1-4:黄昏の魔道書
『黄昏の魔道書』
それは世界から封印されし禁忌の書。遥か昔、戦によって歪んだ人々が創り出した負の産物。そこに記されし魔術、空は闇に染められ、地は不毛となり、恵みの海は絶望を呑み込むと言われている。近年の大陸戦争でも使用され莫大な損害をもたらし、死者は総人口の30%にも及んだ。
そのことに御心を痛めた西の魔女、シゼルティ・ローランドは自らを命の危険に晒しながら無事に封印し、保管されている。場所は彼女と四大魔女の三人のみが知ることとなっている。
(ゼフィザーク大陸史 四十四の巻 444ページ)
「……つーことで」
「うん」
「何売っちゃてんだ、貴様ァァッ!!」
ドンッとやたら分厚い本というより辞書に近い史料を卓に叩きつける。張本人はご存知、相も変わらず懲りない弟の相手をやっているミラ。さてさて、件の弟はというと――――――――――――
卓に足を投げ出していた。
「にしても不吉だよねー」
「聞けよッ!」
「四十四巻目の444ページなんてさ」
「ほんと、聞いてないなお前……」
こめかみといわず顔中全体が引きつってきているこちらも変わらず苦労性の姉。姉弟そろって成長の二文字がないようである。
「でもミラ姉だって不吉だと思わない?」
「まぁ……」
不吉っていうよりむしろあのババアにはぴったりな数字だと思うが。
「それに見てよコレ」
「え、何?」
見事に論点がそれている。恐るべし、弟。まんまと乗せられているのもどうなのか。
アレクが指し示したのはミラが先ほど叩きつけた史料の、ある一節だった。
『シゼルティ・ローランド別名、西の魔女はその善行により人々から慈悲の神の化身と讃えられている』
「うわぁ…………」
「ね?」
慈悲の神!よりにもよって慈悲の神の化身!あのいつも高笑いしてて、ろくに仕事はしないくせに威張りくさってた、ろくでもない魔女が、アレクの腹黒×100みたいなババアが!?な、なんだか背中がむず痒い…………。
「狂ってる……」
「同感だねぇ……」
うんうんと頷くアレクをよそにすくっと立ち上がる影。あれっと違和感を感じて顔を上げてみれば、
「えーと……ミラ姉?」
悪魔真っ青の凄絶な笑顔が眼前に降って沸いてきた。
「ねぇ、アレク?」
「う、うん」
よく自分のことを悪魔とか腹黒とか金の亡者とか言うけど、そういう類はミラ姉のためにあるのだとアレクはつくづく思う。例えばこんなときとかは特に。
ああ、どうしよう。完全にブチぎれてる。ミラ姉ってストレスが許容量をオーバーしちゃうと見境なくなっちゃうからなあ。悪の道に目覚めたら一番ヤバいタイプ。しかも本人は自覚ゼロで。
なんてつらつらと考えていれば
「話をわざと脱線させやがったな、この外道っ!!!」
本日最大の怒号が閑静な森に響き渡った。