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第8話 初めてのデート

 彼と並んで馬車に揺られるのは二度目だが、以前よりも居心地を悪く感じないのは、少しは彼を知ったからかもしれない。


「結婚式以来だな」


 心を読まれたかと思いきや、レイブンが思っていたのは別のことだったようだ。


「二人揃って人前に姿を現すのがだよ」


 そうか、と改めて実感した。結婚式から攫われるように屋敷に行って、たった三日しか経っていないけれど、あまりにもたくさんのことがありすぎて、もっと長い時間、レイブンと一緒にいたように感じる。


「式にいた貴族達もいるだろう。だが今日は、純粋に劇を楽しもう」


 私も劇をゆっくり見るのは久しぶりで、白状するととても楽しみだった。

 大抵の場合、劇場は劇を見るためのものではなく社交の場で、集中して見たくても、どこぞのなんとかという爵位ある男の自慢話を聞かなくてはならなかったのだ。


 しかも今日の演目は恋愛物ではなく、貧乏な騎士が腕っ節一つでのし上がっていく喜劇だった。楽しみだということ悟られないように取り澄ました顔をして私はレイブンに話しかける。


「あなたが観劇が趣味だなんて知らなかったわ」

「俺が? まさか」


 目を見開くレイブンは本気で困惑していそうだ。


「じゃあどうして劇なんて誘ったの」

「君が好きだろうと思ったから」


 それ以外の理由はないというような口調だ。私を喜ばせるためだけに彼は大人気の劇の席を用意したのだ。

 戸惑いは隠せない。アイラが言っていた、本当の彼というものは、今目の前に居る彼のことだろうか。


「着いたようだ。さあ行こうか?」


 馬車が止まり、レイブンが先に降り、差し出された手を、素直に取った。

 

 だが降り立った瞬間、声をかけられ心臓が止まりそうになった。


「あらお姉様」


 劇場の入り口に連れ立って現れたのは、ひと組の男女で――ポーリーナと、私の元婚約者、ヒース・グリフィスだった。


「ヴィクトリカ……」


 私の目は、ヒースに釘付けになる。会ったのはいつぶりになるんだろう。結婚式の前であることは確実だけど、何度もその日を生きたから、随分と久しぶりに感じる。


 ポーリーナは、ヒースの腕を掴み、体を密着させ、じろりと私たちを見る。


「本当に、レイブンと結婚したんだな」


 ヒースの目が湿っぽくなっていく。私も動揺が上手く隠せたかは分からない。


 彼と婚約したのは十四歳の時だ。まだ私は子供だと、キスさえしなかった婚約者。だけどあの栗色の髪の毛に顔を埋めて、好きだと囁き合ったことはある。


「ヒース、私は――」


 心臓は嫌というほど鳴り、鼓動がレイブンに知られてしまうのではないかと疑うほどだった。なぜか罪悪感が生じ、彼に聞こえませんように、とどういうわけか私は祈る。


 レイブンがその大きな体に隠すように私を背後に回す。


「これはポーリーナ様、お会いできて光栄です。グリフィスも、揃って観劇かい?」

「学がなくても分かる喜劇で良かったわね」


 ポーリーナのどぎつい嫌味にも、レイブンは顔色一つ崩さす微笑んでいる。


「お姉様、幸せそうで良かったわ」


 止めるレイブンを横に押しやって、私は妹の前に進み出る。


「ええポーリーナ。幸せだわ。今まで考えなかったことを、いろいろ考えることができるもの」


 ポーリーナがつまらなそうに鼻を鳴らした。


 二人が去った後で、レイブンが振り返る。


「君は幸せなのか?」

「公衆の面前で、不幸だなんて言えるわけないでしょう」


 私は自分へと言い訳をした。


 

 

 レイブンが取った席は、半円状にせり出た二階席だった。お付きのハンはレイブンによってカーテンの外に追い払われたから、二人だけになる。


「……ポーリーナが、ごめんなさい」


 二人きりになった瞬間謝ると、彼は目だけこちらに向けた。


「慣れているさ。あんなのはまだ、かわいい方だ」


 平然と彼は言うが、私はいたたまれなくなった。


「でも、あなたを馬鹿にして傷つけたわ」

「だったら頼みがある」

「なに?」

「手を握ってくれないか」


 手を握る? って?

 手を、握ればいいのかしら?


 ぎこちなく重ねると、即座彼の指が絡んできた。私の脈拍が上がっていることに、彼が気がつかなければそれでいい。

 舞台の幕が上がり、拍手が重なる。

 

 レイブンが囁いた。


「さっきはありがとう」


 驚き聞き返す。


「何のお礼なのかしら」

「たとえ嘘でも幸せだと言ったことだ。この国中の誰もが、俺が君を無理矢理妻にしたことを知っている。だがさっき、俺は恥をかかずにすんだ」

「不幸だと泣きついた方が良かったかしら」


 そんな風にポーリーナに泣きつくつもりはなかったし、さっきはレイブンを守りたかったのではなく、自分の誇りを保つためだった。嫌味混じりに答えると、握られる手に力が込められた。 


「君は、本当は何が欲しいんだ?」


 掠れる声で問いかけられる。


お読みいただきありがとうございます!

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