3.
彼についてよく知っていたのは、どうやら私のことを好いてくれていたらしいということだ。こういうとかなり誤解を生んでしまいそうだが、私は、異性として好意を寄せられているかどうかに、少女時代から割と敏感なほうだった。そういう視線に気付くと、都合がよいときには相手に擦り寄り、都合が悪いときにはやんわりと相手との距離をとるようにしていた。2007年当時、私は今の夫となる人と交際していた。まだ彼氏と呼ぶべき存在だったその人は、同じ大学の先輩であり、既に社会人で、地方営業に回されていた。つまり、遠距離恋愛だったわけだ。
恋人の目がすぐそばにあったわけではないので、私は、友人に優しくしようと思えばできたはずだった。しかしそれは、恋人に対しても、友人に対しても、不誠実であるように思われた。だから私は、友人からなるべく離れるよう心掛けた。
大学時代、私はピアノサークルでの活動に多くのエネルギーを費やしていた。ピアノは基本的にはソロ楽器なので、サークル員は各々勝手に好きな場所で日々練習し、年に数回の演奏会でその成果を披露するという、極めて自由度の高いサークルだった。私は前年に副幹事長として運営に深く関わっていたこともあり、定期演奏会には皆勤賞に近い状態で出演していた。
サークル員の演奏レベルは様々だった。昔ピアノを習っていたがやめていたのを、久しぶりに弾いてみようかとリターンしてきた学生もいた。どうして音大へ進まなかったのだろうかと不思議なくらい上手な学生もいた。実際に、大学の垣根を越えて飛び込んできた音大生もいた。単に飲み会に参加するだけのような学生もいた。つまり、なんでもアリだったのだ。私はといえば、両親が一人娘に教育をつけるだけの経済力を持っていたために、幼いころからピアノを習い続けてはいたが、当の本人は、ピアノよりも勉学のほうにウェイトを置いて中高生時代を駆け抜けてきた。今思うと、とてもつまらないことだ。だから、演奏レベルはお粗末なものだった。
ピアノは、私の最後の青春だった。
お粗末な技術ではあったが、大学で偶然にもピアノが好きだという仲間に出会えて、演奏会のたびに失敗を繰り返しながら、十五年習い続けていた楽器と初めて真剣に向き合った。自分の、そして仲間の演奏の向こうに、見たことのない色合いの世界と光が見えた気がした。それは、読書の向こうに見える世界と、似ているようでまるで違った。絵を描くとき、白紙のキャンバスに絵筆を置くときのイメージの方が近かった。間違いない。音楽は、絵と同様に、言葉にできないからこそ芸術なのだ。
2007年の八月と九月、私は立て続けに演奏会に出演した。八月には、モーツァルトのピアノソナタ十一番KV331(トルコ行進曲付き)を弾いた。九月の演奏会は趣向が変わっていて、出演者は全てデュオ以上、つまり二人組以上という縛りがあった。ここで私は、サークル員の男の子と、モーツァルトの二台ピアノのためのフーガハ短調KV426を弾いた。
どちらの演奏会にも、友人は来てくれた。八月には共通の友人と連れ立って、九月には、たった一人で、手土産をもって応援に来てくれた。なお、ここまで書く必要があるのかどうかわからないが、一応、彼氏は遠方にいたので当然来られなかったと記しておく。
ソロで弾いたソナタの方は、緊張のあまりガチガチになっていたため、散々な演奏だった。欲張って三楽章通して弾いたが、第二楽章までは、音源を聞き返したくもないくらい酷い出来だった。第三楽章(あの有名な「トルコ行進曲」)では、やっとまともに指が動くようになっていた。お客さんからしたら、さぞかし退屈な十五分間だったろうと思う。コメントの付けようがない演奏だったが、彼は「ところどころの解釈が独特で、面白かった」と言ってくれた。
デュオで弾いたフーガの方は、ステージに立つのが自分だけではないという安心感から、幾分自分の演奏というものを出せたような気がする。プリモ(第一ピアノ)をサークルの仲間が、セコンド(第二ピアノ)を私が担当した。プリモを邪魔しないよう、引き立てるようにと、陰に徹した。しかし、あの曲の導入部はセコンドのソロから始まるのだ。あの人はきっと、冷や冷やしながら私の弾き始めを見守っていただろうと思う。私の少ないデュオ経験の中で、対位法で相手と対話していくあの曲は、最も印象に残っている。主旋律と対旋律の追いかけっこ、トリルのささやき、クライマックスに向けて暗闇の中を疾走していく感じ……。
演奏後、聴きに来てくれた友人たちと話す機会があったが、演奏後の興奮に紛れてしまって、彼とどんな話をしたのか、あまり思い出せない。彼のほかには、高校時代の友人グループが来てくれていた。女が集まるとかしましい。彼はたった一人だった。多分、「よかったよ」とか言ってくれたのだろう。そして、それ以上の話をしないまま、私は着替えのために控室へ戻っていったのだろう。
今も時々、ソナタ十一番は自宅で弾く。自宅だとのびのび演奏できる。こういうリラックスした演奏を聴いてもらいたかったと、何度も思った。
フーガの方は、あれから一度も弾いていない。二台目のピアノも無ければ、一緒に弾いてくれる仲間ももういない。それでもたまにあの音源を聞き返すと、ステージの緊張感と、プリモとの連帯感と、演奏後に彼とろくな話ができなかった後悔がごちゃ混ぜになって、涙が出てくる。
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2007年9月●日
最近ずっと人前でピアノを弾くのが怖かったです。
椅子に座ったとたん頭が真っ白になって、鍵盤が見えなくなって、腰がふらふらして・・・
でも今回信頼できるサークルの仲間と演奏したことで、そういう混乱を感じずに
正気をたもって弾ききることができました。
相手のかたには本当に感謝しています。
いっぱい練習して本番にのぞめて、たのしかった。
たった5分の演奏のために遠くから来てくれた友達からのプレゼント。
読書家で、優しくて、優しすぎてひとに踏み込めないそのひとがくれたメッセージはDon't worryだそうです。
↑大学の友人がくれたサボテン。
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