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生前何も成しえなかった者が堕ちる地獄があるとすれば、きっとここに違いない。
こうして意識を取り戻したにも関わらず、俺は自分自身の死を疑うことができないでいる。
最期の瞬間を再生する。
右半身は瓦礫により圧壊し、左半身は炎に巻かれ焼け落ちた。
助けを求めて開いた口を塞ぐようにして侵入した炎には内臓すらも焦がされた。
許容量を遥かに超える痛みの信号で脳髄は焼き切れた。
周到に念入りに執拗に、このようにして御堂戒斗は確実な死を迎えた。
そのはずだった。
失くしたはずの肉体の感覚が戻っていることは、先ほどから背が訴えるチクチクとした痛痒が証明している。
唯一随意な部位が寄越した情報によれば、俺は木造の小屋に寝かされているようだ。暗く、寒い。時刻は夜だろう。
今寝かされているこの場所が、なんらかの医療機関か、そうでなければ葬送までの仮住まいか。という予想は覆された。
病室にしては清潔さに欠け、棺桶にしては天井が高すぎる。
知りうる限り、自身の状態や周囲の状況は、現代日本における被災者が目にするであろうものとは異なっている。
ならばやはり、ここは地獄なのだ。
両親の期待や投資や愛情を裏切って野垂れ死にした人間には、このような場所が相応しかろう。そんな判決が下されたに違いない。
あまりに理不尽ではないかと思う。地震に巻き込まれて死んだことも、こうして動かせない身体で捨てられていることも。
寒い。自らの死因の一つが恋しくなるほどに凍えていた。
死体である俺には自ら熱を発する権利がない。
たとえ何かから奪ったとしても、今は熱が欲しい。
ひたひたとした足音が思考を阻害する。
足音。足音だ。
ゆったりとした速度だが決して止まらず、迷わず、まっすぐとこちらへ向かってくる。
音の主を確かめることは不可能だ。首を動かすことができない。
音がすぐそばで聞こえるようになり、止んだ。
恐い。すぐ近くにいる。
恐い。こちらを見ている。
恐い。微かに木材が軋む音がする。
恐い。逃げられない。
耐えきれず瞼を閉ざす。
……あたたかい。
熱を感じた。自分のような死体からは決して取り出すことの叶わない、熱。
足音の主は俺を抱き留め、自らの体温を分け与えるかのようにしている。
体温。人の熱。奪い取ってでも手に入れたかったそれが今、何者かによって与えられている。
心音が聞こえる。陽と土の匂いがする。地の底にはとても似つかわしくない。
疑心は氷解し暗鬼は去った。安堵と共に、俺は意識を手放した。