保険室の邂逅
オリエンテーションの日になった。
俺は休みたかったが親には引越しを強いた引け目がある。迂闊に休めはしない。
セルファに会うと思うだけで全身に鉛が付いたように重くなるのだ。休みたくもなる。
外は今日も今日とて晴天。
セルファが通学をすればさぞ映える事だろう。
俺は教室に入るなり寄り道もせずに席につき黙々と読書を始める。
『ねぇ、あの人セルファ君を泣かせた人?』
ざわざわ…。
煩い。
煩い、煩い。煩いッ!!
誰もが咎めるような視線を送るような気分になり眩暈を覚える。
「…ッ」
そこに重なる最悪。
ちまちまと愛嬌ある歩き方でセルファが俺の席に駆け寄る。
きっとこれも罰なのだ。
ずっとコイツを見るたびに罪悪感に苛まれて…何にも手がつかなくなる。
「レイちゃん、お早う」
「…おう」
無愛想に返す。せめて続きや質問がないようにと祈念して。
けれど願いは叶わないのが世の常で。
「レイちゃん、そう言えば大分背が伸びたんじゃない?これなら体格差で負ける事はないね」
「…言っただろ、俺はナイツ・ゲームを辞めたんだ」
「…あ、そうだったね。ゴメン…」
シュンとショボくれるセルファ。
一応言おう。彼は酷く目立つ。容姿端麗。成績優秀。スポーツ万能。
そんな彼が凹んでみろよ?
『うわぁ…アイツまたセルファ君を虐めてる…』
ざわざわとクラスの女子がざわめき出す。
また、俺が悪くなるのだ。
酷い出来レース。
俺は今、話し相手はリューザスしかおらずクラスカーストは初日から最底辺だ。
その原因はセルファに他ならない。
セルファが周囲の庇護欲と同情を掻っ攫って行くのだから。
俺に向けられるのは猜疑と敵意。総じて害意にカテゴライズされるものだ。
当然気分が悪い。
「早いんだなアスレイ。…と、セルファか」
「お早う、リューザス君」
いつでも困った時には駆け付けてくれる白馬のリューザスが来てくれたお陰で空気はマシになったが、それでも煩い。ノイズが…耳鳴りが止まない。
セルファから兎に角遠ざかりたくて…。
「すまんが、ちょっとトイレ」
「あ、僕も行く」
無駄だった。
俺が何をした?そりゃしたさ。
けど、こんなに酷いのは勘弁して欲しい。
急に立ち上がると目眩か襲い…。
「アスレイ?…アスレイ!」
「レイちゃん!?」
眩んで眩んで。
黒ずんで。
◆◆◆
「よっ、起きたか?一年」
「ここは?」
「ここはって、保険室に決まってるやろ?頭沸いたんかえな?」
キョロキョロと見回すと自分がベッドで横になっており仕切りをどかすようにして頭を丸刈りにした…先輩?が顔を出している。
「え、えぇと。あなたは誰ですか?」
「お?ワシか?ワシはメギア・フランケル。二年だけんどメギアって呼び捨てで構へんよ」
ニッシッシとよく分からない笑い方をする彼は健康そうで、少なくとも病気とか怪我ではなさそうだ。
となるとサボりだろうか。
悪戯が好きそうな笑い方からしと確実に後者だと思うが。
「俺、どの位寝てました?」
「ああ、そうそう。ずっと寝とった。ワシが起こしても起きんのよ」
「…病人起こすのはマナーとしてどうなんでしょう」
「悪いておもってるんよ?」
張りつめていた雰囲気が霧散した。
耳鳴りも、止んだ。
弛緩した空気が久方ぶりに流れる。
ああ、これだ。この空気こそ俺が望んでいたものだ。
刺激の無い、ぬるま湯の世界。
ただ、…世界とは壊れやすい事を俺は知っている。
「で、先輩は何で保険室に?」
なんの気無しに言った。
「ああ、それな。実はセルファいうちびっ子が明日でも無いのに部活を覗きにきてな、あんたの事を売り込んだからワシが直々に品定めに来たんや」
セルファは因果を超えて俺を不幸に追い落とす悪魔であると再確認する羽目になった。
また、アイツか。
反吐が出る。
「にしても、あんた、ええからだしとるなあ。ナイツ・ゲームやっとったんやって?」
「…もう辞めました」
「ま、深くは聞かんわ。けんど、明日はこっちからズカズカ行くから覚悟せいや?」
俺は、どうしてこうも救われない。