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リジルと深愛の空  作者: 夜長
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はじまり

 

『生きるために人を殺して何が悪い?

殺さなければこちらが殺られていたんだぞ』


『だが、私達は同じ民ではないか…』


『同じ民?違うだろ!ルキウス王側の人間は総じて敵だ。一掃こそ正義』



 男たちの言い合う声が遠くで聴こえるのを、リジルはどこか夢うつつで聞いていた。


 きっと夢だ。


 昨日まで同僚とささやかながら笑いあっていた。

 地方の文官として、毎日忙しく働いていたのに。


 いつも使っているデスクの周りは、無惨に荒らされ、リジルは近くに横たわっていた。鉄錆の匂いと、男たちの罵声。

 同僚も近くに倒れていたが、既に息絶えている。


 まだ何かを探る音と言い合う声が続いていたが、リジルはそこで意識を手放した。




 次に目が覚めたとき、どこに居るのか分からなかった。ツンとした消毒の匂いが鼻腔を擽る。

 周囲を見渡すと、窓が一つ、ベッドの横にサイドテーブルと木の丸椅子が置かれただけの簡素な部屋だった。

 夕暮れ時なのか、オレンジに染まる室内を暫くぼんやりと眺めていた。



《痛い…》


 意識がハッキリするとともに、痛覚もまた戻ってきたらしい。


 ジンジンと痛むそれに思わず唸る。


 左胸から腹部にかけて熱を持った傷は先ほどからそれを主張する。



 ガチャ…キィ…


 「目が覚めたのか?」


 

 聞き慣れない低い声に、痛みで閉じていた瞼をうっすら開けると、ドアを開けて入ってきたらしい人物がそこに居た。

 やはり見知らぬ眼鏡に髭面の男性が、観察するようにこちらを覗き込んでいる。

 彼はすぐに手首と首に手をやる。ひんやりとした手が心地よい。


「脈も早いし、熱もまだ高いな。痛み止めももう切れただろう?今から一本打つから」


 言うが早いか、サイドテーブルに用意されていた注射液を右腕に射す。チクッとした気がしたが、今は体の痛みを堪える方に必死でさほどの痛みを感じない。

 しばらくすると効いてきたのか、眠気が襲ってきた。


「とりあえず寝ろ」


 診察とその他諸々のケアを済ませた彼は、リジルの頭を一撫でした。


 新しく取り替えられた氷枕と、撫でてくれる手の気持ちよさに、リジルはまた引きずられるように眠りに落ちたのだった。





「リジル、目が覚めた?朝ごはん持ってきたから食べちゃって!」


 勢いよくドアが開いたと思ったら、看護師のタラがそう言い放って、物を置いていくと慌ただしくまた来た道を戻っていった。

 それをまだしっかりと働かない頭で見送って、サイドテーブルに置かれた皿を見ると、野菜粥と温かいミルクが置かれていた。

 枕を背もたれに、ゆったり起き上がり粥を啜る。

 

 ここはサジエヴァル国の西に位置するユダー市にある病院。

 3週間ほど前に運ばれたリジルは、最初の1週間高熱に浮かされ、その後ようやく落ち着いて、今ようやくどうにか自分で粥を食べれるようになっていた。

 5日前まで、手が震えてまともに食事をすることもできないくらい弱っていた体も、少しずつ力が入るようになってきてる。


「おいしい…」


 一口一口噛み締めながら嚥下していく。

 ようやく食べ終わる頃に、ノックが鳴る。どうぞと言えば、のっそりと髭面の男が入ってきた。


「診察だ。あー、くそ。眠い…」

「おはよう。ノアル先生。また徹夜?」


 皿をサイドテーブルへ戻しつつ尋ねれば、大きな欠伸一つしてこくんと頭を縦にふる。仕草を見れば、まるで野良猫のよう。


「人手は足りないのに怪我人は増えるばっかだからな」


 そう言いながら触診しだす。寝ぼけた頭で大丈夫なんだろうか。終わるまでそんなことを考えていると伏せていた目がこちらを見てきた。


「脈は上等だな。傷を見るから」


 3週間経った今でも胴体は包帯でぐるぐる巻にされている。

 それを慣れた手付きで解かれると、その下に消毒液を染み込ませたガーゼが見えてきた。それも丁寧に剥がされ、ようやく傷が見えた。


「先週抜糸してからの経過は良いようだ。痛みはどうだ?」

「前よりは落ち着いたけど、まだ時々痛いです」

「そうか。薬は朝と寝る前の服用を引き続きだな」


 消毒液で傷を吹いて、そこに新しいガーゼを敷くとまた包帯でぐるぐると巻いていく。

 欠伸を噛み殺しながらもその巻く手は正確だ。


 「ごめんなさい。手間を取らせて」


 しょぼくれていると頭をポンポンとされた。

 目を上げればアイスブルーの瞳がこちらを見ていた。


「お前が悪いわけじゃない。そうさせた世間が悪いんだよ」


 5年前の圧政に耐えきれなくなった国民によるデモを皮切りに、国王軍対国民軍の対立は日に日に激しさを増している。

 今だ内戦状態のこの国で、彼はきっぱり言い放った。

 もし軍関係者がいたら速攻で拘束される案件にリジルは顔をしかめる。


「ノアル先生、誰が聞いているかわかりません。そう言うことは…」

「分かってるさ。まあ、捕まったときはそん時だ…リジル、もう横になれ。回復してるからって無理は禁物だ。俺も少し寝てくる」


 そう言って、空の皿を片手に部屋を出ていった。

 大人しく横になり目をつぶると、体力が戻っていない体はそのまま引きづられるように意識を手放した。





 それが起こったのは病院に来て3ヶ月。床払をしてようやくリハビリの成果が出始めた頃だった。



「リジル!起きろ!」


 揺さぶられて目を覚ますと相変わらずの髭面が、血相を変えて目の前にいる。


「ノアル…先生?」

「国民軍が病院に火点けやがった!逃げるぞ!」

「他の人は??」

「他の医者や看護師が声をかけてる。急げ!火の周りが速い」


 起きてもつれそうになる足を叱咤する。

 廊下に出ると、叫び声や呻き声、罵声、焼けた臭いと煙が充満していた。


「こっちだ」


 不意に手を掴まれて誘導される。


「先生」

「大丈夫。助ける」


 不安だったがその一言で、歩きが少しスムーズになる。

 裏口が見えてきて、そこから出るのかと思いきや、2つ手前の部屋に入っていく。


「ここは?」

「裏口には見張りがいる。ここから脱出するぞ」


 どうやって…

 見上げると彼は笑った。



 次に目を開けた時、そこはユダー市が遠くに見渡せる国境に近い丘の上だった。


 目を白黒させていると、彼が手を握り返してきた。


「どうやって…」

「それは後で説明する。リジル、国境を越えるぞ」

「え?」

「生き残りが分かれば追われる身だ。行くぞ」


 そういって、何時間歩いたのか。鬱蒼と茂る山の中、方向もよく分からなくなってきた。

 

「ノアル!こっち」

「アレク」


 声がした方を確認すると、がたいのいい男性が前方に立っていた。


「心配してたんだから」

「すまない。まさか、足止めくらうとは思ってなかったんだ」

「とりあえず家に行くわよ。そこのお嬢さんも、落ち着いたら色々と話しましょ」


 パチンとウィンクされて固まる。それを彼が見て苦笑していた。

 手を引かれるまま、アレクと言われた男性の後ろを着いていくと、視界が急に開けた。



 目の前に現れたのは、堅牢な壁だった。




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