1-1:ランチの珍事
何を言われたか、咄嗟に理解できなかった。
「……は?隣のババアが死体を埋めたって?」
フォークを持つ手を止めて、スパゲッティを咀嚼しながら頭をフル回転させる。
そして脳内にインプットされた言葉を都合よく解釈した結果が、これだ。
神よ、どうか!これが事実となってくれたまえ、と普段は神の存在を欠片ほども信じていないくせにこういうときだけ祈るのはなんというか、神もご苦労様ってな感じである。
そもそも考えてみると他人の犯罪を願っている時点で何かがおかしい。これでいいのか、主人公。
したがって、聖人君子の具現のような神がそのような望みを叶えるはずもなく。
「違うってば。我らがババアの魔具を売ったてこと」
何言ってんの?という表情を浮かべた天使のような顔を前にしてもろともに打ち砕かれていったのだ。
「な…………なあんですってぇ!!!!!!!!?」
「信じらんない……」
「38回目だよ、その台詞。もういい加減にしたら」
「あんたが言うなっ!」
呆然と呟く声に呆れたように割り込んでくる言葉。こうならざるを得ない状況を作った張本人のそれに激昂する自分。こんなやり取りも既に38回目である。
なんだか無性に虚しくなって、自然と溜息がこぼれた。
「それも38回目」
「るさいっ」
一喝してみてもしれっとした顔でいるものだから、怒りも萎えるったらありゃしない。しかもそうなることを見越してわざとやってるのだからなおさらタチが悪い。
「ねぇ、ミラ姉」
金髪に青い瞳。まさに天使のような整った顔立ち。しっかり者といえば聞こえはいいが、その本性はがめついだけの我が弟、アレク。上目遣いをしてくる悪の権化に本性を知っていても哀しいかな、どぎまぎしてしまうのが常である。
しかし今回はちょと規模が違う。ここは毅然とした態度で臨まなければ!
「何よ、金の亡者」
わざとつんとしたすまし顔で応対してやると腹黒天使はずずいっと顔を近づけてきた。
「どうして魔具を売っちゃいけないの?ねぇ、どうして?」
「どうしてって…世界の均衡を保つために決まってるでしょ」
自分の弟にやや気圧されながら答える姉。既に数十秒前の誓いは崩れつつある。
自分の答えにアレクは満足気に頷いた。……ヤな予感。
「だったら自業自得じゃん」
「は?」
?マークを沢山浮かべている姉、ミラにまたもや心底呆れたという風に溜息をつく弟。その様子があまりにわざとらしいと思うのは自分の勘違いなのだろうか。
もう一度、深く溜息をついて口を開くアレク。……殺意が芽生えてくるのはなぜ?
「だからさぁ、そんな危ない代物を買う奴らが自分の住む世界を狂わしたとしてもそんなの僕らには関係ないじゃんってことだよ」
「いやいやいやいや」
即、全否定する姉というのもどうかと思うが。
こくんと首をかしげる諸悪の根源を可愛いと思ってしまうのは自分が末期だからだ。
「どうして?何で僕たちが責任を感じなくちゃいけないの?」
そして不満げに口を尖らす諸悪の根源に見とれてしまうのも自分が末期だからであろう。
が、しかし。
前述のとおり、これは規模が違いすぎるのだ。失礼な話だが、隣家のバアさんが人一人殺すほうがマシってなもんである。
そもそも。
「あんた、なんで魔具なんて売ったのよ?」
家計もそれほど逼迫してないし、亡き育ての親が創った魔具ほどヤバイものはないことを決して頭の悪くない(むしろ姉の自分より良いのだが、あえてそこは目を逸らす)が心得ていないはずがない。
売却する理由が見つからない。
「え、だって…………」
きょとんとした母性をくすぐられるあどけない顔から一転、百戦錬磨の商人の顔へと変わっていく。
何、この黒い笑み。なんて本能が危険信号を送る。
まさかこれは、アレクの十八番―――――――――――――――
「世の中、金でしょ?」
この世で一番怖いのは魔具なんかじゃなくて、人と人の黒い欲望だ――――――。
そう骨身に沁みたミラであった。