17 ~修行~
デラとジジとシャーナの三人は、人の住まぬ領域を進んでゆくが・・・
「やぁやぁやぁ!
遠からん者は、音にも聞け!
近くば寄って、目にも見よ!
我こそは、ヨンネが不肖の弟子、リンゴールのデラなり!
いざ、尋常に勝負だッ!」
デラの、闊達な声が鳴り響き、シャーナはもはや、何度目か分からない諦観とともに、身体強化、筋力強化、魔法耐性強化、精神強化・・・と、片っ端から自己強化魔法を行使していった。
リグザールの背に乗って、リンゴールから離れて十数日。
しかし、シャーナたちは、いまだにリンゴールに戻れていない。
いや、正確を語るならば、一向に帰途に付こうとしないデラと、そんなデラに、ニコニコしながらまとわりつくジジ、そしてその二人に引き離されまいとして、決死の覚悟でついて行くシャーナという按配だった。
最初の数日は、とにかく歩き回り、動物を見つけたら狩り、食べて寝るの、繰り返しだった。
ただし、体力に大きく劣るシャーナに合わせての道行だから、普通の旅人とそんなに変わらない速さだった。
一番遅いシャーナに合わせることを、デラやジジはまったく苦にしてはいないようだったが、シャーナの存外に負けず嫌いな性分が、それを良しとしなかった。
率直にデラに教えを請い、身体強化をはじめ、自己強化魔法の使い方を学んでいった。
まずは身体強化を覚えて基礎中の基礎を固めると、その応用で筋力強化、疲労軽減などの肉体強化系魔法を、ついでに、敵から放たれた魔法に対して耐性を付ける魔法耐性強化や、毒を浄化する毒物中和、精神攻撃への耐性を高める精神強化・・・などなど、片っ端から手を付けてゆく。
もちろん、最初からすべてを行使することはできなかったのだが、初日から何度も、正面から死と向き合うような経験を強制されたシャーナにしてみれば、デラの背を追いかけながら身体強化をかけ、遅れないように走りながら筋力強化し、疲労軽減で何とか進み続け、ひたすら追いかけ続けてゆくしかなかった。
そして・・・なぜかデラが、それらの魔法を恐ろしいほどに積極的に教えてくれるのを不思議に思わなかった自分自身の迂闊さを、たった今、思い知ったシャーナだった。
(まさか!
わたしを巻き込んでガチの喧嘩を売るために、自己強化系魔法を?
・・・いや、むしろ、わたしが巻き込まれても死なないように、魔法を学ばせた?)
嬉々として魔物の集団に立ち向かってゆくデラの表情を見る限りでは、シャーナを戦力として考えているわけではないようだ。
もっとも、それはジジも同じことで、相変わらずふわふわと宙に浮きながら、時おり下界から放たれる槍を器用に避けている。
「よっしゃぁ!」
気がつけば、デラ一人を除き、相手の魔物たちは、すべて地面に寝そべっている。
戦場となった川辺から少し離れたところで、気配隠蔽で身を隠していたシャーナは、もはや危険はないと判断して、デラに向かって走り出す・・・と、
岩陰に潜んでいたリザードマンが、シャーナに向かって槍を放つ。
シュルシュルと回転しつつ迫る長槍は、シャーナが一瞥した瞬間、バシッ!と音がして、火の粉を撒き散らしながら爆ぜた。
詠唱はおろか、術名呼称もない、実行意思のみの魔法行使だった。
無論、少し前のシャーナには不可能だったことである。
常に自己強化系魔法をかけつつ、デラとともに山野を駆けた。
獲物を見つけた時には、さらに魔法を重ねがけした。
多種の魔法を、さらに多重行使することを続けているうちに、シャーナの潜在魔力が増大していたのだが、本人はそれをまだ、自覚していない。
何しろ、それどころではなかったから・・・
「勝ち鬨上げるなら、しっかり殲滅してからにして欲しいわ!」
息も切らせずデラの傍に駆け寄るシャーナに、
「ごめんごめん。
でも、問題なかったでしょ!」
悪びれず笑顔を見せるデラの背中に、ふわりとジジが舞い降りた。
「さて、それじゃ、全員まとめて治療しちゃうよ!」
デラの裡の魔力が、急速に膨れ上がる。
「でぇえいッ!」
足元の地面に向かって、デラの拳が放たれ、膨大な魔力が瞬時に周囲に拡散する。
次々と意識を取り戻し、起き上がるリザードマン達の様子を眺めながら、
「後で治療するくらいなら、端から倒さなければいいのに。」
「だって、これは修行だもの。
命を奪うのが、目的じゃないわ。」
もちろん、デラの言うことは、シャーナには欠片も理解できなかった。
毒舌魔法使いのシャーナ:ああいうのって、どこで覚えてくるのよ!
天真爛漫のデラ:何が?
毒舌魔法使いのシャーナ:遠からんものがってやつよ。
天真爛漫のデラ:さぁ?なんとなく?
毒舌魔法使いのシャーナ:やっぱり理解できないわ。