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第2話 (ジン)

 故郷が近づいてくる。胸がざわざわする。

 大丈夫、なんでもない。気を揉んだって仕方ない。行ってみたら案外なんともないだろう。知り合いにさえ出くわさなければ、なんてことはない。

 緩やかな風が、山の上の方から吹き降ろしてくる。空が近い。この感じ、懐かしい。空気の匂いなんてどこも同じだと思っていたけれど、ここの匂いはなんだか胸に馴染むような気がしてしまう。

 風に、自分の赤毛が揺れる。

 あたしの母は栗色の髪、あたしの父は黒い剛毛だった。

 母さんには会ったことないから、肖像画でしか見たことないけど。

 あたしは妖精の国から来た悪しきもので、本当の子とすり替わっている。痛めつけて妖精の国へ追い返さなければ本当の子は戻ってこない。と、父さんは言っていた。

 お前を試すといって、父さんはあたしに無理やり薬を飲ませた。妖精が嫌う薬草を煮詰めた汁らしかった。それさえ飲めれば、自分は妖精じゃないって証明できるはずだった。

 その薬はこの世のものとは思えないほど苦くて、頭がくらくらするような甘い匂いがした。必死になって飲み込みはしたけど、痙攣する胃を止められずにあたしは薬を吐き戻してしまった。

 やっぱりお前は妖精だと言って、父さんはあたしを殴った。煙で燻し、煮え湯に沈め、火かき棒で殴った。このままじゃ殺されると思って、逃げ出した。

 文句なんてない。あたしが悪いんだから。

 あたしがいなくなった故郷は、きっといいところだろう。みんな平和に幸せに暮らしていることだろう。平和を脅かす者は消えたのだから。

 あたしは、あの街から消えたのだ。大丈夫、きっと誰も覚えていない。きっと家では、あたしはいなかったことになってるだろう。

「お前、ミライをこの後どうする気だ?」

 気晴らしに、御者席のレンに話しかける。こいつは、あたしの過去のことに首を突っ込もうとしなかった。適度にほったらかしな距離感が心地いい。むやみに干渉してこようとするやつは苦手だ。

「彼女が幸せに生きていけるように手を打つつもりだよ」

「へえ、どうするんだ? 人外が人間と仲良くするのは難しいぞ?」

「わかってるよ。それで痛い目を見たからね」

 とうのミライは不安など微塵も感じていないように、丸まって寝息を立てている。寒いのか、こっちにすり寄ってくる。眠っていると体温が上がるのはホムンクルスも同じらしい。

 ふむ、と怪訝そうに首を傾げて、レンは少しだけこっちを見る。

「まるで体験してきたように言うんだね」

「なにがだよ」

「人外と人間が共にいるのは難しい、ってさ」

「ただの想像だ」

 だって、人間同士でさえも仲良くするのは難しかったのだから。

 あたしは、あたしがいなくなった後の家の様子を全く知らない。きっと今は平和に幸福に暮らしていることだろう。その様を確かめて、あたしが家を出たのは間違いじゃなかったって確認するくらいは、許されてもいいんじゃないだろうか。


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