10 ~激闘~
クーナ姐とデーモンの激闘がはじまるが・・・
銀の閃光が、軌跡を描く。
クーナの神速の剣は、しかし、すべてアークデーモンの身体に触れることなく阻止される。
いや、正確には、アークデーモンの長い尾が、クーナの刃を弾いていた。
キン!キン!と、金属同士が打ち合う、澄んだ音。
二人の足取りは、ほとんど聞こえず、その代わりに、風切り音だけが、四方に放たれる。
(よもや、これ程とは・・・)
実質特級というクーナの評価に間違いはなく、ゴドー自身、リンゴールの冒険者組合に属する特級冒険者と比較しても、上位に位置する実力と自負している。
そんなゴドーをして、クーナの剣技は特級上位か、あるいはそれ以上かもしれないと思わせる。
いや、正確を語れば、単純に剣技だけならば、上級の上位か、あるいは特級の下位というところだろう。
しかし、尋常でない程に練られた魔力が、クーナの剣技を一段階、いや、二段階程引き上げている。
(魔力量も、特級並みなのか?)
そういうゴドー自身も、魔力により剣技を底上げしているのだが、ゴドーの魔力は中級の上位と言うところなので、あくまで魔力は補助的な位置づけに過ぎない。
もっとも、剣技と魔法の両方をそこそこ使える冒険者さえ、そうそう多くはないのだが・・・
(うん?)
不意に、音が止んだ。
動きを止めたクーナの蛮刀が、キーンと、一際甲高い音色を纏いつつ、刀身の中心辺りで、真っ二つに折れた。
「ここまでか・・・」
唯一の武具を失ったクーナに、しかし、落胆の表情はない。
「ふむ。牙を失ってなお、戦意は衰えずか。
蛮勇か、愚か者か、あるいは・・・」
愉しげな口調の、アークデーモン。
「魔法達者のデーモン相手にどこまで通用するか、分からないけど・・・」
クーナの体内の魔力が、さらに昂ぶる。
「素性は達者と言えども、生憎、万全ではないのでな。」
対するアークデーモンもまた、体内に魔力を満たす。
一瞬の、空隙。
「聖天滅波ッ!」
交錯する、クーナの掌底と、アークデーモンの尾の先端。
「ぐぅッ!」
胸元を押さえる、クーナ。
切創から滴り落ちる、紅い雫。
自身の尾に、舌を滑らせるアークデーモン。
「心の臓を、一突きの見込みだったが。
目測を誤ったか、あるいは・・・」
「痛覚鈍化、組織再生・・・」
自分の胸に手の平を当て、治癒魔法を行使するクーナ。
「古来より、闘いの勝者は敗者の血肉を喰らい、その力を我が物と為した。
その闘気、我が糧となるに相応しい。」
アークデーモンの口元に浮かぶ笑みが、深まる。
ともするとその邪悪に呑み込まれようとする気持ちを奮い立たせるように、クーナは自分の頬をパンパンと叩く。
(ギリギリ回避はできたけど、分が悪いということには変わりないか。
ついに、年貢の納め時かな?)
故郷に程近い場所で、魔物と戦って大地に還る。
一度剣を捨てた騎士の最期としては、決して悪くない。
(防御は最低限にして、高速化に全振りだ!)
筋力向上とともに、視覚の感覚強化、思考の高速化を行使する。
たちまち、時間がゆっくりと進むように感じ始める。
(長くは持たない。
一閃で、ケリを付ける!)
得物を持ってしても歯が立たなかった相手に、無手が、どこまで通用するか。
(いや、考えるまでもない。
今できることを、やり通すだけ!)
クーナの足が、地を蹴る。
アークデーモンの尾の先端が、狙い過たずにクーナの左胸を狙うが、クーナの左肘で叩き落される。
踏み込んだ勢いのまま懐に入ったクーナの手刀が、アークデーモンの首を捉え・・・
ガキッっと、鈍い音と供に、クーナの指の先端が受け止められた。
少女の姿のままの、アークデーモンの歯に挟まれて。
(しまったッ!)
動けぬクーナの背後に、再びアークデーモンの尾の気配が迫る。
(くッ・・・)
衝撃を予期したクーナ・・・だが、
ギン!と、重量を感じさせる音を伴って、アークデーモンの尾が爆ぜる。
思わず振り向いたクーナの目前にあったのは、ゴドーの背中。
その手に握られている、蒼い光を帯びた長剣。
ゴドーはしかし、振り向きもせず、その剣を大地に突き立てる。
「説明は後だ!
その剣でデーモンをッ!」
ゴドーが言い切る前に、クーナとアークデーモンはほとんど同時に動く。
長剣に向かって伸ばされる、クーナの指先。
もう一方の手を咥えたまま、アークデーモンはふたたび尾を振るう。
そして・・・
恋する中年のゴドー:強い女って言うのも、悪くないな。
残念エルフのエンゲ:ものには程度って言うものがあるけどね。
恋する中年のゴドー:あんたが言っても、説得力があるようなないような。