが回復してきている。

ここ数週間グレイスに異能を鍛えられた甲斐があってか、今のところ自身の異能はおけさ笠の怪人にも通用しているようだった。

今、楓がしなければいけないことは時間を稼ぐこと。

グレイスが学校からこの祠までやってくるまでの間、この目の前の怪人を足止めすること。

いける。

このまま、うまくやり過ごせば。

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