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小さな生き物とジャムの瓶

作者: とむ

食べ終わったジャムの空き瓶を台所の流しの上に並べていた。毎朝パンを食べることにしていたから、毎朝ジャムを食べ、食べ終わったジャムの空き瓶は、流しの上に並べて置いた。それが少しずつ溜っていって、今、その数は十三個になった。ジャムの空き瓶はガラス製、手の平ほどの大きさで、無色透明、光りに透かせば向こう側が透けて見えた。そのジャムの空き瓶が、台所の流しの上で十三個、仲良く並んでいる。綺麗に列を作って並んでいる。わたしは、そのひとつを手に取った。十三個並んでいるジャムの空き瓶はどれもが同じ大きさで同じ形をしている。その中のひとつを手に取った。そうしてその細部を確かめた。開口部が開いていて、そこから底まで寸胴の瓶は無色透明、透かしてみれば、向こうの世界が歪んで見えた。そうして瓶を通して歪んだ世界を見透した。世界は上下左右に曲がり、変形し、シュールレアリズムの絵画みたいによじれて見える。わたしはそうしてジャムの空き瓶を見通した。そうして手の平にジャムの空き瓶を置き、その手を視線の上まで高く掲げると、しばらくその姿勢のまま立っていた。家の中、台所の前、流しの蛇口からは水滴が一滴流れ落ちた。しかし、それも気にせずにしばらくそのままの姿勢で立っていた。すると、やがて、天井から蜘蛛が降りてきた。糸を垂らしながら、ジャムの瓶の上まで降りてくると、瓶の中に降りて行き、そうしてその中に収まった。瓶底まで達すると、ガラス面に足を着き、瓶の中で静かに佇んでいる。わたしは蜘蛛が、天井から瓶底まで降りて行くその一部始終を観察した。ゆっくりと降りて行き、瓶の中に入るその様子を観察した。瓶の中に入った蜘蛛は、瓶の中をくるりと一周すると、底部、ガラス面で静止した。そのままそこに佇んでいた。わたしは、蜘蛛の入ったジャムの空き瓶の蓋を閉めると、その中に蜘蛛を閉じ込めた。そうして、蜘蛛の、その様子を観察した。蜘蛛は米粒ほどの大きさで、八つの目を持ち、その目には何が写っているのだろう、ガラス瓶の底からぴくりとも動かない。わたしは、その様子を観察した。石像のように動かない蜘蛛の様子を、ただ、じっと眺めていた。そうして、時間は過ぎていった。蜘蛛とのにらみ合いは続いていた。蜘蛛は動かなかったし、わたしも蜘蛛から視線をそらそうとしなかった。しかし、しばらくしてわたしは、視線をそらし、蜘蛛の入ったジャムの容器を机の上に置くと、その日はそれで、家を出た。その日はそのまま放っておいた。


次の日、また、瓶の中の蜘蛛を覘いてみると、蜘蛛はぴくりとも動かず、ただ、じっとその場に佇んでいた。そうして、その瓶の中に、巣を張ろうとはしなかった。その中で営為を行おうとしなかった。わたしはそうして、蜘蛛を見つめていると、やがて、台所に置いておいた残りの十二の瓶を持って、家を出た。そうして道を歩いて行った。公園までやってくると、ジャムの空き瓶の一つに公園の、その池の水を汲んだ。そうして、もう一つの瓶には、公園の土を入れた。そうして、もう一つの瓶には、木に生える苔を入れた。そうして、もう一つの瓶には、草の葉っぱを入れた。そうして、もう一つの瓶には、木の小枝を入れた。そうして、もう一つの瓶には、ちょろちょろと歩き回る蟻を入れた。そうして、もう一つの瓶には、何も入れなかった。それで、十二のうち七つの瓶に、池の水、土、木の苔、葉っぱ、小枝、蟻を入れ、最後に空気を入れた。空気を入れるといっても、実際はは空なので、何も入っていないに等しいが、空気を入れたというその事実が大事だった。そうしてその作業を終えると家に帰り、蜘蛛の入った瓶の周りに、その七つの瓶を置いた。蜘蛛の入ったジャムの空き瓶を中央に置き、その周りを池の水、土、木の苔、葉っぱ、小枝、蟻、空気を入れた瓶で囲い、そうして、一つの瓶の周りに、七つの瓶が集い、八つが円周を形成した。そうして、七つとひとつで世界を成し、そのひとつひとつには構成成分を宿していた。水があり、土があり、木があり、苔があり、枝があり、生物がいた。世界のひとつひとつが細分化されて、形成され、小瓶は七つで一つの世界をつくり上げていた。わたしは、その小瓶の並ぶ様子を眺めていた。水と土の場所を入れ替えたり、ときどき、瓶を入れ替えて、構成成分を並べ替えてみた。そうして、それで、蜘蛛が巣を張るかを眺めていた。周りに世界を並べてみて、巣を張るかを確かめた。しかし、蜘蛛は自身の瓶の中でぴくりとも動かず、そこに巣を張ろうとしない。多角形の、あの美しい幾何学模様を描こうとしない。なぜだろう。なぜ蜘蛛はここに巣を張ろうとしないのだろう。構成成分で事が決まるのであるならば、ここには全てが揃っている。しかし、蜘蛛はここに巣を張ろうとしない。なぜだろう。何がいけないのだろう。瓶の中には、風が吹かないが、それだろうか。容貌も決して見目の良いものでは無いし、その佇まいも風流な感じではない。それならばなぜ、この蜘蛛は巣を張らないのか。わたしは、蜘蛛の入った瓶を真ん中にして、世界の構成成分を一列に置き、そうして、世界を見透した。わたしの視界には、一列に水があり、土があり、葉っぱがあり、生物があり、そうして個々の成分がひとつとなって、そこに世界は成立した。水の向こうを土が覆い、その奥を蟻が歩いた。小世界は、八つで、真の世界を成していた。しかし、そこに、蜘蛛は巣を張らなかった。その限られた空間に自身の巣を形成しなかった。わたしは、九つめのジャムの空き瓶に紅茶を入れ、それを、蜘蛛の入った瓶の隣に置いた。そうして二つを透かしてみて、両者を一つにした。紅茶の入った瓶を蜘蛛の瓶の前において、それを透かしてみることで蜘蛛を紅茶の中に入れた。蜘蛛はこの贈り物をどう思っただろう。嬉しいと思ったのだろうか。安らいだのだろうか。わたしは十個目の瓶に酒を入れて、先ほどの紅茶の瓶と同じようにこれを透かして見た。わたしの視界の中で蜘蛛は酒の中に溺れた。しかし蜘蛛は特に、これといった反応を示さずに、どうするでもない。どうやら酒は好まないようだ。わたしは十一個目の瓶に  






そうして再び座っていた。わたしは蜘蛛の入った瓶の周りに、十二個の瓶を並べて、それを円形にして、蜘蛛の周りに並べてやった。蜘蛛を中心にして、そのまわりに十二個の瓶を並べてみた。しかしそれでも蜘蛛は巣を張らなかった。自身の瓶のうちに、巣を張らないのである。わたしは、蜘蛛を見つめた。蜘蛛はわたしを見つめた。そうして蜘蛛は動かなかった。

分からないことが多すぎた。一つの世界の周りに、十二の世界を作ってやり、それを見通せば、蜘蛛はその中に入っていった。十二個を一列に並べて、光に透かしてみれば、それは世界を形成した。しかし、紅茶の中に入った空き瓶を透かしてみれば、蜘蛛は、それで反応を示さなかった。紅茶を蜘蛛に与えても、蜘蛛は反応を示さなかった。わたしから見れば、蜘蛛は確かに、紅茶の中に入っていた。しかし、その実際、蜘蛛から見れば、紅茶の中に入っているのはわたしなのだ。見る方向によって、紅茶の瓶を中央に対して、両者の視線、立場によって、どちらがそれを享受しているかは、変わるのだ。自分の見る世界と他人の見る世界。わからないことが多すぎた。すべては、理解の範囲を超えていた。それゆえ、わたしは蜘蛛を庭に放した。蜘蛛はジャムの空き瓶から外に出ていくと、庭の芝生の中に消えていった。蜘蛛の入っていた空き瓶には、するとそこには、蜘蛛が小さな巣を張った跡があった。瓶の外からは見えなかったけれど、確かに巣を張っていた。

次の日の朝、わたしは窓を開けた。そうして、ふと、窓の外を見ると、木々の合間に、蜘蛛の巣が張ってあった。枝と枝の間に、大きな蜘蛛の巣が張ってあった。あの蜘蛛かも知れなかった。あの蜘蛛ではないかも知れなかった。わたしはしばらく蜘蛛の巣を見つめた。風が吹き抜けていった。蜘蛛の巣は風に吹かれてたわんで揺れた。わたしは窓を閉めると、出かける準備をした。そうして、家の玄関に鍵をかけると、出かけていった。外の空気はひんやりと心地良く、初夏の心地良い日差しだった。



蜘蛛と小さな生き物を変換。



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