9
寒さで目を覚ました。
それほど情報の蓄積があるわけではないが、今夜は特に冷える気がする。
ソアレはまだ戻っていない。
木製の扉を開放し、窓から外を見る。風が特別強いわけではないのが不気味だ。夜空は暗く、日が昇る兆しはない。
予感というのだろうか、にわかに彼女のことが心配になった。迎えに行くべきかもしれない。家屋の中でこの寒さなのだから、彼女はもっと……。
ドアを開けて外に出る。思えばこの世界の夜を歩くのは初めてだ。
月も星も変わらず天上にあることに少々安堵する。しかし、深い夜を照らすには力が不足しているようだ。
足元は暗いが、微かなランタンの灯りを目指して歩いていく。そこにソアレがいるはずだ。
刺すような寒さを堪え、何度もつんのめりそうになりながらも剣の墓標を横目に灯りに近づいていく。
ソアレの姿を捉えた。地面にかがみ、うずくまっているようだ。小さな背丈がより小さく見える。何かがあったに違いない。足元を確認しながらでは遅い。駆け出す。
「ソアレ……っ!」
声をかけた瞬間、脊髄が氷に置換されたような悪寒が走った。
ナニカに見つかった。唐突に浮かんだその考えを証明するかのように、腕が、脚が、喉が、冷気によって捕縛される。指向性を持った冷気が急速に体温を奪っていく。歯はガチガチと鳴るのに、指さえ動かせない。
不味い。刃物、剣による傷であれば耐えられるが、これは……。
「だめっ! その人は、カイトさんは違います!」
うずくまるソアレがこちらに気が付く。俺ではないナニカに告げているようだ。彼女にはコレが見えている……?
冷気の触腕から解放される。身体に火が入れられず、俺は彼女のそばに転がるようにして倒れこんだ。
「ソアレ……今のは……?」
返事はなかった。
ソアレに視線を向ける。彼女はうずくまっていたのではない。
祈っていた。そしてその身体は今、さっきまでの俺と同じように震えている。まるで俺にまとわりついたナニカを肩代わりしているようだ。
声を出せないのだ。喉を掴まれ熱を奪われている。
方法に見当がつかないが、助け出さなければいけない。
ソアレに駆け寄り、覆うように抱きしめる。普段とは違い、氷を抱いているようだ。
だが間違ってはいなかった。
再び冷気に巻き付けられ、そこからあらゆる熱が発散していく……。この脅威に意思があるのかは定かでないが、体温であればなんでもいいというのなら、俺から奪うことでも満足するはず。
ソアレが引き受けてくれた分よりも多く、出来るだけ多くの脅威を集めたい。
歯を鳴らすだけの力も失ってから、どれほど経っただろう。時間さえ凍ったような錯覚に陥りながら、ただ耐え続けた。
やがて光が差し、それを合図にするように変化が起きた。徐々に強まる陽光と照応するように、身体を巻く冷気が漸減していく。
「……家に、戻ろうか」
「……はい」
朝日を背にして、俺たちは墓守小屋へ歩いていく。お互いを暖めあうようにして。
これがソアレに課せられた役割なのだ。
死者の魂の慰撫。死んだ俺、熱を求めるだけの俺に惜しまず体温を与えたあの行為が、彼女の日常だ。
この異界は、初めから俺と同じような存在で満ちていた。