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 昨晩の約束通り、早めの昼食の後、日が昇りきらないうちに墓守小屋を出てから30分ほど歩き通しだ。樹海に入ることになったが、目的地はもともと生活用水の確保に使っていた湧水地のようで、ある程度は整備されて道のようになっている。

 アスファルトの上とまではいかなかったが、緑深い景色を進むにしては足取りは軽かった。左下を流れる河川をたどりその発生源を目指す。跳ねた水飛沫が頬にあたり、心地が良い。

 先導するように前を歩く少女の陽光が、すこし楽しげに揺れている。

 死んで、生き返った。そう受け入れてしまえば、自分を疎外しているように感じた見慣れない景色たちも美しく感じられるものだ。

 ソアレの足が止まる。目的地についたようだ。


 「ここが、わたしがカイトさんを見つけた場所です。……なにか思い出すこととか、ありますか?」


 巨岩の隙間から流れる水が滝のように流れ、留まり、澄んだ泉のようになっている。ここから溢れた出ものが、先ほどまでたどってきた河川を形成していたのだ。風景こそ美しかったが、それだけだ。特に記憶を喚起するものはなかった。


 「いや……。ただきれいだな、としか。俺はどのあたりに、どんな格好で落ちていたんだい?」


 「ここです。わたしが立っているところに、仰向けにして……服は、その、なにも着ていませんでした……」


 服を着せさせたり添い寝させたり、年頃の少女にとっては酷なことに違いない。重ね重ね大変申し訳ないことをした。

 自分だって多少恥ずかしいが、まぁ意識なかったしな。うん。


 しかし、あの大地震のあと何がどうして全裸でこんなところに転がっていたのだろう。

 例えば超空間ゲートなんかがあったとして、そこから日本に帰れたり……などと妄想していたが、そう都合よくいかないものだ。

 仮に帰れたとしても、まだそうするわけにはいかないのだが。


 「どうしてここで倒れていたのか、わかりましたか?」


 「いや、見当がつかない。思い出せることもない。ソアレはここに水を汲みに来て俺を見つけてくれたんだよね? 例えば血とか、そういったものも見なかった?」


 「えと、わたし、いつもはもう少し下流のほうで水汲みをするんです。カイトさんを見つけた日、川の水に血が混ざっていたので、それを辿って登っていくと……」


 「俺が行き倒れていた。と」


 「はい。どういうわけか傷は見当たらなかったのですが……たぶんカイトさんの血、だったように思えました」


 他に血を流すような生き物は見当たらなかったと。小さいが、重要な情報かもしれない。少なくともここに来た時には血を流していたということだ。

 では俺はここに来た後、何者かによって傷の手当を受けたことになる。それも、この世界においても普通なら絶対に助からないような傷の。

 体重が極端に低下していたというが、患者の体重を犠牲にして五体満足な状態に回復させる治療法にも心当たりがないらしい。

 ミトス様の恩恵であれば、あるいは……とのことだが、信じてもいない神様とやらに救われた記憶は当然ない。


 「ありがとう。たぶん今ここでわかることは全部知ることができたよ。ソアレの用事を済ませたら、帰ろうか」


 「よかったです。あ、わたしの用事なら、朝来た時に済ませてしまいました。カイトさんは水を浴びていかれたらどうですか? 気持ちいいですよ。わたし、そこで待っていますから」


 間抜けを晒した。出立の際、俺が洗濯物と水瓶だと思って彼女から奪い取ったのは、自分用の風呂桶と手ぬぐいだったわけだ。重いものを持っていこうとすれば、どこぞの病み上がりが自分にも手伝わせてくれと言い出しかねない。そう気を使ってくれたのだろう。

 はやいうちに元気になったことをアピールしなければならないな。


 「君に気をつかわせてばっかりだな。俺は」


 「たくさんあまえてください。元気になったら、きっとたくさんお手伝いしてもらいますね」


 弾んだ声でこのように返されれば、みじめな気持ちもいくらかは楽になるというものだ。

 こんないい娘を待たせてしまうのは忍びないが、先に帰らせるようなら心配をかけるだけだ。さっと水を浴びてしまおう。


 服を脱ぎ、足先を水に浸す。やや冷たいが、濡らした布で肌を拭うだけでは得られない爽快感をもたらしてくれた。


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