5 ~潜入~
ようやく、本当のヒロイン登場です。
異変は、突然だった。
穏やかな夕暮れの中の、村の風景。
それもわずかな間で、山々に囲まれているせいで、急ぎ足で夜の帳が降りた頃には、村は、魔物の徘徊する魔界と化していた。
村と外界の境界に巡らせた結界に何者かが接触し、それは涼やかなベルの音となって、人の耳に届く。
すぐさま教会の鐘が打ち鳴らされたが、教会から見下ろす村の外縁は、すでに夥しい数のスケルトンに囲まれていた。
それから、一週間ほどが経過している。
(子供たちは、限界か・・・)
家々の間を徘徊する、骸骨ども。
陽光を弱点とするはずのスケルトンだが、この一週間と言うもの、村の上空には暗雲が立ち込め続けている。
スケルトンの出現から三、四日目までは時おり聞こえていた村人の断末魔の叫びも、絶えて久しい。
今日の事態を想定していたわけではないのだが、飲料水や備蓄の食糧、さらには厠や炊事までも、建物の中で完結できるように設計、建築された教会だ。
武器こそ用意されてはいないものの、堅牢な建物全体を聖結界で包み込むことができ、言うなれば、対魔物に特化した、小さな砦のような造りになっている。
(まさか、役にたつ時が来るとは思わなかったな。)
礼拝堂の地下に設けられた隠し部屋の中で、十名程の子供たちの穏やかな寝息を聞きながら、クーナは一人ごちた。
魔力を動力源とするランタンが、穏やかな光と温かみをもたらしてくれている。
子供たちの寝顔を見守るクーナの眼差しは優しく、そして厳しい。
(我慢強い子達だから、今まで耐えてこれたけど、もう、いつ爆発してもおかしくない。)
辺境に住む者たちの末裔故、厳しい環境には慣れているのだろうが、それは決して、無限の忍耐力を裏付けるものではなかった。
(生き残っているのは、わたしたちだけか・・・)
教会を守る聖結界の魔力が尽き、外壁が打ち崩され、スケルトンどもが雪崩れ込んで来たならば・・・
(今度は・・・いや、今度こそ、守りきれるのか?
でも・・・)
自身の誓いと、かつて抱いていた使命との相克に、握る拳に力がこもる。
(ルーク、わたしは、どうすればいい?)
いまだ想い出す度に痛みを伴う人の名を喉の奥に押し込みつつ、手の甲に歯を立てる。
かすかに塩辛い味が、口の中に広がった。
村は、死の静寂に包まれていた。
生者の息吹は絶え、死者の骨格が軋む音のみが支配する世界。
地獄とはこのようなものかと、ゴドーは思った。
いや、唯一つ、死の世界にほのめく光。
都市を基準にするならば取るに足らない規模ではあるが、こんな辺鄙な村には不釣合いな大きさの教会の表面を、穏やかな光の結界が包み込んでいる。
(リーリア嬢ちゃんと同等くらいか?
いや、単純に比較はできんか・・・)
リーリアの聖結界は百を越えるスケルトンを拘束したが、こちらの結界は教会の建屋の表面を覆うように生成されており、スケルトンを近くに寄せ付けない。
(結界が存在すると言うことは、生きている者が中にいるはずだ。)
生成した術者がすでに事切れていて、結界のみが残されているという可能性を、敢えてゴドーは排除した。
いずれにせよ、教会の中に入って状況を確認する必要がある。
教会の尖塔が間近に迫り、ゴドーはわずかな衣擦れの音をまといつつ、教会の屋根に降り立った。
先ほどまで背負っていたドラゴンの羽根は、すでに懐に収納されている。
もちろん、ドラゴンの羽根の形状そのままに使用できるわけではないので、四角に切り取った羽根を両手両足で掴んで、ムササビの如く滑空したのだ。
魔力で空中移動ということもゴドーには可能なのだが、スケルトンは、人が纏う魔力には敏感だ。
滑空移動なら、最初に高度を取る時に魔法を使ったとしても、横移動の際には、ほとんど身体能力だけで操作可能だ。
結果的に、闇にとけ込む黒装束に身を包んでいるゴドーを感知できたスケルトンはいなかったようだ。
聖結界内とは言え、無用にスケルトンを刺激することがないように、滑るように屋根の上を移動し、採光用の天窓から、ほの暗い中の様子を窺がう。
(姿は見えない・・・
どこかに、隠れているのか?)
考え込んでいても仕方がないので、天窓と窓枠の間に短刀をこじ入れる。
程なくできた隙間から、スルリと内部に潜り込む。
(視覚強化。)
囁くような詠唱とともに、視界が明確になる。
百人も入ればいっぱいになってしまうような小さな礼拝堂内に、人の気配はない。
(魔力感知。)
瞬間、視界は光で満たされた。
外部から予測していたより、ずいぶんと強力な魔法だった。
(なるほど。スケルトンが近づけもしないわけだ。
しかし・・・)
これほどの魔法を、いったい、誰が?
天窓の枠にぶら下がっていたゴドーだが、わずかに首を左右に振ると、その手を離した。
とにかく今は、現状把握だ。
ほとんど音を立てずに床に降り立ったゴドーの首の後ろに、ぞわっと殺気が走り抜けた。
「くっ!」
前方に身を投げるようにして回避するのと、ブンと空を切る鋭い音とが、ほぼ同時だった。
「何者ッ!?」
「いや、待て!
俺は魔物じゃないっ!」
「何?」
頭上に左手をかざしたゴドーの目前に、振り下ろされた燭台が、ピタリと止まった。
「ゴドー、さん?
どうして・・・」
「生きてて、良かった・・・」
思わず漏らした言葉に、
「ゴドーさんこそ、無茶は止めてくださいね。」
クーナの、少し怒った顔が、仄かな光の中に浮かび上がっていた。
天然神官のリーリア:今回は、出番ないんですよね。
男前ドワーフのニナ:まったく、これじゃ腕がなまっちまうじゃないか!
天然神官のリーリア:前回、あんなに暴れたのに?