009
「オイ天条。一発殴ってみろ」
「……はい?」
また師匠が妙な事を言い出した。
いつものことだけど、いつものことだけど。それにしたって妙だ。
「いきなりどうしたんですか師匠。誰かにやられるとか死ぬほど嫌いなのに一体どういう風の吹き回しですか?」
「間違っちゃいねぇし今回は特別に見逃がしてやるよ生意気ボウズ。いいからやれ」
うわ、相変わらず横暴アンド横暴。
せめて何か一つくらい説明とかできないのかね、この人。
(ま、無理か)
だからいろんな意味で終わってる電話しかできないんだろうし。
「テメエ黙っててもロクなこと考えてねぇのな」
「じゃあちゃんと説明くらいしてくださいよ。体力づくり最優先って言ったの師匠じゃないですか」
「だからその師匠呼び止めろっつって……まあいい」
さすがにちょっとしつこ過ぎたか。
最初の頃は鳥肌立てて面白いくらい反応してたのに。慣れって早いな。
これじゃあ吸着力のなくなったマジックテープ。もうめんどくさいしこのまま『師匠』でいいや。
「心配しなくても走り込みの量なんて減らさねぇよ。ちょっと距離伸びたからって調子乗んな」
「言ってないです。そこまで言ってないです。増える心配はしてましたけど」
この感じ、その辺りの救済措置は期待しない方がいいだろうなぁ。
辛い。分かってたけど辛い。
まさかこの人本気で自分と同じレベルまで上げようとか思ってないよな。
「で、結局それがどうしてさっきの意味不明な命令に繋がるんです? 続きあるんですよね」
「それを今オマエが遮ったんだよ。もういい。めんどくさいから一発さっさとやれ」
「は、はあ……?」
めんどくさいって。この人そればっかりだな。
口で言って協力してくれるからいいけど。周りの印象悪そう。
「でも、いいんですか? 殴りますよ? 手加減なしのグーでいきますよ?」
「テメエのクソ雑魚パンチが響くと思ってんのかこのひょっとこ。一回徹底的に教え込んでやろうか身体に」
「キャー暴力反対ー。……いや俺もこれからするじゃん」
「一人で漫才してんじゃねぇよこのアホンダラ」
「最後にとりあえず罵倒つけるその悪癖、さっさと直した方がいいんじゃないですか?」
しかも微妙に言葉が古いし。あと単調。
なんか色々心配になってきた。余計なお世話だろうけど。
今日だけで何回目だっけ? ……あとで『師匠』以外にマジギレしない程度に嫌がりそうな呼び名でも探してやろうっと。
「気に食わねぇならさっさとやれ。どうした? 俺相手に攻撃仕掛けるチャンスなんてそうそうねぇぞ?」
「とか言って避けるんですよね知ってますよ」
「ハッ、冗談。テメエの攻撃なんざ避けるまでもねぇよ。頭でも腹でもかかってこいや」
「……はーっ。そうですか。ああそうですか!」
分かってる。
師匠にオレの攻撃なんて聞かない事くらい、最初から。
空からダイビングして平気だったんだ。鉄球ぶつけたって平気だろう。
どうしてそんな防御力高いのか知らないけど、だからっていつまでもビビってると思うなよ。この――
「後悔するなよこのデタラメ野郎!!」
何も考えない全力の一発。
少なくともその時の俺はそのつもりで拳を叩きつけた。
「……こんなもんか」
師匠の手のひらに。
直前まで確かに何もなかったのに。腹筋狙ってやろうと思ってたのに。
本当に一瞬で現れた右手に、完璧に受け止められてた。
「……マジかよ」
「ったく。もう少しは威力出せよな。誰が見てやってると思ってんだ。こんなので本当になんとかやれると思ってんのか?」
「自分基準で考えるんじゃねぇよこのオーバースペック野郎……」
あんたみたいな力出せると思ったら大間違いだ。
この人の全力はまだ一度も見たことない。ないけど、まともじゃないってことはまあ分かる。
海を割るとか車をペシャンコにするとか。真面目にどこまでできるんだろう。
「どうした今日は随分褒めるじゃねぇか。ミジンコ」
「ん゛んっ……ミジンコなのは認めますけど、認めますけど! 今の一発にけっこう覚悟が必要だったってことくらい考慮してもらえません?」
いくら超人紛いだからって。
「まあそうだな。あんな風に誰か殴った事ねぇガキならこんなもんだわな」
「……まるで自分はその経験があるみたいな言い方ですね」
「そりゃあな。あいつら口で言っても全然聞きやしねぇ。ジジィババァ連中が何回交渉の席用意しようとしたと思ってんだ」
「……そういえば、俺の時も平然と襲ってきました」
あの夜のことを忘れたわけじゃない。
むしろ逆。真逆もいいところだった。
もし『師匠が実は敵だった』なんてことになったら多分、いよいよ身体が動かなくなると思う。
「あのクソモンスターなんざ論外だ論外。動物でもなんでもねぇ。見たら逃げろ全力で。じゃなきゃやられるのはオマエだ。そのくらい知ってんだろ」
「……今の俺じゃ無理って言いたいんですか」
「ったり前だろうが。あんなパンチじゃ少なく見積もっても倒すまで二〇発は要る。その間動き抑えられるか? 無理だろ?」
全くその通り、正論だった。
脚力の強さも尋常じゃない怪物。
最初の一発で倒せなくても、それ以上動けなくなるくらいのダメージを与えられないと。
(でも、そんなの……)
「じゃあなんですか。『ファイアボール!』的なあれ練習しときゃいいんですか。この前の眼鏡……橘さん? みたいに」
「できるわけねぇだろ《発光》一辺倒の今のオマエに。ったく無駄に魔力ばっかり増やしやがって」
「誰がホタルですか」
そうでもしないと師匠とのメニューに魔法関係全然ないし。
でもあの地獄トレーニングのおかげで一つ殻が向けた気がする。
今までと比べて時間も回数もぐっと伸びた。
師匠はそこまで変わると思ってなかったみたいだけど、悪い話じゃない。
「後でちゃんと攻撃魔法も教えてやるから焦んな。その前にオマエ、今は何個同時に使えるか言ってみろ」
「二つです。それ以上試してないんで。こうやって――光れ、って」
「まーよしとしてやるか。言ってなかったんだしこんなもんだろ」
まだ何かあるのかよ。
って、そりゃそうか。
「んじゃ、先に目標教えてやるよ。『光れ』とも言わずに今と同じくらいの光を出せ。それと、何もない場所に魔法を作れ」
「何もない場所……ああ、そういう」
手のひらの上に出すなって話か。
そう言えばその辺りはまだ全然試してなかった。
でもそんなに変わるものなのか? そりゃ、手の中なら開いたり閉じたりで明るさ調整も簡単だけど。
「あのクソモンスター殺るのに長ったらしい呪文なんざ唱える暇はねぇんだよ。発光魔法が終わったら次は火だ。覚えとけ」
「ちなみに予習は?」
「家燃やしてぇのかテメエは」
「やるなって注意するだけなら他に言い方ありますよね? ね?」
そりゃ失敗した時考えたら間違っちゃいないけどさぁ……
「まずは空中生成からな。一回しかやらねぇからよく見とけ」
「そこはもう一回くらいチャンスがあっても……」
「甘えんなタコ」
「分かりました。分かりましたよ俺が悪かったです」
って――
「気のせいですかね。なんか一〇個くらい火の玉浮いてますけど??」
「それがどうした。こんな数でピーピー騒ぐんじゃねぇよ」
こんな数って。こんな数って。
新手の挑発? わざわざ無言発動までやらなくてもいいでしょうよ。
「ま、つっても数ばっか増やしても扱えなきゃ意味がねぇ。いいか天条。とりあえず頭の上あたりに出せるようになるとこから始めろ。魔法は何でもいい」
「発光魔法でも?」
「できるもんならな」
どうしろと。
他の魔法は硬化以外まともに使ったことないのに。いや硬化もまともに使ってないけど。
「言ってくれるじゃないですか師匠。いくら俺がド素人だからってさすがにナメ過ぎですよ。覚えてから何回も使って来たのに」
「ホー、どうやって?」
「だからさっきみたいに手の上で――こう、光らせて」
「それじゃ意味ねぇな」
あーはいはい、そうですね。そうでしたね。
「いいですよ? やればいいんでしょやれば」
頭の上に光らせるくらい簡t――
「ふ、ぐっ……!?」
……なんで?
「オイオイどうした? 何回もやったんだろ? 余裕なんだろ? ほら、早くやれよ」
「ぐぐ、ぐぐぐぐぐ……! ごがっ、ぐぎ……!!?」
言ってない。余裕なんて一回も言ってない。
「ぐぬ、ぬぐぐぐぐぐ……!! ぎぎぎぎぎ……!!」
「もーいい止めろ。そこまで。時間切れだ。……分かったろ? どれだけ難しいか」
「話しかけないでくださいあとちょっとで上手くいきそう……あっ、出t――うげぇっ!!?」
「制御ミスったら爆発するしな。こんな風に。にしても面白いくらい吹っ飛ばされたなオマエ」
先に言えや!!