別邸
ジルベール家の別邸は街の郊外にあった。静かな並木を抜けると突き当りには大きな門があり、そこを通り過ぎると、玄関へと通じる通路。両脇には色とりどりの草花が咲き乱れていた。
アレクが運転する車が玄関に止まると、ドアが開いた。
「ようこそお越しくださいました。執事のオリバーと申します。お手をどうぞ」
リジルがオリバーの手を借りて降りれば、シンプルながら重厚な造りの扉が目の前にあった。呆然としていると横からアレクが笑って言う。
「びっくりしちゃった?本邸よりは造りも小さいけれど立派でしょ?」
「毎回規模が大きくて、驚きます」
「まあねえ、なんだかんだで国への貢献度が高いがために、家だけはデカくて古いのよね、うちは。さ、中に入りましょ。オリバー、セオは居るの?」
「はい。執務室のほうでお待ちでございます」
「セオ?」
「ああ、私の兄よ。今はここの主」
アレクに介抱されながら玄関ホールを抜け、さらに廊下を歩いた突き当りの部屋へ案内されると、目的のその人は、山のように積まれた書類に目を通している最中だった。
「ああ、着いたのか。すまない、ちょっと待っていてくれ。仕事が立て込んでいてな。ソファに座ってくつろいでいてくれ」
リジルとアレクがソファーに座ると、侍女がティーセットをテーブルに置ていく。しばらくぼんやりと庭を眺めていたリジルの肩をアレクが叩いた。
「なん…むぐっ」
「ここのクッキー美味しいのよ。どう?」
振り向きざまにクッキーを口に入れられて、リジルはモグモグと咀嚼する。飲み込むと、お茶を渡され、のどを潤した。
「アレクさん、びっくりするのでそれやめてください」
「えー?だってリジルちゃん、小鳥みたいだからついやりたくなっちゃうのよ。わかるでしょ?私の気持ち」
「分かりませんよ。私は小鳥じゃないんですから。餌やりみたいに言わないでください」
むすっとしていると、アレクが横で笑う。
「ああ、その顔も可愛いわね。またいじりたくなっちゃうわ」
「アレクさんは意地悪です」
「あら、こっちも美味しそう。はいリジルちゃん、あーん」
リジルはつられて口を開けてしまい、さっきとは違うクッキーを口に入れられてしまう。その食べている姿が、頬を膨らませたリスに見えて、アレクは心の中で笑いが止まらなかった。
まあ、その笑いは外にも駄々洩れていて、リスのようなリジルの頬が益々膨らんでしまうのだが。
「楽しそうじゃないか」
「あら、終わったの?」
「楽しそうな声が聞こえてくるもんだから、仕事は後回しにすることにした。初めまして。私はセオという。ジルベール家の長男で、ここの家主だ。よろしく」
「初めまして。リジルと申します。お世話になります」
「詳細は本邸とノアルから聞いている。ゆっくりしていきなさい。私は仕事の関係でほとんどの時間、城にいる。何かあるときは執事のオリバー、後は近くの侍女を頼ってほしい」
「セオ、こう見えて宰相補佐なんてやってるのよ」
「宰相補佐…」
「大した事はないよ。いわば雑用係だ。おかげでこっちにまで仕事を持って帰らなければならないほどにね」
そう言って指示した先には先ほど目を通していた書類の山があった。
「すみません。お忙しいのに時間を割いていただいてありがとうございます」
「かまわない。何せ、母待望の娘だからな。丁重にもてなすさ。それに、こんなに可愛らしいとは。アレク、なんで黙っていた」
「えー、別に必要事項じゃないじゃない。それにそんなことセオに言ったら、仕事ほっぽり出してセルフィーユまで確認しに行くとか言って来ちゃうでしょ?」
「それはもちろん」
「リジルちゃん、セオはね、ロリコンなのよ。それに加えて仕事では鬼なの。巷では鬼軍曹とまで言われてるのよ」
「ロリコンで鬼軍曹?」
「そう。もう32にもなってお嫁さんが来ないのは、そういう趣向と性格があるからなのよ。あ、でも可愛いものを見て愛でるだけだから、まだ可愛いものよね。中には一部マジやばい方々もいらっしゃるから」
驚きと冷や汗をかきながらリジルがセオのほうを向けば、彼はニコニコと笑顔を向けてくる。
「ロリコンとは心外だが、小さいものや可愛いものは庇護欲をそそるんだよ。特に君みたいな子は」
「あの、私19歳なので、それには当てはまらな…」
「君は、君の価値をもっと知るべきだ」
セオはなぜかやれやれとため息をつきながらリジルにそう言った。
「分かるわぁ。年の割に容姿が幼いし、か細くて守ってあげたくなるのよねぇ」
なぜかアレクまでもが便乗してくる。
「可愛いかは横に置いとくとして、細いのは、昔からで。価値とか私にはないです。むしろ、生きていてごめんなさい」
「アレク」
「なあに?セオ」
「夜にノアルを含めて話し合いだ。いいな」
「…何の話し合いよ」
「あ、あの、すみません。ジルベール家の皆さんにはお世話になりっぱなしで」
リジルが恐縮して言うと、二人は笑った。
「気にするな。家は敵は徹底的に叩くが、一度懐に収めてしまえば何があろうと守る。そういう家風だ。あのノアルが守ろうとしたんだ。君はもう家の一員だよ」
「そうよぉ。遠慮なんていらないわ。さ、自己紹介も済んだことだし、リジルちゃん、部屋に行くわよ。オリバー」
「はい。ご案内いたします」