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 墓守小屋での食事は昼と夜の2回、メニューは毎日毎食変わらない。暖炉で加熱調理されたスープ粥。どうやら病院食ではないらしい。

 苦手な味ではなかったが、早くも飽きがきていることは否定できないが、今日ばかりは焼いた肉などが食卓に並んではとても耐えられなかったはずだ。

 そもそも少女の一人暮らしだ。拾ってきた人間にも食事を与えられるような生活を維持できている点に驚嘆し感謝を捧げるべきである。肉や魚が食べたくなったのであれば自分で捕ってくればいいではないか。


 「あの、カイトさん……」


 食卓を囲むソアレが伏し目がちにして口を開く。どういうわけか恥ずかしそうだ。光源を暖炉の火のみに頼るため確認することは出来ないが、きっと白い頬も紅潮している。


 「今日はちゃんと、寝台で寝ていてくださいね?」


 吹き出しそうになる。


 「い……いや、その、君は女性だろう? 病人ならともかく、今の俺は身体も動かせるわけだし……その、恐いかなと思って」


 「わたし、おそわれちゃうんですか?」


 「いや! それだけは絶対にしない……はずだ」


 「知ってますよ。カイトさんはそんな人ではありません」


 この娘は突然なんてことを言い出すのだろう。

 それに、たった数日の付き合いでそこまで信頼を寄せてくれているとは。

 彼女の忠告を破ったことも含めて、申し訳ないやら恥ずかしいやらだ。


 「その、わたし、おつとめのあとは身体が冷えてしまって。カイトさんが寝台にいてくれると、きっとあたたかいだろうな……と」


 ああそうか。俺はもう、ソアレを暖めてあげられるまでに回復しているのか。


 「君は、墓守という役割を押し付けられて、辛くはない?」


 寒い夜、陰鬱とした景色を一人で歩きまわるのが彼女の仕事の一つらしかった。知りうる限りでは毎晩。戻りは遅く、うっすらと空が明るくなってからになる。

 誰からも感謝されず、報酬もない。嫌だというなら、俺が連れ出してあげることだってできるかもしれない。


 「いいえ。 もう、慣れてしまいましたから。それに、わたしがいなくなってしまっては、あの寂しい人たちはずっと寂しいままなんです。」


 歪んだ炎に照らされたその表情は、慈愛と、悲壮的な、しかし揺るがない決意に満ちていた。


 「魂の眠りを祈る人が誰もいないなんて、悲しいことではありませんか?」


 所詮は客人。彼女の人生を大きく変えることができるなどと、思い上がりも甚だしい。

 かけたいと思った言葉を飲み込んで、こう告げる。


 「なら、仕事、手伝わせてほしいんだ。せめてここにいる間だけでも……。ほら、二人でやれば半分の時間で終わるだろう?」


 単純計算でだが、そうすれば負担も軽減できるだろうし、暖めあうことだってできる。

 死者数十人分の魂を背負うなんて、俺にだってできるわけがない。


 でも、ソアレが、16歳の女の子がその大きな荷物を抱えているのなら、せめて支えになりたかった。2回目の頼み事というわけだ。庭を元気に走り回る……とまではいかないが、驚異的な速度で回復したわけだし、今度こそ……。


 「わたしにしかできないことがありまして……。なのでその、お気持ちだけ、大切に受け取っておきますね」


 具体的な仕事の内容については意識して伏せられているような気がする。申し訳なさそうな顔が見える。嘘をつくのが得意ではない性格をしている。手伝わせてくれないのは、俺の体調の問題というわけではなかったらしい。

 墓に触れられないのなら残りは水の確保、畑の管理、調理といったところだろうか。なんだか専業主夫じみてきたが、ひとまずはそれでいいだろう。


 「わたしを暖めてくれれば、それが一番ありがたいです。……いけませんか?」


 話が一周した。その言い方はいろいろとマズい。もちろんそういった色がないことは明らかだが……。


 「……わかった。デカい犬を飼ったとでも思って、安心してほしい。今日のところは、それで。あったかくして待ってるよ」


 降参だ。本当に犬なら腹を見せている。


 「いぬ? カイトさんって、かわいい人ですね」


 笑顔は、それを照らす炎よりもまぶしい。

 かわいい……というのは年上の男性に対していかがなものかと思ったが、この表情が見られたのだから良しとする。変な奴だと言われなかっただけマシだろう。


 せめて……と食後の後片付けを手伝い、昨晩と同じように外套を着込んだソアレを見送った。

 すこし早いが、狭いベッドの端に身を寄せるようにして、眠りにつくことにする。

 彼女が戻ったときには目を覚まし、おかえりと声をかけてやりたいところだが、そうもいかない。ソアレの匂い、絹糸のような髪、白く細やかな肌、柔らかな感触、慎ましやかな息遣いのどれか一つでも、意識がある状態で間近にして耐えられる自信がなかった。


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