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リジルと深愛の空  作者: 夜長
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昼寝と日記

 それから、あっという間に一週間が過ぎ、リジルはジルベール家の文官として、午前中だけ勤務することになった。母家から渡り廊下を通って5分。サンティエに案内され、たどり着いたのは、蔦の絡まった平屋の建物だった。通された部屋にはデスクが窓側を向けて配置されており、奥には本棚と、応対用のソファが設置されていた。

 奥で作業していた二人がこちらへと向かってくる。


「ではリジルさま、私はこれで失礼します。お昼になりましたら迎えに参りますので」

「サンティエさんありがとうございます」


 サンティエを目で送って視線を戻すと、目の前に背の高い男性、後ろに女性が立っていた。


「初めまして、リジルです。今日からお世話になります」

「あああああ!神様ありがとうございます!ありがとうございます!」

「ジェイド、うるさい」


 どすっ…

 

 そばかすに背のひょろっとした体躯をその場に埋めて悶絶しているのはジェイド。文官2年目の若造である。

 ため息をつきながら右手に持った分厚い書類を抱え上げたのは文官10年目のルチアだ。


「初めまして。私はルチア。横のはジェイドよ。うるさくてごめんなさいね。ダンギールの爺様が引退してから、ちょっと仕事が、いやかなり増えちゃって、猫の手も借りたいくらいだったの。あ、ダンギール様ってのは御年85歳の爺様でね。最近高齢を理由に引退しちゃったのよ」

「ルチアさま、酷くね?いや、騒いだのは悪かったけど、酷くね?」

「少しは落ち着きなさいな」


 ジェイドは頭をさすりながら、よっこいしょと立ち上がる。


「初めまして。俺はジェイド。22歳の文官2年目。わかんないことあったら、俺よりもルチアさまに聞いてくれな。俺もまだよくわかんないことだらけだからさ」


へらへら笑うジェイドにルチアがため息をつく。

 

「ジェイド、2年も経ってなに甘えたこと言っているの?あんた今日から先輩になるんだから、しっかりなさい?」

「先、輩?」

「そうよ。先輩よ。後輩の面倒よろしくね。リジルさん、最初は私もつくけれど、教育係はジェイドに任せるから。わからないことはジェイドに聞いてね。それでも分からないときは助けるから。事務方は、いつもは4,5人体制なんだけど、今日は、それぞれ休みや出張でみんな来てないわ。50代のイズバル、オルソン、40代がレイラとグレイド、30代が私とジーク。20代がシェエラと横にいるジェイドね。まあ、居ない面子については今度会ったときに紹介するわ」


 ルチアはそういうと、ジェイドの肩を叩いた。


「ジェイド、私は書類を届けに出るけど、あとよろしくね」

「よし、任された!後輩よ!今日からよろしくな!」


 得意げに言われて、リジルは苦笑した。ジェイドはどうやらお調子者のようだ。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 入り口に一番近い席に案内される。新人は書類整理が主ということで、ジェイドに手順を教わっていく。ユダーでも文官をしていたが、所変わるとまた違ったルールや仕方があり、リジルは一からそれらを学んでいった。

 

「これはわかりやすいですね」


 机の上には整理しやすいようにそれぞれボックスが用意されていた。


「ああ、未整理分と整理済み、早急なものとそうでないものに分けたほうがいいのはわかるだろ。ダンギール爺さんが若い時に導入したらしいぜ。昔は書類も煩雑に置かれていて、まったく仕事がはかどらなかったって、口癖のように言ってたからさ」

「あの、ダンギールさんて、引退された方ですよね」

「ああ、それが今月入ってから急に辞めるって言ってさ。こっちもやめるって思ってなかったから、びっくりしなのなんの。それから、爺さんの穴埋めようと必死こいてたんだよね。あの爺さん、のほほんと座っているだけだと思ってたら、実は結構な仕事量こなしててさ。ビビったのなんの。ああ、ごめん。話それちまったな。書類は町からの報告書やら、嘆願書やらいろいろ郵送されてきたものをここで仕訳けて、サイモン様に持っていくのが仕事な。単純作業なんだけど、量が多いんで結構な時間がかかるんだよ。あ、未整理の書類はこれ」


 指さされた先には、作業する机の横にもう一台机があり、その上には未整理の書類がうず高く積まれていた。


「これ、今まで俺とシェエラで仕訳けてたんだけど、2人の作業量より多くて、たまっていく一方でさ。困ってたんだ。というわけで、リジル、よろしくな」


 一通り説明を受けて、しばらく書類の整理を一緒に行う。その間にルチアが戻り、3人で作業を再開した。わからないところを聞きつつ、大体の流れが掴めてきた所で、お昼の鐘が聞こえた。


「よし、今日はここまでな。おお、ちょっと書類が減った!」

「ジェイド良かったわね。リジルさん、体調は大丈夫かしら」

「はい。大丈夫です。ルチアさん、ジェイドさんありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

「ええ、また明日」

「おう、また明日な」


 玄関でサンティエと合流し渡り廊下を歩いていると、何やら会話が聞こえてきた。


「どなたかいらっしゃるのでしょうか」

「ああ、あちらはちょっとした訓練場ですよ」

「訓練?」

「伯爵家の使用人や、衛兵は、一度訓練場で様々な訓練を受けます。養成施設のようなものです。昼休憩に入ったみたいですね。それよりも、リジルさま、無理はなさってないですよね」

「え?はい」

「少し顔色が悪いようですが」

「そうですか?初日で覚えることが多かったから、少し疲れたのかも…って、ええええ!!!」


 次の瞬間、なぜだかサンティエに横抱きに抱えられていた。


「リジルさま、軽すぎます。そして、驚きすぎです」

「お、驚きますよ?いや、恥ずかしいので下ろしてもらって…」

「だめです。無理は禁物ですよ。今朝もあまり食事を召し上がってませんよね。体調、本当は悪いのでは無いですか?」


 見透かされるように言われて、リジルは沈黙した。

 夢見が悪くて、毎日夜あまり寝れていないことを伝えると、サンティエはため息をついた。


「昼食を済ませて少し休まれたら、ノアル様に診てもらいましょう」

「え、そこまでしてもらわなくても」

「遠慮しすぎですよ。むしろ、頼っていればいいんです。今リジルさまに必要なのは休息なのですから」


 昼食後、リジルは南に位置する温室のソファでぼんやりと辺りを眺めていた。ここにはリリアンが好んでいる南国の花や果樹が植えられている。もう少ししたら、美味しい果物がなるんだと、嬉々として語っていた彼女を思い出してリジルは笑った。


「何笑ってるんだ?」


 温室に入ってきたノアルは眉根をしかめて隣に座る。


「この間リリアン様がここの温室のことを話されていたのを思い出して」

「…ああ、うちの母がすまないな。その前に、娘ができたと騒いでいた時は、その年でかとちょっとゾッとしたが、お前のことを言っていると知って笑ってしまった。あれははしゃぎすぎだよな」


 診察道具を広げながらノアルも苦笑する。


「で、夜眠れてないって?」

「あ、はい」

「なんですぐ言わなかった?」

「夢見が悪いのは、いつもだから」


 渋々言えば、ノアルにため息をつかれる。


「お前なあ、それはもう心的要因…。病気につながりかねない症状なんだぞ」

「毎日のことだから、慣れてしまって」

「で、どんな夢を見るんだ?」


「昔の夢です。父と母が家に帰ったら冷たくなっていて、しがみついて泣いていたら、知らない男につかまって、連れていかれそうになるところを兄が助けてくれるんですけど、そのあと、兄も死んで。死んだ家族に言われるんです。助けてくれって。お前もこっちにこいって。そのうち、体を引きずられそうになって、もがくけど、もがくたびに抜け出せなくて、息もできなくなりそうになるところでいつも目が覚める…」


 話しているうちに、リジルは体が震えてくる。目の前で家族が死んだ状態で叫ぶのだ。助けてくれと。


「起きた時はいつも心臓がドキドキしていて、怖くて、結局夜眠れないまま朝が来るんです。毎日。繰り返し」


「リジル。それはお前の中のトラウマだ。それは家族の死であり、それを受け入れられないお前自身であり、その死が自分自身のせいだと思っていることだと思う。まずは受け入れることが先なんだが、それが一番難しい」


 そういうと、ノアルは考え込むように顎を撫でた。そしてリジルの頭をポンと叩く。


「よし、ちょっと待ってろ」


 そう言ってノアルは温室から出ていった。しばらくして戻ってきた手には本を持っている。


「これをお前にやる」

「これは?」

「日記帳だ」

「日記帳?」

「とりあえず、今日思ったこと、あったこと何でもいい。全部これに書け」


 茶色い背表紙をめくれば、真白い紙が見える。


「気持ちの整理をするのに、書くことがいいんだ。俺も日記をつけてる」

「ノアル先生も?」

「ああ、学生の頃から始めたから、もう10年以上書いてる」

「これを書けば、怖い夢、見なくなりますか?」

「断言はできないが、心は軽くなるはずだ」


 あと、睡眠薬も出しておくといって、ノアルは診断表に詳細を記入していった。


「リジル、今暇か?」

「はい、予定はないですよ」

「よし、じゃあ、寝ろ」


 言うが早いか、肩をグイっと引き寄せられる。気づけばノアルの顔が真上から覗いていた。付き添いで後ろに立っていたサンティエが、上から肩掛けをかけてくれる。


「先生」

「なんだ」

「先生の足が硬くて寝れません」

「…」


 無言で近くにあったクッションをリジルに宛がうノアル。その様子を見てサンティエが口元を抑える。


「サンティエ、笑っていいんだぞ」

「ノアル様、不憫」

「うるさい。どうとでも言え。リジル、お前素直すぎだぞ」

「先ほどサンティエさんに、遠慮しすぎだと言われました」


 こらえきれずにサンティエが笑い出した。


「ま、いいか。ほら、いいから寝ろ。夕方になったら起こしてやるから」


 頭を撫でられる気持ちよさに、リジルの意識はさほど経たないうちに途切れた。力の抜けた様子を見てノアルが深く息を吐く。


「サンティエ」

「はい」

「俺は1か月休みだから、リジルの昼寝に付き合う。昼食後はここに連れてこい」

「承知いたしました」


 この日から、文官業務とノアル付き添いの昼寝、寝る前の日記帳記入がリジルの日課に加わった。


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