食事
「リジル様、またご飯残されてるわ」
「食が細いのは悩みどころよね」
エルダとサンティエは残された食事を見てため息をつく。朝食はサラダに柔らかいパン、野菜入りのスープに果物。
19歳の彼女が食べれるであろう分量に調整されてはいるものの、いつも半分は残ってしまう。
一度リジルに確認すれば、
「いえ、もうお腹いっぱいなんです。ユダーにいるときはこれの半分くらいでしたよ」
と、笑顔での賜るものだから、二人のため息の深さは益々増すのだった。
年齢の割に細く、15,6歳と言っても通ってしまうような幼い容姿を思い出して、エルダは目を細めた。
「栄養が圧倒的に足りていないわ。このままだと、体調が整うまでに結構な時間を要しそうね」
「エルダ、ここはひとつ、料理長と話し合いを」
「そうね、二人で気をもんでいたところで始まらないわ」
言うが早いか、二人はさっそく料理長のもとへ向かった。
「そうかぁ。おらぁてっきり飯がまずくて残してるんだとばかり思ってた」
料理長のバンは、退かれた食事を見てホッとしたようにつぶやいた。
「リジルさまに栄養を摂っていただきたいのだけど、何かいい案はないものかしら」
「少量でも栄養満点な料理かあ…。なあ、料理じゃないとダメなのかい?」
「バンさん、何かアイディアがあるの?」
「うーん。お菓子ならどうだい?リジルの嬢ちゃんが甘いもの大丈夫なら、そっちのが手軽だし、栄養というか、エネルギーにはなると思うんだが」
《それ良いわね‼》
気の合う二人の侍女は今日も今日とてハモった。
「食事が半分で腹が一杯なら、量を減らして、食後にサラッと入るデザートを出してみようか。今から作るから、出来たら試食してくんねえか」
「リジル、今日も弁当?」
「ジェイドさん。はい。サンドイッチを作ってもらってます。あまり量も入らないので、食堂のご飯だとどうしても残しちゃいますから」
ジルベール家で勤めている人たちが利用する社員食堂の一角で、リジルはジェイドとルチアとともに昼食を広げていた。ちなみにジェイドは大盛定食、ルチアはランチセットである。
「あら、美味しそうね。フルーツが挟まってる」
「一ついかがですか」
「じゃあ、私のお肉上げるわね」
女同士で和気あいあいとしている横で、ジェイドは勢いよく食べ物を胃袋に収めている。
「ジェイド、そんなに焦らなくても食事は逃げないわよ」
あきれたようにルチアが言えば、口いっぱいに食べ物を詰め込んだジェイドはそのままもごもごと何やらしゃべっている。途中、のどに詰まったのか胸をどんどん叩いては水を飲み、涙目になっていた。
「うはぁ。死ぬかと思った」
「だから、少しは落ち着いて食べなさいよ。みっともない」
「腹が減ってはなんとやらッていうじゃないですか」
二人のやり取りを見ながら、リジルはクスクスと笑う。それを見た二人も噴出した。
「おう、楽しそうじゃねえか」
「ジーク、お帰り。出張お疲れ様。リジルさん、こいつジークね」
「お、新入り?俺はジーク。よろしくな」
「あ、はい。初めまして。リジルと言います」
「その訛り、ユダー辺りから来た?」
「あ、よくご存じで」
「まあ、俺は出張が多いからね。国内だけじゃなくて近隣の国にもたまにいくわけだよ」
「あの、今回はどちらへ?」
「ん?あー、今回は国内ね。中央に文官庁っていうのがあるんだけど、そこに辺境伯領の報告書を届けに行っていた。あとは、まあ旅がてら、町中を物色…じゃなくて、視察だな」
「あの、中央ってどんなところですか?」
「ヴィーネ第一の都市ヴィルキス。俺らは中央って言っているけどな。まあ、セルフィーユの3倍くらいの街だ。外壁と内壁、小高い丘の上に城があって、中心をイスキル川が流れている。別名水の都。城の後ろには山脈があって、そこから豊富な水が流れてくる。合わせて温暖。主な産業は酒造、織物、農業ってところかな」
「すごく詳しいんですね」
「基礎知識は、訓練所時代に皆叩き込まれるからな」
食事後、サンティエの迎えが来たためリジルは3人と別れる。彼女の後姿を見て、ジークはルチアに聞いた。
「彼女、訳ありか」
「ユダーの病院にいた時に放火にあって、ノアル様と一緒に逃げてきたと言っていたわ。彼女、体に結構大きな傷があって、まだ実は本調子じゃないらしいのよ。なので勤務は午前中だけなの」
「ふーん」
「ジーク?」
「ん?」
「何でもないわ。それよりあなたが不在中に来た書類が山のようにたまっているから、午後からはそれ片づけて頂戴ね」
「これ、何ですか?」
出された夕食を全て食べ切ったリジルは、最後に出されたデザートを興味津々と見ていた。エルダが気合を入れて説明する。
「これはプリンという卵を使ったデザートです。上には焦がしキャラメルソースがかかっています。どうぞ」
「は、はい」
実は、この時初めてリジルはプリンを口にしたのだった。戦時下のサジエヴァルでは砂糖は貴重品だったため、庶民が甘味を口にすることはほとんどなかったのである。
「お、おいしい」
「良かったな」
「ノアル様、ノアル様も食べませんか。すごくおいしいです。これ」
「目を輝かせて食べているところ悪いが、俺は甘いの苦手なんだよ」
「そうですか」
一気に気落ちしたのが分かり、ノアルはため息をつく。
「一口だけな」
そういうとリジルのプリンを一口食べた。これを見ていた使用人は一様に驚愕し、その光景を目に焼き付けたという。
「珍しくあっさりしてるな」
「ノアル様が、甘いものをお召し上がりに…明日は嵐かしら」
「サンティエ、聞こえてるぞ」
いまだ驚き冷めやらぬサンティエの隣で、エルダが解説しだした。
「リジル様にお食事を食べていただきたくて、料理長のバルと相談いたしました。屋敷の皆様の嗜好に合わせるとどうしてもこってり系になってしまうため、食事はあっさり目に、いつも残されていたのでいつもより半分に量を調整しまして、デザートをつけました。デザートもリジルさまに合わせてあっさり食べていただけるよう甘さを調節してもらったのです」
「なるほどな。これなら俺でも食べれる」
そう言ってもう一口食べた。ざわめきが周囲を駆け巡る。そんな状況に、リジルは笑ってしまう。
「ノアル先生は、最近皆さんに驚かれてばかりですね」
「そうか?エルダ、俺もあっさりしたやつなら甘いのいけそうだ。次から出してくれ」
「承知しました。料理長へ伝えておきます」
リジルたちの食事後、裏方では料理長と侍女2人がガッツポーズを繰り広げていた。
「やりましたわね」
「しかもノアル様まで食べるというオマケつきです」
「やったなぁ。いやぁ、おいらここ最近で一番うれしいかも」
その後、料理長のバルは料理研究に没頭し、デザートの新作を出してはリジルとノアルを喜ばせた。リジルの栄養面はこれで改善されつつあったのだった。