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文書18 非日常への切符

うすぼんやりと瞳を開ける。

見慣れた道場の天井が視界に入った。

自分はなぜ道場に仰向けに横たわっているのだろう?

思考がはっきりとしない楓の頭に疑問が浮かぶ。


「ようやく目を()ましたか。」


脇で聞き覚えのある声がした。

途端、急激に意識が覚醒する。

そうだ、自分は今までこの人に散々な目に合わされていたんだった。

ガバリとよろけながらも立ち上がって脇に転がる真剣を構える。

警戒感をあらわにする楓に対してシャマシュは、戦意はないといわんばかりに手のひらをひらひらと振った。


「もう、これ以上やりあうつもりはないぞ、カエデ少年。」


しばらくたって、殺人的な蹴りや殴打がこちらに飛んでこないのを確認してからようやく楓は手に持つ真剣を下げた。

それでも、生物としての本能がこの目の前に立つ人間はその気になれば自分の息の根など一瞬で止めることができると教えてくれる。

手の中にある刀は、なるほど一般人相手には命を奪いかねない凶器となりうるが、今現在においてはつまようじも同然であった。


「それで、結局何のために自分にあんなことをしたんですか? 真の異能やら今の立ち位置やらを教えてくれるとか言ってましたけど、何にも理解できてない気がするんですが。」


一応先程までの手合わせとはいいがたい一方的な暴力による蹂躙(じゅうりん)は目的があってのことだったはずだ。

が、楓はいったい何を学べたというのだろう?

楓が知ったことはこの目の前の女性が自分とは比べ物にならないほどの力を持っているということぐらいだ。


「何をいう? 十分に理解できておるではないか。」


シャマシュはキョトンとした顔つきを楓に向けてくる。


「え?」


途端、世界が文字で溢れた。

庭の石ころ一つとってもびっしりと余白が見当たらないほどに文字が書き込まれている。

道場の柱、自分の手、シャマシュの顔、そして青空や太陽にまでも。

この世の森羅万象の上で文字がのたくりうねって踊っている。

そして、それらの文字は絶えず消されては追加されての更新を繰り返し続けていた。


「シャマシュさん、これはいったいなにが起こってるんですか!?」


全く経験すらしたことのない異常状態に慌てふためく。

今の今までにさんざん痛みつけられたことも忘れて、シャマシュに説明を求めた。

しかし、シャマシュは何やらニヤニヤといたずらな文字まみれの笑顔で楓を眺めるばかりだ。


「ん? カエデ少年よ、どうした? 特段の異常はないぞ?」


まるでからかうかのように返される。


「何を言ってるんですか! 今とてもおかしなことが起こってますよ!

文字がありとあらゆるものに書き込まれているんです! 何なんですか、これは!」


混乱の渦の中に叩き落された楓はその異常をわめき叫ぶことしか出来なかった。


「だから、別にそれは異常ではないぞ? それこそがこの世界の真の姿だ。」


やれやれ、といった具合でシャマシュが信じられないことを言った。


「はい?」


この、無数の文字が虫のようにうぞうぞと這いずり回っている世界が真の姿?

にわかには受け入れがたいことだ。


「今の今までカエデ少年は単に目を閉じていただけよ、世界の真の姿からな。」


知らず知らずのうちに疑いの視線を向けていた楓に気がついたらしいシャマシュがそっと説明を始めた。


「この世界は絶えず何者かによって文字として記録されることで成立している。

いわば、この世の絶対的なシナリオ、記述ともいおうか、そういうものが存在するのだ。

一般的には"シナリオ"と呼ぶ場合が多いな。」


シャマシュはそこで一度区切り、自分の胸に手をあてた。


「この未熟者を含め、異能を持つ者は自身の想像力でもってこの記述に直接干渉し、その力をふるう。」


シャマシュはコートの懐からガラスのグラスを取り出した。

それを手に持ち、高く掲げる。

そのグラスに書きこまれた文字は、持ち上げられるにつれて万華鏡のようにころころとその表情を変えていた。


「さて、少年。今からこの未熟者はこのグラスを自由落下させる。当然だが床に激突した瞬間にこのコップは粉みじんに砕け散るであろう。

少年は異能を用いその未来を覆せ。そしてその様をよく観察するように。少年の異能はどのように目に映るかね?」


そう一息に語ると、シャマシュは楓の了承を待つことなくパッと手を離した。

美しい細工が施されたグラスは地球の重力に従って自由落下を開始する。

慌てていつになっても慣れない異能を体の奥底から呼び起こそうとする。


その間にもグラスと床との差はどんどんと縮まっていって、

■■■■■■■■(ついにはグラスは)■■■■■■■■(床に叩きつけられ)■■■■■■■■■■(無残にも無数の破片が)■■■■■(飛び散った)


目を見開く。

無数の黒い文字が這いずり回る世界をふわりと一瞬青白い光が照らしたかのように見えたのだ。

優し気な色味を帯びた、どこか幻想的で氷の結晶のように美しい光。

あまりにもの光の眩しさに目を細めると、再び一瞬ののちにその白光は弱まり、後には黒く焼け焦げたようないくつかの文字があちらこちらに散見されるのみだった。


「今のは………………。」


茫然として口にする。

まるでおとぎ話の中に出てきてしまいそうな、魔法のような光景。

確認するように楓はシャマシュのほうに顔を向ける。

シャマシュはにやりと笑って大仰に両手を広げてみせた。


「祝福しよう、少年。少年は異能者として自らの異能をその目で直接まざまざと焼きつけることができたのだ。」


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