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1-2:旅立ちの前の小事件

「支度はできた?」

 文句が口から飛び出そうになるのを喉の奥で踏ん張って、それでも皮肉が出てしまった。本日通算43回目となる溜息を吐きながら後ろを振り返る。



 そこにはこの世の負の感情を全て背負っているかのような天使がいた。

「まったくなんで僕まで……自業自得だっていうのに……あーめんど」

 言うまでもなく弟、アレクである。

 地面に座り込んでぶつぶつと聞くに堪えない独り言を呟いているさまは不気味を通り越して黒いモノが背後に渦巻く地帯と化している。



 さすがアレク…などと感心している場合ではない。

 仕方がないので引き返してアレクの頬を…………

パチンッと小気味のいい音がした。



 驚いたように顔を上げたアレクを今度は優しく両手で挟む。外見に似合わず豪胆な性格のアレクには珍しく困惑の色を浮かべていた。澄んだ青い目を覗き込む。

「ごめん」

 察しの良い弟はその一言で全てを理解したらしい。柳眉をしかめて溜息をつかれた。いつもの小馬鹿したものではない。

「僕は理性的だからね。よゆーだけど、ミラ姉は……ねぇ?いきなりヒステリーおこされたらどうしよう、ってことを懸念してるんだよ。ただでさえ僕、ナイーブなのに」

 おどけた仕草で憎まれ口をたたくがそこに軽さは、ない。むしろ重い。重くて、昏い。

 

 心配しているのだ。彼なりに自分のことを。

 

 それが痛いほどよく解ったから、何も言わなかった。こういうとき、安易な言葉で流せるほど簡単な相手ではないことを、誰よりも長い時間を共にしてきた自分が一番知っている。



 返事の代わりにことさらに明るい口調で言う。

「行こっか」

「……うん」

 言葉と同時に立ち上がると、自分よりも少しだけ低い影もひょこりと後に続く。



 いつの間にか陽はもう傾きかけていた。

「げ」

「あらら」

 どうやら準備(とアレクの愚痴)が予想外に長引いてしっまたらしい。これでは街を出る前に夜になってしまう。そうなれば最悪、野宿しかない。それだけなら大して痛手でもないが、街である。通りに寝そべっている男女はさぞかし人目につくだろう。宿はあるが路銀がもったいない。よって却下。


 というか。


 首を捻る。支度を始めたのはランチを食べ終わってすぐである。昼の1時ごろだ。もともと自分たちの親代わりであった老婆のこの家はとことん物がなかったから、片付くのにそう時間はかからない。何でだろうなぁ、と今までを回想してみる。

 アレクがコップを割って後始末、アレクが荷物を蹴飛ばして後始末、アレクの落書きの後始末………………

 って全部アレク絡みじゃん!!



「いやぁ、残念だったね?」

 笑いを多分に含んだ声ではっと我に返る。さび付いた機械のように声の主のほうに首を回した。

「ん?」

 満面の笑顔を前になぜか震えが止まらない指を無理やり酷使する。

「あ、あんた……まさ、か」

「何?」

「わざと、あ、れ……やって…………?」

 計算づくめの商人根性の天使は問いにはいっこうに答えず、ただ笑みを深くする。

「どうしたの、『お姉ちゃん』?」

「うわぁ…」

 黒い!黒いモノが背後に!さっきよりも濃密な黒さだよ!!どうするんだ、こういうとき!

 というかよくよく考えてみるとあたしってアレクの黒いところしか見てない気がするんだけど!!

 10年以上一緒にいて未だに弟の暴走が読み取れないあたしって……



「ほんとに学習能力ないよねー」

「うぎゃ!?」

 思わず変な声が出る。どうして自分の心の叫びが!

「え、それって……読心術で」

「帰ろうか」

「ハイ」

 断定口調に壮絶な笑み。正直言ってこの組み合わせほどこの世に邪悪なものはない。弱肉強食の世の中、生まれの早いも遅いもないのさ!……言っててすんごく切ない。あんのくそババア、アレクに変なこと教えるんじゃないってさんざん釘さしといたのに無視しやがって…………!!






 余談だが、その日の深夜に呪詛を吐きながら藁人形を作り始める姉をアレクがすんでのところで手刀を落として昏睡させたとかさせてないとか。




 


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