008
「……きっくん大丈夫? 最近、毎朝幽霊みたいな顔になってない……?」
今日も今日とて我が心優しい幼馴染様は天使のようだった。
……やべ、目つき変わった。また考え読まれてる。
「静乃ちゃんも驚いてたよ。いつも変なところで余裕ぶってる天条が意外、って」
「心配のしの字もないのかよ深山のやつ……」
こちとら現在進行形で死の字が近付きかけてるってのに。
誰が余裕ぶってるって。失礼な。
去年散々忠告したのに綾河家クリスマスに参加して最後は卒倒してたくせに。
気持ちは分かるけど。
「さすがにないから。大丈夫なのって聞かれたし」
「しっかり手綱握っておいた方がいいとかなんとかセットで言われたんだろ」
「あれ、話したっけ?」
「マジで言ったのかよあいつは」
誰が暴れ馬だやかましい。失礼にも程がある。
いくら去年からの付き合いだからって容赦なさすぎないか。
俺相手は特にそう。他の男子の友達がどれだけいるのか知らないけど。
今年はクラス違うし話す機会減ったからなぁ……
「最近早起きしてるけどそのせい? 無理に生活習慣変えない方がいいんじゃない?」
「だからなんで知ってるんだよお前は。監視カメラでもつけてる?」
「ひどっ!? 今度はストーカー扱い!?」
「いやいや、大天使ミサキエルにそんな恐れ多い」
「……そんな冗談言う体力は残ってるんだね?」
「失礼しましたなんでもないでーす」
口は禍の元って最初に言った人は天才だろうな。こんなにも当てはまる事例が身の回りにあるんだから。
でも妙だな。
朝はすぐ切ると思って電気も付けてないし、母さん達を起こさないように気を遣ってた筈なんだけど。
ケータイのアラームはすぐ切ってる。最近じゃ物音もほとんど立ててない。
窓は当然閉めたまま。……え、マジでどこから?
「もー……どこ行ってるのか確かめようと思ったらすごい勢いで逃げるし、ホントに何やってるの? この前危ない目に遭ったばっかりなのに」
「はいイエローカード」
「それクリアファイル」
「……もしもし警察ですか?」
「いいけど、それやって怒られるのきっくんだからね?」
かけるわけがない。もう電源切ってるっての。
師匠に言われてなるべく急いで向かうようにしてた。
でもまさか、よりにもよって美咲相手に効果を発揮するなんて。
こんなことなら知りたくなかった。その場で捕まったらもっと面倒になってただろうけど、知りたくなかった。
「いやマジで何やってるんだよ。ストーカー。それ完全にストーカー。いくら幼馴染だからってこっそりつけるってだけでもアウトなんだけどな??」
「尾行。尾行だから」
「自分で自分に依頼するのは反則だろおい」
それで通せるならなんでも通せるだろ。
どうしてこうも無駄に探偵スキルが高いんだろう、うちの幼馴染。
普段は人を騙すなんて考えられないくらいの真面目ちゃんだっていうのに。
本当、どこからこれだけのエネルギー確保してるんだか。
「大丈夫。……こんなこと、頼まれたってきっくん以外にはしないから」
「いつかの美咲の台詞そっくりそのまま丁寧に包装でもして郵便受けに叩き込んでやろうか。なあオイ」
「じゃあ分かったよね。あの時の私の気持ち」
かわいく言ったからって許されると思ってんのかこの野郎。
ちょっと破壊力高かったけど耐えられる。なんとか。
あんまり根に持つタイプでもなかったのに。そんなに腹が立ったのかあれ。
やっぱり喋る等身大フィギュアとか言ったせい? ……ありそう。普通に。
「で、結局どうなの?」
「切り替え早っ。いや、ちょっと朝走ってるだけだって。そこでよく会うビジュアル系みたいな感じのお兄さんのペースが頭おk……尋常じゃないから、それに合わせるだけで一苦労してるんだよ」
「大丈夫その人。色々」
「知らね。大事なリミッターも全部どこかに投げ捨てて来たんだろ」
「それ大丈夫って言わないからね??」
そういう意味なら全然大丈夫な人じゃないし。
分からない。本当に分からない。
なんだあのデタラメ人間。細胞からして別ものなんじゃないか、あれ?
どんなもの食べて育ったらあんなジャンプ一回で軽々河を渡れるんだよ。
あそこかなり幅広いのに。何メートルって言ったっけ。
「でもほら。見てくれよ。最近は走った後でもちゃんといつも通りのペースで学校行けてるだろ? こんなに分かりやすい進歩他にないって」
「違うから。まともに歩けないくらい疲れる今までが異常だっただけだから。きっくん毒されてない? 辞めたら?」
「…………あっ!?」
「なんで今の今まで気付かなかったのかなこの幼馴染は!!」
そこまで言わなくてもいいじゃん。
気付かなかったけど。割と本気で気付いてなかったけど。
一か月くらいたったから身体が慣れたんだって思ってた。
毎朝やってたんだから、このくらいなってもおかしくないって。
むしろ走れる距離も少しだけ長くなって、死にそうな疲労感もちょっとだけ気持ちいい感じに変わって……あれ、結構ヤバい?
「あんにゃろ『上出来じゃねぇか』とか『少しはマシになったな』とか言って人をうまい具合に乗せやがって……」
「安っ!? そんな言葉で!? いくらなんでも安すぎだよそんなに褒められ足りてないの!?」
「やめて。その微妙に傷つきかねない感じの言い方やめて。俺泣いちゃう」
「わざと欠伸して涙出そうとしてる人に言われても説得力無いからね?」
チッ。
目薬持ってないから仕方なく代用しようと思ったのに。
思い通りに涙を流す技術は俺にはない。役者だとできるらしいけど。
それに師匠、たまにしかそういうこと言わないから言われるとやっぱりどうしても嬉くて……
(駄目じゃん)
すっかり向こうの手のひらの上じゃん。
滅茶苦茶いいように転がされちゃってるじゃん。俺。
「それより待って。なんでそんなに仲良くなっちゃってるの。おかしくない?」
「え、見える? どこが? 美咲お前……友達判定緩くない? 利用されるなよ?」
「あんな言葉で満足しそうになってたきっくんが言う? それ」
いま言わなくてもいいだろそれ。追い討ちかける趣味なんてあったの美咲。
でもやっぱり仲良くなったなんて言えるほどじゃないと思う。
今だって『師匠』って呼ぶだけでも微妙そうな顔されるし。若干その反応狙ってやってるし。
「え、その人男の人なんだよね? どこかの運動部の綺麗なお姉さんとかじゃないんだよね?」
「なんだその限定的な条件。高校どころか大学にもいないってのあんな身体能力のやつ」
性別年齢関係なくいてたまるかあんなデタラメ野郎。
一人だけでも大災害だっていうのに二人いたらもういよいよどうにもならない。
上手い具合に対消滅するなら知らないけど。
「そんな美人だったらまだ……いやないわ。ねぇよ。どんな見た目してたってあのデタラメっぷりが中和されるわけないだろ。今だって、ワイルド系? みたいなイケメンだけど全然マシになってない」
「別にそこまで聞いてないんだけど。……ふーん、男の人なんだ」
「最初に言っただろ」
お兄さんって。
人にあれだけ言って聞いてなかった――わけないか。美咲だし。
というか待って。俺の評価がおかしい。
そんな美人が見えたらホイホイ付いて行くと思われてたの?
その方が地味にショックなんだけど。
佐藤や高橋じゃないんだから。
それと。
「……止めとけ? 悪いこと言わないからあの人だけは止めとけ? 非現実っぷりに卒倒することになるから」
「言ってないよね、私そんなこと全然言ってないよね!! 今の話で興味持つと思ったの!?」
「だって最初に変な条件つけてくるし」
「あれは――! ……あれは……とにかく関係ないから!」
え、今更? 今更そこで誤魔化すようなこと言っちゃう?
らしくもない。
そういう意味ならあの変な条件も。なんなんださっきの。
「なんでそっちの方向に行くかなぁ……」
「すみませんね。変なことばっかり思いつく頭で」
「別にいいよ。それはいつものことだし」
……一瞬でも感謝しかけた自分を殴りたい。
「あの、美咲さん? もうちょっと手心とかないんです?」
「え、これでも大分優しいと思ってたんだけど……まだいる?」
「いつも大変お世話になっております美咲様。感謝の言葉もございません」
「本気でそう思ってるなら態度で示してほしいんだけどなぁ……?」
態度。なるほどそりゃそうだ。
「土下座……はさすがにあれだし、跪いて永遠の忠誠誓う方向で行く?」
「ほらそれ! そういうところっていつも言ってるでしょ!」
まったく酷いなぁ。俺なりの感謝の表れだっていうのに。