1 ~鉄壁~
お久しぶりの鉄壁メンバ登場です(ただし、ビスト先生除く)。
冒険者パーティとしては、かなりバランスが良くなってきました。
(なるほど、構成としては悪くない。)
前衛は、盾持ちの戦士と無手の闘士。
その後ろに、援護の弓士と魔法使い。
最後尾の神官が、戦況全体を眺めつつ、適宜防御と治癒を行う。
(しかし、乱戦になった場合はどうかな?)
机上の想定なぞ、現実はいとも簡単に覆し得る。
前面に戦力を集中して先手を取っても、敵がいつも同じ方向からやってくるとは限らない。
案の定、後方から不意に出現した黒い影を、神官は慌てもせずに錫杖で受け流す。
ヒュンと、空を裂くような風切り音とともに、黒い影に矢が突き刺さる。
程なく、戦士の盾が神官の姿を隠していた。
(さすがはエルフと言うところか。
前衛の引きも速い。)
戦士が下がった一方で、弓士が少し前に出ている。
(挟撃に持ち込まれたという意味では悪手だが・・・)
杞憂の念は、闘士の拳によって打ち砕かれた。
圧倒的なまでの打撃により、程なく戦いは終息した。
勝利の余韻に浸ることもなく、油断なく周囲をうかがう冒険者パーティ一行と、大地に転がるオークの骸が十体余り。
長耳に片手を添えて、しばし耳を澄ませるような仕草をしていた弓士のエルフが、長弓を皮鎧の背中の定位置に戻した。
「うん、敵意を持っている生き物は、周囲にはいないようだ。」
耳障りの良い、穏やかな声音のエルフに、
「逃げる足音も聞こえないし、どうやら、流れオークだったようだね。」
地面に耳をつけていた闘士のドワーフが、起き上がって髪に付いた土を払う。
「強い魔力を持つ生き物もいないようです。」
神官の少女が、錫杖の表面を神官服の裾で磨きながら近づいてくる。
「結局、出番なしね。」
魔法使いの少女が、ボソリと呟くように言った。
「目的地に着く前から総力戦に至らなかったことを、まずは喜びましょう。」
盾士の少年が穏やかな笑みを向けると、
「そりゃそうね。
今回は、ビスト先生もいないことだし。」
闘士の言葉に肩を竦める魔法使いの少女の足元で、ニャアと、のんびりした返事があった。
パチパチと、薪が爆ぜる。
それとともに、じゅうじゅうといい音をたてつつ、香ばしい匂いが立ち上る。
ともすれば嗅覚に集中しがちな気持ちをグッと堪えつつ、ゴドーは焚き火を囲む面々に意識を向けた。
「なんだいシャーナ、全然食が進まないようだね。
そんなことじゃ、いい女にはなれないよ!」
焼き具合には無頓着に、次から次へと串刺し肉を口に運ぶのは、闘士のニナだ。
「仕方ないですよ、ニナさん。
オーク退治の後なんですもの。
いくら猪肉だって言っても、オークの顔がチラついてしまうのは、無理もありません。」
神官のリーリアは、手つきこそニナよりは上品だが、食欲は負けず劣らずというところのようだ。
「無理強いはしませんが、空腹では動きが鈍ります。
スープぐらいは、しっかり飲んでおいた方がいいと思いますよ。」
そう言って小ぶりな椀を魔法使いのシャーナに手渡したのは、盾士のギルガだ。
「そんなこと、言われなくてもわかってる。」
文句を言いつつ、素直に椀を受け取るシャーナに、
「魔法使いって言っても、結局、冒険者は体力勝負だからね。
食べられる時には、ちゃんと食べておかないと。」
弓士のエンゲは、肉食の女性達よりもずっと優雅な仕草で肉を口に運んでいる。
しばしシャーナがスープを口に運ぶ様子を見守っていたギルガが、ようやく自分の肉に手を付け始めた。
「ゴドーさんは、肉よりもお酒って感じですか?」
不意にリーリアに話しかけられ、ゴドーは慌てて口の中の肉を、喉の奥に飲み込んだ。
「あ、いや、まぁ、街にいる時はそうだが、こんな森の中ではな。」
そう言って見上げるゴドーの瞳には、無数の星の輝きが映っている。
「フィノは、ここに危険はないって言ってるわ。」
シャーナの背中で丸まっていた炎猫のフィノが、うーんと伸びをしてから、ニャーオと声を上げた。
「君の相棒のことを信頼していないわけではないが、まぁ、自分自身の、冒険者としての気構えとでも言うところかな。」
ともすれば失念しがちなことではあるが、少なくとも倍以上の年齢のニナとエンゲの前で語る言葉としては、少し気恥ずかしいゴドーだった。
「確かに。
森の中だと、何が起こるかわかりませんものね。」
うんうんと、頷くリーリア。
「この辺って、強い魔物とか、いたっけ?」
小首を傾げるシャーナだが、
「敢えて言えば、魔狼族のなわばりではあるけどね。」
そう言いいつつ、エンゲは腰に下げていた小さな麻の袋を持ち上げつつ、
「ウルガからもらったお守りだけど・・・」
「それって、本当に効き目ある?」
「確かに。
現に、オークには効果はなかったみたいだしね。」
「中身はなんなの?」
胡散臭げな表情をしてみせるシャーナだが、そう言う彼女の杖にも、同じものが結わえ付けられている。
「少し前に、ウルガの抜け毛取りを手伝ったんだ。
その時出た毛を丸めて、中に詰め込んでいるのさ。」
「えっ?そうなの?
気持ち悪くない?」
あからさまに嫌な顔をするシャーナだが、
「エルフにとって、狼は森の友さ。
それに魔狼の場合、匂いそのものは大したことはなくて、強い魔力を帯びているのが特徴なんだ。」
「その割には、フィノは全然嫌がらないよね。」
「犬と猫って、あまり仲が良い印象はないけど、偶さか相性の問題なのかな?」
そう言って差し出したエンゲの指先を、フィノは小さな舌でペロリと舐めた。
シャーナの記憶の中の猫の姿を模したフィノだったが、ざらついた舌の感触までも忠実に再現されていた。
「この子って、オス?メス?」
ニナが、焚き火の燃えさしをフィノの頭上でクルクル廻す。
「そういう言い方、好きじゃないけど・・・」
他意がないことは分かりきっているから、シャーナはニナをひと睨みするだけで、腕を組んで考え込む。
(大元はおばあちゃん猫だったと思うんだけど・・・そう言えば、敢えて確認したことはなかったな。)
フィノと同じように、何となく寂しい時には、いつの間にか近くにいてくれて、程よく落ち着いた頃には姿を消しているという具合だった。
添い寝してくれた時もあったけれども、シャーナが起きた時には、いつもどこかに行ってしまっていた。
(もうちょっと、撫でたりしてあげとけば良かったな。)
思い出に沈んだ表情のシャーナを気遣っているのか、ニナのちょっかいには一瞥をくれただけで、フィノはシャーナの懐に丸くなって、ゴロゴロと喉を鳴らした。
残念エルフのエンゲ:ウルガの名前が出てますけど、このお話では出番なしです。
天然神官のリーリア:ウルガさんのお話が読みたい方は、『デラとアルフのドラゴン退治』をどうぞ。
残念エルフのエンゲ:(うわぁ、あからさまな宣伝だぁ。)