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第1話 三度目の結婚式

 心臓は、まだバクバクと脈打っていた。あの影は、確かに死んだブルクストンの姿をしていた。だけどそんなのおかしいし、あり得ないってことは私にだって分かる。


 死者は、肉体がなければこの世に存在できない。仮に彼が生きていたとして、私を殺す動機も分からない。


「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚を」

「お兄様。彼と二人きりになってもよろしいでしょうか」


 どうせ何を言うか分かりきっているお兄様の言葉を最後まで待たずに、私は言った。


「……かまわんが」


 お兄様は、珍しく腑に落ちなさそうな表情をして去って行く。

 残されたレイズナーにしても、困惑気味に微笑んだ。


「光栄だな。君から二人きりになりたいと言ってくれるなんて」

「ソファーにかけて」

「え?」

「ソファーに座ってと言ったのよ」


 立ちっぱなしの彼の体を押し、ほとんど無理矢理座らせる。抵抗はまるでなかった代わりに、じろりと視線を向けられる。


「……奇妙だな」


 レイズナーの整いすぎている顔が疑念に歪んだ。


「昨日までウジ虫でも見るような瞳で俺を見ていた君は、今日最愛の人を見るような目をしている。一体なんの策略だ?」


 ああもう! なんて難しい男なんだろう。


 元来、彼は疑り深い男だということを忘れていた。こちらから攻めると、たちまち猜疑心の塊のようになってしまう。

 何から語ろうか考え、隣に腰を下ろすとまた問われる。


「誰に雇われた?」

「王女を雇う馬鹿がいて?」

「ならば俺を嵌めるように、誰かに言い含められたか? グリフィスか? だろう? 君はいつから俺との結婚を知っていたんだ?」


 まるで責めるような言い方に、私もきつく言い返してしまう。


「あなたが自分を頼れと言ったのよ」

「俺が? いつ」

「前の世界で。私、なぜだか分からないけど、死んで時が戻っているの。何回もよ? 死ぬと、この日に来るのよ」


 彼が再び問いかける前に、間髪入れずに私は前の世界の出来事を説明する。だが彼の表情は、未だ曇ったままだ。


「結婚式は中止だと、陛下に言ってくる。時が戻るなんてあり得ない。嘘を言っていないなら、君は錯乱の魔法でもかけれたんじゃないのか? 式を取りやめ、医者に看てもらった方がいい」


 なんてこと! 立ち上がる彼に、私は愕然とした。前の世界で、彼は信じてくれたし、必ず味方になると言っていた。なのに目の前の同一人物は、まるで私を嘘つき呼ばわりだ。

 それに、結婚を中止になんてさせられない。


「だめよ! だって私はあなたが好きだもの!」


 瞬間、レイズナー動きを止め、瞳を揺らした。

 なんて美しい色なのだろうと、わずかの間見つめた後で、我に返る。


「前の世界では、あなただって私を信頼してくれていたのよ。私、知っているわ。あなたとキンバリーが兄妹だってこと。それに、過去の殺人や、あなたがキンバリーとお兄様の記憶を奪ったことも知っている」


 レイズナーの眉間にますます皺が寄る。


「なぜ知っているんだ」

「あなたが教えてくれたからよ!」


 叫ぶように言ったが、レイズナーは頭を抱えた。


「どう? これでもまだ、私が錯乱していると思う?」

「……考える時間をくれ」

「時間はないわ。だって式はもうすぐだもの。私は準備をするから、あなたも着替えてくるといいわ。それともここで服を脱ぐ? 裸を見たことがあるもの。かまわなくってよ」



 *



 三度目の式に、もう不安など微塵もなかった。お兄様の視線も、ポーリーナの嘲笑も気にならない。

 逆にレイズナーは、どこか心あらずだ。司祭が彼に問いかけても、返事すらない。

 私は彼を、肘で小突いた。


「考え事をするのは仕方が無いけど、あなたの台詞よ」


「誓います」ただそれだけの言葉を、レイズナーは言った。


 詳細な話は、二人きりになった時にすればいい。誰が私の敵なのか、今になっては見当さえつかないけれど、逆に、唯一の味方がレイズナーだということは分かっていた。


 レイズナーの考えを早く知りたくて、滞りなく式が終わった直後に、私は言った。 


「あなたの屋敷に行きましょう。服と化粧道具は、明日持ってきてくれればいいから」


 レイズナーは、やはり不審な目つきで私を見つめる。話を信用してもらえてなかったのかと、密かに落胆していたが、馬車に乗り込むなり彼は言った。


「……式の間中、時が戻るという話について考えていたんだ。まあ一応は、筋が通っているようには思う」


 感情を極力排除した、静かな声だった。

 馬車の変則的な揺れに身を任せながら、彼は続ける。いつかのように彼が私に好意を見せ、言い寄ってくる様子もない。考え込み、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「だが時が戻るほどの魔法を使うには、相応の代償が必要になるし、加えて――」

「莫大なエネルギーが要るんでしょう?」


 言葉の先を言われたレイズナーは、鋭い視線を私に向けた。ただ、肩をすくめてみせる。


「前のあなたが教えてくれたのよ。でも、不可能だと思っていたけど、一つの条件は解決できそうだって」

「城の図書室に、古い魔法が書かれた本がある。そこに記述があったように思うよ。明日にでも、行って調べてみよう」


 驚いて彼を見た。

 

「信じてくれたの?」

「君が真剣に言うことだから、疑うわけにはいかないよ。ヴィクトリカが嘘を吐くような人間ではないことを、俺は知っているから」


 未だから視線を外せない私に、レイズナーも目を合わせ、微笑んで見せた。


「ずっと君を見ていたんだ。当たり前だろう?」


 頬が赤く染まるのを感じながらも、言った。


「私も行くわ」


 目をわずかに開くレイズナーに向かって、私は言った。


「だって、私自身に関わることだもの」

「変な感じだ」

「……何が?」

「結婚が許されてから、俺はどうやって君の心を開こうかと、そればかり考えていた。どんな贈り物なら喜んでくれるだろう。劇に誘うのはどうだろうかとも、考えていたんだ。

 なのに君は、心を開くどころか――」

「信頼しているように見える?」

「……ああ」

 

 ゆっくりと頷く彼の手を、私は握った。


「好きで好きで、たまらないって、そう思っているように見える? まるで愛しているみたいって、そう思う?」

「からかうのはよしてくれ」


 瞬時に、手は引き抜かれ、レイズナーは自分の顔を覆った。

 拒否されたのだと思い悲しくなったが、指の隙間から覗く顔が真っ赤に染まっているのを見て、私の心臓は大きく跳ねる。

 

「本当にだめなんだ。俺が君のことを、どれだけ好きだと思っていると? 憧れたし、手に入れたいと心の底から願っていた。

 その君に、そんな目で見られると、頭がどうにかなってしまいそうなんだよ。我を忘れてしまいそうになるんだ」


 私は、なんて愚か者だったんだろう。

 彼がこんなに可愛らしい人だなんて、知らずに生きてきたんだから。


「どうにでも、なってしまえば良いのよ」


 そう言って、レイズナーの頬にキスをした。途端、彼は限界だったかのように、荒々しく私を抱き寄せて、口づけをしてきた。宥めるように、それに応じる。

 赤毛の長髪が、私に纏わり付いた。

 過去も未来も、なくていい。ただこの瞬間だけ、永遠に存在し続ければ、それだけでよかった。

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