第1話 第二王女は死に戻る
「ヴィクトリカ、お前とヒースの婚約は解消された。今日の花婿は、このレイブンだ」
お兄様が、無感情にそう言った。
思わず叫びそうになる。――絶対に嫌!
子供の頃の夢は、ありふれているけどお嫁さんだった。
そして世界で一番かっこいい旦那様と、大きくもないけど小さくもないお屋敷で暮らすのだ。
今の夢は、大学に進学して、女だって男と肩を並べて仕事をする能力と権利があるのだとこの私が率先して知らしめること。
なんてものは、所詮ただの夢なのだと気がついたのは、十八歳の誕生日を迎えた今日のことだった。
第二王女は奇跡の王女、と言われ続けてきたけれど、こんな奇跡を望んだわけじゃない。
宮廷魔法使いレイズナー・レイブンが私に跪いて手を取りキスをしている。この光景を見るのは二回目だ。
状況を理解するのに、多少時間が必要だったのは、一度目とそう変わりは無い。目の前のカーソン国王陛下……もといお兄様はいつもと同じ冷たい表情をしている。
「聞いているのか? 彼と結婚するんだ」
お兄様の隣にいるのは、宮廷魔法使い、レイズナー・レイブン。背が高く、一緒にいると圧迫される、苦手な男だ。
彼が次に言う言葉を知っている。
“君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ”
「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」
ほらね? やっぱり。
まるで愛情など母親の腹に置きざりにしてきたかのような冷酷な目をした男。こんな男と夫婦になるなんて、絶対に嫌だと、つい数時間前に思ったばかりだし、それは今も変わりは無い。
「どういうことなの……」
「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚をする。いいな?」
お兄様が冷静に言うけど、求めた答えは彼と結婚しなくてはならない理由ではなく、なぜ二度目が訪れたかということだ。
どうやら答えは誰も持ち合わせていないらしい。そもそも、二人は、一度目があったことにさえ気がついていないようだった。
立ち上がったレイブンの赤毛の長髪が揺れ、悪魔めいた切れ長の目が私をその瞳に捉える。
「式は今日だ。君もこれから支度をするといい」
黒い噂しかないこの男が私を愛していないことなんて明白だし、当然私も愛していない。彼が私と結婚したいのは、その地位を確固たるものにしたいがためだ。
分からないのは、なぜまた、この場に戻ったかということだった。
結婚式が嫌で、さっき私は逃げ出した。逃げ出した先で事故に遭い、自分が死ぬのを感じた。なのに今、再び数時間前に戻って来てしまった。
――この身に何が起きているの。
おまけに今日は私の誕生日、本当だったらヒースと結婚式を挙げるはずだったのに、この国中で、一番評判が悪いレイブンと結婚しろだなんて。
お兄様とレイブンが出て行った瞬間、私は扉を出て逃げ出した。ともかく、今日結婚をする本物の相手、ヒースに会わなくちゃならない。
メイドの目をかいくぐり、城の中央広場までやってきた。
だけど、石像がある噴水の前で、私の体は飛散する。
“第二王女は死に戻る”
それはずっと子供の頃、今は亡き、魔法使いブラクストンに占われたことだ。
* * *
「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」
「嘘でしょう!」
「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚をする。いいな?」
* * *
「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」
「これは悪夢だわ」
「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚をする。いいな?」
* * *
「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」
「何が起きてるって言うの……」
「ヒースはお前との婚約を破棄し、ポーリーナと結婚をする。いいな?」
* * *
目覚め、死ぬことを数回繰り返して、悟った。
死の間際、体がバラバラになるように思えるのは、爆発に巻き込まれているのか、それとも死の感覚がそれを伴うのかは分からない。死ぬ場所が一定でないことを考慮すると、後者なのだろう。
はっきりしているのは、絶対に今日、死んでしまうということだ。
なぜか私は、抜け出せない時間のループにはまってしまった。
占いなんて信じるかわいい心は失ってしまったけれど、こうなってしまったら信じざるを得ない。
レイブンとの結婚から逃れ、外に出ると私は死に、そしてあろうことか、この場面に戻ってくる。
「君は嫌だろうが、俺は嫌ではない。どうぞよろしく、レディ・ヴィクトリカ」
私の手にキスをした後で、レイブンは落ち着き払ってそう言った。
物は試しだ。もうどうにでもなれ。
死から逃れられるなら、どんな悪魔にでも従うほど私は疲れ切っていた。だから私は、一つだけ試していないことをした。
「これから、よろしくお願いします」
彼の申し出を受けたのだ。
お辞儀をすると、レイブンとお兄様は顔を見合わせた。話している姿などこのところは見かけないが、二人は昔からの友人だというところを、垣間見た気がする。
「……ヒースはポーリーナと結婚をする」
「ええお兄様。知っていますわ」
何度聞かされたと思っているんだろうか。抵抗しない私を、レイブンは不思議に思ったようだ。今までになかったことを言い出した。
「陛下、彼女と二人で話すお許しをいただけませんか」
お兄様は冷たく笑う。
「これから二人の時間は腐るほどあるというのに。いいだろう、好きにしろ」
使用人さえも追い払ったから、この狭い部屋で彼と二人きりになる。
「奇妙な顔をなさいますのね? 私が、暴れて嫌がるとでも思ったのかしら?」
「君は俺を嫌っているようだから、正直、泣いて抵抗される覚悟はあった。まあいいさ。求婚を、素直に受け入れてくれて嬉しいよ」
レイブンの視線を感じたが、私は目を合わせなかった。
「あなたは私を愛していないでしょう」
「愛していない女と結婚するとでも?」
「私の両親はそうだったわ。愛のない、政略結婚だった」
「俺は違う」
私を愛しているとでも言うのだろうか。下がり続け、ソファーに当たったため、勢い余って腰掛ける形になってしまう。
レイブンが見下ろしてくる。肘掛けに手を付く彼は、私を逃がすまいとするかのようで居心地が大層悪い。冷ややかな瞳は、他人のことなど微塵も興味はなさそうだ。
「たとえ君のお兄様が、俺を手放したくないが故に、妹を差し出したのは事実だとしても、俺はポーリーナではなくヴィクトリカ、君を望んだんだ」
「ヒースへの当てつけでしょう」
「本気で言っているのか」
思いがけず切実な声色に、はっとして目を合わせてしまう。ああまったく。天使のように完璧に整った顔立ちに、目を奪われそうになる。とりわけまつげは実に見事で、その瞳を妖艶に覆っていた。
実際、彼は一部の女性たちからカルト的に人気がある。つまり、噂を知らないか、知っていてもより興味を引かれる人種に。
確かに見た目は完璧だ。猛禽のようにするどい眼光を除けばの話だけど。
「どんなに嫌がろうとも、君は逃げ出せはしない。今日君は俺の妻となり、明日には名実共にそうなっているのだから」
結婚式の後の初夜に何が起こるかは教育係から聞いていた。
思わず身を固くしてしまう。
彼も私の想像に気がついたのだろう、その美しい顔面に、悪魔のような笑みを浮かべた。
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