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「わかった。ソアレ、たくさんの質問とお願いをさせてほしい。きっと長くなるから少しずつでいいんだけれど、大丈夫かな?」
ソアレの首肯を確認する。質問も要望もその数は膨大で、本音を言えば少しも待っていられない。頭に浮かんだ順に口にしていく。
「まず、これはお願いなんだけど、念のため家族の安否確認と、俺の無事を知らせたいんだ。私物のスマホは壊れてしまっているだろうから、固定電話を貸してもらえないだろうか?」
観測史上最大規模の大災害でもない限りは実家が被害を受ける可能性はないにしても、確認しておきたい。きっと心配をかけているだろうし。
「ごめんなさい。ご家族についてはなにもわからないんです。それから、こていでんわというのは……」
初手から躓いてしまった。電話を知らないはずはないだろうから、きっとソアレの知らない語彙でまくし立ててしまったのだろう。
固定電話にあたる英単語を伝えようとする途中で思い出すのは、彼女の唇と耳に聞こえる音との微妙なズレについて……。
ずっとそこにあり、けれど荒唐無稽すぎて長らく目を逸らしていた疑念が鎌首をもたげる。加速した鼓動で胸が痛む。
質問ではソアレを困らせてしまううえに納得ができないだろう。言い訳のしようがない光景を直接目にしたほうがはやい。
「悪かった。今のは忘れてほしい。じゃあ次のお願いをきいてくれないかな? 外に出たいんだ。すこしだけ、俺をこの建物の外に連れて行ってくれないだろうか?」
「まだ、危ないと思います。きっとお身体に障りますよ?」
ソアレがきっぱりと否認しないのは、彼女の青灰色の瞳が俺をまっすぐ見つめてくれているからだ。きっとこの要望は、身体の安全よりも優先度が高いのだと、そう推測してくれている。
「わかりました。お手伝いします。立ち上がったあとは、わたしを杖のようにして歩いてください」
「ありがとう。それから、ごめん……」
介添えを受けて立ち上がる。途端、まだ早い。と身体のあちこちが軋み、体制を崩しそうになるが、ソアレが支えてくれる。
立ち上がればやはり彼女の身長は俺の首元までしかなかった。自分はこの華奢な身体に何度負担をかければ気が済むのだろうか。
この小屋にはやはり、電力や水道が通っているとは思えない。文明の利器どころか、窓にはガラスの代わりに木製の扉がついている始末だ。
備え付けられたドア、出口までは平時なら10歩程度で到達できそうな距離を、彼女に引きずられるようにしてゆっくりと進む。
ほんの少しの移動をするだけで冷や汗が吹き出す。たっぷりと時間をかけ、気が付けばドアに手が届くところまで来ていた。
「開けますね」
風が吹く。陽光が目に沁みる。これから目にする光景に、きっと希望的観測は打ち砕かれる。
一面の緑。周囲を取り囲む背の高い木々の海。
人工物と思しきものは一種類。剣を模して組み合わされた木材が、いくつも等間隔に突き刺さっている。
これらは墓標に違いない。無数の墓標と緑の海が、鬱蒼と荒涼という矛盾した印象を同時に抱かせる。
首を回せど目に入るものが変わることはない。ここは樹海に浮かんだ離れ小島だ。
目にするすべてが俺を拒絶している。異界が迷い込んだ異物を拒絶している。
荒療治を選んだことを後悔しても今さら遅いが、1秒だって立っていられなかった。
「カイトさんっ……!」
ソアレの抵抗もむなしく。俺は膝から崩れ落ちる。
助け起こそうとしてくれる手をつかむことすら億劫だ。
震える声で、代わりに問いを投げかける。
「教えてくれ。ここは何処で、君は何者だ……」
被介助者にその気がないのだから、体格に劣る彼女が俺を助け起こすのは不可能に近い。
そう理解したのだろう。ソアレは傍らから歩み出し、視線の先に現れる。
風になびく髪の陽色。揺れる瞳の青灰色。華奢な体躯の白百合色。
そのすべてがこの異様な空間によく馴染む。
「ここは無縁墓地。人にも、神様に捨てられた方々が眠る、聖域にして吹き溜まり。そしてわたしはこの地の墓守。墓守のソアレです」
俺は、自分がとっくに死んでいることを思い出した。